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後日談2 星の見えるところ
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しおりを挟む「お! 久しぶりだな」
ライオルは最前列に見知った顔を見つけ、片手を上げて軽く挨拶をした。声をかけられたライオルと同じ年頃の兵士は、動揺して敬礼している手をわずかに揺らした。
「お、お前……」
「俺のこと覚えてるか? 城で一緒だったよな?」
「わ、忘れるわけないだろ……! なんでお前がまた――」
「口を慎め!」
近衛隊長の厳しい言葉が飛んできて、兵士は軽く飛び上がった。近衛隊長は部下をねめつけ、顔を青くして叫んだ。
「その方が今回お迎えする海の国の王太子殿下だ!」
「えーっ!? こいつ……いや、この人が!?」
「そうだ! だから今すぐその無礼な口を閉じろ馬鹿者!」
どうやら一般の近衛兵まではライオルの情報が行き届いていなかったらしい。ルイを連れ去った海の国の間者の正体に、ライオルを知る兵士たちは口をあんぐりと開けた。
ざわつき始めた周囲をよそに、エキムがきびきびとやってきた。ルイは慌ててヴルスラグナたちを立ち上がらせた。エキムは出迎えてくれた城の高官たちに丁寧に一礼した。
「大変すばらしい歓迎をありがとうございます。宮宰閣下、皆様。約束通り、我が王太子殿下とルーウェン様をお連れしました」
「ようこそおいでくださいました、エキムどの。お待ちしておりました。よい滞在となりますように」
「しばらくお世話になります。女王陛下にお目通りできること光栄に思います」
「ええ、女王陛下もアウロラで皆様のご到着をお待ちです。あちらに馬車が用意してありますので、どうぞ」
宮宰はにこやかに海の国一行を案内した。ルイたちは用意された馬車に乗り換え、一路リーゲンスの王都アウロラを目指した。
◆
急ぎ足の馬車に揺られ、日が沈む前に一行はアウロラに到着した。城の前庭で馬車をおりたルイは、巨大なアーチ型をした玄関の前に城の人々が集まっているのを見た。侍女に囲まれて立っているのは、リーゲンス女王イオン本人だった。ひときわ目立つ金糸の髪の美女は、ルイと目が合うとふにゃりと泣きそうな笑みを浮かべた。
ルイは熱い思いがこみ上げてきて、いつの間にかイオンに向かって走り出していた。ライオルか誰かが後ろから声をかけてきた気がするが、ルイの耳には入らない。
ルイはまっすぐイオンに駆け寄り、姉を思いきり抱きしめた。イオンも待ちきれないように一歩前に踏み出し、両手を広げてルイを優しく抱き留めた。姉弟は一年ぶりの抱擁をかわした。
「おかえりなさい、ルイ」
「ただいま、姉上」
「遅いわよ」
「ごめん……すごく待たせちゃったね」
抱きついたままルイが謝ると、イオンはルイの首に頬を寄せてくすりと笑った。
「本当、待ちくたびれたわよ。帰ってきてくれて嬉しいわ」
「ごめんね。俺も会いたかったよ」
イオンはルイを離すと、細い両手でルイの頬を包んだ。記憶を確かめるように、イオンはルイの顔をいろいろな角度からまじまじと眺めた。
「大人っぽくなったわね。少し変わった気がする」
「そう? 自分じゃわからないけど、どのへんが?」
「雰囲気……というか、顔つき? そのかわいい目は昔と変わらないけど、ちょっとりりしくなった気がするわ」
「ふふ、そうかな」
ルイはイオンと普通に会話していることが嬉しくてたまらなかった。海の国で暮らし始めてから、ルイはときどきイオンと再会する夢を見ていた。イオンに会えた嬉しさからいろいろ話をするのだが、目が覚めて夢だったことに気づき、いつも落胆するのだった。
ルイは夢見心地で、ずっとこうしてイオンと話していたかった。だが、ヴルスラグナに中に入りましょうと優しく諭されて、やっと前庭に皆を待たせていることに気がついた。ルイはイオンと一緒に城内に入った。イオンはルイのすぐ隣で、ルイの顔をずっと見つめていた。
ヴルスラグナの取り計らいで、ルイは応接室でイオンとゆっくり話せることになった。ライオルも同席を許され、イオンとイオンの侍女、ルイ、ライオル、テオフィロ、ホルシェードの六人で応接室に入った。
ソファに座ったルイは、前のめりになってイオンに海の国で見てきたことを語った。美しい海の国の都のこと、そこに住む人々のこと、ライオルの屋敷のこと。海王軍騎馬師団で出会った仲間たちや、毎日の訓練や仕事のこと。イオンはルイが軍人になっていることに驚いたが、魔導師の部隊でうまくやっていることを聞き、ルイの成長に感心したようだった。
「楽しく過ごしているみたいね」
イオンはソファの肘掛けに寄りかかって優しくほほえんだ。
「ルイったら、すごく明るくなったもの。こんなに生き生きしたあなたを見るのは初めてだわ」
イオンはちらりとライオルを見た。ライオルはルイの隣に座り、二人の会話を静かに聞いている。
「あなたのおかげなのでしょうね……。ルイの話には必ずあなたが出てくるもの」
「まあ、同じ家に住んでますし、軍の配属先も一緒ですからね」
「ルイはあなたの部隊の一員ですものね。あなたと一緒にいられて、ルイは幸せなんでしょう」
「一緒にいられて幸せなのは俺のほうですよ。もちろん、ルイも同じであることを願っていますが」
ライオルがさらりと言った。ルイは顔が熱くなるのを感じた。ライオルはこういうことを恥ずかしげもなく言ってのける。ルイにはとてもまねできそうにない。
「そうなの」
イオンは小首をかしげてライオルを見つめた。ライオルもまっすぐイオンを見つめている。
「二人の婚約を、私は喜んでいるわ。まあ、最初は驚いたけど」
「ありがとうございます。地上の方は驚くでしょうね。地上の人間は男同士では子供ができないですから」
「そうね……え?」
イオンはけげんそうな顔をした。イオンの後ろにいる銀髪の侍女も眉根を寄せた。
「え、子供ができないのは当たり前でしょ……?」
「海の人間だとできますよ」
「えっ、嘘でしょ!? どうやって!?」
「海の国には変化の薬というものがありまして。それを使うと一時的に男でも子供ができるようになるんです。本来海の人間に使うものですけど、調べたところ時間はかかりますが地上の人間にも効果があるようで……」
「ふええええ!? ミトラ!」
イオンはおかしな悲鳴を上げ、振り返って侍女を呼んだ。
「は、はい、イオン様」
「あなた、知ってた!?」
「いえ、初耳です」
「知らないわよね! え、海の国には本当にそんな薬があるの!?」
「ありますよ」
ライオルは真面目な顔でうなずき、海の人間の特性についてイオンに教えた。海の人間は生まれたときは全員男性体で、赤子のときに変化促進剤を使用すれば女性になれること。また、男性体のまま育った人間でも、変化の薬を使えば容易に子供を作れるようになることなど。
話を聞いたイオンは真っ青になった。侍女のミトラは真っ赤になって口元を手で押さえ、ルイとライオルを交互に見つめた。
「待って待ってじゃあルイはこの男に孕まされるっていうの!?」
イオンはライオルを指さしてあけすけに言った。ルイは恥ずかしさのあまり真っ赤になった。
「イオン……そういう言い方はちょっと……」
「私のかわいいルイが! あああなんてことなの! 今まで私がどんなに苦労して野蛮な男共からルイを守ってきたと思ってるの! ねえ、ミトラ!?」
「は、はいイオン様。わたくし興奮……いえご心配のあまり鼻血が出そうですわ」
「こんなの信じられないわよね!」
「ええ、にわかに信じられません……イオン様、もう少し詳細をお聞きになったほうがよいのでは? どうやって変化の薬を使うのかとか、どうやって子供をこさえるのかとか、とっても気になりますわ……あ、もちろんルーウェン様が心配だからですよ」
ルイは頭を抱えたくなった。姉の前でベッドの話など絶対にしたくない。あまりに嫌すぎる。
ライオルが口を開いたのを見て、ルイはさっと婚約者をにらみつけた。ライオルが余計なことを教えるつもりなら、殴ってでも止めなければならない。好奇心に目を輝かせているミトラが聞いたことを城中に吹聴して回りそうだ。
「落ち着いてください、女王陛下。俺はルイを一生守り抜くと決めてます。ルイの嫌がることなど絶対にしません。大事にしますから、どうかご安心を」
ライオルはそう言うと、目を少し細めて色気のある笑みを浮かべた。美形の武器を最大限に引き出している。この笑顔で言葉をかけられて落ちない女はいないだろう。
イオンはうっと言葉に詰まったようだった。ミトラは満ち足りた表情でその場に崩れ落ちた。
「ミトラ! 起きなさい!」
絨毯の上に倒れたミトラは、イオンの声でびくりと震えるとよろりと起き上がった。
「も、申し訳ありませんイオン様。あまりの威力にちょっと昇天してしまいました。……これは真実の愛に違いありませんわ……ルーウェン様はまことに愛されておいでです」
「……そうね、愛されてるのは確かでしょうね……」
イオンは憤懣やるかたなしといった様子だったが、一つ深呼吸をすると胸元に垂らした金髪をくるくると指でもてあそび始めた。桜色の唇をきゅっと結び、考えこんでいるようだ。
「まあ……あなたたちの婚約はほかの皆も認めてることだし、今さらとやかく言うつもりはないわ……」
イオンは髪の毛を指に巻きつけながら言った。
「ルイが幸せになってくれるのなら、海の国でもかまわないわ。……さっきの言葉、決して忘れないでね」
「もちろんです」
ライオルは胸に手を置いて軽く頭を下げた。はらはらして事の成り行きを見守っていたルイは、握りしめていた手から力を抜いた。後ろに控えているテオフィロとホルシェードもほっとしたようだった。
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