風の魔導師はおとなしくしてくれない

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幕間 雨の降る日

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 ルイとライオルは上機嫌の店主に見送られて店を出た。二人は次に本屋に向かった。大通り沿いにある大きな書店で、ライオルもときどき足を運ぶらしく道案内をしてくれた。

 二階建ての本屋はとても蔵書量が多かった。ルイは今まで読書はアクトール図書館で済ませていたが、場所柄魔導がらみの本しか読めなかった。だが、本屋は一般の人々が主な客なので、小説や絵本などさまざまな種類の本がそろっている。ルイは時間が経つのも忘れて本棚のあいだを歩き回り、なめるように背表紙を見て本を物色してまわった。

 気づくとルイは小脇に大量の本を抱えていた。ちゃんとお金も持ってきたので、これくらいだったら買えるだろう。

 ルイが本の束を抱えてよろよろと歩いていると、ライオルがやってきて本を全部持ってくれた。

「あ、ありがとう……」
「欲しいものはこれで全部か?」
「あ、うん」

 ライオルはそのまますたすたと歩いていき、店員のところで会計をし始めた。

「ライオル、俺財布持ってきたから」
「いい、買ってやる」

 ライオルは笑って言った。先ほどの店では欲しいものを全部却下されたのに、態度ががらっと変わっている。新しい剣を手に入れたのがそんなに嬉しかったのだろうか。

 ルイは調子が狂ってしまい、もごもごと曖昧に礼を言った。

 たくさん買ったので、購入した本は二つに分けて紐でくくってもらった。それを二人で一つずつ持って本屋を出た。

 ちょうどそのとき、正午の鐘が鳴った。

「昼か。ルイ、おなかすいただろ?」
「すいたな」
「だよな、俺も。昼食を食べに行こう」
「うん」

 ライオルはルイを一軒のきれいな食堂に連れて行った。建物の周囲には剪定された木が植えられ、ポーチは花壇や彫刻で飾られたおしゃれな雰囲気のお店だ。

 ライオルは入り口で若い男の給仕になにか言いつけた。給仕はライオルに一礼し、二人を店の中に案内した。

 店内には真っ白なテーブルクロスがかけられた丸いテーブルが等間隔に並んでいた。テーブルの中央には花が飾られ、おめかしした若いカップルたちが談笑しながら料理を楽しんでいる。お昼どきなのでテーブルは満席だった。

 給仕はルイとライオルを二階に案内した。二階には大きなバルコニーがあり、三つのテーブルが用意されていた。満員の一階席と違い、二階席には誰もいない。

 ルイとライオルは一つのテーブルに向かい合って座った。ライオルは座るとすぐ給仕にいろいろと注文した。給仕は丁寧に一礼してから去っていった。

「席を予約してくれたのか?」

 ルイがたずねると、ライオルはいや、と手を振った。

「ここは父さんが若いころからよく来ていた店なんだ。ここの店主と父さんが仲良しだから、特別な席をいつも用意してもらってるんだよ」
「へえ。こんないい席を貸し切りなんて贅沢だなあ」

 ルイは椅子から立ち上がり、バルコニーの柵に手を置いて景色を眺めた。にぎやかな通りを歩く人々を見下ろすことができて、いつもと視点が違うだけでまるで知らない通りのようだ。通りの奥に噴水広場の噴水もちらっと見えた。

「お前も俺の名前を出せばいつでも来られるぞ」

 ライオルが言った。ルイは振り返ってにかりと笑った。

「そりゃどうも。でも一人で来るにはもったいない店だな。下はカップルしかいなかったじゃないか」
「ここはデートの定番の店なんだよ。父さんも母さんとよく来てたんだってさ」
「へえ、思い出の店なんだね。……お前もデートのときはここ使ってたのか?」
「父さんたち以外を連れてきたのはお前が初めてだよ。ここはタールヴィ家の第二の食堂だから、他人には教えない」

 ライオルはルイを見つめてさらりと言った。ルイは急に顔が熱くなってくるのを感じた。

「あ……そ、そうか」

 ルイは笑ってごまかし、再び眼下の通りに視線を戻した。家族以外には秘密の店を教えてくれたことが嬉しくてたまらなかった。特別扱いはくすぐったいが、とても温かくて気持ちがいい。ルイは顔のほてりが落ち着くまでライオルに背を向けて景色を眺めていた。

 しばらくして運ばれてきた料理はどれも美しく皿に盛られていて、味も上等だった。ルイは葡萄酒と一緒に豪華な昼食を心ゆくまで堪能した。デザートにシャーベットまで用意されていて、ルイはお腹がはち切れそうになった。

