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後日談2 星の見えるところ
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しおりを挟む翌朝、ルイとライオルは海馬車に乗りこみ、リーゲンスの港町フルクトアトへ向かった。ホルシェードとテオフィロも同乗している。王太子専用の海馬車を気心知れた四人だけの貸し切りにできて、ルイたちはふかふかの座席にゆったりと足を伸ばすことができた。
ほかの海馬車には、使者の代表となるエキムや、ヴァフラーム家次期当主のギレットも使者の一員として乗りこんでいる。長期外遊となるため、タールヴィ家の医師サーマンも一緒に来ることとなった。
フェイは地上の適性がないため、ルイは泣く泣くカリバン・クルスで留守番させることに決めた。朝、部屋を出るときに巣箱できゅーきゅー鳴いてさみしがるフェイを見て、ルイはちょっとだけ涙が出た。
水棲馬に乗った守衛師団の護衛に囲まれ、ルイは遠ざかっていくカリバン・クルスの街並みを窓越しに眺めた。海面からのきらきらした日光に照らされて白く輝く、美しい海の都。一年間を過ごしたこの都とも、少しのあいだおさらばだ。
ときどきぱっくり開いた深い谷の上を通過することもあったが、ほとんど浅い海底沿いに海馬車は進んだ。ルイはテオフィロにときどきお菓子をもらって食べながら、海の景色を眺めて道中のんびりと過ごした。
一年前、フルクトアトからカリバン・クルスに向かったときは、両脇をライオルとホルシェードに固められての強制連行だった。なにかを食べる余裕もなく、ずっと座席の上で縮こまっていた。だが、今ではお菓子をつまみながら楽しい旅のひとときを過ごせている。ルイはそれがとても嬉しくて、ずっとうきうきしていた。
一方、ライオルは窓辺に肘をついてぼんやり外を眺めるばかりで、言葉少なだった。ルイが話しかければ返事をするが、心ここにあらずと言った様子だった。ルイはさすがのライオルも緊張しているのだろうと思い、そっとしておいた。
一行は休憩を挟みながら進み、翌日、フルクトアトに到着した。がこんという音と振動と共に海馬車が停車し、海中屋敷の海側の出入り口に海馬車の扉がつけられた。先にテオフィロが馬車をおり、次にルイがおりたった。
おりた先は海中屋敷の一階の広間だった。貿易品の積みおろしをするためのだだっ広い広間で、エラスム壁でできた透明の床と壁ごしに青い海が透けて見える。向かい側の壁には、フルクトアトの港へとつながる海中通路が続いている。海面のすぐ下なので、上からちらちらと日の光が差しこんできていた。
先に来ていたギレットは珍しそうに周囲を観察している。しょっちゅう行き来をしているエキムは慣れたもので、背伸びをして到着した人数を数えていた。
ルイは広間をぐるりと見渡し、大きく息を吸いこんだ。潮の匂いがする。一年前、ここでライオルに海に落とされて海の国にさらわれたのだ。ここからルイの人生は一変した。
「なつかしいな……」
ルイがぽつりと言うと、近くにいたギレットが振り向いた。
「久々の故郷はどうだ? 変わってないか?」
「ここを見ただけじゃわからないよ。まあ……床は修復されたみたいだな」
ルイは広間の中心あたりの床をじっと見つめた。ライオルが開けた穴はどこにも見当たらない。続いてやってきたライオルとホルシェードは、無言のまま周りを見回した。
エキムは全員が海中屋敷におりたったことを確認してから言った。
「さあ、では上に参りましょう。港に迎えが来ているはずです」
一行は地上へと続く海中通路に向かった。ルイは広間の中央を通ろうとはせず、壁際にそって広間を横切った。
「ルイ様、なんでそんな端っこを歩くんですか?」
不思議に思ったテオフィロがたずねると、ルイはうーんと曖昧な声をあげた。
「……真ん中は危ないしさ……」
「?」
テオフィロは首をかしげた。ライオルはなにも言わず、ルイと目を合わせなかった。
ルイは護衛兵に先導されて海中通路を歩き、ついに地上へと足を踏み入れた。エラスム泡の出入り口をくぐったルイは、降り注ぐ日の光に目がくらんで額に手をかざした。
「まぶしっ」
すっかり海の国の淡い日差しに慣れていたルイは、ぎらつく日光を前にしばらく目を開けることができなかった。だんだん目が慣れてくると、そろりと目を開いた。
「……わっ」
予想外の光景が目に飛びこんできて、ルイは驚きの声をあげた。隊列を組んだリーゲンスの兵士たちが、海中屋敷の出入り口を中心に左右に分かれてずらりと並んでいた。全員が背筋を伸ばした状態で静止している。リーゲンスの国旗と、王家の紋章の旗を掲げた旗持ちが、隊の前列に等間隔に配置されている。旗は海風を受けて静かにはためいていた。
兵士たちで作られた道の向こうから、数人の男たちが静かに歩いてきた。ルイは彼らを見て小さく息をはいた。一年ぶりに会う、見知った顔ぶれだ。リーゲンスの書記官長ヴルスラグナと、ルイに仕えていた近衛隊長、サルヴァトの後を継いだ宮宰など、城の役人のまとめ役たちだ。
ルイはエキムの隣に立ち、こちらにやってくるヴルスラグナたちを黙って見つめた。そんなルイの背中を誰かが軽く押した。ライオルだった。振り向いたルイと目が合ったライオルは、軽くうなずいてルイを促した。ルイはおずおずと前に出た。
近衛隊長は、ルイの前までやってくるとさっと手を上げた。それを合図に、左右に並ぶ兵士たちが一斉に敬礼した。ルイは驚いて少し肩をびくつかせた。
宮宰らは静かに膝をつき、ルイにこうべを垂れた。ルイは急にひざまずかれて居心地の悪さを感じながらも、一番のなじみに声をかけた。
「久しぶりだな、ヴルスラグナ」
「よくぞお戻りくださいました、ルーウェン様……。本当に、お待ちしておりました」
ヴルスラグナは感極まった様子でルイを見上げた。彼は一年前となにも変わっていない。親しい書記官長の顔を再び見られて、ルイはにっこりと笑った。
「みんなも元気そうだね。こんな盛大に出迎えてもらえるとは思わなかったよ。驚いたな」
「陛下をお迎えするのですから、これくらい当たり前です。また陛下とお言葉を交わすことができて、感無量です。……正直なところ、もうお会いすることは叶わないものとあきらめていましたから……」
「俺も。でも、こうして戻ってきたよ」
「はい。我ら王家にお仕えする者一同、ずっとこの日を心待ちにしておりました。すっかり遅くなってしまいましたが……」
ヴルスラグナは隣の宮宰を見た。宮宰は両手に持っていた長細い箱の蓋をぱかりと開いた。箱の中にはベルベットが敷き詰められ、一本の杖が大事にしまわれていた。青い宝石で装飾された、黒く艶めく上等の杖だ。宮宰は杖を箱ごとうやうやしくルイに差し出した。
「職人に作らせていた陛下の杖です。完成を待たず陛下がお発ちになってしまったので、お渡しすることができず、ずっと私が保管しておりました。さあ、どうぞ」
ルイは箱に収められた杖を手に取った。線の細いルイでも扱いやすい、軽めの杖だ。銀の持ち手はルイの手の平にすっぽり収まった。石突きを地面にとんとつくと、ルイの背丈にぴったりだった。
「ありがとう」
ルイの口から自然と感謝の言葉がついて出てきた。ヴルスラグナたちはルイの帰還を心から喜んでいるようだった。ルイがにこにこしているのを見て、公の場だと言うのに皆の口元がわずかに緩んでいる。ヴルスラグナたちが温かく出迎えてくれて、ルイは晴れやかな気持ちになった。
ルイたちのやりとりを後ろから眺めていたギレットは、ふっと笑みを漏らした。ルイの前にひざまずいている男たちは、豪華な服装からして普段はひざまずかれる側の人間だとわかる。彼らの前で杖をついて一人立っているルイは、れっきとした君主だった。
「あいつ本当に王だったんだな」
ギレットの緊張感のない言葉に、隣にいたライオルは眉をひそめた。
「ルイの話を嘘だと思ってたのか?」
「信じてたよ、一応な。でもあいつ王っぽくないだろ。普段の姿見てるとさ」
「それは……そうかもしれないけど」
ライオルは短くため息をつき、海の国側の人々をそっと確認した。エキムやテオフィロをはじめ、ほぼ全員が珍しいものでも見たようにルイを見つめている。どうやらライオルとホルシェード以外の全員が、ギレットと同じことを思っているようだ。
「……普段があれだからしょうがないか……」
ライオルは誰にともなく呟くと、ルイのところに歩いていった。だが、途中で視線に気づいて足を止めた。整列している兵士たちが、敬礼したままライオルを目で追っている。城仕えの近衛兵である彼らは、サルヴァトが処刑されたあとに登用されている。リーゲンスに潜入していたライオルと、一時期は仕事仲間だった者たちだった。
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