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七章 タールヴィ家とイザート家
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しおりを挟む「そんなにあいつが好きか?」
ギレットが言った。ルイは勢いよく首を横に振った。
「違う。別に好きじゃない」
「なら俺のところに来い。ヴァフラーム家はいやじゃないんだろ?」
「……心配してくれるのはありがたいけど、平気だよ。俺はライオルがいなくてもやっていけるよ」
「全然平気に見えないぞ。俺には泣いてるように見える」
「泣いてないだろ」
「いつまでも意地を張るな。辛いだけだぞ。俺ならあいつみたいにお前から目を離さないし、大事にする」
ギレットはルイの後頭部をつかんで引き寄せ、ルイの口を口でふさいだ。突然のことに、ルイは目を見開いたまま立ちつくした。ギレットはルイが混乱しているうちにすぐ離れていった。
「え……」
ルイは目をしばたたかせた。ギレットはぱっとルイに背を向け、窓を開けて部屋に戻っていった。
ベランダにぽつんと残されたルイは、なにが起きたのか理解できなかった。キスされたとわかるまで時間がかかった。からかわれたのかと思ったが、ギレットの表情は真面目そのものだった。
窓は開け放たれたままだったが、ルイはしばらくその場でぼうっとしていた。いつまで経ってもルイが部屋に入ってこないので、ギレットがカーテンを押し開けて再び顔を出した。
「ルイ、そろそろ戻るぞ」
「……うん」
まるでなにもなかったかのような言いぐさだった。ルイはギレットも酔っているのかもしれないと思い、部屋に戻った。酔った勢いでキスしただけで、大した意味はないのかもしれない。
ギレットはルイの肩に手を回して部屋をあとにした。建物の外に出ると、たちまちにぎやかなパーティーの喧噪に包まれた。
きらびやかな会場の中に戻ると、テオフィロが慌てた表情で走ってきた。
「ルイ様、ここにいたんですか」
「あ……ごめん、テオフィロ。知らない人に話しかけられたから、つい移動してしまったんだ」
ルイは勝手に出歩いて探させてしまったことを詫びた。テオフィロはルイの隣に立つギレットをけげんそうに見た。ギレットはまだルイの肩に手を置いている。
「悪いな、俺が勝手に連れ回したんだ」
「いえ……。ギレット様とご一緒だったのですね」
「ああ。こいつがどっかの息子に声をかけられて困ってるのを見てられなくてな。俺はもう行くよ。じゃあな、ルイ」
ギレットはルイの肩を軽くたたき、去り際にすっと身をかがめてルイの耳元でささやいた。
「いつでも待ってるから」
どきりとして振り向くと、ギレットは鋭い目でルイを流し見てから人混みの中に消えていった。すたすたと歩く彼にまったく酔った様子は見られなかった。
その後、ルイとテオフィロは挨拶回りを終えたマリクシャたちと合流した。ルイはくたびれた様子のディニスと一緒にソファに座り、おしゃべりをして残りの時間をゆったり過ごした。
夜も更けて参加者たちが三々五々帰り始めた頃になって、ようやくライオルが戻ってきた。ユーノにさんざん振り回されたらしく、疲れ切った様子でテオフィロから水のグラスを受け取った。ぐったりして喋る気力もないようだ。軍人をここまで疲弊させるとは、ユーノは体を鍛えすぎたらしい。
ルイは来たときと同じ馬車で屋敷に帰った。ライオルが隣でうたた寝をしているので、ルイも背もたれに寄りかかって目を閉じた。明日も朝から仕事がある。
◆
翌日、ルイはいつも通り王宮で風を吹かせ、海王軍カリバン・クルス基地に向かった。少し寝坊したので、すでに第九部隊の隊員たちは鍛錬に励んでいる最中だった。
最近は剣術の練習が多く組まれていて、今日はホルシェードが中心になって剣の指導をしていた。一人ずつホルシェードと剣を交えては、剣を吹っ飛ばされると次の隊員と交代する。ホルシェードもときどき剣の得意な班長と交代していたが、水を補給するとすぐに戻って隊員たちの相手をしていた。
ルイは順番を待ちながら稽古を眺めている隊員らの背後についた。隊員たちは休めの姿勢で立ち、ルイが来たことにも気づかずだらだらと雑談に興じている。
「……ずいぶん急な話じゃないか。そんなにすぐ決まるか?」
「細かいことは俺にもわかんねえよ。前から婚約の話はあったんじゃないのか?」
「ええ……じゃあルイはどうするんだよ。遊んでただけってことはないと思いたい……」