「ルイ、ほかに行きたい店はあるのか?」
「ううん、行きたいところは全部行ったよ」
「そうか」

 ライオルはちょっと考えてから口を開いた。

「帰る前に少し市場でも見ていくか? いろんな店があっておもしろいぞ」
「市場か! そういえば行ったことなかったな。でも市場って朝に魚とか野菜を買いに行くところじゃないのか? テオフィロがそんなことを言ってた気がする」
「それは朝市だな。確かに朝だけやってる店もあるけど、昼間もにぎやかだぞ。食べ物のほかに布製品とか食器とかも売ってるし、行くたびに顔ぶれが変わるんだ」
「へえ、楽しそうだな! どこでやってるんだ?」
「ここから一番近いのはヒーニ広場だな。少し歩くけど平気か?」
「大丈夫だよ」
「よし、じゃあ行くか」

 二人は店を出てヒーニ広場に向かって歩いた。午後になってだいぶ人が増え、通りは歩きにくいほど混雑している。すでに酒の入った若者が、陽気に歌いながら友人と肩を組んで歩いていた。

 ヒーニ広場はカリバン・クルスの西の端にあった。広場を埋め尽くさんばかりに屋台がぎっしりと並んでいて、大勢の人でにぎわっている。閉まっている屋台もいくつかあったが、ライオルの言ったとおり様々な種類の屋台がやっていた。

「すごい人だな」
「迷子になるなよ」
「ならないってば」

 屋台では、生鮮食品やパンやチーズなど毎日の料理で使うものから、鍋や石けんや衣類まで、たくさんの日用品が売られていた。買い物客たちは大きな鞄を持ち、いろいろな品物を買っては鞄に詰めこんでいる。

 ルイはライオルとはぐれないように気をつけながらあちこち眺めた。歩いていると、近くの屋台の売り子にお兄さん見ていきなと気さくに声をかけられた。

 買い物客同士で談笑している集団もそこここにいた。ルイはカリバン・クルスの住人の生活ぶりを間近で見ることができて満足だった。皆笑顔で、とても楽しそうだ。見ているこちらまで楽しくなってくる。

「あ、おいしそう」

 ルイは果物の屋台の甘いにおいに引き寄せられた。箱の中にたくさん積まれているのは小ぶりの赤いりんごだ。ルイがりんごをじっと見つめていると、ライオルが銅貨を一枚取り出して売り子に渡した。

「一つくれ」
「まいど。お好きなのをどうぞ」
「ありがとう」

 ライオルはりんごを一つ手に取り、そのままルイに手渡した。

「ほら、食べろよ。この時期のりんごは熟れてておいしいぞ」
「ありがと……」

 ルイはりんごを受け取って一口かじった。みずみずしくてとてもおいしいりんごだった。

 りんごを片手に市場を巡りながら、ルイはちらりとライオルを見上げた。ライオルは普段と変わらない調子で屋台群を眺めている。ライオルに気づいた女性たちが興奮した様子で見つめているが、いつものことなのか気にもとめていない。

 ルイはライオルに甘やかされてばかりだ。カリバン・クルスに来てからというもの、ライオルはルイのために住むところや従者や立場を用意し、ルイに危険が及ばないよう気を配っている。思えば最初からルイは特別扱いされていたのだ。でも、ルイはそれがちょっとだけ不安だった。

「どうした、おいしくなかったか?」

 ライオルはルイが浮かない顔をしているのを見とがめて言った。ルイは食べかけのりんごを持ったまま首を横に振った。

「いや、違うよ。すごくおいしかったから、だから……」
「だから?」
「……俺、お前になんでもしてもらってるなあって思って」
「それがどうした? 好きでやってるんだから気にするなよ」
「そう言うと思った。でもこのまま行くと俺、一人でなにもできないだめな奴になる気がして怖いんだ」
「はは」

 ライオルはおかしそうに笑った。

「なんだ、そんなことか」
「そんなことってなんだよ」
「俺がいないとなにもできないって言うなら、願ったり叶ったりなんだけど」
「あー……お前はそういう奴だったよ」

 ルイは正直に話した自分がばからしくなってきた。ライオルは目を細めて少し口角を上げた。ベッドの中でルイを見下ろしているときのような、色気の混じった笑みだ。ルイは慌てて顔をそらしたが、ライオルに見とれていた女性二人組が流れ弾に当たって真っ赤になってしまった。
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