107 / 134
後日談1 噂話と謎の魔導具
1
しおりを挟む
カリバン・クルスに王太子が婚約したとの知らせが出回った。嬉しい知らせに人々は沸き立ったが、婚約者の名前を聞くと驚きの声をあげた。
海王軍騎馬師団第九部隊にもその知らせは届いた。朝、訓練用広場に集まった隊員たちは、互いに肩をたたきあって情報を交換した。
「おい、聞いたか! 隊長の婚約相手!」
「ああ、聞いたさ! まさか……この流れでルイじゃないとか……!」
「信じられねえよな……」
隊員たちは青い顔で話し合った。
「誰なんだよルーウェンって……リーゲンスの前国王と隊長になんの関係があるっていうんだよ……」
「関係はあるさ。隊長がリーゲンスに行ったとき、隊長と一緒に戦った当時の王子だよ。で、うちの国の人を殺した王様を隊長と一緒に倒したあと、その王子が即位したんだ。でもすぐに退位して姉の第一王女が女王になったから、前国王にあたるってわけ」
「よく知ってるな」
「井戸の前にいたご婦人方がそう言ってたんだよ。噴水広場に王宮からのお知らせが張ってあるんだって。これを機にリーゲンスとの交流が始められるそうだ」
「それってさあ……」
ファスマーは顔をしかめて言いにくそうに言った。
「……政略結婚じゃないのか? リーゲンスと仲良くしたいからその人と結婚しろって、陛下に言われたんじゃないの?」
その場の全員が黙りこんだ。鬱々とした空気がただよった。
「……きっとそういうことだろうなあ……」
「そんな……ルイがかわいそう過ぎるだろ……隊長の命を救ったのはルイなのに……」
「さすがの隊長も王の命令には逆らえなかったか……」
「だからってこんなのひどすぎる……」
うなだれていた隊員たちは、ルイとホルシェードがやってきたことにも気づかなかった。ルイは沈痛な面持ちでぼそぼそと話し合う仲間たちを見て、ホルシェードと顔を見合わせた。
「どうしたんだろ?」
「さあ?」
ホルシェードは首をかしげ、隊員たちの前に立って咳払いをした。
「おはよう」
ホルシェードが声をかけると、話しこんでいた隊員たちは派手に飛び上がった。
「ライオル様は本部に呼ばれていてちょっと遅れるから、俺が朝礼を始める」
ルイはそわそわしながら皆の後ろに並ぼうとした。だが、ルイを見つけた隊員たちにたちまち囲まれてしまった。
「え、な、なに?」
「ルイ……」
ルイは辛そうな顔の隊員に肩をぽんとたたかれた。
「俺たちはお前の味方だからな」
「そうだぞ。辛いときは呼べよ。いつでも駆けつけるからな」
「それは……ありがとう……?」
妙な態度の仲間たちに、ルイは目をぱちくりさせた。全員ホルシェードそっちのけでルイを取り囲んでいる。ホルシェードも困惑した様子で、朝礼を始められずにいる。
「どうしたんだ? 皆変だよ? なにかあったのか?」
ルイがたずねると、ジェルコに脇をこづかれたファスマーが気が進まない様子で口を開いた。
「その……隊長の婚約の話なんだけど……」
「ああ。もう聞いたんだな」
「知ってるのか?」
「そりゃ、もちろん」
ルイは照れて頬をかいた。
「そういうことになったんだ。驚いたよね」
ルイは照れ隠しににやりと笑った。だがファスマーも誰も笑わなかった。ルイはなにかまずいことを言ったかと不安になって笑みを引っこめた。
「あれ……?」
てっきりおめでとうと言われると思っていたルイは焦り始めた。もしかしてファスマーたちはルイとライオルの結婚に反対なのだろうか。
「ルイ、まさか、知らないのか……?」
ファスマーが言った。
「なにを?」
「隊長の婚約相手だよ」
「えっ?」
ルイは急に怖くなってきた。なにかがおかしい。
ファスマーは深く息を吸いこみ、一息に言った。
「隊長はルーウェン・エレオノ・リーゲンスと結婚することになったんだよ!」
「うん……ん?」
ルイはきょとんとして頭の中を整理し始めた。ファスマーの言っていることは正しい。だが、なにか根本的なところが間違っている気がする。
ファスマーはルイが混乱しているのを見て青ざめた。
「や、やっぱり知らなかったんじゃないか……」
