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七章 タールヴィ家とイザート家
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しおりを挟むユーノは久しぶりのパーティーに興奮していて、エスコートしているライオルの腕をぐいぐい引っ張って歩いた。ライオルは置いてきたルイとテオフィロを探したが、人が多すぎて見つけられなかった。
「ユーノ、もう少しゆっくり歩け。よくその格好でそんなに大股で歩けるな……」
「こんなに広いんだから、ゆっくり歩いていたらどこにも行けずに終わっちゃうわよ」
ライオルはあきらめてユーノに合わせて歩いた。ユーノは足元までの長いドレスを着ているにもかかわらず、つまずきもせず早足で会場内を練り歩いた。
「歩いてるだけで楽しいのか? ほかの人と喋ったりしなくていいのかよ?」
ライオルがたずねると、ユーノは周囲を見ながら言った。
「みんないろいろな服を着ていて、とてもきれいじゃない? 見てるだけでもぜんぜん飽きないわ。それにあなたといると男の人が話しかけてこないからいいわね」
「さっき部屋に戻ってきたのは、男に話しかけられて逃げてきたんだったのか?」
「うん。今はこの雰囲気を楽しみたいから、ひとところで話しこみたくはないのよね」
「お前らしいな」
二人は誰にも邪魔されず、悠々と会場を散歩した。男たちはユーノに話しかけられず、女たちはライオルに話しかけられず、互いが互いの防波堤になっている。見目のよい二人が腕を組んで仲むつまじそうにしているせいで、嫉妬の視線があちこちから向けられていた。
入り口から一番遠いところまでやってくると、そこは円形のダンス広場になっていた。楽団が軽快な音楽を奏で、首長夫妻や何組もの男女がダンスに興じている。端のほうでは、ダンスを楽しむ家族や友人たちを眺めながら酒を飲んでいる人々もいた。
「私たちも踊りましょう!」
ユーノは嬉しそうにライオルの腕を引いた。
「はいはい。お手をどうぞ、お嬢様」
「うっふふ」
慇懃に手を差し出したライオルに、ユーノは歯を見せてにかりと笑った。二人は年長の夫妻たちに混じってダンスを踊った。ユーノは慣れない足取りで、それでも楽しげににこにこしてステップを踏んだ。ライオルは無邪気なユーノにふっと笑みをこぼした。
ダンスを見ている人々のほうから、タールヴィ家の王太子候補の方じゃないという声が漏れ聞こえてきた。ライオルは目をすがめて声のしたほうを盗み見た。年配の女性二人が、ライオルとユーノを見ながら嬉々として噂をしている。その後ろに水色の服を着た黒髪の頭がすっと消えた。
曲が終わり、ライオルとユーノはダンス広場を抜けた。
「ライオル様」
テオフィロがどこからともなくやってきて、ライオルに声をかけた。
「テオフィロ! こんなところにいたのか。ルイは一緒じゃないのか?」
「最初は一緒だったんですけど……」
「はぐれたのか? さっきそのへんで見かけたぞ。早く探してこい」
「言われなくても探してますよ……。あなたはずいぶん忙しそうですね」
テオフィロにとげのある言葉を投げつけられ、ライオルはちらりと後ろを見た。一曲踊り終えたユーノは、葡萄酒のグラスを傾けながら次のダンスを眺めている。
「……仕方ないだろ、シャムスに頼まれたんだから」
「ライオル様が楽しそうでなによりです」
テオフィロはぴしゃりと言うと、再びルイを探しに人々のあいだに消えていった。
◆
ライオルがイザート家の従者に連れられて行ってしまったあと、ルイは庭の端に並んでいる丸いテーブルのところまで移動した。立ったまま使える背の高いテーブルで、ルイは空いていたテーブルにグラスを置いて一息ついた。
「ルイ様、疲れましたか?」
テオフィロが心配そうにたずねた。ルイは首を横に振った。
「大丈夫。こんな大勢の人に囲まれたことなんてなかったから、ちょっと驚いただけだよ。壁際で眺めているほうが俺には合ってる」
「そうなんですか?」
「地上にいた頃もパーティーはあったけど、だいたい奥で座って過ごしてたよ」
「おや。ルイ様のことだから、てっきりあちこちまわって楽しくおしゃべりでもしていたのかと。意外とおとなしく過ごしてたんですね」
「今とはだいぶ立場が違ったからな」
