風の魔導師はおとなしくしてくれない

文字の大きさ
100 / 134
終章 二人だけの秘密

11

しおりを挟む

「王都は狙われているので、街の人はだいたい疎開してしまって空っぽです」

 テオフィロが言った。いつもの夕暮れの街並みのようだが、神殿の塔の煉瓦が一部崩れているのが見えた。人がいないせいかどことなく乾いた雰囲気がする。

「魔獣が現れたってことは、扉の場所もわかったんだね?」
「はい、開かれてようやく……。海中師団がさんざん探していた場所にあったんですけど、魔族の隠れ家と同じく結界に守られていて今まで見つけられなかったんです。その結界はなくなり、扉の前にハルダートがいてどんどん魔獣を呼び寄せてます。海王軍騎馬師団と海中師団は、扉を封印するため出立しました」
「ライオルも?」

 テオフィロは重々しくうなずいた。

「はい。第二陣を率いてホルシェードと一緒に先日屋敷を出発しました」
「でも怪我してるんだろ?」
「治ったと本人は言ってました。サーマン先生も止めはしませんでした」

 ルイは黙って考えこんだ。腹部を刺されたのに、そんなにすぐ戦いの場に戻って大丈夫なのだろうか。

 ルイの心配を見透かすように、テオフィロはそっとルイの背中に手を置いた。

「大丈夫ですよ。ライオル様は後方で指揮を下すのが仕事です。皆が王太子を守ってくれますから、あまり心配しすぎないように」
「うん……そうだよね……」

 ルイはうなずいたが、ライオルが心配でたまらなかった。守りは厳重だろうが、ハルダートは王太子となったライオルを狙っているはずだ。ライオルもルイへの仕打ちの報復をしようとして、無茶をするかもしれない。安全な屋敷の中でただ待つしかできないのは辛かった。



 翌日、ルイはベッドに座ってサーマンの診察を受けた。少し筋肉がこわばっているが、体は健康そのものだった。しばらく寝たきりだったとは思えないほど、ルイの体調は良好だった。

「テオフィロの看病のおかげだね。毎日せっせときみの体を動かして、あざにならないようにしてたから」

 サーマンはそう言ってほほ笑んだ。ルイはかたわらに立つテオフィロを見上げた。

「テオフィロ、ありがとう。きみには助けてもらってばかりだな」

 ルイは感謝をこめて言った。テオフィロは照れて赤くなり、両手をぶんぶんと振った。

「とんでもないです! ゾレイ様の元気の出る薬のおかげですよ」
「ゾレイの薬?」

 ルイがきょとんとすると、サーマンがああ、と言った。

「王宮魔導師どのが、きみのために薬を作ってはしょっちゅう持ってきてくれてたんだよ。薬草や魔導師の病気に詳しい方だったから、とても助かったよ」
「ゾレイが……そうなんだ」

 ゾレイは憎まれ口をたたきながらも、いつもルイに助言をくれる大事な友人だ。仕事で忙しいだろうに、そこまでしてくれたことに胸がいっぱいになった。

「ゾレイにもお礼を言わなくちゃ……。心配してるだろうから、元気になったことを伝えたいな。テオフィロ、ゾレイが今度はいつ来るかわかるか?」
「あ……ゾレイ様は今カリバン・クルスにはいらっしゃいません」
「あれ、そうなのか。ゾレイも戦火を避けて別のところに避難してるのかな?」
「いえ、その……ゾレイ様は第一陣と一緒に従軍なさっています」

 ルイは耳を疑った。

「なんで?」
「扉を閉じるために使う人工使い魔を、ゾレイ様が使役しているからです。戦いそのものには参加しませんが、ハルダートを倒したあと、人工使い魔を使って扉を閉じるのがゾレイ様のお役目です」
「そんな危険な役目をゾレイが……?」
「大事な任務ですが、作戦の要でもあるので絶対に傷つけられることのないよう守られてます。ハルダートに気づかれないよう隠されていますし、危険ではないはずです。大丈夫、ライオル様と一緒にご無事で戻ってきますよ」

 テオフィロは元気づけるようにルイの腕を優しくさすった。

「だから、ルイ様は皆が戻ってきたときに元気に出迎えてあげてください」

 サーマンも大きくうなずいた。

「その通りだ。きみは自分の心配をしてなさい。無理は禁物だよ」
「……わかった……」

 ルイは不安でたまらなかったが、それ以上はなにも言わなかった。サーマンはルイに部屋の中を歩かせたり紙に文字を書かせたりして、日常生活に支障がないことを確認した。ルイがお腹がすいたと言うと二人はとても喜んでくれた。テオフィロはすぐに食事を用意して持ってきてくれた。

