銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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一章 王都と精霊祭

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 守手本部は騎士団本部の裏手にあった。大きさは騎士団本部と同じくらいだが、石と漆喰でできたそっけない二階建ての建物だ。窓も小さいし、ところどころ風化して漆喰がはげかけている。きれいな騎士団本部を見たばかりなので、余計おんぼろに見える。

 スイはちょっとがっかりしながら建物の中に入った。門番はいなかった。

 廊下を進んでいくと、突きあたりから誰かの声が聞こえてきた。

「また騎士団が結界をぶっこわしたのか! あの破壊者どもめ、今度こそ絶対に謝らせるぞ! 今年に入ってからもう何度目だと思ってやがる!」

 なにやら騎士団に怒っているようだ。おそるおそる廊下の奥をのぞくと、そこは開放的な広間になっていた。中央に大きな長方形の木製テーブルが置かれていて、壁には古びたタペストリーがいくつかかけられている。

 テーブルのそばには二人の男が立っていた。二人とも守手用の黒いローブを着ている。どちらも若葉族らしく、緑色の頭髪だ。片方の男はツルのように太い緑髪を後ろで一つに束ねていて、顔を赤くして怒っている。もう片方はスイと同い年くらいの若い男で、そうですねとか適当に相づちを打っている。

「自分たちが偉いと思ってるのか知らんが、こっちの迷惑をかえりみない態度はいい加減あらためさせないと……ん?」

 怒っていた男はスイに気づいて口を閉じた。

「なにか用……あ、お前が新しい守手か?」
「はい、そうです」

 スイは二人のそばに行って会釈した。

「今日からここで働くことになった守手のスイ・ハインレインです。よろしくお願いします」
「遅かったな、待ってたぞ。俺はマティス・ニーバリ、守手本部の監督官だ」

 スイはニーバリと握手をした。

「こっちはガルヴァ・ルモニエだ」

 ニーバリと一緒にいた青年とも握手をかわす。

「よろしくな、スイ。俺のことはガルヴァって呼べよ」

 ガルヴァはそう言ってにこりと笑う。スイもありがとうと言って笑い返した。神経質そうなニーバリと違い、ガルヴァは雰囲気がやわらかくて話しやすそうだ。こんがり日焼けした健康的な小麦色の肌をしている。

「今日からお前には俺の元で働いてもらうからな。ガルヴァも俺の部下だから、お前とは一緒に働く仲間ってわけだ」

 ニーバリが言う。

「お前がいたところは小さな支部だから支部長の下でみんな働いてたと思うけど、デアマルクトは守手がたくさんいるからちょっと違うぞ。ここ守手本部には総長の下に監督官が数人いて、お前ら普通の守手は監督官の指示で動くんだ。だから、お前らが総長と話をすることはほぼないな。俺が総長から指示を受けて、お前らに仕事を渡してく流れだ。もうすぐ精霊祭があるから忙しくなるぞ。しっかり働けよ」
「はい、ニーバリ監督官」
「なんだよ固いな、ニーバリさんでいいよ」

 ニーバリは笑ってスイの二の腕を軽くたたいた。

「仕事内容は変わらないから心配するな。お前は今まで通り、結界をはってデアマルクトに暮らす人々を守ってやればそれでいい」
「わかりました」
「お前、得意な結界はあるか?」
「うーん……害獣よけならよくはってましたけど。あとはたまに悪人よけとか」
「害獣よけはデアマルクトじゃ使わないぞ。悪人よけとか人よけの依頼が多いから、練習しておいてくれ」
「はあ、そうします」

 ニーバリはスイを連れて守手本部を案内した。二階に各監督官と総長の個人執務室があり、一階には倉庫や書庫や談話室などがあった。建物の外には馬車を停められる広々としたスペースがあり、馬用の水場が備え付けられている。

「結構広いんですね」

 スイが言うと、ニーバリは自嘲的にふっと笑った。

「ここは元々騎士団の本部だったんだよ。でも奴らが新しい本部を建てたんで、総長が使わなくなったこの建物を買い取って守手本部にしたんだ」
「へえ……だから騎士団本部のすぐ裏にあるんですか」
「まあな……。ところでお前、住むところのあてはあるのか?」
「いえ。ここに来てから考えようかなと」
「じゃ守手用のアパートに住めよ。今なら空きがあるから。ガルヴァ、案内してやんな」

 二人のあとをついてきていたガルヴァは目を丸くした。

「ええっ、案内はニーバリさんがやるんじゃないんですか?」
「だから今本部を案内しただろうが。お前もアパートに住んでるんだから帰るついでに頼むよ。アパートとその辺の飯屋とかを教えてやれ。今空き部屋の鍵を持って来るから」
「ちょっ……」

 ガルヴァが文句を言う前にニーバリは二階に上がっていってしまった。面倒ごとを押しつけられたガルヴァは半眼でため息をついた。

「……なんかごめんね」

 スイが謝るとガルヴァは気まずそうに、いや、と言って手を振った。

「悪い、ちゃんと案内するから気にすんな」
「助かるよ」

 少ししてニーバリが鍵を持って戻ってきた。スイは鍵を受け取り、ガルヴァと一緒に守手本部を出た。ガルヴァには悪いが、ニーバリよりガルヴァと一緒のほうが気が楽で嬉しかった。



「で、お前ってどこの町から来たの?」

 歩きながらガルヴァが聞いてきた。

「トーフトーフだよ」
「ぶっ」
「……おい、なんで笑った? トーフトーフ知ってんのか?」
「知らんけど、絶対田舎だろその素朴な名前」
「……悪かったな」

 スイがむすっとすると、ガルヴァはおかしそうに笑った。

 アパートは守手本部から少し坂を下った先にあった。古い建物のようだが、屋根が青くて壁は白く、軒下だけオレンジ色に塗られていておしゃれだ。

 スイの部屋は四階の端にあった。階段を上がるのがちょっときついが、最上階で見晴らしのいい部屋だ。部屋は一つで、一番奥に壁で仕切られた小さなスペースがありベッドが鎮座している。扉はないが手前に衝立を置けば寝室として使えそうだ。

「え! お湯が出る蛇口もついてるのか!」
「ああ。古いわりに設備はいいだろ? 冷蔵庫もあるぞ」
「おおー! やっぱり都会は違うなあ!」

 トーフトーフで住んでいた家は広かったが魔法の設備はほとんどなかった。お風呂も水の蛇口があるだけで、湯を沸かすのも大変だった。それに比べればここは天国だ。スイはすぐにこのアパートが気に入った。

「荷物置いたら外に出るぞ。安くてうまいパン屋教えてやるよ」

 ガルヴァは部屋に夢中のスイを手招きした。スイは荷物とマントをベッドの上に置き、財布だけを持ってガルヴァと一緒に商店街に向かった。

 ガルヴァは面倒そうにしていた割にていねいだった。都会を知らないスイのまぬけな質問にも、笑いながらきちんと答えてくれる。ガルヴァが優しいので、スイはずっと気になっていたことを聞いてみることにした。

「なあ、本部同士が近いけど騎士団の人と会うことはあるのか?」
「え? ……なーんだ、お前も騎士団に近づきたいクチかよ」

 ガルヴァがため息混じりに言う。

「違う、別にそういうわけじゃない」

 慌てて否定すると、よけいに疑わしそうな目で見られた。

「騎士団と仕事で関わることはたまにあるけど、個人的に親しくはなれねーぞ。だいたいニーバリさんが話すから俺たちは見てるだけだし」
「でも顔を合わせることはあるってこと!?」
「仕事内容によってはあるな。でもめったにねーぞ。とくにヴィーク団長とか上の人とはまず会わねーから」
「……そうか」

 スイはほっとして息をはいた。どうやら仕事でエリトとはち合わせすることはなさそうだ。

 ガルヴァはスイの顔をのぞきこみ、にやりと笑った。

「残念だったな?」
「だ……だから違うんだって!」
「隠すなって。お前みたいなのは多いから別に変じゃねーよ。ただ、ヴィーク団長は今遠征に行っててデアマルクトにいないぞ。ま、あんまり期待すんなよ」
「あ、そうなんだ。いつ帰るの?」
「さあな……一年以上帰らないこともあるからなぁ。国中飛び回ってるから、デアマルクトにいないことのほうが多いんじゃねーかな」
「そっか」

 エリトは近くにいるように見えて遠い存在らしい。そもそも住む世界がちがうのだ。本来、スイなどエリトの視界にも入らない小さな存在だ。偶然出会い、そして別れた。スイは守手の道を選び、エリトは騎士団長の道を選んだ。二人は別々の人生を歩み出している。もう二人の道が重なることはない。
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