39 / 134
五章 風の吹く森
4
しおりを挟む
一行はギレット組の足跡を追って森の中を走った。寄り道をしながらゆっくり進んでいたライオル組とは異なり、ギレット組はひたすらまっすぐ進んだようだ。よどみない足跡は一直線に奥へと続いている。
しばらく進んでいくと、戻ってきたギレット組とはち合わせた。先頭を歩くギレットは肩に大柄な男を担いでいる。
「お? なんだお前ら」
ギレットは担いでいた男を乱暴に地面に落とし、肩を回した。
「助けに来たのか? こっちはとっくに終わったぞ。その様子じゃ、そっちも片付いたみたいだな」
気絶している男の肩当てには、チャティオン盗賊団の赤い印がついている。ギレット組の全員が、盗賊団のメンバーらしき男たちを担いだり引きずったりして運んでいた。腕に包帯を巻いている隊員もいるが、歩けないほどの重傷者はいないようだ。
「……全員気絶させてしまったのか?」
ライオルが聞いた。
「おう。いきなり襲われてな。見たことある印をつけてたし、俺の隊に気後れする奴はいなかったよ。そっちの状況は?」
「海馬車の前に全員捕まえてある。お前のところの隊員が一名頭部を殴られて重傷だ」
「なに!?」
「森の中を歩いていたとき、ゾレイが自然の紋章を見つけたんだ。紋章を書き留めるためゾレイはそこにとどまったんだが、単独で置いていくわけにもいかないだろ? だからお前のところの隊員一人を護衛につけて別行動にしたんだが、そこを奴らに襲われてしまったんだ。救助に向かわせた者によると、後頭部を殴られて気絶していたらしい。ゾレイが人質にされてしまったが、助けたから無事だ」
「ゾレイってお前らと一緒に行った王宮魔導師か? それは災難だったな。こいつら、どうも俺たちの海馬車がこの森のエラスム泡を通り抜けたことを感知したらしいんだ。敵にも魔導師がいたんだよ」
ギレットはいったん下ろした盗賊団の男を再び担ぎなおした。
「重傷者が出たならすぐに戻ろう。というかこいつら全員海馬車に入りきるかな。結構な人数だろ」
ギレットは涼しい顔をしていたが、ほかの隊員はほぼ全員汗だくになって盗賊たちを運んでいた。ライオル組は手分けして盗賊たちを運ぶのを手伝った。ルイもファスマーと二人がかりで一人の大柄な男を運んだ。ルイは足を持って歩いたが、森に潜伏していて風呂に入っていない男の足はひどくにおった。
海馬車のところに戻り、ようやく全員が合流した。戻ってきた一行を見て、ルイたちを襲った盗賊たちは全員がやられてしまったことに憤った。ギレットを見とがめて飛びかかろうとした者もいたが、すぐに第一部隊の隊員に押さえつけられた。
チャティオン盗賊団の残党は、傷を止血された上で手足を縄で縛られた。チャティオン盗賊団の構成員は全員、裁判を待たずに監獄行きが決定している。彼らを海馬車に乗せて帰らないといけないので、最低限の食料と水を残して積み荷は置いていくことになった。
ルイはへろへろになりながら積み荷を海馬車から下ろしていった。野営用の天幕に薪、鍋、松明、獣よけの仕掛けなど、荷物はたくさんあった。ルイは海馬車の中にいるファスマーから荷物を受け取り、どんどん地面に積み上げていった。
ルイが作業しているかたわらに、頭を殴られて気絶した第一部隊の隊員が寝かされていた。呼んでも返事がなかったため、ひとまず出発まで安静にさせることになっている。だがルイがばたばた走り回っていたのがうるさかったのか、目を覚まして体を起こした。
「あっ、気がついた?」
ルイは荷物を置いて隊員のそばに膝をついた。彼はしばらくぼうっとしていたが、徐々に思いだしてきたようで顔色を変えた。
「敵は……! 王宮魔導師どのは!?」
「大丈夫、もう敵は全員捕縛されたよ。ゾレイも助けた。大した怪我もしてないよ。今帰投の準備をしてるからそのまま休んでて」
「え……本当か」
隊員はきょろきょろと辺りを見回し、慌ただしく動く兵士たちと、縛られたまま海馬車に放りこまれていく盗賊団を見て胸をなでおろした。
「よかった……」
