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一章 海の国へ
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しおりを挟む次に目を覚ましたとき、ルイはタールヴィ家の屋敷の見慣れた自分の部屋にいて、温かいベッドに寝かされていた。寝ているあいだに体はすっかり綺麗になり、清潔な寝間着を着せられていた。両の手首は治療されて包帯が巻かれている。
ベッドのそばにはテオフィロがいて、椅子に座ったままうつらうつらしていた。ルイが身じろぎすると、テオフィロはぱっと起きてルイが上体を起こすのを手伝い、背中にクッションをたくさん置いて背もたれを作ってくれた。
「体の調子はどうですか? 痛むところは?」
「もうすっかりよくなったよ。どこも痛くない」
テオフィロはほっとしたようで椅子に倒れこむように深く腰かけた。
「本当に、助かってよかった……」
「ごめん、心配させてしまったね」
「いいんですよ、あなたが無事なら」
テオフィロは袖で目の端をぬぐい、ルイに飲み物を差し出した。ほんのり甘いジュースだった。
「ゆっくり飲んでくださいね」
言われた通りにルイがジュースをちびちび飲み出すと、テオフィロはルイがいなくなったあとのことを教えてくれた。
ルイがいなくなった日、帰りの馬車でルイを待っていたホルシェードは、待てど暮らせどルイが現れないので、アクトール内を探し回った。どこにもいないとわかると、すぐさま屋敷に取って返してライオルに報告した。ライオルはタールヴィ家の兵士を召集し、すぐにルイの捜索を始めた。
最初は逃げ出したか連れ去られたと見て、カリバン・クルスじゅうを探し回った。だがなんの情報も得られなかった。
その後、手分けしてアクトール院生に聞きこみをしていくうちに、ルイがいつもの修行で裏の森に行ったあと誰も姿を見ていないことがわかった。そこで裏の森に焦点を当てて捜索し、奥まで行ってようやくルイを発見した。
「ライオル様を呼んできますね。ずっと寝ないで探していたから、たぶんまだ眠っていると思うので」
テオフィロはそう言って部屋を出て行った。ルイはテオフィロが心配してくれていたことが嬉しかったが、初めは逃げた可能性を視野に入れていたあたり、単に逃げられたら困るから探されていたような気もした。
すぐにライオルが寝間着に上着をひっかけただけの姿でやってきた。ライオルはルイの顔をつかんで顔色を確認した。ライオルの目の下には黒いクマが出来ていた。
「……よくなったみたいだな。傷は痛むか?」
「いや、大丈夫。大したことないよ」
ライオルはルイの両肩に手を置いて下を向き、深いため息を落とした。
「……お前がいなくなるんじゃないかと思ったぞ……」
ルイはその真意をはかりかねて黙っていた。
「ホルシェード!」
不意にライオルが大声をあげ、ルイは飛び上がった。いつの間にかホルシェードがライオルの背後に立っていて、ライオルの声に直立の姿勢をとった。
「はい、ライオル様」
「お前の失態だぞ」
「申し訳ありません」
ホルシェードはライオルとルイに向かって深々と頭を下げた。ライオルはルイの肩をつかんだまま振り向いてホルシェードをにらみつけている。ルイはいつまでもホルシェードが頭を下げ続けるので、耐えかねて声をかけた。
「いいよ、ホルシェード。別にきみのせいじゃない。まさかアクトール魔導院の中でこんなことになるなんて思わなかったし、俺も油断してた」
ホルシェードは優しい言葉をかけられると思っていなかったのか、驚いたように少し顔を上げた。
「いや俺は許さんぞ。なんのためにお前をアクトールに行かせたと思ってるんだ、あ?」
「やめてよライオル。いいって、ホルシェード、もういいよ」
ホルシェードはゆっくり頭を上げ、ばつが悪そうに視線をさまよわせた。ライオルはそれ以上なにも言わず、ルイのベッドに腰かけた。テオフィロもやってきて、ルイに新しい飲み物を渡した。
「気分がいいなら、なにがあったか話してくれるか?」
「うん」
ルイはうなずいて、裏の森で起きたことを三人に話して聞かせた。ティルナに言われた言葉を口にすると、テオフィロとホルシェードは悔しそうにした。ライオルは顔色一つ変えず、あごに手を当てて聞いていた。ルイが話し終えてもじっとなにやら考えこんでいる。
「ライオル?」
「……よくわかった。あとは俺がやっとくから、お前はゆっくり寝てろ。仕事もしばらくなしだ」
「待って」
ルイは立ち上がったライオルの腕をつかんだ。
「ティルナにあんまり厳しくしないでくれ。俺がだましてたせいもあるし、無神経なことをしてしまった俺が悪いんだ」
「お前はなにも悪くない」
「ライオル」
「わかったよ、うまくやっておく。だから安心しろ」
ライオルはルイの頭にぽんと手を乗せた。優しい手だったが、ルイはあまり喜べなかった。
「……そんなに心配しなくても、逃げたりしないから」
ライオルは眉根を寄せた。
「そんなこと心配してない」
「でも最初は逃げたと思ってカリバン・クルスを探したんだろ?」
「可能性の一つとしてだ! 本気でお前が逃げるようなことをするとは思ってない」
「うん、逃げられるわけないし」
へらりと笑うルイを、ライオルは物言いたげに見下ろした。
「……俺はお前を大事に思ってる。だからお前の希望は可能なかぎり叶えてやってるだろ」
「そうだね。ありがとう」
「本当にわかってるのか?」
ルイはうんとうなずいたが、ライオルは納得していない様子だった。二人のやりとりを見ていたテオフィロは遠い目をした。
「かわいそうなライオル様……」
「黙れテオフィロ」
◆
数日後、王宮魔導師試験がアクトール魔導院で実施され、ゾレイが新しい王宮魔導師として選出された。王宮魔導師の認定式がアクトール魔導院の大広間で行われることになり、ルイもホルシェードと一緒に参加した。
大広間の前の壇上にはコニアテスをはじめとした王宮魔導師たちが並び、テーブルを片付けて広くなった大広間には、参列者のアクトール院生が詰めかけていた。全員黒いコートを着ているため、真っ黒で異様な集団だった。ゾレイが壇上に上がると、コニアテスはゾレイに王宮魔導師の証である襟章を渡した。
「おめでとう、ゾレイ。これで今日から王宮魔導師の一員だ。王宮に仕える者として励みなさい。今日から王宮のためだけに魔導を使い、決して自分の利益のためにその力をふるわないように」
「はい、先生。必ずお役に立ってみせます」
ゾレイは頬を紅潮させて襟章を受け取り、先輩の王宮魔導師たちにお辞儀をした。王宮魔導師たちが拍手すると、アクトール院生もならって拍手した。一番後ろから見ていたルイも拍手を送った。ゾレイは得意げに胸を張って拍手を受けた。
簡単な授与式が終わり、王宮魔導師たちはゾレイに祝いの言葉をかけるとさっさと自分の研究に戻っていった。ゾレイはアクトール院生に囲まれて嬉しそうにおしゃべりしていたが、ルイが来ていることに気づくとルイのところに走ってきた。早速アクトールのコートに襟章を留めつけている。
「おめでとうゾレイ。よく似合ってるよ」
ルイがほめるとゾレイはにっこり笑った。
「ありがとう! わざわざ来てくれたんだね、ルイ」
ゾレイはルイの隣にいるホルシェードに会釈した。
「こんにちは、ホルシェード隊長補佐ですね。お見かけしたことはありますがお話するのは初めてですね」
「ああ、そうだな。今日はおめでとう」
「ありがとうございます」
ゾレイはうきうきしっぱなしで、ルイを肘でこづいた。
「なんでずっと黙ってたの? きみ、ライオル様の庇護下にあるんじゃないか。最近ホルシェードさんがまた来るようになったなと思ってたけど、そういうことだったんだね」
「はは、まあ、いろいろ事情があって」
ルイが消えたあと、ライオルが先頭に立ってカリバン・クルスを探しまくったせいで、ルイとライオルの関係は周知の事実となってしまった。
「怪我したって聞いたけど、もう大丈夫なの?」
「うん、大したことなかったし、もう全快だよ。心配かけてすまなかった」
「行方不明だって聞いてびっくりしたけど、まあ無事に戻ってきたからいいんじゃない。それより今日はライオル様は来てないのか? あの方だって優秀な魔導師なんだから、アクトールに来てくださってもいいと思うんだけど」
「それはどうかな……ねえ、ホルシェード」
「ライオル様はお忙しいので」
「残念……。ま、でもルイと一緒にいればそのうちお会いできるよな! ルイ、頼むよ!」
今日のゾレイは有頂天だった。ルイが笑って話を合わせていれば、ご機嫌でぺらぺらとよくしゃべった。
ゾレイはティルナのことはなにも言わなかった。ルイが戻ってくると同時にカリバン・クルスから姿を消したティルナ。なにかあると思っても、ルイが言わないかぎり口に出さないでいてくれるようだった。
ルイもティルナがどうなったのか気になったが、テオフィロは心配しないでくださいと言うばかりで教えてくれなかった。ライオルがうまくやると言ったので、その言葉を信じるしかなかった。
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