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終章 二人だけの秘密
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しおりを挟む「嘘だろ……」
ルイはふらりと立ち上がり、ゾレイに近寄った。ゾレイは胸を押さえて苦しそうに荒い息をはいている。
「ライオル、様……す、みません……」
ゾレイは短い息のあいまに小さな声で言った。声を出すたびに胸が痛むようだ。ライオルはゾレイの横に立て膝をついて座った。
「いい、喋るな。胸の骨が折れたんだろう……動くとまずい」
ライオルは怪我のない兵士たちを呼びつけ、ゾレイを乗せて運ぶ板を持って来るよう指示をした。
「いえ……すぐに、使い魔を……作りなおし、ます……」
ゾレイは息も絶え絶えになりながら言った。ルイは地面に散らばっている破片が、ガラスではなくジェドニスなのだと気がついた。ジェドニスで作った、扉を閉じるための人工使い魔を破壊されてしまったのだ。
「わかった。だが今は動くな。いいな」
ライオルが言うと、ゾレイはゆっくりとうなずいた。
「はい……」
ゾレイはそう言うと目を閉じて気を失った。ライオルは立ち上がり、ホルシェードたちと顔をつきあわせた。
「……これだけの強力な使い魔を作り直すには、また相当の時間がかかるだろう」
ホルシェードがうなずいた。
「そうっすね。ジェドニスを集めるところから始めなければいけないので、かなりかかると思います。カリバン・クルスの襲撃で、アクトールや王宮魔導師にも被害が及んでますし……」
「そのあいだ、扉はずっと開きっぱなしってことか。あまりに危険すぎるな」
「交代でずっと見張っておくしかねえだろ」
ギレットが言った。
「召喚師は死んだんだ。ほかの魔族も全員倒したから、ちゃんと見張りをつけておけば……」
ギレットが言い終わらないうちに、一行の頭上を黒い影が飛んでいった。その場の全員が同時に上を向いた。
「今のは……」
「タールヴィ隊長!」
扉のほうから兵士が一人、転がるように走ってきて叫んだ。
「魔獣が! 扉からどんどん出てきています!!」
「そんな馬鹿な」
ライオルはきびすを返して扉のほうに駆け戻った。ルイもそのあとを追った。
再び森を抜けると、開け放たれた扉の中からちょうど一体の魔獣が出てきたところだった。扉の前にいる兵士たちが矢を放って必死によそに行かせまいとしている。
「ハルダートが死んでも、魔獣は呼び出され続けるんだ……」
ルイは呆然として呟いた。一度呼び起こされた厄災は、扉が閉じるまで止まらないのだ。このままの勢いで魔獣が出現し続けたら、海の国はどれだけの被害を被ることか。
「ルイ!」
また一体の魔獣が現れて、ルイに襲いかかってきた。ライオルはルイを抱き寄せて腕の中にかばった。ホルシェードがルイとライオルの前に躍り出て、氷の刃で魔獣を攻撃した。しかし巨大なバッタ型の魔獣の皮膚は固く、ホルシェードの氷は砕け散った。ホルシェードは仕方なく剣で魔獣の足を一本ずつ切り落としていった。
ルイはライオルに抱きしめられながら恐怖に震えた。一体でもこの強さだ。このまま魔獣が増え続けたら、海の国のすべてを食い尽くされてしまう。
「……怖がるな、ルイ。俺が守ってやるから」
ライオルが言った。ルイはライオルを見上げた。ライオルは優しく笑い、いつものようにルイの頭をくしゃりとなでた。
「ギレット!」
ライオルはルイの腕をつかんだまま、大股にギレットのところに向かった。ギレットは森の出口で仁王立ちになって扉を見据えている。ライオルはギレットにルイを押しつけた。
「うわっ」
ルイはライオルに押されてギレットの胸に顔から突っこんだ。ギレットは右手でルイを受け止め、びっくりしてライオルを見つめた。
「……なにやってんだ?」
「ルイを頼む。守ってくれ」
「は?」
「お前が王になったら、海の国を開放して地上とやりとりができるようにしろ。地上の連中に怖がらず交流するように言え」
「なに言ってんだお前……」
「地上の人間も海の国に来られるようにして、ルイが好きなときに国に帰れるようにしろ」
「おい……?」
ライオルはそれだけ言うと、おもむろにルイのあごをつかんで触れるだけのキスをした。
「愛してるよ、ルイ」
ライオルはそう言うと、ルイの腕を放して扉に向かって走り出した。ルイはライオルがなにをしようとしているか悟り、戦慄した。
「やめて……やめて!」
ルイはライオルを追って疾走した。魔獣がすぐ上を通り過ぎたが、食われる心配をするひまもなかった。
「待って! ライオル、止まってくれ!」
ルイは走りながら必死に叫んだ。だが、先を走るライオルは脇目もふらず扉に向かっていく。扉までたどりついたライオルは、開かれた扉の向こう側に入って見えなくなった。
「やめろ!!」
ルイは金切り声をはりあげた。石の巨大な扉が、地面を引きずる音を立てて閉じていく。
「ライオル!」
扉ばかり見ていたルイは、地面から突き出た岩につまずいて派手に転んだ。すぐに起き上がって走り出したが、扉の前にたどり着いたとき、扉は重々しい音を立てて完全に閉じてしまった。
「ライオル!!」
ルイは扉をこぶしで何度もたたいた。だが、ぺちぺちと音を立てるばかりで扉はびくともしない。
「行かないで! ライオル、戻ってきて!」
なんとか扉をこじ開けようと、ルイは渾身の力をこめて扉を押した。しかし扉はがんとして開いてはくれない。ルイはライオルの名を呼びながら、何度も何度も扉をたたいた。たたきすぎて手から血が流れ、扉が点々と赤くなった。
「なんで勝手に行くんだよ……戻ってきてよ……」
ルイは冷たい扉に額をつけて嘆いた。願い続ければ声が届くかもしれないと、淡い望みをかけてライオルを呼び続けた。それでも扉からはなんの反応も返ってこなかった。
放たれた魔獣がすべて倒され、岩山は静けさに包まれた。戦いを終えた兵士たちがぞろぞろと扉のほうに歩いてきた。閉じた扉に向かってライオルの名を叫び続けるルイを見て、王太子が犠牲となって扉を閉じたのだと、全員が理解した。
ルイは扉をたたくのをやめてその場にへたりこんだ。たたきすぎてもう手に感覚がなかった。
「ライオル、戻ってきて……帰ってきて……」
悲痛な叫びをあげ続けるルイの肩に手が置かれた。ホルシェードだった。
「ルイ、もうやめろ……」
「行かないで……戻ってきて……」
「……やめてくれ、ルイ」
再び扉に手を伸ばそうとしたルイを、ホルシェードはそっと抱きしめて引き止めた。ルイはホルシェードが震えていることに気がついた。
見上げると、ホルシェードは今にも泣き出しそうな顔で唇を震わせていた。ルイはホルシェードが叫び出したいのを必死にこらえているのだとわかった。ルイがライオルと出会うずっと前から、ホルシェードはライオルのそばにいたのだ。ホルシェードが悲しくないわけがない。
ルイは集まってきた兵士たちをぐるりと見渡した。ギレットは抜き身の剣を持ったまま、怒ったような驚いたような顔のまま立ちつくしている。ファスマーやカドレック、第九部隊の隊員たちも来ていて、呆然と扉を見つめている。血を流している隊員もたくさんいるが、皆怪我どころではない様子だ。
ルイは巨大な石の扉を見上げた。太古の昔から存在しているという、謎の扉だ。この扉がどうしてここにあるのか、どこにつながっているのか、知る者はいない。神話として残っているだけだ。扉の向こうに行った者が戻ってくることはない。だが。
「厄災には必ず希望がある……。救済が……助かる方法が、必ずあるはずだ……」
ルイはぶつぶつと呟いた。神話には、厄災には必ず希望が与えられると書かれていた。
「そうだ……絶対に、助ける方法があるはずだ……」
ルイは再び立ち上がった。大切な人を飲みこんだ扉をにらみつけ、冷たい石に両手をついて力一杯押した。
「やめとけ……お前の力じゃ開かねえって……」
ギレットがそばにきて言った。
「じゃあギレットも手伝ってくれ! 俺が中に入って、ライオルを助け出すから!」
ルイは扉を押しながら叫んだ。ギレットはなにも言わなかった。見かねた第一部隊の隊員がルイに声をかけた。
「ザリシャ、助けたいのはわかる。俺たちも同じ気持ちだ。でもその扉を開けて、また魔獣が現れたらどうする。一度戻って、助ける方法を考えよう」
「そんなことしてたら手遅れになるかもしれないだろ! ちょっとだけ開けて、俺が入ったらすぐ閉じればいい! だから、お願い!」
ルイは恥も外聞もかなぐり捨てて叫んだ。
「ここで戻るなら、俺はなんのためにここに来たんだ! あいつだけ一人で行かせるわけにはいかないんだ!」
ルイは無我夢中で扉を押した。岩だらけの地面を蹴り、両足を踏ん張って全体重をかけた。
ルイは隣に誰かが来て、一緒に扉を押し始めたことに気がついた。ホルシェードだった。ホルシェードはルイの横に両手をつき、渾身の力をこめて扉を押した。
「全員の魔力をこめれば……少しくらい開くかもしれない……!」
ホルシェードはしぼり出すように言った。すると、様子を見ていたカドレックたち第九部隊の隊員たちもわらわらと押し寄せて、扉を押し始めた。
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