隊員は頭に巻かれた包帯を触り、悔しそうに拳でどんと地面をたたいた。
「くそっ、王宮魔導師どのを危険な目に遭わせてしまった。なんてことだ。背後からの足音に気づかなかったなんて、兵士失格だ」
「まあまあ……そんなに興奮すると怪我にさわるよ」
ルイは後悔にさいなまれている隊員をなだめ、再び横にして寝かせた。
ルイが来ないのでファスマーが様子を見にやってきた。気絶していた隊員が目を覚ましたことを伝えると、ファスマーは救護担当らしく負傷者の容態を確かめ始めた。
「思ったより元気そうだ。ルイ、ヴァフラーム隊長に伝えてくれ」
「了解」
ルイは立ち上がってギレットを探して走った。ギレットは一人で端っこの海馬車の幌に寄りかかり、海図を広げて帰りの進路を確かめていた。
「ヴァフラーム隊長!」
「どうした?」
「気絶していた隊員が目を覚ましました」
「そうか。様子はどうだ?」
「問題なさそうです。背後からの足音に気づかなかったなんてふがいないって落ちこんでました」
「真面目な奴だからな。話せるなら大丈夫だろう」
ギレットは海図をたたんでポケットにしまいこんだ。
「お前らと同行していたうちの隊員がお前のことをほめていたぞ。海馬車を取り返すのに一役買ったんだってな」
「俺は大したことしてません。ライオルの後衛をつとめただけです」
「作戦を立てる暇もなかったのに、ずいぶん息が合っていたってさ。前も一緒に戦ったことがあるのか?」
「……リーゲンスで」
「あー……そっか。すでにお前ら戦友だったな」
ギレットはルイの背後をちらりと見てから、ルイの両肩をつかんで引き寄せた。
「な、なに?」
端正な顔を近づけられ、ルイの心臓が跳ねた。
「顔のあざ、消えたな……」
「ああ……そんなに気にするなよ。傷の一つや二つくらいどうってことない」
「傷ものにしてしまってたら、そのときはちゃんと嫁にもらってたよ」
「はは、なに言ってるんだよ」
「ヴァフラーム家はいやか?」
「え? あー、悪くないんじゃないの」
「本当か? 俺はいつでも歓迎するぞ」
「そりゃどうも」
ルイが適当に受け答えしていると、後ろから腕をつかまれて強い力で引っ張られた。ライオルだった。ルイはギレットの手から離れ、勢い余ってライオルの胸元に後頭部をぶつけた。
「こいつに触るな。火傷させられたら困る」
「だからそんなことしねえって」
「信用できるか。さんざんルイを殴ったくせに」
「あれは俺の意志じゃねえって! それくらいわかってるだろ! まったくどれだけ心狭いんだよ」
ギレットはいつもの不機嫌そうな表情に戻り、ルイの腕をつかんで離さないライオルを見てにやりと笑った。
「まあいいか。お前のおかげでチャティオン盗賊団の残党を全員確保できた。俺の手柄に貢献してくれてありがとな」
「俺とルイがいなかったら海馬車をとられていたかもしれないぞ。もっと感謝しろ」
「実際に連中を捕縛したのはうちの隊員だろ」
「俺の炎で奴らの退路を断ったんだ。火と風は相性がいいからな。お前とルイじゃこうはいかないさ」
「ちょっと戦い方をほめられたからって元気になるなよ。新兵にありがちな慢心だぞ」
ギレットは顔をしかめてルイを見た。
「ルイ、本当にこいつでいいのか? よそでは愛想振りまいてるけど、実際は少し手が触れた程度で騒ぐような小さい男だぞ。見切りをつけるなら今だぞ」
「俺は別に誰とも……」
「真面目に答えなくていい。もう出発するぞ。さっさと帰る準備をしろ」
ライオルはギレットを一瞥すると、ルイの腕を離して去っていった。ギレットはしばらくライオルの背中を見据えていたが、荷造りが終わった様子の第一部隊の海馬車のほうに歩いていった。ルイは二人の意図がいまいちわからなかったが、話は終わったらしい。
自分も戻ろうときびすを返したルイは、すぐ近くにゾレイが立っていることに気がついた。どうやらライオルを追ってきていたようだ。ゾレイは苦いものと酸っぱいものを同時に食べさせられたような顔をしていた。
「ゾレイ?」
