3 / 97
一章 王都と精霊祭
2
しおりを挟む守手本部は騎士団本部の裏手にあった。大きさは騎士団本部と同じくらいだが、石と漆喰でできたそっけない二階建ての建物だ。窓も小さいし、ところどころ風化して漆喰がはげかけている。きれいな騎士団本部を見たばかりなので、余計おんぼろに見える。
スイはちょっとがっかりしながら建物の中に入った。門番はいなかった。
廊下を進んでいくと、突きあたりから誰かの声が聞こえてきた。
「また騎士団が結界をぶっこわしたのか! あの破壊者どもめ、今度こそ絶対に謝らせるぞ! 今年に入ってからもう何度目だと思ってやがる!」
なにやら騎士団に怒っているようだ。おそるおそる廊下の奥をのぞくと、そこは開放的な広間になっていた。中央に大きな長方形の木製テーブルが置かれていて、壁には古びたタペストリーがいくつかかけられている。
テーブルのそばには二人の男が立っていた。二人とも守手用の黒いローブを着ている。どちらも若葉族らしく、緑色の頭髪だ。片方の男はツルのように太い緑髪を後ろで一つに束ねていて、顔を赤くして怒っている。もう片方はスイと同い年くらいの若い男で、そうですねとか適当に相づちを打っている。
「自分たちが偉いと思ってるのか知らんが、こっちの迷惑をかえりみない態度はいい加減あらためさせないと……ん?」
怒っていた男はスイに気づいて口を閉じた。
「なにか用……あ、お前が新しい守手か?」
「はい、そうです」
スイは二人のそばに行って会釈した。
「今日からここで働くことになった守手のスイ・ハインレインです。よろしくお願いします」
「遅かったな、待ってたぞ。俺はマティス・ニーバリ、守手本部の監督官だ」
スイはニーバリと握手をした。
「こっちはガルヴァ・ルモニエだ」
ニーバリと一緒にいた青年とも握手をかわす。
「よろしくな、スイ。俺のことはガルヴァって呼べよ」
ガルヴァはそう言ってにこりと笑う。スイもありがとうと言って笑い返した。神経質そうなニーバリと違い、ガルヴァは雰囲気がやわらかくて話しやすそうだ。こんがり日焼けした健康的な小麦色の肌をしている。
「今日からお前には俺の元で働いてもらうからな。ガルヴァも俺の部下だから、お前とは一緒に働く仲間ってわけだ」
ニーバリが言う。
「お前がいたところは小さな支部だから支部長の下でみんな働いてたと思うけど、デアマルクトは守手がたくさんいるからちょっと違うぞ。ここ守手本部には総長の下に監督官が数人いて、お前ら普通の守手は監督官の指示で動くんだ。だから、お前らが総長と話をすることはほぼないな。俺が総長から指示を受けて、お前らに仕事を渡してく流れだ。もうすぐ精霊祭があるから忙しくなるぞ。しっかり働けよ」
「はい、ニーバリ監督官」
「なんだよ固いな、ニーバリさんでいいよ」
ニーバリは笑ってスイの二の腕を軽くたたいた。
「仕事内容は変わらないから心配するな。お前は今まで通り、結界をはってデアマルクトに暮らす人々を守ってやればそれでいい」
「わかりました」
「お前、得意な結界はあるか?」
「うーん……害獣よけならよくはってましたけど。あとはたまに悪人よけとか」
「害獣よけはデアマルクトじゃ使わないぞ。悪人よけとか人よけの依頼が多いから、練習しておいてくれ」
「はあ、そうします」
ニーバリはスイを連れて守手本部を案内した。二階に各監督官と総長の個人執務室があり、一階には倉庫や書庫や談話室などがあった。建物の外には馬車を停められる広々としたスペースがあり、馬用の水場が備え付けられている。
「結構広いんですね」
スイが言うと、ニーバリは自嘲的にふっと笑った。
「ここは元々騎士団の本部だったんだよ。でも奴らが新しい本部を建てたんで、総長が使わなくなったこの建物を買い取って守手本部にしたんだ」
「へえ……だから騎士団本部のすぐ裏にあるんですか」
「まあな……。ところでお前、住むところのあてはあるのか?」
「いえ。ここに来てから考えようかなと」
「じゃ守手用のアパートに住めよ。今なら空きがあるから。ガルヴァ、案内してやんな」
二人のあとをついてきていたガルヴァは目を丸くした。
「ええっ、案内はニーバリさんがやるんじゃないんですか?」
「だから今本部を案内しただろうが。お前もアパートに住んでるんだから帰るついでに頼むよ。アパートとその辺の飯屋とかを教えてやれ。今空き部屋の鍵を持って来るから」
「ちょっ……」
ガルヴァが文句を言う前にニーバリは二階に上がっていってしまった。面倒ごとを押しつけられたガルヴァは半眼でため息をついた。
「……なんかごめんね」
スイが謝るとガルヴァは気まずそうに、いや、と言って手を振った。
「悪い、ちゃんと案内するから気にすんな」
「助かるよ」
少ししてニーバリが鍵を持って戻ってきた。スイは鍵を受け取り、ガルヴァと一緒に守手本部を出た。ガルヴァには悪いが、ニーバリよりガルヴァと一緒のほうが気が楽で嬉しかった。
「で、お前ってどこの町から来たの?」
歩きながらガルヴァが聞いてきた。
「トーフトーフだよ」
「ぶっ」
「……おい、なんで笑った? トーフトーフ知ってんのか?」
「知らんけど、絶対田舎だろその素朴な名前」
「……悪かったな」
スイがむすっとすると、ガルヴァはおかしそうに笑った。
アパートは守手本部から少し坂を下った先にあった。古い建物のようだが、屋根が青くて壁は白く、軒下だけオレンジ色に塗られていておしゃれだ。
スイの部屋は四階の端にあった。階段を上がるのがちょっときついが、最上階で見晴らしのいい部屋だ。部屋は一つで、一番奥に壁で仕切られた小さなスペースがありベッドが鎮座している。扉はないが手前に衝立を置けば寝室として使えそうだ。
「え! お湯が出る蛇口もついてるのか!」
「ああ。古いわりに設備はいいだろ? 冷蔵庫もあるぞ」
「おおー! やっぱり都会は違うなあ!」
トーフトーフで住んでいた家は広かったが魔法の設備はほとんどなかった。お風呂も水の蛇口があるだけで、湯を沸かすのも大変だった。それに比べればここは天国だ。スイはすぐにこのアパートが気に入った。
「荷物置いたら外に出るぞ。安くてうまいパン屋教えてやるよ」
ガルヴァは部屋に夢中のスイを手招きした。スイは荷物とマントをベッドの上に置き、財布だけを持ってガルヴァと一緒に商店街に向かった。
ガルヴァは面倒そうにしていた割にていねいだった。都会を知らないスイのまぬけな質問にも、笑いながらきちんと答えてくれる。ガルヴァが優しいので、スイはずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「なあ、本部同士が近いけど騎士団の人と会うことはあるのか?」
「え? ……なーんだ、お前も騎士団に近づきたいクチかよ」
ガルヴァがため息混じりに言う。
「違う、別にそういうわけじゃない」
慌てて否定すると、よけいに疑わしそうな目で見られた。
「騎士団と仕事で関わることはたまにあるけど、個人的に親しくはなれねーぞ。だいたいニーバリさんが話すから俺たちは見てるだけだし」
「でも顔を合わせることはあるってこと!?」
「仕事内容によってはあるな。でもめったにねーぞ。とくにヴィーク団長とか上の人とはまず会わねーから」
「……そうか」
スイはほっとして息をはいた。どうやら仕事でエリトとはち合わせすることはなさそうだ。
ガルヴァはスイの顔をのぞきこみ、にやりと笑った。
「残念だったな?」
「だ……だから違うんだって!」
「隠すなって。お前みたいなのは多いから別に変じゃねーよ。ただ、ヴィーク団長は今遠征に行っててデアマルクトにいないぞ。ま、あんまり期待すんなよ」
「あ、そうなんだ。いつ帰るの?」
「さあな……一年以上帰らないこともあるからなぁ。国中飛び回ってるから、デアマルクトにいないことのほうが多いんじゃねーかな」
「そっか」
エリトは近くにいるように見えて遠い存在らしい。そもそも住む世界がちがうのだ。本来、スイなどエリトの視界にも入らない小さな存在だ。偶然出会い、そして別れた。スイは守手の道を選び、エリトは騎士団長の道を選んだ。二人は別々の人生を歩み出している。もう二人の道が重なることはない。
3
あなたにおすすめの小説
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる