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終章 二人だけの秘密
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しおりを挟むそれから少し経ち、カリバン・クルスの王宮で勝利を祝したパーティーが開かれた。きらびやかな大広間には三つの特別な席がもうけられた。一つは、死ぬ覚悟で扉を閉じて海の国を魔獣から守った勇敢な王太子、ライオル・タールヴィの席。もう一つは、命を賭してライオルを助けに行ったルイ・ザリシャの席。最後の一つはライオルとルイを出口に導いたフェイの席だった。
パーティーにはたくさんの人々が詰めかけていた。ルイとライオルとフェイは用意された椅子に座り、皆から祝いとねぎらいの言葉をかけられた。参加者は代わる代わるルイとライオルのところにやってきて、二人の勇気を褒めたたえた。
「ルイ!」
橙色の華やかなドレスを着たユーノが来て、ルイににっこりと笑いかけた。
「ユーノ! 久しぶり」
「すっかり元気になったのね。本当によかったわ」
「心配かけてごめんね。何度もお見舞いに来てくれたってテオフィロから聞いてるよ。ありがとう、ユーノ」
「ううん、私はあなたのためになにもしてあげられなかったし……」
「そんなことないよ。わざわざ足を運んで声をかけてくれただけで十分嬉しいよ。そうやってたくさんの人に話しかけられたから早く目が覚めたんじゃないかって、サーマン先生が言ってたし」
ルイがそう言うと、ユーノは頬をぽっと赤く染めて瞳を震わせた。
「うう……なんて優しい……ライオルがうらやましい……」
「な、なに言ってるんだよ」
「もしライオルに泣かされたら私に言ってね。この鍛えた蹴り技でキンタ――」
「おっと危ないそこまでだ」
ルイは慌ててユーノの言葉をさえぎった。今現在も多数の男の熱い視線を集めているユーノの可憐な唇から、卑猥な単語が出ることは絶対にあってはならない。
ユーノはいたずらっぽく笑うと手を振って去っていった。ユーノと入れ替わるように、ゾレイがコニアテスに付き添われてルイの前に進み出た。まだ本調子ではないようだが、歩けるくらいには回復したようだ。
「ルイ」
「やあ、ゾレイ。元気になったみたいでなによりだ」
「はは……おかしいな、いつの間にか立場が逆になってる」
ゾレイは困ったように笑った。
「ルイこそ元気になってよかった」
「ありがとう」
「それはそうと、きみにはいろいろと話したいことがあるんだよねえ。というか僕に言うことがたくさんあるでしょ」
「え?」
「きみのことは結構わかってるつもりだったのに、名前すら知らなかったなんて思わなかった。リーゲンスの若き王って、なんの冗談かと思ったよ」
「あ、あー。そのことね。でもそれはしょうがないじゃないか。いろいろあって隠さなきゃいけなかったんだから」
「でも僕には教えてくれたってよかったのに。友達なんだし」
「ごめんて」
「僕はきみにとって結構大事な存在だと思うよ。あそこに座っているのは僕でもよかったと思う」
ゾレイは右のほうを指さした。そこにはフェイが椅子の中心にちょこんと座っていて、大きな木の実を抱えて幸せそうにほおばっていた。フェイの周りには木の実をあげる係の侍女と、ブラシをかける係の侍女と、なでなでする係の侍女がついていて、ちやほやされてかわいがられていた。
「あいつをきみの使い魔にさせたのは僕だぞ。つまり僕がきみとライオル様を救ったと言っても過言ではないと思う」
「そうだね。もちろんきみには感謝してるよ。それに俺がずっと眠ってたとき、薬を作って持ってきてくれてたんだろ? おかげで回復がとても早かったんだ。ありがとう、ゾレイ」
「ん、そりゃ……友達が具合悪くしてたら、助けてあげるよ。薬の調合は得意だし……」
ゾレイはくすぐったそうに頭をかいた。
「……とにかく、きみとライオル様が無事でよかった。帰ってきてくれて嬉しいよ。今はそれだけ言えれば満足だ」
「ありがとう。ゾレイも早く怪我がよくなるといいね」
「うん。ありがと」
ルイはゾレイと握手をかわした。ルイは次にコニアテスと向かい合った。
「お久しぶりです、コニアテス先生。扉の封印お疲れ様でした。この短期間で新しい封印術を編み出してしまうなんて、さすがは王宮魔導師会ですね」
「ありがとう、ルイ。幾重にも封印を施したから、今後数百年は心配いらないと思うよ。開かなければただの石の壁だから、定期的に封印をかけ直せば半永久的に持つはずだ。でもまだまだわからないことばかりだからねえ……ルイ、またあとでアクトールに来てくれないか? 扉のことを詳しく聞きたい」
「あ、はい」
コニアテスはそれだけ言うと、ゾレイの背中に手を置いて介助しながら歩いていった。コニアテスは相変わらず魔導の研究のことしか考えていないようだ。
「変わらないなあ」
ルイが一人で笑っていると、不意に大広間がざわついた。奥の扉が開いてヒューベル王が姿を現したのだ。侍従に支えられて杖をつきながら、自分の力でゆっくりと歩いている。まだ怪我が治っていないようだが、人前に出られるようになったようだ。
「ルイ」
ライオルが小走りにやってきて手招きした。
「陛下に挨拶するぞ。すぐお帰りになるらしいから」
「わかった」
ルイは椅子から立ち上がり、ライオルと一緒にヒューベル王のところに向かった。ヒューベル王は大広間の奥まったところで、大きめのソファに腰かけていた。少し痩せたようだが、以前と変わらずりりしい顔つきをしている。侍従の男が座った王にマントを羽織らせた。
ルイとライオルが王の前にひざまずくと、ヒューベル王が口を開いた。
「ライオル、ルーウェンどの、こうしてまた会えて嬉しいよ。本当によく帰還したな」
「ありがとうございます、陛下。だいぶお元気になられたようですね」
ライオルはほほ笑みを浮かべて言った。
「ああ。周りが大げさにしているだけで、もうほとんどよくなってるんだ。もうすぐお前の王太子教育も始められるぞ」
「それは……嬉しいです」
「はは、そんなこと言ってられるのも今のうちだぞ。手加減しないからな」
「……はい」
ヒューベル王はくっくっと笑うと、ルイに向かって言った。
「ルーウェンどの、王太子を救ってくれて本当に感謝します。あなたの勇気には感服しました」
「とんでもないです。俺だけの力では……」
「もちろん、あなたの連れている神獣の話も聞いていますとも」
「神獣…………?」
「私はそれより、あなたがたの命を賭けてお互いを守ろうとする強い絆に胸を打たれたのです。本当にすばらしいことです。ルーウェンどの、これからも王太子のそばで彼を支えてやってください。あなたにしかできないことです」
「あ……はい、もちろんです」
ルイは驚いたが、すぐに胸を張ってうなずいた。ヒューベル王は満足げに目を細めた。
「できればあなたにも王太子教育に参加していただきたい」
「俺が? ですか?」
「あなたはリーゲンスの王だったのですから。新米王太子に、王たる者の心得を教えてやってほしいのです」
「ほお……」
ルイはにやりと笑って隣を向いた。ライオルはあまり嬉しくなさそうな表情でルイを見た。
「陛下の頼みとあれば断れませんね」
ルイは得意げに言った。
「喜んで後進を指導いたしましょう」
「調子に乗るな」
ライオルはほとんど口を動かさずにぼそりと言った。ヒューベル王は声を立てて笑った。周りの侍従たちもくすくすと笑った。ルイも笑った。ライオルもつられて笑った。
まだ体調が万全でないヒューベル王は、ルイとライオルと少し話をしただけですぐに帰っていった。王の退出を見送ったルイは、皆のいるところに戻ろうときびすを返した。
「ルイ」
だが、急にライオルに腕をつかまれて引き止められた。
「なんだよ?」
「結婚しよう」
「えっ!?」
ルイは驚きのあまり大きな声を出してしまった。だが、ライオルは真剣な表情でルイを見下ろしている。
「なにを急に……」
「俺と結婚してくれ、ルイ」
紺の目にじっと見つめられ、ルイは動けなくなった。ライオルの言葉がじわじわと頭の中に入ってくると、言いしれぬ感情が腹の底からせり上がってきた。
ルイはゆっくりとうなずいた。
「う、うん……」
間髪入れずにライオルに抱きしめられてキスをされた。ルイはこの上なく満ち足りた気分に包まれた。
キスする二人を見た大広間の人々は一瞬静まりかえり、次の瞬間に爆発した。耳がおかしくなるほどの大歓声と拍手に包まれ、ルイは恥ずかしさのあまりゆでだこのようになった。
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