38 / 134
五章 風の吹く森
3
しおりを挟む
フェイを仲間に加えて先に進んでいくと、不意にゾレイがあっと声をあげて走り出した。ゾレイはとある木の根もとに座りこみ、くねくね曲がった太い根っこをじっと見つめた。
「ライオル様、自然の紋章です!」
「なにっ」
ライオルと第九部隊の魔導師たちは一斉にゾレイのところに駆け寄った。ルイは閉ざされた森に浮かぶ紋章を見ようと押し合いへし合いする仲間をかき分け、木の根もとを見た。ごつごつした茶色い幹には、魔力のこもった紋章が網目状に浮かび上がっている。
「これ……初めて見る紋章です」
ゾレイは肩にかけていた鞄からノートと鉛筆を取り出し、紋章を書き写しはじめた。ライオルはあごに手を当てて紋章を見つめた。
「もしかして、風の紋章か?」
「可能性は高いです! これを読み解けば、風の魔導具を作れるかもしれません!」
ゾレイは注意深く幹に指をはわせながら、曲がりくねって広がる紋章の全体像をつかもうと躍起になった。あまり紋章に詳しくない第九部隊の隊員たちも、新たな魔導の発見にざわついた。
「本当に風に関する紋章だったらすごいですよ……」
カドレックが感動して言った。ライオルは大きくうなずいた。
「ああ。もしそうなら、ここまで来た価値は十分すぎるほどあるな」
ライオルは一人の第一部隊の隊員を呼んだ。
「書き写すのにしばらくかかるだろう。それまでゾレイの護衛を頼む」
「わかりました」
剣に長けた第一部隊の兵士は、敬礼して王宮魔導師を護衛する役目を請け負った。地面にほとんど腹ばいになったゾレイは一心不乱に鉛筆を走らせている。ライオルはゾレイと兵士一人を残し、先を急いだ。
ルイは嬉しそうな仲間たちのあいだでただ一人浮かない顔をしていた。ライオルはルイに明るく声をかけた。
「どうしたルイ。嬉しくないのか? 風の魔導具の開発に成功したら、お前はもう毎日王宮に通わなくてもいいんだぞ」
ルイは眉をひそめた。
「……そっちこそ、なんで喜んでるんですか? 俺の価値がなくなったら困るのは隊長でしょう」
「お前の仕事がなくなったところで別に困らないな」
ライオルはにやりと笑い、隊の先頭に戻っていった。
ルイは困惑したが、新しい魔道具が開発されるのには時間がかかることを思いだした。あと数月で王太子は決定する。そのあとに風の魔導師の価値がなくなり、ルイが仕事を失おうが関係ないということだろうか。ルイは恨みがましくライオルの背中をにらんだ。
◆
ライオル一行は寄り道しながら、ルイが上空から見つけた開けた場所にたどり着いた。そこだけ木が生えておらず、だだっ広い草原になっている。ライオルは木の影から草原を注意深く観察し、眉間にしわを寄せた。ライオルはハンドサインで第一部隊と第九部隊の班長計四人を呼びつけた。
「……野営の跡がある。誰かいるぞ」
草原には簡素な天幕が五つと、たき火の跡が二つあった。
「俺の班で見てきます」
第一部隊の班長が偵察に名乗りを上げた。
「タールヴィ隊長とほかの皆はここで待っていてください」
「ああ、頼む。問題がなければ合図をくれ」
班長は班員を集め、剣を抜いて草原に走っていった。注意深く野営地に近づき、天幕の中を一つずつあらためていく。ひととおり周囲を確認し終えると、班長が手を上げた。
「行くぞ」
ライオルと残りの三班も草原に足を踏み入れた。偵察を終えた班長がライオルに報告した。
「天幕は無人です。荷物もありません」
「そうか。海中師団が気づく前に誰かが入ったんだろう。盗賊のたぐいでないといいんだが……天幕は全部で五つか。それにしてはどうも……」
ルイは踏み荒らされた雑草を足でつついていた。ライオルはルイのそばのたき火の燃え残りに手を突っこんだ。
「まだ少し温かい……」
「え?」
ルイが目を丸くしたとき、なにかが空を切る鋭い音が聞こえてきた。見上げると、四方から何本もの矢が降り注いできていた。気づいたライオルが怒鳴った。
「上から攻撃だ!」