 ルイは温かいスープを飲みながら、ぼんやりと考え事をしていた。テオフィロはそんなルイの様子を黙って見つめていた。



 次の日の朝、ルイは診察のためにやってきたサーマンに開口一番言った。

「俺もライオルのところに行く」

 サーマンは眉間にしわを寄せた。

「……それ、僕がいいって言うと思って言ってる?」
「だって、体はどこもなんともないし、健康そのものだって昨日先生が言ってくれたじゃないか」
「それでも僕はきみを屋敷から出すわけにはいかないよ。ライオル様にきみのことを頼まれたんだから」
「こんなことになってなかったら、俺もライオルと一緒に作戦に参加してたはずだよ! 第九部隊の皆も行ってるし、ゾレイまで行ってるのに、俺だけのんびり寝てるわけにはいかないよ」

 サーマンはいらだった様子でどかりと椅子に腰を下ろした。

「きみ、つい二日前まで死んだように眠ってたんだよ? 起きたと思えば混乱してすぐ昏倒してしまった。そんな状態の人を戦場に行かせるなんてばかげてる。死にに行かせるようなものだ」
「それでも俺は行くよ、先生。俺が行かないとだめなんだ。今度こそ決着をつけてやる」
「……ライオル様と同じことを言わないでくれよ」

 サーマンはうめくように言って肩を落とした。ルイはテオフィロに向かって言った。

「テオフィロ、出立の準備をしてくれないか」
「ルイ様……」
「お願い」

 テオフィロはじっとルイの目を見つめてから、短くうなずいた。

「……わかりました」
「テオフィロ!」

 サーマンはテオフィロをにらみつけた。テオフィロは背筋を伸ばしてサーマンに向き直った。

「ライオル様もルイ様の元気な姿を見たほうがいいと思います。そうでないと、ご自分の命を省みずにまた無茶な戦い方をしてしまうかもしれません」
「そのためにきみの大事なルイを戦場に連れて行くのか? 言ってることが矛盾してるぞ」
「でも、ルイ様はおとなしくしてくれないですから。俺たちがいくら止めたって行っちゃうと思います」

 テオフィロはそう言って苦笑した。ルイはベッドから起き上がり、二人にぺこりと頭を下げた。自分のことを思ってくれる二人を困らせることはしたくはないが、こればかりは譲れなかった。

「サーマン先生、ごめんなさい。テオフィロもごめんね。戻ってきたら、ちゃんと言うこと聞くから」

 サーマンはなにも言わなかった。おそらくライオルも同じように無理やり復帰してしまったのだろう。なにを言っても無駄だとあきらめたようだった。


 ◆


 ルイは第三陣と共に戦地に赴くことになった。第三陣は武器や食料の補給部隊と、負傷者を連れ帰るための医療部隊で結成されている。ルイは医療道具の運搬を手伝うことになり、貨物用の海馬車に乗ってカリバン・クルスを出発した。

 道中、ルイは医療部隊の衛生兵から戦況を聞いた。扉はネマの村にほど近い海の森の中にあったそうだ。そこから魔獣を逃がさないよう、海王軍が死力を尽くして今もなお戦っている。扉から無限にあふれ出てくる魔獣のせいで、かなりの負傷者が出ているらしい。ルイはそれを聞いてますます不安になった。

 海王軍が魔獣を押さえこんでいるおかげで、道中魔獣と遭遇することはなかった。予定通り目的地の海の森に到着し、ルイは海馬車からおりた。

 中央がせり上がった丘状の海の森だった。青緑色の木々がうっそうと茂っているが、森の中央に木が一本も生えていないごつごつとした岩山がある。

 森のあちこちから黒煙があがっていて、見たこともない大きな奇妙な生き物が空中を浮遊していた。飛行する魔獣は下から矢を浴びせられると、牙をむきだして矢が放たれたほうに襲いかかった。木々に遮られて見えないが、たくさんの兵士が魔獣と戦っているようだ。

 海の森を覆うエラスム泡の向こう側には、海中師団の兵士の姿が多数あった。兵士たちは水棲馬に騎乗し、エラスム泡を越えてきた魔獣を倒している。

「こっちに運んで!」

 同じ海馬車に乗っていた衛生兵に声をかけられ、ルイは慌てて物資を持って彼のあとを追った。大きな天幕の中に入ると、そこには負傷した兵士がたくさんいて、衛生兵の手当てを受けていた。ルイは海馬車に積んでいた物資をどんどん天幕の中に運びこみながら、知った顔がないか確認した。

 最後の物資を運び終えたとき、聞き覚えのある声がした。

「おい、痛み止めをくれ!」

 振り向くと、ギレットが天幕の出入り口をくぐって入ってきたところだった。左腕を肩から三角布でつっていて、額に血のにじんだ包帯を巻いている。

「ギレット!」

 ルイはギレットに駆け寄った。ギレットはルイを見ると目を丸くした。

「ルイ……? いや待て動くな!」

 ギレットは右手を突き出して近づこうとするルイを制した。ルイはギレットの殺気を感じてぴたりと立ち止まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...