ルイが声をかけるとゾレイは両手で顔を覆った。
「どうした? 気分が悪いのか? やっぱりまだ休んでたほうがいいよ」
「そうじゃない……ちょっと今自分を落ち着かせている……」
ゾレイは顔をのぞきこもうとするルイを手で制し、しばらく下を向いていた。ルイはどうしていいかわからずに立ちつくした。ゾレイはなにやらぶつぶつ呟いていたが、ふと顔を上げた。妙にすっきりした表情をしている。
「ルイ」
「なに?」
「きみのことは友達だと思っていた。だから黙っていられたことは誠に遺憾だ」
「なにを黙っていたって?」
「きみとライオル様が恋人同士だということだ。早く言ってくれれば、僕だってライオル様に話しかけるような不躾な真似はしなかった。きみの前であれこれ喋っていた僕を心の中で笑ってたのか? ひどい奴だな」
ルイは驚愕した。
「なに言ってるんだ? 俺たちは恋人なんかじゃない! そんなばかげたこと言わないでくれ。俺がゾレイを笑いものにするなんてあるわけないだろ」
「ええ?」
ゾレイは眉間に深いしわを作った。
「だって今のやりとり、どう考えたってそうでしょ。まだ隠し立てする気か、おい」
「誤解だよ、ゾレイ。聞いてくれ」
ルイは冷や汗をかきながら説明した。
「確かにライオルは俺によくしてくれているよ。でもそれは俺がライオルに連れてこられた風の魔導師で、あいつが地上で得た成果だからだ。王太子選定まで大事にしているだけに過ぎないよ。ギレットを目の敵にするのも、同じ王太子候補だからに決まってるって」
ルイはゾレイが納得してくれることを祈った。だが、ゾレイはうめき声をあげてまた両手で顔を覆ってしまった。
「ゾレイ?」
「うう、信じられない……ライオル様に想われておきながらそんな考え……もったいなさすぎる……万死に値する……」
「違うってば、だから」
「うるさい」
ゾレイはぱっと顔を上げてルイをにらんだ。
「きみたちのことはよくわかったよ。きみ、子供なんだね」
「えっ」
ゾレイはそう言い捨てると足取り荒く去っていった。ルイはぽつんと一人残されて途方に暮れた。
しばらく進んでいくと、戻ってきたギレット組とはち合わせた。先頭を歩くギレットは肩に大柄な男を担いでいる。
「お? なんだお前ら」
ギレットは担いでいた男を乱暴に地面に落とし、肩を回した。
「助けに来たのか? こっちはとっくに終わったぞ。その様子じゃ、そっちも片付いたみたいだな」
気絶している男の肩当てには、チャティオン盗賊団の赤い印がついている。ギレット組の全員が、盗賊団のメンバーらしき男たちを担いだり引きずったりして運んでいた。腕に包帯を巻いている隊員もいるが、歩けないほどの重傷者はいないようだ。
「……全員気絶させてしまったのか?」
ライオルが聞いた。
「おう。いきなり襲われてな。見たことある印をつけてたし、俺の隊に気後れする奴はいなかったよ。そっちの状況は?」
「海馬車の前に全員捕まえてある。お前のところの隊員が一名頭部を殴られて重傷だ」
「なに!?」
「森の中を歩いていたとき、ゾレイが自然の紋章を見つけたんだ。紋章を書き留めるためゾレイはそこにとどまったんだが、単独で置いていくわけにもいかないだろ? だからお前のところの隊員一人を護衛につけて別行動にしたんだが、そこを奴らに襲われてしまったんだ。救助に向かわせた者によると、後頭部を殴られて気絶していたらしい。ゾレイが人質にされてしまったが、助けたから無事だ」
「ゾレイってお前らと一緒に行った王宮魔導師か? それは災難だったな。こいつら、どうも俺たちの海馬車がこの森のエラスム泡を通り抜けたことを感知したらしいんだ。敵にも魔導師がいたんだよ」
ギレットはいったん下ろした盗賊団の男を再び担ぎなおした。
「重傷者が出たならすぐに戻ろう。というかこいつら全員海馬車に入りきるかな。結構な人数だろ」
ギレットは涼しい顔をしていたが、ほかの隊員はほぼ全員汗だくになって盗賊たちを運んでいた。ライオル組は手分けして盗賊たちを運ぶのを手伝った。ルイもファスマーと二人がかりで一人の大柄な男を運んだ。ルイは足を持って歩いたが、森に潜伏していて風呂に入っていない男の足はひどくにおった。