「わかる。隊長にかぎってそんなことはない……と思いたい」
「でも相手はイザート家掌中の珠の美少女だって話だぞ? もしかして隊長ってただの面食いなんじゃないか?」
どうやらライオルの噂話らしい。ルイは耳の早い仲間たちに苦笑した。笑い声に気づいた隊員たちは一斉に後ろを振り向いた。
「ルイ! 来てたなら言えよお前! 黙って後ろに立つな!」
「なんで? 聞かれたらまずい話でもしてたのか?」
ルイが意地悪く言うと、隊員たちは気まずそうに視線をそらした。ファスマーは不自然な猫なで声を出した。
「ごめんなぁルイ。ただの噂話だから、気にするなよ」
「隊長が婚約したって、もう知ってるんだ?」
ルイがさらりと言うと、全員が葬式のような顔つきに変わった。
「え……やっぱり本当なのか?」
「俺、根も葉もない噂だと思って聞いてたのに……本当の話なのかよ」
「信じられねえ……」
ルイの発言で噂に信憑性が増したらしい。
「おいおい」
ルイは笑って言った。
「おめでたい話なんだから、そんな顔するなよ。何度も言ってるけど、俺はタールヴィ家の屋敷に住まわせてもらってるだけで、別になんの関係もないんだって。な、ファスマー?」
「あー……そうだね。うん。でもまだ決定じゃないかもしれないし! そうだろお前ら」
ファスマーは周囲に同意を求めた。隊員たちはファスマーににらみつけられて、ぎこちなく笑った。
「そういえば隊長は?」
ルイが言った。練習場にホルシェードと班長たちはいるが、ライオルの姿はない。
「ああ、隊長なら大事な会議があるとかで、朝礼が終わったら本部のほうに行っちまったよ」
「そうそう。そのうち戻ってくると思う。そうしたら本当のことを聞いてみようぜ!」
ファスマーたちはそれがいいと言ってうなずき合い、再び練習場に向き直った。ルイも列に混じり、ストレッチをしながら順番を待った。ホルシェードは何人もの相手をしているにもかかわらず、まだ一度も負けていないらしい。
「やっぱりホルシェードはすごいな」
ルイが言うと、その場の全員が首肯した。
「剣の腕も立つし、元アクトール院生で強い魔力も持ってるし、すごい武人だよ」
「無口だからもてなさそうだけどな」
「お前、それはただのひがみだろ」
「あはは」
ルイはファスマーと一緒に笑った。第九部隊は一癖ある兵士が多いが、全員魔導師なので仲間意識が強い。体力的には辛いが、ルイはここで彼らと訓練することが好きだった。
そこに会議を終えたライオルが戻ってきた。ユーノと腕を組んで二人でゆっくり歩いてくる。ユーノは乳白色の上着とズボンを身につけて髪の毛を一つにまとめ、兵士の訓練場に合わせた動きやすい格好をしている。二人の後ろをユーノの侍女が付き従っている。ライオルとユーノを見つけた隊員たちは、たちまち葬式顔に逆戻りした。
ライオルはユーノを屋根の下の椅子に座らせ、ルイたちのところにやってきた。
「すまない、ホルシェード。交代しよう」
ホルシェードは剣を振る手を止め、額の汗をぬぐった。ライオルは剣を抜いてホルシェードと場所を代わった。
「皆、今日はあそこに見学者がいるが気にしないでくれ」
「なんの会議だったんですか?」
大胆にもファスマーが声を張り上げた。ライオルは珍しく即答せず言いよどんだ。
「あー……ちょっと内密な話だからまだ話せないんだ。お前たち全員に関係が出てくる話だから、そのうちきちんと話す。それまで詮索はしないでくれ」
「特にルイに関係がある話なんじゃないですか?」
「おい」
ルイはファスマーの足を蹴った。
「ルイに? 別に個人的に関係はないが……まあ、少しはあるか」
「少しって……」
ファスマーは唖然とした。ルイはなぜか呼吸が苦しくなってうつむいた。
「ひでえ……遊んでただけってことなのかよ……」
「見損なった……」
ルイの周りの隊員たちは低い声で呟いた。ライオルは部下たちが暗い顔をしているので不思議そうだったが、それ以上はなにも言わず、剣の練習を再開した。
順番が回ってきてルイもライオル相手に剣を交えたが、頭の中がぐるぐるしていて身が入らず、すぐに剣をはじき飛ばされてしまった。
「ルイ、隙だらけだぞ。訓練とはいえもっと集中しろ」
「……はい」
ルイは落ちた剣を拾い上げて元いた場所に戻った。ファスマーやカドレック班の班員たちは、とぼとぼと戻ってきたルイに口々に励ましの言葉をかけた。
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