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五章 風の吹く森

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 一行はギレット組の足跡を追って森の中を走った。寄り道をしながらゆっくり進んでいたライオル組とは異なり、ギレット組はひたすらまっすぐ進んだようだ。よどみない足跡は一直線に奥へと続いている。

 しばらく進んでいくと、戻ってきたギレット組とはち合わせた。先頭を歩くギレットは肩に大柄な男を担いでいる。

「お? なんだお前ら」

 ギレットは担いでいた男を乱暴に地面に落とし、肩を回した。

「助けに来たのか? こっちはとっくに終わったぞ。その様子じゃ、そっちも片付いたみたいだな」

 気絶している男の肩当てには、チャティオン盗賊団の赤い印がついている。ギレット組の全員が、盗賊団のメンバーらしき男たちを担いだり引きずったりして運んでいた。腕に包帯を巻いている隊員もいるが、歩けないほどの重傷者はいないようだ。

「……全員気絶させてしまったのか?」

 ライオルが聞いた。

「おう。いきなり襲われてな。見たことある印をつけてたし、俺の隊に気後れする奴はいなかったよ。そっちの状況は?」
「海馬車の前に全員捕まえてある。お前のところの隊員が一名頭部を殴られて重傷だ」
「なに!?」
「森の中を歩いていたとき、ゾレイが自然の紋章を見つけたんだ。紋章を書き留めるためゾレイはそこにとどまったんだが、単独で置いていくわけにもいかないだろ? だからお前のところの隊員一人を護衛につけて別行動にしたんだが、そこを奴らに襲われてしまったんだ。救助に向かわせた者によると、後頭部を殴られて気絶していたらしい。ゾレイが人質にされてしまったが、助けたから無事だ」
「ゾレイってお前らと一緒に行った王宮魔導師か? それは災難だったな。こいつら、どうも俺たちの海馬車がこの森のエラスム泡を通り抜けたことを感知したらしいんだ。敵にも魔導師がいたんだよ」

 ギレットはいったん下ろした盗賊団の男を再び担ぎなおした。

「重傷者が出たならすぐに戻ろう。というかこいつら全員海馬車に入りきるかな。結構な人数だろ」

 ギレットは涼しい顔をしていたが、ほかの隊員はほぼ全員汗だくになって盗賊たちを運んでいた。ライオル組は手分けして盗賊たちを運ぶのを手伝った。ルイもファスマーと二人がかりで一人の大柄な男を運んだ。ルイは足を持って歩いたが、森に潜伏していて風呂に入っていない男の足はひどくにおった。

 海馬車のところに戻り、ようやく全員が合流した。戻ってきた一行を見て、ルイたちを襲った盗賊たちは全員がやられてしまったことに憤った。ギレットを見とがめて飛びかかろうとした者もいたが、すぐに第一部隊の隊員に押さえつけられた。

 チャティオン盗賊団の残党は、傷を止血された上で手足を縄で縛られた。チャティオン盗賊団の構成員は全員、裁判を待たずに監獄行きが決定している。彼らを海馬車に乗せて帰らないといけないので、最低限の食料と水を残して積み荷は置いていくことになった。

 ルイはへろへろになりながら積み荷を海馬車から下ろしていった。野営用の天幕に薪、鍋、松明、獣よけの仕掛けなど、荷物はたくさんあった。ルイは海馬車の中にいるファスマーから荷物を受け取り、どんどん地面に積み上げていった。

 ルイが作業しているかたわらに、頭を殴られて気絶した第一部隊の隊員が寝かされていた。呼んでも返事がなかったため、ひとまず出発まで安静にさせることになっている。だがルイがばたばた走り回っていたのがうるさかったのか、目を覚まして体を起こした。

「あっ、気がついた?」

 ルイは荷物を置いて隊員のそばに膝をついた。彼はしばらくぼうっとしていたが、徐々に思いだしてきたようで顔色を変えた。

「敵は……! 王宮魔導師どのは!?」
「大丈夫、もう敵は全員捕縛されたよ。ゾレイも助けた。大した怪我もしてないよ。今帰投の準備をしてるからそのまま休んでて」
「え……本当か」

 隊員はきょろきょろと辺りを見回し、慌ただしく動く兵士たちと、縛られたまま海馬車に放りこまれていく盗賊団を見て胸をなでおろした。

「よかった……」

 隊員は頭に巻かれた包帯を触り、悔しそうに拳でどんと地面をたたいた。

「くそっ、王宮魔導師どのを危険な目に遭わせてしまった。なんてことだ。背後からの足音に気づかなかったなんて、兵士失格だ」
「まあまあ……そんなに興奮すると怪我にさわるよ」

 ルイは後悔にさいなまれている隊員をなだめ、再び横にして寝かせた。

 ルイが来ないのでファスマーが様子を見にやってきた。気絶していた隊員が目を覚ましたことを伝えると、ファスマーは救護担当らしく負傷者の容態を確かめ始めた。

「思ったより元気そうだ。ルイ、ヴァフラーム隊長に伝えてくれ」
「了解」

 ルイは立ち上がってギレットを探して走った。ギレットは一人で端っこの海馬車の幌に寄りかかり、海図を広げて帰りの進路を確かめていた。

「ヴァフラーム隊長!」
「どうした?」
「気絶していた隊員が目を覚ましました」
「そうか。様子はどうだ?」
「問題なさそうです。背後からの足音に気づかなかったなんてふがいないって落ちこんでました」
「真面目な奴だからな。話せるなら大丈夫だろう」