ファスマーは哀れんだ目でルイを見つめた。その様子を見て、ルイはある可能性に行き当たった。
ルイは周りをきょろきょろと見回した。そして、ルイを囲む隊員たちの後ろにカドレックとスラオが並んでいるのを見つけた。二人とも口に手を当てて笑いを押し殺している。
「……カドレック班長」
「ど、どうした?」
「どうしたじゃないですよ……。ねえ。スラオ班長も。あなたたち知ってますよね? 王太子選定の儀にいたんだから」
「んー?」
スラオはしらじらしく首を傾けた。
「ちょっと! なんで教えてあげないんですか!」
「おもしろいから」
「スラオ班長! え、待って、本当に誰も教えてあげてないんですか!?」
王太子選定の儀には第九部隊から五人の班長が出席していた。その全員がオヴェンの話を聞いている。ルイの本当の名前を知らないはずがない。
王太子選定の儀が襲撃されてルイがさらわれ、しばらくは話どころではなかったかもしれない。だが、扉を閉じて平和になった今なら、いくらでも話す機会はあったはずだ。
カドレックとスラオはこらえきれずに笑いだした。少し離れたところでほかの班長たちも笑いだした。ファスマーやほかの隊員たちはぽかんとして、急に笑い始めた班長たちを見つめている。
「あきれた……」
ルイは部下をからかって遊んでいる意地の悪い班長たちを白い目で眺めた。
「……俺が話そう」
一部始終を聞いていたホルシェードがため息混じりに言った。
「いいかお前ら。ルーウェン・エレオノ・リーゲンスというのは、そいつの本名だ」
ホルシェードはルイを指さした。
「ルイはライオル様に連れられてやってきたリーゲンスの元国王だ。ルイ・ザリシャというのはライオル様がつけた偽名だ。あのときはまだリーゲンスに対する反感が大きかったから、ルイに危害が及ばないようにというライオル様の配慮だったんだよ」
「そういうこと」
ルイは大きくうなずいて見せた。ファスマーたちは驚愕のあまり言葉も出ない。
「ルイはずっとただの風の魔導師として過ごしてたけど、王太子選定の儀でライオル様の戦果が発表されて、ルイのことも周知された。だからそこで笑ってる班長たちはとっくに知ってたんだよ。お前ら、一発ずつ殴っていいぞ」
ホルシェードはカドレックたちを指さして言った。ファスマーはまだ状況が飲みこめないらしく、おずおずと言った。
「えっと……つまり、ルイがルーウェン・エレオノ・リーゲンスってことですか……?」
「そうだ」
「じゃあ、隊長と婚約したのはルイってこと……?」
「そうだ」
ファスマーたちはみるみるうちに破顔した。
「なーんだ!」
「よかったー! そうだったのか!」
「なんだよじゃあめでたいことじゃないか!」
「ルイ! よかったな!」
「おめでとうルイ!」
あちこちから伸びてきた手に、ルイは容赦ない力でばしばしと背中や頭をたたかれた。誤解が解けて皆安心したようだ。ルイは大好きな仲間たちに全力で祝われ、嬉しさで胸がいっぱいになった。
「ありがとう、みんな」
ルイは心からの感謝を告げた。
「てことはルイって地上では王様だったの? とてもそうは見えないけど」
ファスマーが言った。ほかの皆もうんうんとうなずいた。
「本当だって!」
「え、じゃあ陛下って呼んだほうがいい?」
「それはやめろ」
「というかお前、ずっと偽名を名乗ってたのかよ」
「あ! だからキリキアの集団誘拐事件のとき、ルイはアンドラクスの魔術にかからなかったのか。ヴァフラーム隊長でさえ名前を縛られて操られたのに、ルイが操られなかったのはおかしいと思ってたんだよなあ。本名を名乗ってなかったからなのか」
「なるほど! てことはルイが実はすごい力を秘めてるんじゃないかって説、やっぱり違ったじゃねえか」
「名前が違うって発想はなかったよな」
「ギレットはすぐに気づいたけどな」
ルイが苦笑しながら言うと、ファスマーは目を丸くした。
「え、そうなのか?」
「ああ。キリキアでお前は誰なんだって問い詰められて、全部白状させられた」
「へえ、さすがヴァフラーム隊長。じゃ、あのときからヴァフラーム隊長はお前のことを知ってたんだ」