ライオルは抜刀すると硬直してしまったルイを左手で抱き寄せ、上空に炎を放った。放たれた矢はすべて燃えて地面に落ちた。その場の全員が剣を抜いて周囲を警戒した。
再び森の中から矢の雨が降ってきて、ライオルが炎で迎え撃った。
「ちっ、囲まれていたか」
矢は草原を囲む森の前後左右すべてから飛んできた。ライオルの指示で、第九部隊の隊員が円錐形の魔導具を真上に投げた。魔導具は上空で破裂し、パンと乾いた音を立てて一筋の煙を上げた。ギレットたちへの敵発見の合図だ。
「矢はすべて俺が落とす。白兵戦に備えろ」
ライオルが言った。敵は森に隠れて様子をうかがっているようだ。弓矢での攻撃が通用しないことは十分わかったはずだ。ライオルたちは敵が姿を現すのを待った。
ルイは剣を構え、痛いほど鳴り続ける心臓の鼓動を聞いていた。時間は遅々としてなかなか進まず、ルイは神経をすり減らした。
枝が折れる音がして、ルイたちがやってきた方角から一人の男が現れた。分厚い毛皮のコートを着た人相の悪い男だ。背中に弓を背負い、右手によく使いこまれた剣を握っている。さらに数人、同じ格好の男たちが四方八方からやってきてルイたちを取り囲んだ。
「全員じゃないな……」
ライオルが呟いた。男たちはある程度まで距離を詰めると立ち止まった。ライオルが黙っていると、最初に姿を見せた男が口火を切った。
「海王軍だな。なにしに来た?」
「調査のためだ」
ライオルは短く答えた。
「お前たちは何者だ?」
男はライオルを観察していて答えない。ライオルの隣にいた第一部隊の班長が息をのんだ。
「どうして……まさか……チャティオン盗賊団だ!」
「なに?」
ライオルは敵から視線をそらさずに聞いた。
「チャティオン盗賊団? お前たちが壊滅させたんじゃなかったのか?」
「でもあの服に塗られた赤い印、あれはチャティオン盗賊団の印です……! おそらく残党かと!」
男たちが身につけているものはばらばらだが、どの服にも赤い塗料で斜めの線が引かれていた。
「そうだ。俺たちはチャティオン盗賊団だ。もう頭領はいないけどな」
「縛り首になった頭領の復讐でもする気か?」
「いやいや、まさか。交渉させてくれ」
「なんだ。言ってみろ」
「俺たち泳いでここまで来たんだ。だからお前らの乗ってきた海馬車を俺たちにくれ」
「交渉というからには、そっちも我々になにか有益なものを提供してくれるんだろうな?」
「ああ、もちろんだ」
男は笑うと後ろの藪に向かって指を二回鳴らした。森の木に隠れていた仲間が二人、茂みの中からこちらにやってきた。ゾレイを連れている。
「この銀髪のきれいな兄ちゃんを代わりにやるよ! いいだろ?」
男はやに下がった笑みを浮かべた。ライオルたちの空気が重くなった。ゾレイは両手を背中で縛り上げられ、首にナイフを突きつけられて蒼白になっている。今にも気を失ってしまいそうだ。
「ちっ、クズめ」
盗賊団の男は悪態をついたライオルをせせら笑った。ルイはゾレイと一緒に残った第一部隊の隊員の姿がないことに怖くなった。まさか殺されてしまったのだろうか。
ルイは手が震えてしまい、剣を強く握りしめて震えを抑えた。海王軍に入りたいと言ったルイをライオルがあれだけ怒った意味をかみしめた。命がけの仕事だと覚悟していたものの、いざ戦いの場に放りこまれると怖くてたまらない。
人数はこちらの方が多い。しかし、ライオルの見立てでは全員ではないとのことだった。それに人質を取られてはもはや優位には立てない。
「わかった、言う通りにしよう」
ライオルは構えていた剣を下ろした。それを見た全員が次々と剣を下ろしていく。ルイもそれにならった。
「よーし」
盗賊団の男は満足げに笑い、全員に武器を投げ捨てるよう指示した。ルイはおとなしく剣を地面に放り投げた。海王軍側の全員の武装が解除されると、盗賊団はルイたちを一列に並ばせて歩かせた。ゾレイは最後尾、ライオルは道案内をかねて先頭を歩かされた。指揮官と人質を離し、反撃されないようにしているようだ。
ルイたちは来た道をたどり、海馬車を停めていた場所に戻ってきた。ギレット組の姿はなく、森の入り口は静かなままだった。
盗賊たちはルイたちを一カ所に集めて座らせ、五台の海馬車を点検した。数人が中に入り、いらない荷物を外に放り出していく。縄や紐を引っ張り出しているのはルイたちを縛るためだろう。ゾレイは少し離れたところで二人の男に挟まれて立っている。
不意に一陣の風が起こり、ルイたちを見張っていた男が目を閉じた。その一瞬の隙にライオルは素早く振り返り、すぐ後ろにいるルイに言った。
「ルイ、俺に続いて援護しろ」
「おい喋るな!」
見張りの男はすぐに気づいて剣を振りかざして迫ってきた。ライオルは立ち上がりざまに叫んだ。
「カドレックはゾレイを助けろ!」
ライオルは男に向かって火の玉を投げつけた。顔面を火であぶられた男は悲鳴をあげて倒れこんだ。ライオルは走りながら手を振った。理解したルイは、風を起こしてライオルの火を分厚く燃え上がらせた。炎の壁ができて海馬車を取り囲み、盗賊団はその中に閉じこめられた。
「行け!」
ライオルが怒鳴ると、おとなしくしていた隊員全員が立ち上がって盗賊団に向かっていった。第一部隊の班長は、火を消そうと地面に転がっている男の手から剣を奪い、カドレックに渡した。カドレックは剣を持ってゾレイのほうへ走っていった。
炎に巻かれてパニックになった盗賊団に、第一部隊の隊員たちは臆せず素手で飛びかかった。戦闘慣れしている彼らは武器を持たなくても十分に強かった。
ある隊員は目をやられてがむしゃらに剣を振る男の斬撃を避け、柄を持つ手をなぐって剣を奪った。第九部隊の隊員たちも負けじと盗賊団に向かっていった。
ライオルは隠し持っていたナイフを投げて一人の腕を刺し、ひるませたところで剣を奪った。ライオルを危険視した五、六人が一斉に斬りかかってきた。ライオルのすぐ後ろにいたルイは、風の流れを変えて盗賊たちが越えてきた炎をふくれあがらせた。盗賊たちは背後から火に包まれ、熱された空気を吸いこんでしまい悲痛な叫び声をあげた。それでも気丈に剣を振る者もいたが、ライオルに斬られて地面に転がった。
盗賊団は大多数が倒され、何人かがちりぢりになって森の中に逃げていった。だがそれもすべて追いかけられて捕らえられた。
最後にカドレックが森の中から一人の盗賊を捕まえて戻ってきた。普段穏やかなカドレックも、人が変わったように冷たい表情をしている。
ルイは解放されて座りこんでいるゾレイに駆け寄った。
「ゾレイ、大丈夫か? 怪我は?」
「だ、大丈夫……」
ゾレイは縛られていた手をさすりながら言った。泣き出したいのを必死にこらえているようで、震える唇をきゅっと結んでいる。手首が赤くなっているが、ほかに怪我はなさそうだった。
「そっか。よかった」
「うん……」
ゾレイは鼻をすすり、手をついて立ち上がった。海馬車を囲む炎は水の魔導師の手で消され、白い煙が辺りを包んでいる。
盗賊団は縛り上げられて中央に集められた。第一部隊の隊員は、最初に姿を現した盗賊団の男を慣れた手つきで締め上げた。
「ほかの仲間の居場所を言え。お前たちで全員じゃないのはわかってんだ」
腕を背中でねじりながら詰問すると、男は悲鳴をあげた。
「いででで、ほかの連中も森の中にいるよ! 二手に分かれたもう片方を追ってった!」
「やっぱりか」
隊員はライオルと目を合わせた。
「ヴァフラーム隊長も襲われたに違いありません」
「仕方ない、行くか」
盗賊団の男は血走った目をカッと見開いた。
「はあ!? かしらを殺しやがった奴がいたのか!? 俺もそっちに行ってぶっ殺してやればよかっ……」
第一部隊の隊員は迷わず男の肩の関節を外した。鈍い音がして、男は激痛にもだえた。
「あの妙に目立つところにあった天幕はおとりだな」
ライオルが言った。
「数をごまかそうとした跡があった。足跡の数も多かったし、ここにいるのはおよそ半数だろう」
「助けに行きましょう」
「そうだな」
捕まえた盗賊たちの見張りは第一部隊の班に任せ、ライオルたちは予備の剣を持ってギレット組を追った。そのあいだ、ゾレイは海馬車の中で休ませることにした。
「ライオル様、自然の紋章です!」
「なにっ」
ライオルと第九部隊の魔導師たちは一斉にゾレイのところに駆け寄った。ルイは閉ざされた森に浮かぶ紋章を見ようと押し合いへし合いする仲間をかき分け、木の根もとを見た。ごつごつした茶色い幹には、魔力のこもった紋章が網目状に浮かび上がっている。
「これ……初めて見る紋章です」
ゾレイは肩にかけていた鞄からノートと鉛筆を取り出し、紋章を書き写しはじめた。ライオルはあごに手を当てて紋章を見つめた。
「もしかして、風の紋章か?」
「可能性は高いです! これを読み解けば、風の魔導具を作れるかもしれません!」
ゾレイは注意深く幹に指をはわせながら、曲がりくねって広がる紋章の全体像をつかもうと躍起になった。あまり紋章に詳しくない第九部隊の隊員たちも、新たな魔導の発見にざわついた。
「本当に風に関する紋章だったらすごいですよ……」
カドレックが感動して言った。ライオルは大きくうなずいた。
「ああ。もしそうなら、ここまで来た価値は十分すぎるほどあるな」
ライオルは一人の第一部隊の隊員を呼んだ。
「書き写すのにしばらくかかるだろう。それまでゾレイの護衛を頼む」
「わかりました」
剣に長けた第一部隊の兵士は、敬礼して王宮魔導師を護衛する役目を請け負った。地面にほとんど腹ばいになったゾレイは一心不乱に鉛筆を走らせている。ライオルはゾレイと兵士一人を残し、先を急いだ。
ルイは嬉しそうな仲間たちのあいだでただ一人浮かない顔をしていた。ライオルはルイに明るく声をかけた。
「どうしたルイ。嬉しくないのか? 風の魔導具の開発に成功したら、お前はもう毎日王宮に通わなくてもいいんだぞ」
ルイは眉をひそめた。
「……そっちこそ、なんで喜んでるんですか? 俺の価値がなくなったら困るのは隊長でしょう」
「お前の仕事がなくなったところで別に困らないな」
ライオルはにやりと笑い、隊の先頭に戻っていった。
ルイは困惑したが、新しい魔道具が開発されるのには時間がかかることを思いだした。あと数月で王太子は決定する。そのあとに風の魔導師の価値がなくなり、ルイが仕事を失おうが関係ないということだろうか。ルイは恨みがましくライオルの背中をにらんだ。
◆
ライオル一行は寄り道しながら、ルイが上空から見つけた開けた場所にたどり着いた。そこだけ木が生えておらず、だだっ広い草原になっている。ライオルは木の影から草原を注意深く観察し、眉間にしわを寄せた。ライオルはハンドサインで第一部隊と第九部隊の班長計四人を呼びつけた。
「……野営の跡がある。誰かいるぞ」
草原には簡素な天幕が五つと、たき火の跡が二つあった。
「俺の班で見てきます」
第一部隊の班長が偵察に名乗りを上げた。
「タールヴィ隊長とほかの皆はここで待っていてください」
「ああ、頼む。問題がなければ合図をくれ」
班長は班員を集め、剣を抜いて草原に走っていった。注意深く野営地に近づき、天幕の中を一つずつあらためていく。ひととおり周囲を確認し終えると、班長が手を上げた。
「行くぞ」
ライオルと残りの三班も草原に足を踏み入れた。偵察を終えた班長がライオルに報告した。
「天幕は無人です。荷物もありません」
「そうか。海中師団が気づく前に誰かが入ったんだろう。盗賊のたぐいでないといいんだが……天幕は全部で五つか。それにしてはどうも……」
ルイは踏み荒らされた雑草を足でつついていた。ライオルはルイのそばのたき火の燃え残りに手を突っこんだ。
「まだ少し温かい……」
「え?」
ルイが目を丸くしたとき、なにかが空を切る鋭い音が聞こえてきた。見上げると、四方から何本もの矢が降り注いできていた。気づいたライオルが怒鳴った。
「上から攻撃だ!」
ライオルは抜刀すると硬直してしまったルイを左手で抱き寄せ、上空に炎を放った。放たれた矢はすべて燃えて地面に落ちた。その場の全員が剣を抜いて周囲を警戒した。
再び森の中から矢の雨が降ってきて、ライオルが炎で迎え撃った。
「ちっ、囲まれていたか」
矢は草原を囲む森の前後左右すべてから飛んできた。ライオルの指示で、第九部隊の隊員が円錐形の魔導具を真上に投げた。魔導具は上空で破裂し、パンと乾いた音を立てて一筋の煙を上げた。ギレットたちへの敵発見の合図だ。
「矢はすべて俺が落とす。白兵戦に備えろ」
ライオルが言った。敵は森に隠れて様子をうかがっているようだ。弓矢での攻撃が通用しないことは十分わかったはずだ。ライオルたちは敵が姿を現すのを待った。
ルイは剣を構え、痛いほど鳴り続ける心臓の鼓動を聞いていた。時間は遅々としてなかなか進まず、ルイは神経をすり減らした。
枝が折れる音がして、ルイたちがやってきた方角から一人の男が現れた。分厚い毛皮のコートを着た人相の悪い男だ。背中に弓を背負い、右手によく使いこまれた剣を握っている。さらに数人、同じ格好の男たちが四方八方からやってきてルイたちを取り囲んだ。
「全員じゃないな……」
ライオルが呟いた。男たちはある程度まで距離を詰めると立ち止まった。ライオルが黙っていると、最初に姿を見せた男が口火を切った。
「海王軍だな。なにしに来た?」
「調査のためだ」
ライオルは短く答えた。
「お前たちは何者だ?」
男はライオルを観察していて答えない。ライオルの隣にいた第一部隊の班長が息をのんだ。
「どうして……まさか……チャティオン盗賊団だ!」
「なに?」
ライオルは敵から視線をそらさずに聞いた。
「チャティオン盗賊団? お前たちが壊滅させたんじゃなかったのか?」
「でもあの服に塗られた赤い印、あれはチャティオン盗賊団の印です……! おそらく残党かと!」
男たちが身につけているものはばらばらだが、どの服にも赤い塗料で斜めの線が引かれていた。
「そうだ。俺たちはチャティオン盗賊団だ。もう頭領はいないけどな」
「縛り首になった頭領の復讐でもする気か?」
「いやいや、まさか。交渉させてくれ」
「なんだ。言ってみろ」
「俺たち泳いでここまで来たんだ。だからお前らの乗ってきた海馬車を俺たちにくれ」
「交渉というからには、そっちも我々になにか有益なものを提供してくれるんだろうな?」
「ああ、もちろんだ」
男は笑うと後ろの藪に向かって指を二回鳴らした。森の木に隠れていた仲間が二人、茂みの中からこちらにやってきた。ゾレイを連れている。
「この銀髪のきれいな兄ちゃんを代わりにやるよ! いいだろ?」
男はやに下がった笑みを浮かべた。ライオルたちの空気が重くなった。ゾレイは両手を背中で縛り上げられ、首にナイフを突きつけられて蒼白になっている。今にも気を失ってしまいそうだ。
「ちっ、クズめ」
盗賊団の男は悪態をついたライオルをせせら笑った。ルイはゾレイと一緒に残った第一部隊の隊員の姿がないことに怖くなった。まさか殺されてしまったのだろうか。
ルイは手が震えてしまい、剣を強く握りしめて震えを抑えた。海王軍に入りたいと言ったルイをライオルがあれだけ怒った意味をかみしめた。命がけの仕事だと覚悟していたものの、いざ戦いの場に放りこまれると怖くてたまらない。
人数はこちらの方が多い。しかし、ライオルの見立てでは全員ではないとのことだった。それに人質を取られてはもはや優位には立てない。
「わかった、言う通りにしよう」
ライオルは構えていた剣を下ろした。それを見た全員が次々と剣を下ろしていく。ルイもそれにならった。
「よーし」
盗賊団の男は満足げに笑い、全員に武器を投げ捨てるよう指示した。ルイはおとなしく剣を地面に放り投げた。海王軍側の全員の武装が解除されると、盗賊団はルイたちを一列に並ばせて歩かせた。ゾレイは最後尾、ライオルは道案内をかねて先頭を歩かされた。指揮官と人質を離し、反撃されないようにしているようだ。
ルイたちは来た道をたどり、海馬車を停めていた場所に戻ってきた。ギレット組の姿はなく、森の入り口は静かなままだった。
