風の魔導師はおとなしくしてくれない

文字の大きさ
13 / 134
二章 ジェドニスの花

しおりを挟む
「やめろ……!」
「かわいい声を出してくれていいんだぞ」

 男はルイの服の合わせを破り、あらわになった白い素肌に舌なめずりをした。ルイはなんとか男から離れようとして、ひとまとめにされた手で男の顔をぐいっと押した。

 男はちっと舌打ちをしてルイの手枷を握り、なにかを外した。すると、手枷は黒いもやになって空中に霧散した。理解の追いつかない現象にルイがぽかんとしていると、男はその隙にルイの胸に吸いついてきた。

「ひ……!」

 抵抗したいのに、頭がぼうっとして体がうまく動かない。男はたばこをくわえたままルイの股間を膝で押し上げた。ルイはびくりと体を震わせ、いやいやと首を横に振った。

「やっ、やめて……おねがい……」
「はは。お願い、だって」

 男はルイが涙目になって怯えきっている様を見下ろし、恍惚とした笑みを浮かべた。胸の飾りをなめられ、ルイは男がなにをしたいのか理解して震えた。

「怖がってるな。たまんねえ……」

 もう片方の飾りを指でこねられて刺激され、ルイは下唇をかんだ。気持ち悪いのに刺激されると体がぴくりと反応してしまう。

「あっ、やだっ」
「嘘つけ気持ちいいんだろ! ほら、こっちもよくしてやるよ」

 男はルイのベルトに手をかけた。すっかり思考が溶けたルイは、涙を浮かべながらその様子をただ見つめた。

「誰も来やしねえから、声出せよ」

 男は笑ってベルトを外していく。ルイは一人で出かけたせいで誰も助けに来てくれないことに気がついた。ライオルにあれだけ忠告されたのに、それを無視したせいでこんなことになっている。なんとかして逃げないとライオルに顔向けできない。

 ルイはぐっと腹の底に力を入れ、震える手を上げてひゅっと空を切るように振った。風の魔導で男を吹き飛ばすはずだったが、集中力が皆無だったせいで吐息程度の風しか起きなかった。

 だが、その小さい風は男の口からたばこを吹き飛ばした。男はぴたりと動きを止めた。

「風……? お前、風の魔導師か……?」

 男はルイのベルトにかけていた手をぱっと離した。

「まさか……こないだライオル・タールヴィが探しまくってた奴じゃないよな?」

 ルイは荒い息をはくばかりで言葉が出てこなかった。沈黙を肯定と解釈したのか男の表情が変わった。ルイは深く考えず、起き上がりざま男にえいやと頭突きをかました。男は頭突きをもろに食らい、ベッドからずり落ちて床に仰向けに転がった。ズボンの前を窮屈そうにしたまま昏倒している。

「や、やった……!」

 ルイはベッドの上からはい出て、自分の意志と関係なくうるさく鳴り続ける心臓を押さえながら立ち上がった。

 ルイはなめられたところを袖でごしごしとこすり、ドアの前に落ちていたたばこの吸い殻を拾うと内鍵を開けて部屋を出た。壁に手をついて階段を上がり、台所にあった裏戸から外に出た。幸い赤い髪の男は現れなかった。

 ルイはふらついて狭い裏通りに倒れこんだ。顔がほてってきて、どんどん体温が上がっていくようだ。まともに立ち上がれなくなってきて、ルイはなにかにつかまろうと空に手を伸ばした。

「おい、どうした? 大丈夫か?」

 二人組の若い男が地面に座りこむルイに気づいて駆け寄ってきた。二人組はルイの前にしゃがみ、ルイの顔をのぞきこんだ。ルイは小刻みに震えながら二人を見つめた。

「警ら兵を、呼んできて……」
「兵士? というかお前、それ……」

 二人にまじまじと見られたルイは、自分の格好を見下ろした。シャツの前は破られて胸があらわになっていて、ズボンのベルトも外されかかっている。ルイは慌ててシャツの前を合わせて体を隠した。若い二人はルイの扇情的な姿に顔を赤らめた。

「……誰にやられたんだ?」

 ルイは説明できずにただ首を横に振った。二人組の片方はルイの髪に顔を寄せてにおいをかいだ。

「……アトライパのにおいがする」
「え、こいつアトライパをかがされてるのか?」

 二人は顔を見合わせた。

「……据え膳じゃねえか」
「わっ」

 ルイは二人に両側から腕をつかまれて乱暴に立たされた。そのまま二人はルイを歩かせてどこかに連れて行こうとした。

「ま、待って! 警ら兵を呼んでってば!」
「わかってるよ、今連れてってやるから騒ぐな」

 そう言って笑った若い男は、先ほどまでルイを襲っていた男と同じ目をしていた。ルイは己の無力さにうちひしがれた。状況はよくならず、またしても知らない男に好きなようにされている。

「おい!」

 少し離れたところから声がかけられた。

「そこの三人! なにやってる!」

 奥を横切る通りに茶色の軍服を着た兵士がいて、ルイたちのいる裏通りをのぞきこんでいた。

「げっ」

 二人組は慌てて兵士に見えないようにルイの口を手でふさいだ。

「なんでもないですー!」
「弟が酔っ払っちゃってー! もう帰りますー!」

 まだ明るいのに、と兵士はあきれて首を振った。ルイは口をふさぐ手を思いっきり噛んだ。男は痛みに思わず手を離した。

「いてっ! こいつ!」
「助けて!」

 視界がゆがんでなにも見えなかったが、ルイはとにかく声を張り上げた。駆け寄ってくる足音と叫び声が聞こえ、ルイは二人組から解放されて座りこんだ。

 ルイがめまいをこらえているあいだに、兵士二人によって二人組の若い男は取り押さえられた。兵士たちは鮮やかな手腕で二人を腹ばいにさせて拘束した。

「大丈夫か? 怪我はないか?」

 優しく声をかけられ、ルイはうなずいた。

「大丈夫……」
「この二人は知り合いか?」
「いや、今そこで声をかけられて……」
「なるほど。それは危なかったな。名前は? 家まで送っていく」
「ルイ・ザリシャ……タールヴィの屋敷まで、送ってほしい」
「えっ? タールヴィ家?」

 兵士は目を丸くした。ルイは息を整えながら説明した。

「俺、ライオルのところの風の魔導師だから……タールヴィの屋敷までお願い……早く帰らないと、また探される……」

 仰天した兵士はちょっと待ってろと言い残して走り去った。残ったもう一人の兵士は二人組の背中に乗って逃げないように見張っている。ルイを連れて行こうとした二人は、自分たちの浅はかな行動を後悔して震えていた。



 兵士はルイのために一台の馬車を用意してくれた。ルイは馬車に乗せられてタールヴィ家の屋敷に向かった。付き添った兵士は様子のおかしいルイを座席に横たわらせ、そばにひざまずいてルイの話を聞いた。

 屋敷の前では、兵士が送った伝令から知らせを受けとったライオルとホルシェードが待ち構えていた。ライオルは馬車が止まるやいなや扉を開けて中に入ってきた。兵士は場所を譲ろうと急いで立ち上がり、馬車の天井に頭をぶつけた。

「ルイ!」

 ライオルは座席にぐったりと横たわるルイの顔を両手でそっと包みこんだ。

「顔が赤い……毒を飲まされたのか?」
「いえ、違います。おそらく、これのせいです」

 兵士はルイが逃げる際に拾ったたばこの吸い殻をライオルに手渡した。ライオルはたばこのにおいを注意深くかいだ。

「アトライパだな」
「はい」
「なにがあった?」

 兵士は道中ルイに聞いた話をライオルにそのまま話して聞かせた。ライオルはいらいらと人差し指で膝をたたきながら話を聞いた。

「……なるほどな。おい、ルイ」

 ライオルはぼうっとしているルイの頬をぴしゃりとたたいた。

「なんでその男はお前に声をかけた? お前をさらった理由はなんだ?」

 ルイはゆっくりと口を開いた。

「俺が魔導師だったから、だと思う……オアンネスのインク店に用事があるのは魔導師だけだって言ってた」
「お前、名乗ったか?」
「名乗ってない」

 ライオルは険しい顔で考えこんだあと、馬車の外に顔を出してホルシェードを呼んだ。

「ホルシェード、ルイが連れこまれた店が怪しいから今からこの馬車で行って調べろ。魔導師を狙った可能性が高い。ルイを襲った男は死んでも逃がすな。話ができる状態で捕まえろ」
「わかりました」

 ライオルはルイを抱えて馬車を出て、入れ替わりにホルシェードが乗りこんだ。

「あとで俺も合流する!」

 ライオルが叫んだ。ホルシェードを乗せた馬車は来た道を戻っていき、ライオルはルイを抱えて屋敷に入った。

 ルイは運ばれながらライオルの顔を見上げていたが、景色が変わって目が回るので目を閉じた。しばらくして柔らかいベッドに下ろされ、目を開けた。いつもと違う天蓋だ。周囲を確認し、ライオルの寝室のベッドに寝かされていることに気がついた。

「あれ……」

 横を向くと、ライオルがベッドに座ってルイを見下ろしていた。その表情は固く険しい。ルイは負い目を感じ、布団を目の下までかぶって顔を隠した。

「あの……すまなかった」
「本当にな。俺の言うことをちっとも聞きやしない。結果がこれだよ。勘弁してくれ」
「ごめん……なさい」

 なにも言い訳できなかった。ライオルが黙っているので、ルイはもじもじして言った。

「あの、運んでくれてありがとう。少し休ませてくれ……」

 だがライオルはルイの顔の横に手をついてベッドに乗り上げてきた。ルイは目の前にたばこの吸い殻を突きつけられた。

「これを拾ってきたのは上出来だ。これがなんだかわかるか?」
「わからない……麻薬か?」
「まあそんなところだ。名をアトライパと言う。安価だから巷に多く流行していて、守衛師団が取り締まっているがなかなか広がるのを止められなくてな。これは火をつけて吸引して使う。煙に効能が含まれているから、直接吸わなくても煙を吸えば影響を受けてしまうんだ。お前みたいにな」

 ライオルは吸い殻を軍服の上着の胸ポケットにしまうと、その上着を脱いでベッドの端に放り投げた。

「アトライパを吸うことに慣れると多幸感が得られる。あと副作用に動悸とか、感覚が過敏になったりするから興奮剤にも使われるな」

 ライオルはルイがかぶっていた布団を引きはがした。

「あっ」

 ライオルはルイの破られたシャツをめくった。ルイの胸元は、ごしごしこすったせいで赤くなっている。

「……なにされた? 言え」
「その、触られた……」
「どこを?」
「首、とか」
「あとは?」
「胸とか……」
「ここは?」

 ライオルはルイの股間をそろりとなでた。ルイはぴくりと体を震わせた。

「いや……触られてないよ。ちょっと服の上からつつかれたけど……」
「ふうん」

 ルイは薬の効果ではなく恥ずかしさから真っ赤になった。

「なあ、もういいだろ、一人にしてくれ」

 ルイが言うと、ライオルはほくそ笑んだ。

「そんな顔してなに言ってんだよ。辛いんだろ? 抱いてやるから、安心しろ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...