風の魔導師はおとなしくしてくれない

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終章 二人だけの秘密

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「勝手なやつらめ……」

 ギレットはため息混じりに言った。扉に群がる魔導師たちとそれを見守る兵士たちを、ギレットは交互に見つめた。しばらく迷っているようだったが、息を大きく吸いこむと扉に向かった。

「ちくしょう!」

 ギレットは負傷していないほうの手で扉を押した。全員がありったけの魔力をこめて扉を押すと、地響きのような低い音を立てて扉が少しずつ開き始めた。見ていた兵士たちは驚いて後ずさりし、扉から距離をとった。

 ルイは爪に血がにじむほど強く扉を押した。重々しい音とともに、だんだん扉が開いていく。扉の隙間から煉瓦でできた壁が見えた。

 扉の開く速度は徐々に鈍くなっていった。この場の全員の魔力を持ってしても、わずかしか開くことができないようだ。

 細身のルイ一人がなんとか通り抜けられるだけの隙間ができたとき、ルイは扉のあいだに体をねじこんだ。分厚い扉の奥にすべりこむと、ルイは反対側から扉を押した。

「閉じるから離れて!」

 ルイが叫んだ。

「……戻ってこられないぞ!」

 扉の向こうからギレットの叫び声が聞こえた。

「大丈夫、絶対に助けるから!」

 ルイはそう叫び返し、残った力を振りしぼって扉を押した。閉めるときはルイの力だけでも動いた。扉は重々しい音を立てて閉じ、ルイは扉の向こうに取り残された。



 扉が完全に閉じると静寂が訪れた。ルイは扉に背中をつけ、はあはあと荒い息をはいて呼吸を整えた。

 扉の内側は、どこまでも続く煉瓦の広い通路だった。地面も両側の壁も赤茶色の煉瓦でできている。天井は確認できないほど高く、両壁が永遠に上に向かって伸びている。明かりはないが、壁そのものが淡く白い光を放っているようでほのかに明るかった。

 後ろを振り返ったが、先ほどまで石の扉だったところはいつの間にか煉瓦の壁に変わっていた。前方には煉瓦の道がひたすら続いている。

「ライオル!」

 ルイは声をはりあげた。声は反響することもなく、すっと消えていった。返答はない。

「ライオル! どこにいるんだ! ライオル!」

 ルイはライオルを呼びながら煉瓦の道を歩き出した。不思議な場所だった。平坦な道がずっと奥まで続いている。魔獣の気配もない。

 ふと遠くで足音が聞こえた気がして、ルイは足を速めた。少し進むと十字路があった。十字路の中心に立つと、右の道からライオルが歩いてくるところだった。抜き身の剣を持っていて、刀身には魔獣の血らしき緑色の液体がこびりついている。

「ライオル!」

 ルイは一目散にライオルに駆け寄った。ライオルは目を見開いてぽかんとしている。ルイは呆然としているライオルの胸に飛びこんだ。

「無事だったんだね。よかった!」

 ルイはライオルに抱きついて言った。ライオルは震える手でルイの頬に触れた。

「ルイ……お前、どうして……」
「お前を追いかけてきたに決まってるだろ。助けに来たよ」
「そんな……! なんでお前まで……!」

 ライオルはルイを痛いほど強く抱きしめてうなだれた。

「馬鹿、なんで来たんだ! お前が助からなければ意味がないのに! これじゃなんのために俺が……」
「勝手なことばかり言うなよ! 俺の気持ちはどうなるんだよ。お前が急にいなくなっちゃったらいやだよ」

 ルイはライオルをにらんで言った。ライオルは悔しそうにルイを見つめていたが、ルイの意志の固さを悟ると肩を落とした。

「……元気になったんだな」
「うん」
「いつ目が覚めたんだ?」
「五日くらい前かな」
「え……目覚めてすぐカリバン・クルスを出発したのか?」
「そんなとこ。皆が看病してくれたおかげで、体の調子がよかったんだよ」
「お前なあ……自分じゃ気づいてないかもしれないけど、助けだしたときのお前は今にも息絶えそうなほど弱ってたんだぞ? 死体だと思ってテオフィロが腰を抜かしたくらいだ。もっと自分の体を大切にしろ」
「でもライオルが心配で、じっとしていられなくて」

 ライオルは苦笑してルイのまぶたに口づけた。

「……お前はそういうやつだよな。まったく」

 ライオルは軍服の裾で剣についた魔獣の血を拭い、鞘にしまった。

「お前もあの扉を通ってきたのか?」
「うん。皆で力を合わせて、少しだけ扉を開いて通ってきた。閉じたら扉は煉瓦の壁に変わっちゃった」
「……なるほど。魔獣とは遭遇しなかったか?」
「全然。あっちからずっと歩いてきたら、ここに来た」

 ライオルはルイが指さした方角を見た。

「俺が来たほうと違うな……一度扉を閉じたことで、少し出入り口がずれたのか。もっと時間が経っていれば、全然違うところに出たかもしれないな」

 もう少し様子を見ていたら、ここで再会することすらできなかったかもしれない。ルイはそう思ってぞっとした。

「ライオルのほうには魔獣がいたのか?」
「ああ。扉が閉じて魔獣の供給は止まったみたいだが、出口を失ってここで宙ぶらりんになったやつが二体いたんだ。大丈夫、どっちも倒したよ」
「よかった」
「あとは、そうだな……とりあえず歩くか」
「うん」

 二人は手をつないで一緒に煉瓦の道を歩いた。どこへ行けばいいかもわからないが、とにかくひたすらに歩いた。ときどき三叉路や十字路に出くわしたが、どこへ行っても道と壁以外のものはなにもなかった。

 ルイは黙ってライオルについていった。ライオルもなにも言わなかった。会話は必要なかった。ここで乾いて死んでいくのだとしても、二人が離れることはもうないと、ルイにはわかっていた。

 あてどもなく歩いていた二人は、とある部屋に行き着いた。だだっ広いだけでなにもない四角い煉瓦の部屋だ。ルイたちがやってきた通路とは別に、十本以上もの通路がこの部屋につながっている。

「……きっといろいろな場所につながっているんだろうな。俺たちの世界か、魔獣のいる世界か、まったく別の世界か……」

 ライオルが言った。ルイも同感だった。あの扉は魔獣だけでなく、様々な厄災を呼べる扉だ。おそらくここには無数の道があり、それぞれ別の世界につながっているのだろう。

「どっちに行く?」

 ルイがたずねた。

「選ぶ材料もなにもないな……とりあえず、端から順に見ていくか」

 ライオルはそう言って一番左側の通路を指さした。そのとき、ルイの胸ポケットからフェイが飛び出してきた。

「プキュ」
「あ、フェイ……お前もいたんだった」

 フェイはひげをひくつかせてルイの顔の周りを飛んだ。

「フェイ?」

 フェイはしばらくルイの近くに浮かんでいたが、不意にふらふらとどこかに飛んでいった。ルイは慌ててライオルの手を引いてフェイのあとを追った。

「フェイ、そんなに離れるな。危ないぞ」

 フェイはルイの魔力に乗って浮かんでいるので、ルイからあまり離れると落下してしまう。だがフェイは落ちる気配もなくふわふわと飛んでいき、一本の通路に入っていった。

 ルイとライオルはフェイのあとを追ってその通路に入った。今まで通ってきたものと同じ煉瓦の道だ。フェイがどんどん先に行ってしまうので、二人はフェイを追って進むしかなかった。

 途中で十字路があったが、フェイは迷うことなく左に折れて飛んでいった。ルイは初めて見るフェイの奇妙な行動に首をかしげた。ルイの命令もおやつの気配もなしに、フェイがこんなに行動したことは今まで一度もない。

「どこまで行くんだよ……フェイ、戻っ――」
「待て」

 フェイを呼び戻そうとしたルイを、ライオルが手を上げて制した。ライオルは真剣な表情でフェイをじっと見つめている。

「ライオル?」
「なにか見つけたんじゃないか? ハイイロモリネズミは魔力の流れを見ることができる。魔力をたどっていけばその源があるはずだ」
「あ……」

 風の吹く森に行ったとき、ゾレイはハイイロモリネズミについて説明してくれた。頭が悪いから高度な命令を聞くことはできないが、魔力の流れを追って発生源をたどれる性質を持っていると、確かにゾレイは言っていた。

 二人は手をつないだまま、フェイを追って歩いていった。フェイは一度も止まることなく飛んでいった。

 そして、フェイは通路の行き止まりで地面におりた。道の終わりの煉瓦の壁は、下のほうだけごつごつとした普通の岩でできていた。岩の一部が崩れて明るい光が外から差しこんでいる。フェイはその岩によじ登り、わずかな隙間をくぐって外に出て行った。
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