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終章 二人だけの秘密
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しおりを挟む「お前がここにいるはずねえ……! 魔族の変装か!?」
ギレットは鋭い目でルイをにらみつけた。ルイは両手を肩まであげてぶんぶんと首を横に振った。
「違うよギレット、目が覚めたから、補給部隊と一緒に来たんだよ!」
「第三陣と一緒に……?」
「そうだよ! ライオルが怪我したまま戦場に行ったって聞いたから、俺も追いかけてきたんだ。どうしても心配で……」
ギレットはまだ疑いが晴れないようで、ルイから目を離さない。ルイはどうすれば信用してもらえるか思案した。そして、おもむろに胸ポケットに手を突っこんでフェイを取り出した。
「ほら、使い魔も連れてきてるよ! 見たことあるだろ?」
フェイはルイの手の上できょとんとしている。ギレットはルイの必死な様子を見て、ようやく右手をおろして警戒を解いた。
「……元気になったのか」
「もうすっかり元気だよ。俺が寝てるとき、お見舞いに来てくれたんだよね。ありがとう」
ルイは笑みを浮かべて言った。ギレットは決まり悪そうに頭をかき、ルイを手招きした。
ルイはギレットに駆け寄った。近くで見ると、ギレットの額には大きな切り傷があった。肩からつっている左腕は、肘から下が包帯でぐるぐる巻きにされている。
「ギレット、その腕……」
「ああ、ちょっと骨が折れちまって。でも右手は無事だからまだいけるさ。最後の一仕事の前に痛み止めをもらおうと思ってな」
ちょうどそこに一人の衛生兵が痛み止めの薬を持って走ってきた。ギレットは衛生兵から薬をもらって飲んだ。
「ギレット、最後の一仕事って?」
「扉を閉じるんだよ」
「ハルダートは? もう倒したのか?」
「いや、まだだ。俺たち第一陣が到着したときは魔獣の数がすごくて扉に近づけもしなかったんだが、第二陣が来てから押し返せるようになった。なんとか扉の前まで追いつめたから、あとは元凶を潰すだけだ」
「ライオルはどこ?」
「あー、少し前に司令部がやられちまってな。ハルダートはライオルばっかり狙いやがるんだ。後方にいるとオヴェンやほかの奴らを巻きこんじまうからって、ハルダートを直接たたきに扉のところに行ってるよ。あんなに前線が好きな王太子なんてほかにいないぜ。まったく」
ルイは背筋が寒くなり、軍服の前をきゅっとつかんだ。
「一番危険なところで……無茶だ……」
「無茶だけど、まあ奴も強いし大丈夫だろ。そろそろ片がつくはずだ」
「俺もそこに行く!」
「言うと思ったよ。俺も合流するところだったから、一緒に行くか。お前、本当に体はなんともないんだろうな? 俺は片腕だから、お前の面倒まで見きれないぞ」
「大丈夫だ」
「間違っても死ぬなよ。お前の仕事はライオルのところに行って、奴の復讐心を押さえて死に急がないようにすることだ。お前の戦力なんざ誰も期待してねえから、敵と遭遇したらすぐに隠れろ。遠くから援護してくれれば十分だ。いいな」
「わかった」
ルイは真摯な顔でうなずいた。
「よし。じゃあ俺についてこい」
「了解」
ギレットはルイを連れて天幕を出ると、動ける者全員に招集をかけた。
「覚悟はいいな! けりをつけに行くぞ!」
ギレットは右手を振り上げて兵士たちに向かって叫んだ。
「王太子ばかりにいいところを持って行かせるな! 俺たちの国を踏み荒らした魔族と魔獣どもをその手で討ち取れ!」
ギレットの合図で兵士たちは扉に向かって走り出した。ルイは兵士たちと一緒に森の中に入り、木々のあいだを走り抜けた。途中、何度か魔獣らしき影が頭上を通り過ぎてひやりとしたが、運よく気づかれはしなかった。
海の森の中心にそびえる岩山の近くまで来ると、魔獣の声が大きくなってきた。おどろおどろしい鳴き声のあいまに、爆発音や剣戟の音が響いてくる。扉の近くまでやってきたようだ。
急に視界が開け、ルイは岩山の根本にある巨大な扉を見た。草木の生えない岩山にへばりつくようにして、厄災を振りまく扉が鎮座している。普通の扉の五倍ほども大きい、片開きの石扉だ。岩山にくっついているのに、奥側に向かって開いている。扉の奥には煉瓦の道がどこかに向かって続いていた。そこから魔獣が一体出てきて、扉の前で戦っている兵士たちに襲いかかった。
ハルダートは扉に手をかけて立っていた。魔獣が何体もハルダートを囲んで召喚主を守っている。海王軍の兵士たちはハルダートまであと一歩というところまでこぎつけ、魔獣相手に懸命に戦っていた。兵士たちの後ろには、巨大なコオロギの形をした魔獣や、頬袋のある太った猿のような魔獣が、黒こげになって転がっていた。