パーティーに出席しなければいけないときは、王族用の奥まったスペースに引っこんでいることがほとんどだった。イオンが男衆を従えて会場の視線を独り占めしていたせいで、ルイに興味を持つ人はいなかった。たまに話しかけられたと思えば、フラオルテス伯爵のように鼻息を荒くしてルイを眺め回すような男が多く、ルイはろくにパーティーを楽しめたことがなかった。だから王族全員の出席が望まれる場合を除き、調子が悪いなどと言ってだいたい参加しなかった。
ルイは海の国のパーティーの様子を静かに眺めているだけで十分だったが、テオフィロはそうは思わなかったようだ。
「ルイ様、葡萄酒をお持ちしましょう。どこの酒蔵も、今年の一番いいできばえの葡萄酒は必ず王に献上するんですが、ここではその葡萄酒の一部がふるまわれるんです。とてもおいしいですよ」
「そうなんだ」
「ちょっと待っててくださいね」
テオフィロは言うが早いか小走りに葡萄酒を取りに行った。ルイはのんびりテオフィロの帰りを待った。水色の上着など初めて着たので悪目立ちしないか不安だったが、会場を見渡すと水色や白や桃色など明るい色の服装の若い男性は意外と多かった。
ルイのようにテーブルやソファに落ち着いている人はほかにもいた。家族に連れてこられたものの、大勢でおしゃべりするより静かに過ごすほうが好きな人たちだ。
「こんばんは」
不意に一人の青年が話しかけてきた。落ち着いた藍色の服を着た、ルイと同年代らしき青年だ。
「こんばんは」
ルイも挨拶を返した。青年は持っていたグラスをテーブルに置き、ルイに手を差し出した。ルイは青年と握手した。
「ベルケル・スペンタです」
「ルイ・ザリシャです。もしかしてスペンタ商会の方ですか?」
「はい、父の商会です。はじめてお目にかかりますよね。今夜はどなたといらしたのですか?」
「ライオル・タールヴィと一緒に来ました」
ベルケルは目を丸くした。
「えっ、タールヴィ家のご親戚の方ですか?」
「いや、俺は地上から来た風の魔導師です」
「あなたが風の魔導師? へえ、それはお会いできて光栄です」
ベルケルは宝物を見つけた子供のような笑みを浮かべた。
「タールヴィ家の皆様とはご一緒しないんですか?」
「あー……皆あちこち顔を出すのに忙しいみたいで。俺はその必要はないのでゆっくりしてるんです」
「ああ、十九家の方々は今日のメイン招待客ですからねえ。当主の皆様がカリバン・クルスに顔を出すのは今の時期だけですから、お話したい人はたくさんいます。うちの父もそれでどこかに行ってしまいました」
ベルケルは苦笑した。
「葡萄酒はもう飲みました? ここで出されているもの、うちの商会が卸した品なんです」
「ちょうど連れの者が取りに行っているところですよ」
「そうでしたか」
「あなたもお父上と一緒に行かなくていいんですか?」
「俺はこうして年の近い方とお話しているほうが好きなので」
ベルケルはルイににっこり笑いかけた。
「風の魔導師どのがこんなにかわいらしい方だとは思いませんでしたよ。もっと年配でベテランの魔導師かと。お若い身空ですばらしい力をお持ちですね」
「それはどうも、ありがとうございます」
「パーティーは初めてですか? 人が大勢で緊張しますよね。よかったら会場を案内しましょうか? 俺の知り合いにも紹介しますよ」
「あ、その……」
ルイはベルケルの積極的な様子に気圧されて口ごもった。どう断ろうか考えていると、ベルケルの後ろからギレットがぬっと顔を出した。
「ルイ! お前も来てたのか」
「ギレット」
ルイが言うと、ベルケルはぎょっとして振り返った。ギレットは髪と同じ金糸の刺繍の施された、濃い緑の衣装に身を包んでいる。かかとの高い靴をはいているのか普段よりさらに背が高く、美形も相まって迫力満点だった。
「誰も付き添ってないのか? あの間抜けはお前を放ってなにやってるんだ」
ギレットは辺りを見回しながら言った。
「ライオルならさっきシャムス様に呼ばれて行っちゃったよ」
「へえ?」
ギレットはルイとベルケルを見比べ、ルイの肩に手を置いた。
「すまない、こいつを借りるぞ」
「あ……はい、もちろんです」
ベルケルは背筋を正してうなずいた。ギレットはルイの背中を押してその場を離れた。
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