「そうだよ」
「ほかには誰が知ってたんだ?」
「ほかはテオフィロとオヴェン軍司令官と……あのときフルクトアトにいたオヴェンの部下たちくらいかな」
ほかにも何人か正体を明かしてしまった人はいるが、数えるほどしかいない。彼らからルイの素性が暴露されることも危惧していたが、杞憂に終わった。もっとも、突拍子もない話なので言ったところで誰も信じなかっただろうが。
「それはそうと、お前って王様をやめてまで海の国に移住してきたんだよな? どうしてそんな決心したんだ?」
カドレックが不思議そうに言うと、ファスマーはぷっと吹き出した。
「班長、そんなの決まってるじゃないですか。タールヴィ隊長のことが好きだったから追いかけてきたんですよ!」
「いや?」
間髪入れずルイは手を振って否定した。
「俺、ライオルに誘拐されてここに来たんだよ」
その場の全員が顔色を変えた。
「え……? 誘拐……?」
「うん。俺、自分の意志でここに来てないよ。リーゲンスで俺が即位したあと、ホルシェードがこっそり海の国に手紙を送って俺をさらう算段をつけてたんだ。それで、オヴェンに呼び出されてフルクトアトの海中屋敷に行ったら、ライオルに海の中に突き落とされて連れ去られた。ライオルは俺の護衛としてすぐそばにいたから、あっさりやられたよ」
「ええっ……」
「リーゲンスの王が海の人間を殺したんだから、王の命で償えってことだったんだよ。それで、ずぶ濡れでオヴェンの足元に転がされてさ。約束通りリーゲンス王の首を持ってきたぞ! ってライオルがオヴェンに言ってた。うれしそーに」
「く、首……」
衝撃の事実に、カドレックたちは呆然と立ちつくした。ホルシェードは申し訳なさそうに頭をかいた。
「……あのときは乱暴にして悪かった」
「はは、もういいよそんなの。それより、オヴェンに殺されないように取りはからってくれて助かったよ」
ルイは笑って言った。ホルシェードもつられてにやりと笑った。一方、ファスマーたちは青い顔でまだショックから抜け出せていない。
海王軍騎馬師団第九部隊にもその知らせは届いた。朝、訓練用広場に集まった隊員たちは、互いに肩をたたきあって情報を交換した。
「おい、聞いたか! 隊長の婚約相手!」
「ああ、聞いたさ! まさか……この流れでルイじゃないとか……!」
「信じられねえよな……」
隊員たちは青い顔で話し合った。
「誰なんだよルーウェンって……リーゲンスの前国王と隊長になんの関係があるっていうんだよ……」
「関係はあるさ。隊長がリーゲンスに行ったとき、隊長と一緒に戦った当時の王子だよ。で、うちの国の人を殺した王様を隊長と一緒に倒したあと、その王子が即位したんだ。でもすぐに退位して姉の第一王女が女王になったから、前国王にあたるってわけ」
「よく知ってるな」
「井戸の前にいたご婦人方がそう言ってたんだよ。噴水広場に王宮からのお知らせが張ってあるんだって。これを機にリーゲンスとの交流が始められるそうだ」
「それってさあ……」
ファスマーは顔をしかめて言いにくそうに言った。
「……政略結婚じゃないのか? リーゲンスと仲良くしたいからその人と結婚しろって、陛下に言われたんじゃないの?」
その場の全員が黙りこんだ。鬱々とした空気がただよった。
「……きっとそういうことだろうなあ……」
「そんな……ルイがかわいそう過ぎるだろ……隊長の命を救ったのはルイなのに……」
「さすがの隊長も王の命令には逆らえなかったか……」
「だからってこんなのひどすぎる……」
うなだれていた隊員たちは、ルイとホルシェードがやってきたことにも気づかなかった。ルイは沈痛な面持ちでぼそぼそと話し合う仲間たちを見て、ホルシェードと顔を見合わせた。
「どうしたんだろ?」
「さあ?」
ホルシェードは首をかしげ、隊員たちの前に立って咳払いをした。
「おはよう」
ホルシェードが声をかけると、話しこんでいた隊員たちは派手に飛び上がった。
「ライオル様は本部に呼ばれていてちょっと遅れるから、俺が朝礼を始める」