 ギレットは海図をたたんでポケットにしまいこんだ。

「お前らと同行していたうちの隊員がお前のことをほめていたぞ。海馬車を取り返すのに一役買ったんだってな」
「俺は大したことしてません。ライオルの後衛をつとめただけです」
「作戦を立てる暇もなかったのに、ずいぶん息が合っていたってさ。前も一緒に戦ったことがあるのか?」
「……リーゲンスで」
「あー……そっか。すでにお前ら戦友だったな」

 ギレットはルイの背後をちらりと見てから、ルイの両肩をつかんで引き寄せた。

「な、なに?」

 端正な顔を近づけられ、ルイの心臓が跳ねた。

「顔のあざ、消えたな……」
「ああ……そんなに気にするなよ。傷の一つや二つくらいどうってことない」
「傷ものにしてしまってたら、そのときはちゃんと嫁にもらってたよ」
「はは、なに言ってるんだよ」
「ヴァフラーム家はいやか?」
「え? あー、悪くないんじゃないの」
「本当か? 俺はいつでも歓迎するぞ」
「そりゃどうも」

 ルイが適当に受け答えしていると、後ろから腕をつかまれて強い力で引っ張られた。ライオルだった。ルイはギレットの手から離れ、勢い余ってライオルの胸元に後頭部をぶつけた。

「こいつに触るな。火傷させられたら困る」
「だからそんなことしねえって」
「信用できるか。さんざんルイを殴ったくせに」
「あれは俺の意志じゃねえって! それくらいわかってるだろ! まったくどれだけ心狭いんだよ」

 ギレットはいつもの不機嫌そうな表情に戻り、ルイの腕をつかんで離さないライオルを見てにやりと笑った。

「まあいいか。お前のおかげでチャティオン盗賊団の残党を全員確保できた。俺の手柄に貢献してくれてありがとな」
「俺とルイがいなかったら海馬車をとられていたかもしれないぞ。もっと感謝しろ」
「実際に連中を捕縛したのはうちの隊員だろ」
「俺の炎で奴らの退路を断ったんだ。火と風は相性がいいからな。お前とルイじゃこうはいかないさ」
「ちょっと戦い方をほめられたからって元気になるなよ。新兵にありがちな慢心だぞ」

 ギレットは顔をしかめてルイを見た。

「ルイ、本当にこいつでいいのか? よそでは愛想振りまいてるけど、実際は少し手が触れた程度で騒ぐような小さい男だぞ。見切りをつけるなら今だぞ」
「俺は別に誰とも……」
「真面目に答えなくていい。もう出発するぞ。さっさと帰る準備をしろ」

 ライオルはギレットを一瞥すると、ルイの腕を離して去っていった。ギレットはしばらくライオルの背中を見据えていたが、荷造りが終わった様子の第一部隊の海馬車のほうに歩いていった。ルイは二人の意図がいまいちわからなかったが、話は終わったらしい。

 自分も戻ろうときびすを返したルイは、すぐ近くにゾレイが立っていることに気がついた。どうやらライオルを追ってきていたようだ。ゾレイは苦いものと酸っぱいものを同時に食べさせられたような顔をしていた。

「ゾレイ?」

 ルイが声をかけるとゾレイは両手で顔を覆った。

「どうした? 気分が悪いのか? やっぱりまだ休んでたほうがいいよ」
「そうじゃない……ちょっと今自分を落ち着かせている……」

 ゾレイは顔をのぞきこもうとするルイを手で制し、しばらく下を向いていた。ルイはどうしていいかわからずに立ちつくした。ゾレイはなにやらぶつぶつ呟いていたが、ふと顔を上げた。妙にすっきりした表情をしている。

「ルイ」
「なに?」
「きみのことは友達だと思っていた。だから黙っていられたことは誠に遺憾だ」
「なにを黙っていたって?」
「きみとライオル様が恋人同士だということだ。早く言ってくれれば、僕だってライオル様に話しかけるような不躾な真似はしなかった。きみの前であれこれ喋っていた僕を心の中で笑ってたのか? ひどい奴だな」

 ルイは驚愕した。

「なに言ってるんだ? 俺たちは恋人なんかじゃない! そんなばかげたこと言わないでくれ。俺がゾレイを笑いものにするなんてあるわけないだろ」
「ええ?」

 ゾレイは眉間に深いしわを作った。

「だって今のやりとり、どう考えたってそうでしょ。まだ隠し立てする気か、おい」
「誤解だよ、ゾレイ。聞いてくれ」

 ルイは冷や汗をかきながら説明した。

「確かにライオルは俺によくしてくれているよ。でもそれは俺がライオルに連れてこられた風の魔導師で、あいつが地上で得た成果だからだ。王太子選定まで大事にしているだけに過ぎないよ。ギレットを目の敵にするのも、同じ王太子候補だからに決まってるって」

 ルイはゾレイが納得してくれることを祈った。だが、ゾレイはうめき声をあげてまた両手で顔を覆ってしまった。

「ゾレイ?」
「うう、信じられない……ライオル様に想われておきながらそんな考え……もったいなさすぎる……万死に値する……」
「違うってば、だから」
「うるさい」

 ゾレイはぱっと顔を上げてルイをにらんだ。

「きみたちのことはよくわかったよ。きみ、子供なんだね」
「えっ」

 ゾレイはそう言い捨てると足取り荒く去っていった。ルイはぽつんと一人残されて途方に暮れた。
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