風の魔導師はおとなしくしてくれない

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後日談2 星の見えるところ

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 ライオルは大勢に取り囲まれて忙しそうだった。ギレットも同じような状況で、すでに笑顔が崩れかけている。テオフィロはライオルたちの様子を眺め、ふんと鼻を鳴らした。

「まったく、ライオル様ときたらルイ様を放っておいて……」
「しょうがないよ。ここにいる人全員、ライオルと話したくて来てるんだから。海の国の王太子が地上のパーティーに出席するなんて、以前じゃ考えられなかったことだからね」
「そうかもしれないですけど……」

 テオフィロはそれでも釈然としないようだった。ルイはテオフィロの視線の先をたどり、テオフィロが心配していることを推察した。

 ライオルが挨拶しているのは若い令嬢ばかりだった。令嬢たちは豪華なドレスと宝石で精一杯おめかしして、かわいらしくほほを染めて嬉しそうにライオルを見上げている。様々な意匠のドレスから察するに、近隣諸国から集まった王侯貴族の娘たちだろう。彼女たちの後ろには保護者らしき男性がついていて、ライオルになにやら熱心に話しかけていた。

「あれは娘を紹介されてるだけで、女性ばかり選んで話してるわけじゃないと思うよ」

 ルイが言うと、テオフィロは片眉を上げた。

「そんなことする必要あります? あの人たち、ライオル様がルイ様と婚約してること知らないんですか?」
「知ってると思うけど。でも、どこの国も海の国と近づきたいだろうし、王太子に自分の娘を嫁がせたいんだよ。リーゲンスに遅れを取るまいと必死なんだな」
「ルイ様のこと知っててそんなことしてるんですか?」
「婚約しただけでまだ結婚はしてないからな。側妃に加えてもらうか、あわよくば正妃の座を射止めたいと思ってるんじゃないかな……。ほら、今話してるの、スダルタのシャリア王女だ。王家の子女もたくさん来てるな。これだけの人数が集ったんだし、皆の本気さがわかるだろ?」

 テオフィロは憤慨して頬を紅潮させた。

「ルイ様を差し置いて正妃になるつもりってことですか? ちっ、失礼すぎんだろあいつら……」
「俺は気にしてないよ。それに、ライオルのこと信じてるし」

 ルイは笑って言った。しかし、少しだけ不安だった。大陸中の美姫が集められたのかと思うほど、ホールは美しい令嬢であふれている。いくらライオルがルイのことを愛してくれているとはいえ、これだけの美女に囲まれたら少しは目移りしてしまうかもしれない。

 ルイとの婚約がなくなることはないだろうが、気に入った女ができたら連れて帰るくらいはありそうだった。王が複数の側妃を持つことはよくあることだ。正妃より側妃が愛されることも珍しくない。

 ルイはそうなったらいやだなと思ったが、そんな元王にあるまじきわがままなことを口に出せるわけもなかった。



 ライオルは次から次へとやってくる客の相手をこなしていた。覚えきれないほどの姫と挨拶を交わし、各国の要人たちから海の国の讃辞と自国の姫自慢をこれでもかと聞かされた。

 すべての客がライオルへの贈り物を持参してきたようで、帰りの海馬車の荷物が十倍くらいに増えそうだった。皆ライオルの機嫌を取ろうと必死で、周りに聞こえるように贈り物の話をした。客同士で贈り物の豪華さでも競っているのだろうか。

 ようやく挨拶の嵐が過ぎ去り、最後にフェデリアの将軍に連れられてフェデリアの王女がやってきた。

「お会いできて光栄です、王太子殿下。トリシュカ・ホリス・フェデリアと申します」

 艶やかな紅の髪の美しい王女は、にこりともせず淡々とライオルに頭を下げた。ライオルは愛想のないトリシュカにも優しく笑いかけた。

「初めまして。エンデュミオ王子の妹君ですか?」
「はい、そうです。もう兄のことはご存じなのですね」
「アウロラでお会いしましたので」
「そうでしたか。兄がイオン様と婚約したので、ゆくゆくはわたくしたち姻戚関係になりますね」
「ええ。トリシュカ様は俺の婚約者の姉の婚約者の妹にあたります」
「ふふ……ややこしいですね」

 そう言ってトリシュカはようやく笑顔を見せた。だが、今までの姫に比べてずっと退屈そうにしている。あまりこういう場が得意ではないのだろう。

「本日はわたくしより王太子殿下へ贈り物を持ってまいりました。後ほどお届けしますのでどうぞお納めください」
「お心遣い感謝します」
「わたくしが改良した最新の水玉です。雨の降らない海の国では真水の確保が難しいでしょう。きっとお役に立つと思います」
「へえ」

 ライオルは目を見張った。今までの贈り物はすべて宝石や織物などで、魔導具の贈り物は初めてだった。しかもトリシュカ自身が改良したと言う。

「トリシュカ様は魔導師なのですか?」
「いえ。ですが魔導具製作の理屈はわかります。わたくしのお師さまがお作りになった図面を見て、もっとよくなると思って手を加えたのです。結果、今までの水玉と同じ魔力量で従来以上の出力が可能となりました。それに稼働時間も伸びましたわ」
「それは大変すばらしい」

 ライオルは感心して何度もうなずいた。

「魔導師でないのにそこまでできる方はなかなかいませんよ。ちなみに俺、火の魔導師なんです」
「え、そうなんですか? 本当は火を扱える方に聞いてから改良したかったんです。水玉には火花が欠かせませんし……」

 トリシュカは急に顔を輝かせてぺらぺらと魔導具製作について語り始めた。女性らしさ皆無の話題に、後ろの将軍は苦笑いしている。トリシュカは王女より研究者が向いているようだ。

「トリシュカ様は博学ですね。魔導具について本当によくご存じです」

 ライオルが言うと、トリシュカは大きな目を見開いてライオルを見つめた。

「そのようにお褒めいただけたのは初めてです……皆、王女らしからぬ趣味だとかそんなことする必要はないとか言うばかりで……。ライオル様はわたくしの努力を認めてくださるのですね」
「もちろんですよ。我が国の王宮魔導師にも教えていただきたいくらいです」
「海の国の王宮にも魔導師がいるんですか?」
「おりますよ」

 ライオルは王宮魔導師とアクトール魔導院のことを話した。トリシュカは食い入るようにライオルの話を聞き、いくつか質問をした。ライオルが質問に丁寧に答えているあいだ、トリシュカは目をきらきらさせてライオルを見つめていた。

「ライオル様は……いえ、海の国はすばらしいところですね。私……海の国に行きたいです」

 トリシュカが熱っぽく言うと、ライオルはにこりと笑った。

「そんなに興味を持ってもらえて嬉しいです。ぜひ今度カリバン・クルスに遊びにいらしてください」
「はいっ」

 トリシュカは嬉しそうにうなずいた。



 ライオルがちっとも来てくれないので、ルイは暇をもてあましていた。後ろの席で座っているだけなのも退屈なので少し会場を出歩いていると、近くの人が庭園が開放されていると教えてくれた。ルイはテオフィロと一緒に庭に出てみることにした。

 ルイとテオフィロは広いバルコニーから続く階段をおり、夜の庭園を散歩した。中央には大きな花壇があり、美しく刈りこまれた灌木に囲まれた庭は広大だ。ルイのようにパーティーに疲れた客がちらほら庭を散歩している。熱気に包まれたホールに比べて外はとても静かで、周囲の目を気にせずのんびりすることができた。

「ずいぶん広い庭ですねえ」

 テオフィロが言った。

小径こみちもたくさんありますし、どっちから来たかわからなくなりそうですよ」
「だろ? 実は子供のころ、ここで遊んでて迷子になったことがあるんだ。背が低かったから木が邪魔で建物が見えなくて……俺の姿がないことに気づいた護衛が馬で探しに来たよ」
「はは、確かにこの広さじゃ馬が必要ですね」

 ルイはテオフィロと話しながらなつかしい小径を歩いた。宮殿から離れたせいでだいぶ薄暗くなってきたが、今夜はパーティーなのでところどころ魔導ランプが置かれて道を照らしている。

 ふと、近くの茂みで物音がした。

「ん?」

 気づいたテオフィロが音のしたほうに歩いていった。ルイはきっと人目を忍んで密会しているカップルだろうと思い、その場にとどまった。

「うわあっ!」

 すると、テオフィロの悲鳴が茂みの向こうから聞こえてきた。

「やめ……っ、ルイ様逃げて!」

 テオフィロの金切り声がして、どさりと重いものが倒れる音がした。ルイは仰天して声がしたほうに走った。

「テオフィロ!?」

 丸い低木の影をのぞくと、地面に倒れ伏すテオフィロと、テオフィロのそばに立ちつくす全身黒ずくめの男の姿があった。男の低く構えた手には小ぶりのナイフが握られている。ルイは背筋があわ立つのを感じた。

 ルイが硬直していると、男はテオフィロをまたいでルイに近づいてきた。ルイは後ずさりして距離を取ろうとしたが、男は大股にどんどん近づいてくる。パーティーに武器のたぐいは携行禁止なので、ルイは丸腰だ。逃げるしかない。

「あっ」

 慌てていたルイは小径の端に並んでいた石につまずき、バラの茂みに背中から倒れこんでしまった。男はチャンスとばかりにナイフを持つ手を振り上げた。
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