風の魔導師はおとなしくしてくれない

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七章 タールヴィ家とイザート家

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「なに言い寄られてんだよ」

 会場を歩きながらギレットが言った。

「言い寄られてなんかないよ。俺が一人でいたから、会場を案内しましょうって言ってくれただけだ」
「それを言い寄られてるって言うんだよ……本当に目の離せない奴だな」
「……だから声をかけてくれたのか?」
「お前に話しかけようとしたら、邪魔な奴がいたから追い払っただけだ」
「なんだそれ」
「会場を案内してほしいなら俺がしてやる」
「えっ、でも」

 ルイはちらりと周囲をうかがった。色とりどりのドレスを着た令嬢たちから従者を連れた老紳士まで、歩くギレットに視線を送る参加者は多い。

「きみはヴァフラーム家の跡取りだろ? ほかに話さなきゃならない人がたくさんいるんじゃないか?」
「俺が王太子に選ばれれば跡取りは兄貴になるさ。それともなにか、俺は王太子に選ばれないって言いたいのか?」
「そういうつもりじゃないけど……」
「別にかまやしねえよ。親父たちもどっか行っちまってるし。皆好き勝手にやってるんだから、お前もそんな周りばかり気にしてないで好きに楽しめよ」

 屈託のない笑みを向けられ、ルイはちょっと意外に感じた。ギレットは思ったよりルイのことを見てくれている。

 ギレットはルイを連れて会場をまわった。ときどき声をかけられると、朗らかに笑って会話に応じている。普段剣ばかり振り回しているギレットも、こういう場に来ればきちんと落ち着いて受け答えができるようだった。ただ、慣れないせいか顔がこわばっていて、やや機嫌が悪そうに見えるので、女性たちは遠巻きに眺めるだけで話しかけてはこなかった。

 ギレットはカリバン・クルスの人に話しかけられると、ついでにルイを紹介してくれた。風の魔導師だと言えば、誰もが興味津々にルイに話しかけた。ベルケルと同様、ほとんどの人が風の魔導師はひげを蓄えた老魔導師だと思っていたらしく、ルイが青年であることに驚いていた。ルイが礼儀正しく受け答えしていると相手も気をよくして、困ったことがあればいつでも相談するようにと気遣いの言葉をかけられた。

「お前が王族だってこと、やっと納得したよ」

 カリバン・クルスの町長と別れたあと、ギレットが言った。ルイは首をかしげた。

「今頃?」
「ああ。世間知らずがひどすぎるから、もしかして塔にでも引きこもってた魔導師なんじゃないかと疑ってた」
「そんなわけないだろ……」
「だって井戸の使い方も知らないなんて信じられなかったぞ。でもこうやって挨拶してまわるのは慣れてるみたいだしさ。あの町長、眉がつり上がってて顔怖いだろ?」
「きみがそれ言う?」
「初めてあのじいさんに会う人はだいたいしどろもどろになっちまうんだけど、じいさんそれが嫌いだからな。でもお前が物怖じせずに淡々と話してたから、結構嬉しそうだったぞ。よかったな。カリバン・クルスで暮らすならあの人に気に入られておいて損はないぞ」
「ああ、そういうこと。確かにああいう人と話すのは慣れてるかもしれないな。故郷には相手を威圧して喜ぶようないけすかない貴族はたくさんいたし。そういう奴の鼻っ柱を折るのは結構楽しい」

 ルイの言いぐさにギレットは思わず吹き出した。

「はは! お前も言うな」

 ルイはいたずらっぽくにやりと笑った。

 二人はひときわにぎやかな会場の奥までやってきた。ルイはなじみのない管弦楽の音色に耳を澄ませた。初めて聞くアップテンポの曲は、思わず体が揺れそうな楽しいリズムだった。華やかな装いの男女が、くるくる回りながらダンスを踊っている。

「ダンスか」

「おう、ダンスは得意か? 元王子様」
「あんまり……というか、ほとんど踊ったことない」
「え? そうなのか?」
「そもそもあまりパーティーに出たことがなくて……」

 ルイは優雅にダンスを踊る一組の男女を見て、言葉の続きが出てこなくなった。

 ライオルとユーノが、音楽に合わせて楽しそうに踊っていた。

 少しのあいだと言っておきながらなかなか戻ってこないと思ったら、ユーノと一緒に遊んでいたようだ。ルイは胸がズキッと痛んだ。ルイを待たせていることは忘れてしまったのだろうか。

「ユーノ……?」

 ギレットも気づいたようだった。

「ユーノがどうしてここに……? それになんであいつと踊ってるんだ」

 鮮やかな黄色のドレスを着たユーノは、真夏の陽の下に咲く大輪の花のように美しかった。ぽんぽんと飛び跳ねるように元気よく踊っている。ライオルはユーノの腰に手を回し、小柄な彼女の歩幅に合わせてリードしている。

