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終章 二人だけの秘密
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しおりを挟む「待て待て! おい!」
ルイとライオルは慌ててフェイの消えたところに走り寄った。ルイの腰から下あたりの壁だけ、煉瓦ではなく岩でふさがれている。ルイは四つんばいになって床に手をつき、崩れた岩の隙間から外をのぞいた。どうやらそこは扉があった場所と似た岩場のようだった。
「ライオル、外だ。出口だ!」
「ああ!」
ライオルは出口をふさいでいる岩に手をかけた。
「これをどかすぞ。手を貸せ」
「わかった」
ルイとライオルは息を合わせて岩を押した。岩は重かったが、二人がかりで押すとずりずりと動いていった。
岩をどかしてできた穴を抜けて、二人は扉の中から脱出した。ルイは周囲を見回し、眉をひそめた。
二人が立っているのは海の森の中だった。岩で囲まれた窪地で、そばに太い枯れ木が倒れている。窪地の周りは深い森だった。見覚えのある場所だ。
「ここは……まさか」
ルイは頭上を囲むエラスム壁の天井が一部壊れているのを見て、ここがどこか確信した。ライオルも上を向いて眉をひそめた。
「カリバン・クルス……? アクトールの裏の森か……?」
「そうみたいだ。見て、これ」
ルイは倒れた枯れ木に近寄って、地面に落ちた縄の切れ端を拾い上げた。
「この縄、俺がティルナにここに縛り付けられたときのやつだ」
ライオルは切れた縄を受け取り、まじまじと見つめて顔をしかめた。
「……あのときの森の奥の窪地か」
ルイはこくりとうなずいた。海の国に来て間もないころ、ルイは修行のために訪れたアクトール魔導院で、ゾレイとティルナと知り合った。二人とも勤勉な魔導師だったが、ティルナはライオルに想いを寄せるあまり、ライオルと親しいルイを邪魔に感じて殺そうと企んだ。ティルナはルイをアクトールの裏の森に誘い出し、誰も来ないこの窪地に縛り付けて餓死させようとした。
ひからびる直前でルイはライオルに助け出されたが、ここに拘束されて辛い三日間を過ごした。誰も助けに来てくれないのではないかと不安にさいなまれ、夜もろくに眠ることができなかった。
ルイはここで過ごした夜のことを思いだした。暗闇に閉じこめられ、獣のうなり声のようなものを聞いた。だがそれは獣の声ではなく、窪地を囲む岩壁の隙間を空気が通り抜ける音だった。
「そうだよ……あのとき、風もないのにヒュウヒュウという音がしてた。あっちのほうから」
ルイは今しがた出てきた穴を指さした。岩で覆われていたから気づかなかったが、あのときの音は扉の出口をふさいでいた岩の隙間から漏れ出ている風の音だったのだ。
「最初から、この出口はずっとここにあったんだ……」
この小さな出口は誰かが隠しておいてくれたのだろうか。それとも、ずっと昔からここに存在していて、たまたま誰にも気づかれていなかっただけなのだろうか。
「お前の推測は正しかったな」
ライオルが言った。ルイは首をかしげた。
「推測? なんの?」
「おいおい、お前が調べたことだろ。扉とは別の場所にのぞき窓のようなものがあって、それを使って扉の内部と出入りができるんじゃないかって言ってただろ。神話だと池の悪魔はそこから出られないが、男神ペルタリオは出入りすることができたって、俺に説明したじゃないか」
「……そういえば、そんなことも言ったかも」
ルイはすっかりその話を忘れていた。
「ライオル、よく覚えてたね……。俺、そういう確証のない話をたくさんしてたと思うけど」
「お前が報告したことは全部覚えてるよ。なにがヒントになるかわからなかったしな」
ライオルは出口の前に膝をつき、煉瓦の道が続く謎の空間をのぞきこんだ。
「……ここは岩で隠されているだけで、扉を開け閉めするという概念もない。だから出入り自由だ。小さな出入り口だから魔獣もここからは出られないだろう」
「フェイはきっと、この森の魔力を感知したのかな?」
「たぶんな。岩には隙間があったから」
「……どうしてティルナはここを知ってたんだろう? もしかして、ティルナはこの出口を知ってたんじゃ?」
ルイは急にティルナの存在が怖くなった。魔力の強い優秀な魔導師だったが、本当は魔導師ではなく魔族だったのではないだろうか。
「ティルナは普通の青年だよ。森を探索していて、たまたまこの窪地を見つけただけだろう」
ライオルはルイの不安を見透かしたように言った。
「お前の一件があったあと、ティルナはアクトール籍を剥奪してタールヴィ地方の実家に送り返した。魔導師として生きていけない罰を与えたから、今は家業を継いで酒屋として働いてるよ。タールヴィ地方軍に見張りをさせてるけど、毎日真面目に働いてるらしい」