ルイはハルダートに向かって突き進む兵士たちの中にライオルの姿を見つけた。ライオルは炎をまとった剣を振り、目の前に立ちふさがった大蛇の魔獣の首を切り落とした。大蛇は巨大な体を痙攣させて縮こまり、横様に倒れた。ライオルは後方の兵士たちに行けと剣で合図した。兵士たちはライオルが切り開いた道を通り、ハルダートに向かって走り出した。
あとがなくなったハルダートは、扉から手を離して黒い魔術の塊を放った。魔術でできた黒い玉は途中で爆発し、爆音と共に兵士たちを四方に吹き飛ばした。ルイはとっさに剣を抜いて風を起こし、彼らが岩壁に激突する前に風で包みこんで衝撃を緩和させた。
突風は扉の周囲全域に吹き渡り、ライオルは驚いた表情で周囲を見渡した。そして、森の出口に立つルイに目をとめた。声も届かないほど遠くにいるが、ルイはライオルが口角を上げたことがわかった。
ギレットたちは森を抜けてハルダートのところに駆けていった。ハルダートは新手に気づき、再び扉に手をかけた。その隙にライオルたちは姿勢を低くしてハルダートに駆け寄った。
ライオルはハルダートを守る最後の魔獣らを斬り伏せ、ハルダートに斬りかかった。ハルダートは魔術の槍で応戦したが、途中で魔力が切れて黒い槍は霧散した。ハルダートが盾にできるものはもうなにもない。ハルダートはライオルの剣に胸を貫かれ、仰向けに倒れた。
ルイは地面に倒れ伏したハルダートを見ると、その場を駆けだした。ついにライオルはハルダートを倒した。海の国は助かったのだ。
「ライオル!」
ルイはライオルに駆け寄った。ライオルはしゃがんでハルダートの首に手を当て、絶命していることを確認した。立ち上がったライオルはこちらに走ってくるルイを見たが、なにかに気づいてバッと後ろを振り返った。
開け放たれた扉の向こうから、数体の魔獣が一気に飛び出してきた。魔獣は牙をむきだしてまっすぐルイのほうへ飛んできた。ルイは突然のことに頭が真っ白になった。
「伏せろ!」
ライオルが怒鳴った。ルイは間髪入れずに地面に伏せた。魔獣はルイの頭すれすれをかすめて飛んでいった。ルイは顔の横を通り過ぎた巨大な爪を見て恐怖に凍りついた。
「どうして……ハルダートは死んだのに……!」
ルイは伏せたまま頭だけ起こして魔獣が飛んでいった方角を眺めた。魔獣はルイを無視して飛んでいき、森の中に降下していった。木々に邪魔されて魔獣の姿は見えなくなったが、代わりに複数の悲鳴と叫び声が聞こえてきた。森にいた仲間が襲われたようだ。
「ルイ!」
ライオルが走ってきてルイを抱き起こした。
「怪我は!?」
「平気だ。それよりあっちで悲鳴がした!」
「くそ……向こうはまずいぞ! 全員、今の魔獣を追え!」
ライオルは連れている兵士たちに叫ぶと魔獣が消えたほうに走っていった。次いでホルシェードがやってきて、ルイに声をかけるとライオルを追って走った。ルイも二人を追いかけた。
ルイはホルシェードの背中を追って森の中を走った。しばらくもいかないうちに、先ほど飛び去った魔獣の姿を木々の隙間にとらえた。魔獣はルイのよく知る人たちを襲っていた。第九部隊の隊員たちだ。
先頭を走るライオルは、迷わず一番巨大な魔獣に向かっていった。
「隊長!」
応戦していた隊員たちは、ライオルたちの加勢に気づいて歓喜の声をあげた。ギレットは片腕にもかかわらず、剣を振って魔獣の目を正確に切り裂いた。
「こいつら、狙いやがったな……!」
ギレットがいまいましげに言った。魔獣はライオルたちの手によってすべて退治された。ルイは倒れた隊員に駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「ああ、ちょっとしっぽで弾かれただけで……ルイ!? なんでここにいるんだ!」
「治ったから助けに来たんだよ。怪我した人はいないか? ……ファスマー!」
ルイは血まみれの手を押さえて座りこむファスマーを見つけて近づいた。ファスマーはルイを見て目を丸くした。
「ルイ……目が覚めたのか?」
「うん。来るのが遅くなってごめん。すぐ止血しよう」
ルイはファスマーの鞄の中から包帯を取り出してファスマーの手に巻き付けた。
「けっこう深く切ってるな」
「ああ、剣で斬ろうとしたら逆に爪でやられちまった……情けないな」
「突然だったから仕方ないよ。運が悪かったんだ」
「いや、狙われたんだと思う……」
「え? きみたちを?」
「違う。あれをだよ……」
ファスマーはルイの後ろをじっと見つめた。ルイはその視線の先をたどり、血の気が引いた。きらきらとした破片が一面に散らばっていて、その真ん中にゾレイが仰向けに倒れている。ライオルとホルシェードとギレット、駆けつけた兵士たちのほとんどがゾレイを取り囲んでいた。
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