「タールヴィ家の王太子候補の方じゃないの。あの二人、婚約者なのかしら?」

 ルイの目の前に立っている深紅のドレスの婦人が、隣に立つ婦人に声をかけた。

「きっとそうじゃない? 今夜がお披露目だったのよ」
「ふふ、それであんなに嬉しそうなのね。美男美女でお似合いねえ」
「いいわねえ」

 ルイはライオルがなぜシャムス・イザートに会いに行ったのか理解した。婚約者の父親だったからだ。ライオルは幸運にも、昔好いた女性と婚約する権利を勝ち得たのだ。

 ルイはギレットもユーノが好きだったことを思いだした。そっと隣のギレットを見上げると、ギレットは眉根を寄せて二人を眺めていた。視線に気づいたギレットがこちらを向いたので、ルイは急いで顔をそらした。

 ギレットはルイの手をつかんだ。

「見たくなければ、見なければいい」
「え……」

 ギレットはルイの手を引いてダンス会場を離れた。ルイはギレットに強引に引っ張られ、つんのめりながら歩いた。

「ちょっと、ギレット?」

 ギレットは黙って歩き、ルイの手を離そうとはしなかった。大股にどんどん行ってしまうので、ルイはほとんど走ってついていった。

 ギレットは会場を突っ切り、十九家用の控えの間がある建物に向かった。宙に浮かぶ橙色の光の玉に照らされた廊下には、等間隔に扉が連なっている。扉の前にはそれぞれの家の使用人が立っている。

 ルイは廊下の奥にタールヴィ家の執事が立っているのを見つけた。しかし、ギレットは手前の扉の前で立ち止まった。その扉の脇に立っていた灰色の髪の初老の男は、ギレットを見て目を丸くした。

「ギレット様……」
「よう、エンブレッツ。入ってもいいか?」

 エンブレッツはしばらくギレットを見つめていたが、我に返ると慌てて扉を開けた。

「もちろんです。どうぞ」

 ギレットはルイの手を引いて中に入った。そこは広々とした応接室だった。燭台には明かりがともされ、ソファとテーブルが置かれてくつろげるようになっている。ビロードのカーテンの奥には、ベランダに続く大きな窓があった。

 ルイはギレットに促されるままソファに座った。エンブレッツはテーブルにグラスを二つ置き、真っ赤な葡萄酒を注いだ。

「どうぞ」
「ありがとう」

 ルイは葡萄酒をもらって一口飲んだ。ライオルが好んで飲んでいるものと違って、ふわっと甘い香りがした。おいしい葡萄酒だったが、ルイは気分が落ちこんでいた。ルイはグラスの葡萄酒を一気にあおった。

「……ふう」

 ルイは空のグラスをテーブルに置くと立ち上がった。

「ベランダに出てもいいか?」

 テーブルを挟んだ向かい側に座っていたギレットは、葡萄酒をくゆらせながらうなずいた。

「ああ、好きにしてくれ」

 ルイは窓を開けてベランダに出た。そこは会場の反対側に面していて、笑いさざめく声と楽団の演奏が遠くから聞こえてくる。ベランダの向こうは灌木が植えられた庭園で、暗く静かだった。ルイはベランダの柵に寄りかかり、暗い庭園をぼんやり眺めた。

 背後でかちゃりと音がして振り向くと、ギレットが窓を開けてやってくるところだった。

「酔ったのか?」
「ん、ちょっとね……」

 ルイはほてった顔を手でぱたぱたとあおいだ。

「あいつが女と踊ってたのが、酔っ払いたくなるほどいやだったのか?」
「関係ないよ、俺には」
「そうか?」

 ルイはこくりとうなずいた。

「……きみたちにはきみたちの社会がある。よそ者の俺にどうこう言う権利なんてない。十九家の人間には十九家の伴侶がふさわしいだろう」
「あ? ユーノのこと知ってるのか」
「数日前に一度、王宮で会ったことがある。そのあと、テオフィロに七年前のことを聞いた」

 ギレットはいやそうに顔をしかめた。

「……俺のことも聞いたのか?」
「聞いたよ。あの子を取り合ってライオルと喧嘩したんだろ?」
「で、俺が勝った」
「それは聞いてない」
「ちっ、都合の悪いところは言わないのな。俺がぼこぼこにしてやったんだよ」
「はは、そうなんだ」

 想像するとおかしくて、ルイは軽く握った手を口に当ててくすくす笑った。

 ふと気づくと、ギレットはルイを囲むように腕を伸ばしてベランダの柵をつかんでいた。小さな空間に閉じこめられ、ルイはきょとんとしてギレットを見上げた。
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