「あ……そうなんだ」
「おそらくここは窪地で人目につかないから、お前を隠すのにちょうどいいと思って選んだだけだと思う」
「そっか……ただの偶然か」
「偶然だ」
「なんか腑に落ちないな……」
「そうだな。結局、これがなんなのかもわからないしな」
ライオルはしゃがみこんだまま、扉の内部をじっと見つめている。ルイも隣に来て煉瓦の続く道を見つめた。窪地を囲む岩壁はルイの背丈ほどしかないのに、内側の煉瓦の壁は天まで続いている。奇妙な光景だった。
「ライオル、この出口はどうする?」
「元通り岩でふさいでおこう。これは触れちゃいけないものだ」
「報告は?」
「……しない。これのことは、誰も知らないほうがいい。下手に知られると争いの元になる」
「うん。俺もそう思う」
「二人だけの秘密にしておこう」
「わかった。誰にも言わないって約束するよ」
「俺も。あとでこっそり神話につけ足しておくよ」
「それがいいな」
ルイとライオルは顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合った。ライオルはルイを抱き寄せてキスをした。ルイはライオルを抱きしめ返した。
「おかえり、ライオル」
「……ただいま」
二人は抱き合って互いの無事を喜んだ。その後、ずらした岩を元の場所に戻して出口をふさいだ。
「で? フェイは飼い主の俺を置いてどこに行っちゃったんだ?」
ルイが言うと、ライオルは上のほうを指さした。
「さっきからずっとあそこにいるぞ」
「え?」
ルイはライオルの示したほうをたどり、窪地の上にいる白い毛玉を見つけた。落ちていた木の実をがつがつと一心不乱に食べている。
「あ! お前またそうやって俺よりおやつを優先する!」
ルイが手を伸ばすと、フェイは木の実をかばうようにルイに背を向けた。
「ジィッ!」
「別に取らないって! もう行かないといけないから、せめてポケットの中で食べてくれ!」
ルイはフェイを木の実ごと胸ポケットにつっこんだ。そして、差し出されたライオルの手をとり、一緒にアクトールの森をあとにした。
◆
扉の中をさまよっていたのはほんの数刻ほどだったはずだが、外では数日が経過していた。すでに作戦を終えた海王軍がカリバン・クルスに帰還していて、魔獣の危機は去ったが王太子が帰らないことに人々は嘆き悲しんでいた。
ルイとライオルはアクトールを出てカリバン・クルス基地に向かった。突如ひょっこり現れた二人に、兵士たちは度肝を抜かれた。最初は誰もが混乱していたが、二人が扉の向こうから戻ったのだとわかると、基地が揺れるほどの大騒ぎになった。王太子の帰還に兵士たちは狂喜乱舞した。
話を聞きつけたホルシェードやカドレックたち第九部隊の全員が押し寄せてきて、ルイとライオルは地面から足が浮くほどもみくちゃにされた。ホルシェードは泣きながらルイとライオルに飛びつき、ほとんど二人の首をしめていた。
ルイはあちこちから伸びてくる手に肩やら顔やらをたたかれて、髪をぐしゃぐしゃにされた。抱きついてきたファスマーに涙やら鼻水やらをこすりつけられたが、ルイは仲間たちに会えた喜びでいっぱいだった。
ギレットもやってきて、ルイとライオルの姿を見ると放心したように涙を流した。ルイは嬉しく思ったが、ライオルは気持ち悪いと言ってギレットを怒らせていた。
屋敷に戻ったルイとライオルは、テオフィロを抱きしめてただいまを告げた。二人に抱きしめられたテオフィロは派手に泣き出してしまい、サーマンが苦笑いしてその様子を見ていた。ストゥーディをはじめタールヴィ地方軍の兵士たちは、ライオルの無事な姿を見て野太い歓声をあげた。
翌日、再びカリバン・クルス基地に向かったルイとライオルは、扉の中に入ってからのことをオヴェンとクントに報告した。アクトールの裏の森に出口があることは伏せ、不思議な力で気がついたら街の中にいたということにしておいた。
クントは二人が扉の奥に消えてからのことを話してくれた。魔獣は殲滅されて扉も閉じられたので、見張りを置いて残りの兵は全員カリバン・クルスに帰還した。負傷者は全員病院に搬送された。ゾレイも病院で手当を受けているそうだ。
戦いには勝利したものの、王太子を失ってしまったので、諸手を挙げて喜べない状況だった。なんとか扉の向こうからライオルとルイを救い出そうと知恵をしぼったが、打つ手はなにもなく、王宮魔導師会もお手上げだった。そこに突然二人が戻ってきたとのことだった。
オヴェンは二人の無事を心から喜んだ。ルイと握手をしようとしたが、ルイの手が傷ついていたので、失礼しますと前置きしてから優しく抱きしめてくれた。
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