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後日談2 星の見えるところ
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しおりを挟むサルヴァトの乱で命を落とした王族は多い。ルイは彼らの墓一つ一つに丁寧に祈りを捧げていった。
「おい、そんなところでなにしてんだ」
急にライオルが声をかけてきた。一つの墓の前で祈っていたルイは、むっとして顔を上げた。
「お祈りに決まってるだろ。邪魔するなよ」
「誰に祈ってんだ?」
「お前なあ……」
不謹慎なライオルにいらだちながら目の前の墓石を見ると、そこには見知った名前が刻まれていた。
「あれ!? 俺の墓だ!」
「気づけよ」
目の前の墓には、間違いなくルーウェン・エレオノ・リーゲンスと刻まれている。自分がいつ死んだのか考えていると、後ろにいたヴルスラグナが遠慮がちに声をかけてきた。
「あの……いろいろあって陛下がお亡くなりになったことになったので、形だけお墓を用意したんです。もちろん中身は空っぽですが」
「え? ……ああ、なるほどね」
ルイが海の国に連れて行かれてしまい、事実上ルイは死亡したものとして扱われた。葬儀も行われたのだから、墓があるのもうなずける。
「陛下がお戻りになったので当然もういらないんですが、一度建てた墓を撤去するということをしたことがなくて……どうすればいいのか、今寺院に確認しているところなんです。このようなものをお見せしてしまい、ご気分を悪くされたと思いますが……」
「いやいや。全然気分悪くしてないよ。自分の墓を見られるなんて、そうそうあることじゃないだろ。貴重な体験をしたなあ! 帰ったらゾレイに話そっと」
「そ、それならよいのですが」
ヴルスラグナは気まずそうにルイを見ていたが、ルイがあっけらかんとしているので拍子抜けしたようだった。
墓参りを済ませたルイに、気を取り直した様子のヴルスラグナが言った。
「せっかくいらっしゃったので、ついでに城下を見て行きませんか? 先日ミラビレスの塔が完成して、国民に公開されているんですよ」
「えっ、ついに完成したんだ?」
「はい。見たいと言われるかと思って、見学の手配をしてあります」
「さすが手際がいいね。うん、見に行きたいな。どう? ライオル」
「ああ、行こうか」
「やった!」
ルイは喜んでさっそく馬車に乗りこんだ。一行は馬車でアウロラの街中へ向かった。
◆
「ミラビレスの塔っていうのは、アウロラの寺院の敷地に建造中だった塔なんだ」
馬車の中でルイはライオルに説明した。
「俺が生まれる前から着工してたんだけど、とても複雑な造りだからずっと工事中だったんだよ」
「二十年以上前から作り続けてたのか。すごいな。なにに使う塔なんだ?」
「司祭さまたちのお祈り用と、あと慰霊用だね。建造を決めたのは大司祭さまなんだ。大司祭さまはとても教義に忠実な方で、聖典に載ってる塔を実際に作っちゃったんだよ。大司祭さまの人生はほぼこの塔の建造に費やされたんだって」
「へえ。それは見応えがありそうだ」
ライオルは興味を引かれたようで、馬車の窓から外を眺めた。
馬車はがやがやとにぎやかな通りを進んだ。国民は皆ミラビレスの塔の完成を心待ちにしていたので、たくさんの人が見に来ているのだろう。
寺院に到着し、ルイとライオルは馬車をおりた。ミラビレスの塔はすぐにわかった。寺院の奥に背の高い尖塔がそびえている。
近衛兵に先導されながら、ルイとライオルはミラビレスの塔に近づいた。ルイは美しい塔を見上げてため息を落とした。塔の壁一面に彫刻が施されていて、大きな丸窓にはステンドグラスがはめられている。入り口の上部には歴代大司祭の彫像が並べられていた。
「ほえー」
ルイはぱかりと口を開いて塔を眺めた。一分の隙もなく並んだ彫刻は見事としか言いようがない。ほかの見物客もルイと同じく塔に釘付けになっている。
「そんなに口開いてるとなにか突っこみたくなるな」
ルイの耳元でライオルが囁いた。ルイは口を閉じて苦笑いを浮かべた。
「……こんなところで変なこと言うなよ。そんなことばっかり考えてるなんて変態かよ」
小声で文句を言うと、ライオルはにやりと笑った。
「そんな変なこと言ったか? 勝手にお前が変なこと想像したんだろ?」
「……いやなやつ」
「でもそんないやなやつのことが好きなんだろ?」
「いやなやつは好きじゃない」
「好きでしょうがないって顔してるけど」
「そんなわけないだろ。というか、俺じゃなくて塔を見ろよ!」
「見てる見てる」
そう言いながらもライオルはにやにやしてルイを見つめている。ルイは顔が熱くなるのを感じ、ライオルを無視して塔に集中することにした。
「……ん?」
ふと、ライオルが周囲をさっと見渡した。
「ライオル、どうかした?」
「……いや、別に。気のせいかな……」
ライオルは周囲の見物人たちを気にしていたが、首をかしげると再び塔を見上げた。
その後二人は塔の内部を見学してから馬車で城に戻った。
◆
海の国とリーゲンス国との会談は無事に終了し、すべての決めごとを片付けることができた。しかし、ライオルにゆっくりする暇はなかった。次は南の離宮で行われるパーティーに参加しなければならない。海の国一行とイオンとエンデュミオは、急いで南の離宮に移動することになった。
南の離宮は、アウロラから南下したところにある歓楽街ティグラノスの郊外に建っている。緑を基調とした華やかな宮殿で、たくさんの部屋と広大な庭園を有している。アウロラの王城より豪華で大きいホールがあるので、大きな式典やパーティーはここでやることが多い。
パーティーの夜、ルイはイオンと共にホールに入場した。ルイはホールにつめかけた人の多さに驚いた。海の国の王太子が来ると知った他国の客がたくさんやってくるとは聞いていたが、ここまでホールが人で埋め尽くされているのを見るのは初めてだった。よほど皆ライオルとお近づきになりたいらしい。皆豪華な衣装に身を包み、相当気合いが入っている。
イオンは黄色のドレスに身を包み、金髪も相まって非常にまぶしかった。ルイはリーゲンスの前王という立場なので、イオンの隣でエスコートしながら入場した。美しいイオンに会場中の視線が集中したが、ルイをじっと見つめる者も多かった。ルイは好奇の目にさらされて居心地の悪さを感じた。
「だめだ……帰りたい……」
ルイが呟くと、イオンは困ったようにルイを見た。
「すぐ退席していいと言いたいところだけど、ちょっとだけ我慢してね」
「うう……俺のことなんか見ないでほしい……皆イオンだけ見ててくれればいいのに……」
「あとはエンデュミオにそばにいてもらうから大丈夫よ。あなたの役目はこれで終わりだから、あとは自由にしてていいわ」
「そうなの?」
「ええ。……もう少ししゃきっとしなさいよ。あなたには婚約者がいるんだから、いくらほかの男共が見てきたってどうにもならないから安心しなさい」
「へ?」
ルイはイオンの言葉の意味がわからず首をかしげた。自分が見られているのはイオンのそばにいるからで、女王の隣のやつは誰なんだといぶかしがられているだけだろう。自分に美貌の女王と肩を並べられるだけの器量がないことはわかっている。イオンと比べられて笑われることがいやなので、昔から注目されることが苦手なのだ。
イオンはルイの表情を見てため息をついた。
「……自分が周りにどう見られてるかわかってないところは、全然変わってないのねえ……」
「えっ? どういうこと?」
「はあ……なんであなたの魅力にあなた自身が一番鈍感なんだか……」
「俺に魅力なんかないだろ……ライオルの婚約者がこんなやつなのかって、きっと皆心の中であざけってるんだ」
「そんなことないったら……むしろあなたの婚約者がどんな人なのか気になってる輩が多いでしょうね。……そうやって恥ずかしがってるところが男共の野蛮な心を刺激するんだから、あなたはふんぞり返ってるくらいでいいのよ」
イオンはルイを激励すると、迎えに来たエンデュミオの手を取って歩いていった。ルイもついて行こうとしたが、後ろのほうがざわついたので立ち止まった。
振り返ると、海の国一行がホールに入ってくるところだった。エキムが先導し、盛装したライオルやギレットやほかの使者たちがこちらに歩いてくる。ライオルはいつものようによそ行きの笑顔を貼り付けている。パーティーの参加者たちは、美形の王太子にたちまち目を奪われた。
リーゲンスの宮宰がやってきて、パーティーの主賓であるライオルに深々とお辞儀をして挨拶した。ライオルは朗らかに挨拶に応えた。
ルイはライオルのところに行こうとしたが、参加者たちが押し寄せてきて道をはばまれた。皆ライオルしか見えていない。ライオルは次々に挨拶にやってくる人々の相手を強いられ、その場を動けなくなった。
「ルイ様」
テオフィロがやってきて声をかけてくれた。ルイはほっとして笑みを浮かべた。
「ライオルのそばにいなくていいのか?」
「ホルシェードがいますから。俺はルイ様のおそばにいますよ。パーティーはあまり得意ではないんでしょう? 大丈夫ですか?」
「平気だよ。でもちょっと人が多いから、あっちに行こう」
ルイはテオフィロを連れてイオンのところに行った。イオンは椅子に腰かけて客たちの挨拶を受けている。エンデュミオはイオンの隣に立ち、知り合いを見つけるとにこやかに声をかけて握手したりしている。
ルイがやってくると、イオンの周りにいた貴族の一人が気づいて後方のソファに座らせてくれた。
「こちらのほうが落ち着かれるでしょう」
「ありがとう」
「とんでもございません。おい、ルーウェン様にお飲み物を」
壮年の貴族の男は従者に言いつけて葡萄酒を持ってこさせた。ルイはそれを受け取ってそっと口に運んだ。
今の男はルイの即位に反対していた勢力の一人で、以前はルイが近くにいてもほとんど無視していた。だが、ルイが海の国との大事な架け橋となったおかげで態度が急変している。そのあからさまな変わりように、ルイは心の中で笑った。
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