ルイはそわそわしながら皆の後ろに並ぼうとした。だが、ルイを見つけた隊員たちにたちまち囲まれてしまった。
「え、な、なに?」
「ルイ……」
ルイは辛そうな顔の隊員に肩をぽんとたたかれた。
「俺たちはお前の味方だからな」
「そうだぞ。辛いときは呼べよ。いつでも駆けつけるからな」
「それは……ありがとう……?」
妙な態度の仲間たちに、ルイは目をぱちくりさせた。全員ホルシェードそっちのけでルイを取り囲んでいる。ホルシェードも困惑した様子で、朝礼を始められずにいる。
「どうしたんだ? 皆変だよ? なにかあったのか?」
ルイがたずねると、ジェルコに脇をこづかれたファスマーが気が進まない様子で口を開いた。
「その……隊長の婚約の話なんだけど……」
「ああ。もう聞いたんだな」
「知ってるのか?」
「そりゃ、もちろん」
ルイは照れて頬をかいた。
「そういうことになったんだ。驚いたよね」
ルイは照れ隠しににやりと笑った。だがファスマーも誰も笑わなかった。ルイはなにかまずいことを言ったかと不安になって笑みを引っこめた。
「あれ……?」
てっきりおめでとうと言われると思っていたルイは焦り始めた。もしかしてファスマーたちはルイとライオルの結婚に反対なのだろうか。
「ルイ、まさか、知らないのか……?」
ファスマーが言った。
「なにを?」
「隊長の婚約相手だよ」
「えっ?」
ルイは急に怖くなってきた。なにかがおかしい。
ファスマーは深く息を吸いこみ、一息に言った。
「隊長はルーウェン・エレオノ・リーゲンスと結婚することになったんだよ!」
「うん……ん?」
ルイはきょとんとして頭の中を整理し始めた。ファスマーの言っていることは正しい。だが、なにか根本的なところが間違っている気がする。
ファスマーはルイが混乱しているのを見て青ざめた。
「や、やっぱり知らなかったんじゃないか……」
ファスマーは哀れんだ目でルイを見つめた。その様子を見て、ルイはある可能性に行き当たった。
ルイは周りをきょろきょろと見回した。そして、ルイを囲む隊員たちの後ろにカドレックとスラオが並んでいるのを見つけた。二人とも口に手を当てて笑いを押し殺している。
「……カドレック班長」
「ど、どうした?」
「どうしたじゃないですよ……。ねえ。スラオ班長も。あなたたち知ってますよね? 王太子選定の儀にいたんだから」
「んー?」
スラオはしらじらしく首を傾けた。
「ちょっと! なんで教えてあげないんですか!」
「おもしろいから」
「スラオ班長! え、待って、本当に誰も教えてあげてないんですか!?」
王太子選定の儀には第九部隊から五人の班長が出席していた。その全員がオヴェンの話を聞いている。ルイの本当の名前を知らないはずがない。
王太子選定の儀が襲撃されてルイがさらわれ、しばらくは話どころではなかったかもしれない。だが、扉を閉じて平和になった今なら、いくらでも話す機会はあったはずだ。
カドレックとスラオはこらえきれずに笑いだした。少し離れたところでほかの班長たちも笑いだした。ファスマーやほかの隊員たちはぽかんとして、急に笑い始めた班長たちを見つめている。
「あきれた……」
ルイは部下をからかって遊んでいる意地の悪い班長たちを白い目で眺めた。
「……俺が話そう」
一部始終を聞いていたホルシェードがため息混じりに言った。
「いいかお前ら。ルーウェン・エレオノ・リーゲンスというのは、そいつの本名だ」
ホルシェードはルイを指さした。
「ルイはライオル様に連れられてやってきたリーゲンスの元国王だ。ルイ・ザリシャというのはライオル様がつけた偽名だ。あのときはまだリーゲンスに対する反感が大きかったから、ルイに危害が及ばないようにというライオル様の配慮だったんだよ」
「そういうこと」
ルイは大きくうなずいて見せた。ファスマーたちは驚愕のあまり言葉も出ない。
「ルイはずっとただの風の魔導師として過ごしてたけど、王太子選定の儀でライオル様の戦果が発表されて、ルイのことも周知された。だからそこで笑ってる班長たちはとっくに知ってたんだよ。お前ら、一発ずつ殴っていいぞ」
ホルシェードはカドレックたちを指さして言った。ファスマーはまだ状況が飲みこめないらしく、おずおずと言った。
「えっと……つまり、ルイがルーウェン・エレオノ・リーゲンスってことですか……?」
「そうだ」
「じゃあ、隊長と婚約したのはルイってこと……?」
「そうだ」
ファスマーたちはみるみるうちに破顔した。
「なーんだ!」
「よかったー! そうだったのか!」
「なんだよじゃあめでたいことじゃないか!」
「ルイ! よかったな!」
「おめでとうルイ!」
あちこちから伸びてきた手に、ルイは容赦ない力でばしばしと背中や頭をたたかれた。誤解が解けて皆安心したようだ。ルイは大好きな仲間たちに全力で祝われ、嬉しさで胸がいっぱいになった。
「ありがとう、みんな」
ルイは心からの感謝を告げた。
「てことはルイって地上では王様だったの? とてもそうは見えないけど」
ファスマーが言った。ほかの皆もうんうんとうなずいた。
「本当だって!」
「え、じゃあ陛下って呼んだほうがいい?」
「それはやめろ」
「というかお前、ずっと偽名を名乗ってたのかよ」
「あ! だからキリキアの集団誘拐事件のとき、ルイはアンドラクスの魔術にかからなかったのか。ヴァフラーム隊長でさえ名前を縛られて操られたのに、ルイが操られなかったのはおかしいと思ってたんだよなあ。本名を名乗ってなかったからなのか」
「なるほど! てことはルイが実はすごい力を秘めてるんじゃないかって説、やっぱり違ったじゃねえか」
「名前が違うって発想はなかったよな」
「ギレットはすぐに気づいたけどな」
ルイが苦笑しながら言うと、ファスマーは目を丸くした。
「え、そうなのか?」
「ああ。キリキアでお前は誰なんだって問い詰められて、全部白状させられた」
「へえ、さすがヴァフラーム隊長。じゃ、あのときからヴァフラーム隊長はお前のことを知ってたんだ」
「そうだよ」
「ほかには誰が知ってたんだ?」
「ほかはテオフィロとオヴェン軍司令官と……あのときフルクトアトにいたオヴェンの部下たちくらいかな」
ほかにも何人か正体を明かしてしまった人はいるが、数えるほどしかいない。彼らからルイの素性が暴露されることも危惧していたが、杞憂に終わった。もっとも、突拍子もない話なので言ったところで誰も信じなかっただろうが。
「それはそうと、お前って王様をやめてまで海の国に移住してきたんだよな? どうしてそんな決心したんだ?」
カドレックが不思議そうに言うと、ファスマーはぷっと吹き出した。
「班長、そんなの決まってるじゃないですか。タールヴィ隊長のことが好きだったから追いかけてきたんですよ!」
「いや?」
間髪入れずルイは手を振って否定した。
「俺、ライオルに誘拐されてここに来たんだよ」
その場の全員が顔色を変えた。
「え……? 誘拐……?」
「うん。俺、自分の意志でここに来てないよ。リーゲンスで俺が即位したあと、ホルシェードがこっそり海の国に手紙を送って俺をさらう算段をつけてたんだ。それで、オヴェンに呼び出されてフルクトアトの海中屋敷に行ったら、ライオルに海の中に突き落とされて連れ去られた。ライオルは俺の護衛としてすぐそばにいたから、あっさりやられたよ」
「ええっ……」
「リーゲンスの王が海の人間を殺したんだから、王の命で償えってことだったんだよ。それで、ずぶ濡れでオヴェンの足元に転がされてさ。約束通りリーゲンス王の首を持ってきたぞ! ってライオルがオヴェンに言ってた。うれしそーに」
「く、首……」
衝撃の事実に、カドレックたちは呆然と立ちつくした。ホルシェードは申し訳なさそうに頭をかいた。
「……あのときは乱暴にして悪かった」
「はは、もういいよそんなの。それより、オヴェンに殺されないように取りはからってくれて助かったよ」
ルイは笑って言った。ホルシェードもつられてにやりと笑った。一方、ファスマーたちは青い顔でまだショックから抜け出せていない。
0
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる