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六章 遠い屋敷
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しおりを挟む忠実なホルシェードもさすがに驚いたようで、いつもの無表情が崩れた。テオフィロは慄然としてテーブルを拳でたたいた。
「お言葉ですが! 十九家である我々がほかの十九家に手を出すことはできません! ばれたらあなたは王位継承権の剥奪くらいでは済みませんよ!」
「ばれないようにやれ」
「ライオル様! 少し冷静になってください! ルイ様を取り戻したって、あなたがすべてを失ってしまったら意味ないでしょうが!」
ライオルは頬を紅潮させて怒る幼なじみを見つめた。
「だがそれ以外に方法はない。エディーズ商会の機密を盗んだ罪は、百倍にしてクウリーにひっかぶせてやる。これ以上ちんたら情報を集めている暇はないんだ。いいな、ホルシェード」
「……はい」
ホルシェードはすでにいつもの無表情に戻っている。覚悟を決めたようだった。
「ホルシェード! なんでも言うこと聞けばいいってもんじゃないだろ!」
「テオフィロ」
「なんですか!?」
「俺はルイを取り戻すためならなんでもやる。あいつを俺から奪おうとする奴は、誰だろうと殺してやる」
テオフィロは赤い顔を今度は白くして、言葉もないようだった。ストゥーディはこうなることを予想していたのか、事務的な口調で言った。
「ではライオル様、私たちはエディーズ商会の近辺を洗ってまいります」
「ああ、頼む。どんな手を使ってでも調べ上げろ」
その言葉を最後に一同は解散した。
◆
その後、ホルシェードは命令通り、エディーズ商会カリバン・クルス支部に夜中に忍びこんで目当ての品を盗み出した。屋敷に戻ったホルシェードは、寝ずにホルシェードの帰りを待っていたライオルに商会の記録帳を渡した。
記録によると、ルイがいなくなった日の夜に海馬車が一台カリバン・クルスを出ていた。積み荷の半分は日持ちのする食料品と香辛料で、残りはタペストリーや珊瑚のネックレスなどの奢侈品だった。行き先はフェデリア国の港町ポーグだった。
「……これはなんだ?」
ライオルは積み荷のリストの最後に書き加えられた記述に目を留めた。ほかの商品は丁寧に書かれているのに、ここだけ殴り書きのような乱雑な筆跡で書かれている。
「『黒と青の器、四』だと? これだけなんの商品なのか曖昧だ……。四個ってことか? いや、四番目か……?」
ホルシェードもライオルが示している箇所をじっと眺めた。
「隠語っすかね。明らかにほかと様子が違いますね」
「……ルイは黒髪に青い目だ」
「!」
ライオルとホルシェードは顔を見合わせた。
「ライオル様、きっとこの海馬車で……」
「ああ、ほぼ確定だろうな。どう考えても怪しすぎる」
「どうします?」
ライオルは記録帳に記載された、海馬車に乗っていた従業員二名の名前を指でとんとたたいた。
「この積み荷を運んだ二人は事情を知っているはずだ」
ライオルはそのページを破いてポケットに突っこむと、記録帳を閉じてホルシェードに差し出した。
「これを元あった場所に戻してこい」
「はい。そのあとはどうします?」
「ストゥーディにこの従業員を連れてこさせる」
「もし間違いだったら?」
「それはないだろうな。クウリー以外にルイがいなくなった時間に王宮にいた王太子候補はいない」
ホルシェードは短くうなずくと、記録帳を持って再び夜の闇の中に消えた。
次の日、ライオルは件の海馬車に乗っていた従業員二名の名前をストゥーディに伝えた。その二名を調べていくと、王宮から大きな荷物を運び出していた二名と特徴が一致していることがわかった。もう疑いの余地はなかった。
ストゥーディは部下を使い、二人のうち片方の従業員のベッティ宛ににせの伝言を送った。差出人にはもう一人の従業員の名前を使い、夜の人目につかない場所におびきだした。
ベッティはなんの疑問も持たなかった様子で、指定された場所に時間通りに現れた。そこを闇に乗じて捕まえ、馬車に押しこんでタールヴィ家の屋敷に連れ去った。
ストゥーディはベッティをライオルの前に突き出すと、部屋を出てドアの前で番をした。中でなにが起きようと感知しないという意思の表れだ。ライオルの後ろではホルシェードとテオフィロが控えている。
椅子に座らされたベッティは、仁王立ちになったライオル・タールヴィに見下ろされて縮み上がった。
「お前は先日地上で一仕事終えて帰ってきたばかりだな? いったいどんな商品を売りに行った?」
ベッティはライオルに気圧され、額に汗をかき始めた。
「い、いつもと同じ品物です……定期的に卸している品を持っていっただけです……」
「クウリーから特別な品物を預からなかったか?」
ベッティの顔から血の気が引いた。
「預かったな? それはなんだ? 言ってみろ」
「いや、それは……」
ベッティが口ごもると、ライオルは腰に差した剣を引き抜き、刀身をベッティの汗ばむ頬にひたりと当てた。
「クウリーが怖くて言えないか? 言いたくなるようにしてやろうか。まずは耳だ」
「そ、そんな……」
ベッティは恐怖に震えながら顔の横に両手を上げた。
「俺は指示されてやっただけで、なにも知らなかったんです……」
「そんなことはどうでもいい。俺は、なにを預かったのかと聞いてるんだ」
「か、風の魔導師です……! クウリー様のご命令で、ポーグまで連れていきました!」
「……生きたままでだろうな」
「も、もちろんです……指一本触れてません」
ライオルは剣を下ろしたが、鞘には収めなかった。ベッティは脂汗をかきながらライオルに釘付けになっている。
「ポーグに連れていって、そのあとはどうした?」
「それは……」
「……まだ余裕がありそうだな」
ライオルが再び剣先を上げると、ベッティは悲鳴をあげてついに泣き出した。
「わかりました、全部言いますよお! 言う通りにしますから、勘弁してくださいっ……」
ライオルはベッティの胸元に刃の切っ先を突きつけた。
「すべて話せば家に帰してやる」
ベッティは泣きながら何度もうなずいた。
「か、風の魔導師は、フラオルテス伯爵の屋敷に運びました。伯爵はリーゲンスのルーウェン王子が大好きだから、王子に似た黒髪青目の少年をときどき提供していたんです……」
ライオルの後ろにいたホルシェードとテオフィロは目を見張った。
「今回も同じだと思って連れていきました……。ほ、本当です。本当に、風の魔導師が本物のルーウェン王子だなんて知らなかったんです。引き渡したら伯爵が本人だとすごく喜んでいて、風の魔導師も伯爵のことを知っていて、そこで初めてわかったんです。本人だと知っていたら俺だって――」
泣きながら弁解するベッティの顔を、ライオルは剣の束で思いきり殴った。ベッティは椅子ごと後ろに倒れた。ライオルは剣をしまうとベッティの胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「貴様そんなやつのところにルイを連れて行ったのか!」
ライオルは鼻血を流すベッティの顔をさらに殴りつけた。磨かれた床に血が飛び散った。ライオルは床に倒れたベッティの腹を軍靴で蹴り上げた。ベッティはか細い声で謝罪しながら腹を抱えて丸まった。
ライオルは肩で息をしながらベッティをにらみつけた。テオフィロはライオルの脇に来てハンカチを差し出した。ライオルはハンカチを受け取り、手についた血を拭った。
「……お前、よく止めなかったな」
ライオルが言うとテオフィロは真顔で答えた。
「あなたがやってなかったら俺がやってたでしょうね」
「……そうか」
ライオルはホルシェードのほうを向いた。
「こいつを見つからないところに隠して、ルイをさらった手口を聞き出せ。あとルイに似た少年とやらについてもだ」
「わかりました」
「テオフィロ、海馬車を準備しろ。フェデリアに向かうぞ」
「はい」
ライオルは血のついたハンカチをテオフィロに返すと、右手で両目を覆って力なくこうべを垂れた。
「そんな変態のところに売られただなんて、今頃どうしているかなんて考えたくもない……」
テオフィロとホルシェードはかける言葉もなく、嘆く主人を暗い顔で眺めた。
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