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終章 二人だけの秘密
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しおりを挟む再度目を覚ましたとき、部屋の中は薄暗くなっていた。テオフィロがさっきと同じように椅子に座っていて、ルイの意識が戻ったことに気づくとにこりと笑った。
「お目覚めですか。お帰りなさい、ルイ様。ライオル様があなたをここに連れ帰ってから、長いこと眠っていたんですよ。みんな心配してました」
テオフィロはさっと立ち上がり、棚の上に置かれた巣箱からフェイを取り出すと手のひらに乗せて戻ってきた。
「ほら、フェイも心配してましたよ」
「プキュ!」
フェイは一声鳴くとテオフィロの手からふよふよ浮き上がり、ルイの枕に着地した。フェイはふんふんとルイの匂いをかぎ、ルイの頭の上を嬉しそうに飛んだ。
「フェイが飛べるってことは、魔力も元に戻ったってことですね」
テオフィロが嬉しそうに言った。
ルイは頭上をぶんぶん飛び回る小さな白いネズミをぼんやり眺めた。手を伸ばすとフェイはルイの手の上に着地した。手のひらになつかしい温もりを感じた。
ルイはゆっくりと深呼吸した。自分の部屋の匂いがする。間違いなく自分の部屋のようだ。体が動かないこともないし、言いたいことが言葉にならないこともない。ハルダートの術は解けたようだ。ずっと寝ていたようだが、不思議とすっきりした気分だった。
ルイはゆっくりと上半身を起こした。テオフィロはルイの背中を支えて起きるのを手伝ってくれた。ルイは枕を背にして座り、テオフィロと向き合った。
「……俺、戻ってきたんだね」
「そうですよ」
「どれくらい寝てた?」
「もう一月近くになりますね」
「そんなに寝てたんだ……」
「はい。体の調子はどうですか? どこか痛むところはありませんか?」
ルイは両手を開いたり握ったりしてみた。
「大丈夫だよ。どこも痛くないし、手も足もちゃんと動く」
「それはよかったです」
「俺、どうやってここに戻ってきたんだ?」
「ライオル様があなたを魔族の隠れ家から助け出したんですよ。そのときはもうあなたは意識を失っていたので、覚えてないでしょうけど」
「そうなんだ……」
ルイは不思議な気持ちだった。まったく覚えていないので、帰ってきた実感もなにもない。ただ、長い時間が経ったことだけは感覚でわかった。
「ライオルはどこ?」
ルイはなんの気なしにたずねた。するとテオフィロは少し顔をこわばらせた。
「……ライオル様はお留守です。お茶を持ってきますね。それを飲みながら、あなたがいなくなってからのことをお話しましょう」
テオフィロはそう言って部屋を出て行った。一人になったルイは急に不安に襲われた。ライオルがそばにいてくれないと落ち着かない。今すぐライオルに会って安心したいのに、なぜ出かけているのだろう。今は夕方のようだが、まだ海王軍の仕事をしているのだろうか。ルイを助けに来てくれたそうだが、怪我はしなかったのだろうか。
部屋を見渡したルイは、窓の一つに板が打ち付けられていることに気がついた。いくつもの板が打ち付けられ、窓が完全にふさがれている。
「なんだあれ……」
ふさがれた窓をじっと見ていると、テオフィロが戻ってきた。
「テオフィロ、あの窓はどうしたの? 壊れたのか?」
「ああ……」
テオフィロはテーブルの上にお茶のセットを置き、あいまいにうなずいた。
「そのこともちゃんと話しますよ。まずは王太子の儀のあとのことから話しましょうか」
テオフィロはお茶のカップをルイに渡した。ルイはお茶を一口飲んだ。久しぶりに飲むテオフィロのおいしいお茶だった。
「王宮が魔族の襲撃を受けたことで、魔族の存在は国中に知れ渡りました。王宮は結界に守られていましたが、人間に化けた三人の魔族の侵入を許してしまいました。魔族にとって変わられていたのは、守衛師団の兵士一名とクシャスラ家の三男、そしてあなたの班の班長でした」
ルイははっと息をのんだ。
「そうだよ、本物のカドレック班長は……!?」
「ご無事です。ちゃんとお戻りになりましたよ」
「そうか……よかった」
ルイは深くため息を落とした。ハルダートはカドレックに術をかけて生かしていたと言っていたが、彼の話をどこまで信じていいかわからなかった。だが、ハルダートの言っていたことは本当だったらしい。
「ずっと風の吹く森で寝てたんだろ? 元気なのか?」
ルイが言うと、テオフィロは眉をひそめた。
「どうして知ってるんですか……?」
「ハルダートが言ってたんだ。姿だけ入れ替わっても話が合わないとすぐにばれるから、精神をつなげて班長を生かしてたって」
テオフィロの顔に緊張が走った。ルイが辛いことを思いだし、また取り乱さないか不安になったようだ。だが、ルイは温かいお茶のおかげですっかり落ち着いていた。今はとにかくテオフィロの話を聞きたかった。
「それで、班長は元気なのか?」
「あ、はい……お元気です。風の吹く森に滞在していた調査団と一緒にカリバン・クルスに帰還されました。魔族の仲間ではないかといっときは疑われましたが、すぐに疑いも晴れて海王軍に戻りました。ほかの二名も同様に隠されて生かされていて、術が解けて元の生活に戻りました」
「それならよかった」
「ええ。それで、王宮の襲撃で何人もの死傷者が出ましたが、奴らの術をすぐに破ったおかげで最悪の事態は免れました。陛下も一命をとりとめられました」
「えっ、ハルダートに胸を貫かれたのに?」
「陛下は魔族のことをご存じでしたから、ご自分の体を魔導で保護していたんですよ。そのおかげで死なずに済んだってわけです。まあ、重傷だったのでまだお出ましにはなれませんが」
テオフィロは淡々とその後の出来事を語った。ライオルはルイを奪った魔族の捜索に心血を注いだ。もう魔族のことを隠す必要もないので、海王軍と地方軍総出で国中を探し回った。すると、とある領主の館の様子がおかしいことがわかった。館には近づけるが、門を内側から開けてもらわないとどうやっても中に入れない。庭から入ろうとしても不思議と外に出てしまう。
館で領主や使用人たちは普通に生活していたが、話していてもつじつまが合わないことがあったりと、どこか妙だった。そこで第九部隊が詳しく調べたところ、館の敷地全体が結界に覆われていることがわかった。海王軍の魔導具では作れない謎の結界だった。
魔族が中に潜伏していると踏んだライオルは、魔族に気取られないよう奇襲をしかけることにした。念入りに作戦を練って偵察を重ね、ついに結界を破って館に突入した。
館の二階にはルイが意識を失った状態で寝かされていた。それを見つけたライオルは激高し、ハルダートを殺すため自らハルダートの元に向かった。
ギレットとライオルでハルダートを追いつめたが、ハルダートはぎりぎりのところでアンドラクスを盾にして逃げてしまった。そのときにライオルは腹部に傷を負った。ハルダートを含め数人の魔族を逃がしてしまったが、大多数の魔族は館で討ち取ることができた。
カリバン・クルスに戻ったルイとライオルは、サーマンの治療を受けて屋敷で療養した。ルイを心配して、いろいろな人が入れ替わり立ち替わり見舞いにやってきた。それを聞いたルイは嬉しい気持ちでいっぱいになった。海の国にはルイにとって大事な人がたくさんいるが、同時にルイを大事に思ってくれている人もたくさんいる。
その後、突如として魔獣が現れてカリバン・クルスを襲ったという話を聞き、ルイは仰天した。海王軍の手をすり抜けたハルダートがついに厄災を振りまく扉を開き、魔獣を呼び出して海の国を攻撃しているのだそうだ。
「それであそこの窓が割れてるんだ……」
「はい。ライオル様たちが屋敷を守ってくれましたが、そのときに窓を割られてしまいました。今の状況できちんと修理するのは無理なので、とりあえず板でふさいでいるんです」
「外の様子を見たい。窓に近づいても平気かな?」
「はい、大丈夫です。立てますか?」
ルイはベッドをおり、室内履きをはいて立ち上がった。かすかに立ちくらみがしたが、問題なく歩けた。テオフィロに付き添われ、ルイは割れていない窓に近づいて外の景色を眺めた。
天井のエラスム壁にひびが入っているのが見えた。あそこから魔獣が襲ってきたのだろう。
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