盗賊たちはルイたちを一カ所に集めて座らせ、五台の海馬車を点検した。数人が中に入り、いらない荷物を外に放り出していく。縄や紐を引っ張り出しているのはルイたちを縛るためだろう。ゾレイは少し離れたところで二人の男に挟まれて立っている。
不意に一陣の風が起こり、ルイたちを見張っていた男が目を閉じた。その一瞬の隙にライオルは素早く振り返り、すぐ後ろにいるルイに言った。
「ルイ、俺に続いて援護しろ」
「おい喋るな!」
見張りの男はすぐに気づいて剣を振りかざして迫ってきた。ライオルは立ち上がりざまに叫んだ。
「カドレックはゾレイを助けろ!」
ライオルは男に向かって火の玉を投げつけた。顔面を火であぶられた男は悲鳴をあげて倒れこんだ。ライオルは走りながら手を振った。理解したルイは、風を起こしてライオルの火を分厚く燃え上がらせた。炎の壁ができて海馬車を取り囲み、盗賊団はその中に閉じこめられた。
「行け!」
ライオルが怒鳴ると、おとなしくしていた隊員全員が立ち上がって盗賊団に向かっていった。第一部隊の班長は、火を消そうと地面に転がっている男の手から剣を奪い、カドレックに渡した。カドレックは剣を持ってゾレイのほうへ走っていった。
炎に巻かれてパニックになった盗賊団に、第一部隊の隊員たちは臆せず素手で飛びかかった。戦闘慣れしている彼らは武器を持たなくても十分に強かった。
ある隊員は目をやられてがむしゃらに剣を振る男の斬撃を避け、柄を持つ手をなぐって剣を奪った。第九部隊の隊員たちも負けじと盗賊団に向かっていった。
ライオルは隠し持っていたナイフを投げて一人の腕を刺し、ひるませたところで剣を奪った。ライオルを危険視した五、六人が一斉に斬りかかってきた。ライオルのすぐ後ろにいたルイは、風の流れを変えて盗賊たちが越えてきた炎をふくれあがらせた。盗賊たちは背後から火に包まれ、熱された空気を吸いこんでしまい悲痛な叫び声をあげた。それでも気丈に剣を振る者もいたが、ライオルに斬られて地面に転がった。
盗賊団は大多数が倒され、何人かがちりぢりになって森の中に逃げていった。だがそれもすべて追いかけられて捕らえられた。
最後にカドレックが森の中から一人の盗賊を捕まえて戻ってきた。普段穏やかなカドレックも、人が変わったように冷たい表情をしている。
ルイは解放されて座りこんでいるゾレイに駆け寄った。
「ゾレイ、大丈夫か? 怪我は?」
「だ、大丈夫……」
ゾレイは縛られていた手をさすりながら言った。泣き出したいのを必死にこらえているようで、震える唇をきゅっと結んでいる。手首が赤くなっているが、ほかに怪我はなさそうだった。
「そっか。よかった」
「うん……」
ゾレイは鼻をすすり、手をついて立ち上がった。海馬車を囲む炎は水の魔導師の手で消され、白い煙が辺りを包んでいる。
盗賊団は縛り上げられて中央に集められた。第一部隊の隊員は、最初に姿を現した盗賊団の男を慣れた手つきで締め上げた。
「ほかの仲間の居場所を言え。お前たちで全員じゃないのはわかってんだ」
腕を背中でねじりながら詰問すると、男は悲鳴をあげた。
「いででで、ほかの連中も森の中にいるよ! 二手に分かれたもう片方を追ってった!」
「やっぱりか」
隊員はライオルと目を合わせた。
「ヴァフラーム隊長も襲われたに違いありません」
「仕方ない、行くか」
盗賊団の男は血走った目をカッと見開いた。
「はあ!? かしらを殺しやがった奴がいたのか!? 俺もそっちに行ってぶっ殺してやればよかっ……」
第一部隊の隊員は迷わず男の肩の関節を外した。鈍い音がして、男は激痛にもだえた。
「あの妙に目立つところにあった天幕はおとりだな」
ライオルが言った。
「数をごまかそうとした跡があった。足跡の数も多かったし、ここにいるのはおよそ半数だろう」
「助けに行きましょう」
「そうだな」
捕まえた盗賊たちの見張りは第一部隊の班に任せ、ライオルたちは予備の剣を持ってギレット組を追った。そのあいだ、ゾレイは海馬車の中で休ませることにした。
0
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる