銀色の精霊族と鬼の騎士団長

文字の大きさ
2 / 97
一章 王都と精霊祭

しおりを挟む

 それから五年が経ち、スイは二十三歳になった。今は守手もりてとして北部の小さな町トーフトーフで働いている。守手は魔法の結界をはって人々の暮らしを守ることが仕事だ。大して魔法の得意でなかったスイだが、魔力が高かったことで適性を見いだされて守手となった。

 トーフトーフはこぢんまりとした田舎町で、スイは穏やかなこの町が気に入っていた。痩せた土地で冬の寒さは厳しく、決して豊かな暮らしはできないが、泥棒も夜盗も人さらいもいない平和な町だ。人より野生動物のほうが多いので、畑を動物から守るために害獣よけの結界が重宝されている。

 ある日、スイはトーフトーフの守手支部長に呼び出された。スイの上官に当たる人だ。

 小さな守手支部の一つしかない部屋で、スイは口をぽかんと開けて支部長を見つめた。

「……今、なんて言いました?」
「だから、お前は王都勤務になったんだよ。おめでとう」
「な、なんでですか!?」
「王都は人手不足なんだよ。もうすぐ精霊祭があるし、王都近辺の治安は年々悪くなってるんだとよ。だから結界が必要なんだ」
「でもなんでおれが!?」
「お前は結界の腕はそこそこだが、お前のはった結界は不思議と悪いものを寄せつけない。見こみがあるからだよ!」

 支部長はにっこり笑ってスイの肩をばんとたたいた。スイは銀色の目をすっと細めて上官をねめつける。

「……本当にそう思ってます?」
「お、おお。もちろん。お前は総長に期待されてんだよ」
「王都にいる総長がこんな僻地の守手のことなんか知らないでしょ」
「おいこら俺の生まれ育った町を僻地呼ばわりすんなよ。いいだろ、こんなクソ田舎におさらばして王都に行けるんだからさ」
「いや、おれはずっとここに――」
「じゃあ私が代わりに王都に行きたい!」

 スイが言い返そうとしたとき、背後からメーヴが口を挟んできた。メーヴは新人の守手で恋に夢見る女の子だ。メーヴはきっとまなじりをつり上げて支部長に詰め寄る。

「支部長、私のほうがスイより結界はるのうまいわよ! 私を王都に行かせてよ!」
「だめだってメーヴ。お前の親父さんがお前を町の外に出すわけねえだろ。そんな命令したらすきで頭をかち割られちまう」
「お父さんなら私が説得するから! こんななんにもないとこ早く出ていきたい!」

 メーヴは必死に訴えたが、支部長は聞く耳を持たなかった。スイは自分が選ばれた理由を察した。

「つまり、よそ者のおれが町を出ても誰も困らないってわけですね」
「いや……そういうわけじゃないんだが……」
「でも、メーヴがだめで支部長が離れるわけにもいかないとなったら、あとはおれしかいないでしょ」
「う、うーん……」
「この小さな町なら守手は二人もいれば十分だし」
「……まあ……そうっちゃそうなんだけど……別にお前に出て行ってほしいってわけじゃないからな。お前は真面目でよく働くし、いい奴だ」

 支部長は真剣な顔でスイの両肩に両手を置き、がばっと頭を下げた。

「頼む、スイ。王都に行ってくれないか。ほかの町は外に出せるだけの守手がいないし、昨日の北部集会でお前の町は三人もいらないだろって言われちまったんだ。新しい守手が育つまでは待てないそうなんで、もうお前しかいないんだよ」

 これ以上渋ってもどうにもならなそうだった。スイはたっぷり間を置いてから小さくうなずいた。

「……わかりましたよ……」
「ありがとう! 助かるよ! 餞別ははずむからな!」

 支部長はぱっと笑みを浮かべ、スイの両肩をばんばんと何度もたたいた。メーヴはがっかりしてうなだれた。

「あーあ……なんでいっつも私は外に行けないのかなあ。スイいいなあ……。王都にはなんでもあるわよ。お城もあるし、お祭りもあるし、かわいい服やアクセサリーもいっぱい売ってるし」
「王都は華やかだからなあ」

 支部長が笑って言う。

「お前が憧れるのもわかるけどよ。でも女の子にはちょっと危ないとこだぞ?」
「平気よ。王都には王国騎士団がいるじゃない! エリト様が守ってくださるわ!」

 その名を聞いてスイはぎくりと肩をこわばらせた。

「スイ、王都に行ったらエリト・ヴィーク騎士団長に会えるわよ! すっごくかっこいいって王都に行った友達が言ってたの。めちゃくちゃ美形の銀髪の剣士様なんだって! それにとっても強いんだって。もう絵本の中の王子様じゃないそんなの」
「銀髪? 金髪のまちがいだろ」
「え? そうなの?」
「あ、いや……前にそう聞いたような気がしただけ」
「でも私は銀髪だって聞いたわよ。まあ友達も遠くから見ただけらしいから、もしかしたら金髪なのかもしれないけど。でも遠くからでも十分かっこいいのは伝わってきたって。私も王都に行ってエリト様を見てみたかったなあー」

 メーヴは机に腰かけて足をぷらぷらさせながら、理想の王子様を空想しはじめる。支部長は話は済んだとばかりにさっさと部屋を出て行った。

 スイはメーヴを置いて守手支部を出て、ろばに牽かせた荷馬車が目の前をゆっくり通っていくのをぼんやり眺めた。この牧歌的な景色もこれで見納めだ。支部長のあの様子だと、すぐにでも荷物をまとめて出発させられそうだ。

 せっかくエリト・・・から・・逃げて・・・こんな遠くまでやってきたのに、どうしてまたエリトのいるところに行かなければいけないのだろう。スイは自分の運の悪さを呪った。


 ◆


 スイは乗り合い馬車を乗り継ぎ、長旅の末に王都・デアマルクトにたどり着いた。デアマルクトは巨大な石の街だった。元々は堅固な要塞都市だったそうで、どっしりとした背の高い外壁に街全体が囲まれている。畑が町の大部分を占めるトーフトーフとは違い、すべてが石でできていて土の匂いがまったく感じられない。

 石畳はひっきりなしに通る馬車のせいで削れてでこぼこしている。大きな通りにはたくさんの商店が軒を連ねていて、様々な種族の様々な年代の人が行き交っている。にぎやかで煩雑で、少し汚い街だ。

 スイはくたびれた茶色のマントでしっかりと体をおおい、道行く人々にぶつからないようにしながら通りを進んだ。こんなにたくさんの人を見るのは初めてだ。トーフトーフは北部の町なので住人の大半が雪族だったが、デアマルクトは多種多様な種族であふれている。獣人族に若葉族、スイと同じ花族や、水棲人族らしき水かきのある人までいる。

 スイはあまりの人の多さにめまいを感じながら目的地に急いだ。商店街を抜けて少し坂をのぼり、デアマルクトの中央に向かう。買い物客はいなくなり、代わりに憲兵が背筋を伸ばしてせかせかと歩いている。

「ここか……?」

 スイは大きな建物の前で立ち止まった。赤い煉瓦造りで三階建ての豪華な建物で、貴族の館のようにきれいだ。トーフトーフ守手支部長の話では、ここが守手本部らしい。

「さすが総本部、立派だなあ」

 スイは感心しながら中に入ろうとしたが、鉄製の門の前で門番に止められた。

「ちょっと待て、ここになんの用だ? 部外者は立ち入り禁止だぞ」
「あの、新しくここに配属になった守手なんですけど」
「守手? ここは王国騎士団の本部だぞ」

 門番が半笑いで言う。スイは驚いて一歩下がった。

「き、騎士団本部……!?」

 王国騎士団。危険な犯罪者の捕縛や魔獣の討伐を行う、王国一の戦闘集団だ。主に鬼族で構成されていて、その人並み外れた強さは国中に知れ渡っている。騎士団は国民のあこがれの的だ。鬼族は身体能力が高いだけでなく美形が多いので、女性人気もすさまじい。

 とくに騎士団長のエリト・ヴィークは英雄のようにあがめられている。メーヴのように一度でいいからエリトを見てみたいと夢見る女性は星の数ほどいる。

 エリトならそう思われても仕方ないとスイは思っている。あれほどの美貌を持つ男はほかにいない。エリトは騎士団で一番剣の腕が立ち、非凡な魔法の力も有している。そこに絶世の美男子ときたら、それは王子様のごとくもてはやされるだろう。

「守手本部ならここの裏だよ」

 門番は親指を立てて建物脇の細い路地を示した。

「ど、どうも……」

 スイは礼を言ってそそくさと路地に入った。まだ心臓がどくどく鳴っている。ちらりと騎士団本部を見上げると、二階の大きな窓ごしに一人の男が歩いているのが見えた。騎士団の人だろうか。慌てて視線をそらす。

 騎士団本部ということは、エリトもここに出入りしているのだろう。そう考えてスイは背筋が冷えた。絶対に見つかるわけにはいかないのに、これではいつかばったり出くわしてしまうのではないだろうか。

「……でもまあ、エリトももう忘れてるかもしれないよな」

 自分に言い聞かせるように呟く。あれから何年も経っているのだ。エリトもスイのことなどとっくに忘れて、騎士団長として忙しく暮らしているかもしれない。そう思うと少しだけ気が楽になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...