海馬車のところに戻り、ようやく全員が合流した。戻ってきた一行を見て、ルイたちを襲った盗賊たちは全員がやられてしまったことに憤った。ギレットを見とがめて飛びかかろうとした者もいたが、すぐに第一部隊の隊員に押さえつけられた。
チャティオン盗賊団の残党は、傷を止血された上で手足を縄で縛られた。チャティオン盗賊団の構成員は全員、裁判を待たずに監獄行きが決定している。彼らを海馬車に乗せて帰らないといけないので、最低限の食料と水を残して積み荷は置いていくことになった。
ルイはへろへろになりながら積み荷を海馬車から下ろしていった。野営用の天幕に薪、鍋、松明、獣よけの仕掛けなど、荷物はたくさんあった。ルイは海馬車の中にいるファスマーから荷物を受け取り、どんどん地面に積み上げていった。
ルイが作業しているかたわらに、頭を殴られて気絶した第一部隊の隊員が寝かされていた。呼んでも返事がなかったため、ひとまず出発まで安静にさせることになっている。だがルイがばたばた走り回っていたのがうるさかったのか、目を覚まして体を起こした。
「あっ、気がついた?」
ルイは荷物を置いて隊員のそばに膝をついた。彼はしばらくぼうっとしていたが、徐々に思いだしてきたようで顔色を変えた。
「敵は……! 王宮魔導師どのは!?」
「大丈夫、もう敵は全員捕縛されたよ。ゾレイも助けた。大した怪我もしてないよ。今帰投の準備をしてるからそのまま休んでて」
「え……本当か」
隊員はきょろきょろと辺りを見回し、慌ただしく動く兵士たちと、縛られたまま海馬車に放りこまれていく盗賊団を見て胸をなでおろした。
「よかった……」
隊員は頭に巻かれた包帯を触り、悔しそうに拳でどんと地面をたたいた。
「くそっ、王宮魔導師どのを危険な目に遭わせてしまった。なんてことだ。背後からの足音に気づかなかったなんて、兵士失格だ」
「まあまあ……そんなに興奮すると怪我にさわるよ」
ルイは後悔にさいなまれている隊員をなだめ、再び横にして寝かせた。
ルイが来ないのでファスマーが様子を見にやってきた。気絶していた隊員が目を覚ましたことを伝えると、ファスマーは救護担当らしく負傷者の容態を確かめ始めた。
「思ったより元気そうだ。ルイ、ヴァフラーム隊長に伝えてくれ」
「了解」
ルイは立ち上がってギレットを探して走った。ギレットは一人で端っこの海馬車の幌に寄りかかり、海図を広げて帰りの進路を確かめていた。
「ヴァフラーム隊長!」
「どうした?」
「気絶していた隊員が目を覚ましました」
「そうか。様子はどうだ?」
「問題なさそうです。背後からの足音に気づかなかったなんてふがいないって落ちこんでました」
「真面目な奴だからな。話せるなら大丈夫だろう」
ギレットは海図をたたんでポケットにしまいこんだ。
「お前らと同行していたうちの隊員がお前のことをほめていたぞ。海馬車を取り返すのに一役買ったんだってな」
「俺は大したことしてません。ライオルの後衛をつとめただけです」
「作戦を立てる暇もなかったのに、ずいぶん息が合っていたってさ。前も一緒に戦ったことがあるのか?」
「……リーゲンスで」
「あー……そっか。すでにお前ら戦友だったな」
ギレットはルイの背後をちらりと見てから、ルイの両肩をつかんで引き寄せた。
「な、なに?」
端正な顔を近づけられ、ルイの心臓が跳ねた。
「顔のあざ、消えたな……」
「ああ……そんなに気にするなよ。傷の一つや二つくらいどうってことない」
「傷ものにしてしまってたら、そのときはちゃんと嫁にもらってたよ」
「はは、なに言ってるんだよ」
「ヴァフラーム家はいやか?」
「え? あー、悪くないんじゃないの」
「本当か? 俺はいつでも歓迎するぞ」
「そりゃどうも」
ルイが適当に受け答えしていると、後ろから腕をつかまれて強い力で引っ張られた。ライオルだった。ルイはギレットの手から離れ、勢い余ってライオルの胸元に後頭部をぶつけた。
「こいつに触るな。火傷させられたら困る」
「だからそんなことしねえって」
「信用できるか。さんざんルイを殴ったくせに」
「あれは俺の意志じゃねえって! それくらいわかってるだろ! まったくどれだけ心狭いんだよ」
ギレットはいつもの不機嫌そうな表情に戻り、ルイの腕をつかんで離さないライオルを見てにやりと笑った。
「まあいいか。お前のおかげでチャティオン盗賊団の残党を全員確保できた。俺の手柄に貢献してくれてありがとな」
「俺とルイがいなかったら海馬車をとられていたかもしれないぞ。もっと感謝しろ」
「実際に連中を捕縛したのはうちの隊員だろ」
「俺の炎で奴らの退路を断ったんだ。火と風は相性がいいからな。お前とルイじゃこうはいかないさ」
「ちょっと戦い方をほめられたからって元気になるなよ。新兵にありがちな慢心だぞ」
ギレットは顔をしかめてルイを見た。
「ルイ、本当にこいつでいいのか? よそでは愛想振りまいてるけど、実際は少し手が触れた程度で騒ぐような小さい男だぞ。見切りをつけるなら今だぞ」
「俺は別に誰とも……」
「真面目に答えなくていい。もう出発するぞ。さっさと帰る準備をしろ」
ライオルはギレットを一瞥すると、ルイの腕を離して去っていった。ギレットはしばらくライオルの背中を見据えていたが、荷造りが終わった様子の第一部隊の海馬車のほうに歩いていった。ルイは二人の意図がいまいちわからなかったが、話は終わったらしい。
自分も戻ろうときびすを返したルイは、すぐ近くにゾレイが立っていることに気がついた。どうやらライオルを追ってきていたようだ。ゾレイは苦いものと酸っぱいものを同時に食べさせられたような顔をしていた。
「ゾレイ?」
ルイが声をかけるとゾレイは両手で顔を覆った。
「どうした? 気分が悪いのか? やっぱりまだ休んでたほうがいいよ」
「そうじゃない……ちょっと今自分を落ち着かせている……」
ゾレイは顔をのぞきこもうとするルイを手で制し、しばらく下を向いていた。ルイはどうしていいかわからずに立ちつくした。ゾレイはなにやらぶつぶつ呟いていたが、ふと顔を上げた。妙にすっきりした表情をしている。
「ルイ」
「なに?」
「きみのことは友達だと思っていた。だから黙っていられたことは誠に遺憾だ」
「なにを黙っていたって?」
「きみとライオル様が恋人同士だということだ。早く言ってくれれば、僕だってライオル様に話しかけるような不躾な真似はしなかった。きみの前であれこれ喋っていた僕を心の中で笑ってたのか? ひどい奴だな」
ルイは驚愕した。
「なに言ってるんだ? 俺たちは恋人なんかじゃない! そんなばかげたこと言わないでくれ。俺がゾレイを笑いものにするなんてあるわけないだろ」
「ええ?」
ゾレイは眉間に深いしわを作った。
「だって今のやりとり、どう考えたってそうでしょ。まだ隠し立てする気か、おい」
「誤解だよ、ゾレイ。聞いてくれ」
ルイは冷や汗をかきながら説明した。
「確かにライオルは俺によくしてくれているよ。でもそれは俺がライオルに連れてこられた風の魔導師で、あいつが地上で得た成果だからだ。王太子選定まで大事にしているだけに過ぎないよ。ギレットを目の敵にするのも、同じ王太子候補だからに決まってるって」
ルイはゾレイが納得してくれることを祈った。だが、ゾレイはうめき声をあげてまた両手で顔を覆ってしまった。
「ゾレイ?」
「うう、信じられない……ライオル様に想われておきながらそんな考え……もったいなさすぎる……万死に値する……」
「違うってば、だから」
「うるさい」
ゾレイはぱっと顔を上げてルイをにらんだ。
「きみたちのことはよくわかったよ。きみ、子供なんだね」
「えっ」
ゾレイはそう言い捨てると足取り荒く去っていった。ルイはぽつんと一人残されて途方に暮れた。
11
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる