銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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一章 王都と精霊祭

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「あの……フェンステッド隊長。スイとお知り合いなんですか……?」
「まあね。以前仕事で行った町で知り合ったんだ。しばらくその町に逗留してたから、スイにはいろんなところに連れてってもらったんだよ。ね」

 スイはこくりとうなずき、ガルヴァのほうを向いた。

「……今、隊長って言った?」
「……知らないで接してたわけね……。呼び捨てにしてるからいったいどんな関係なのかと思ったぜ……。ゾール・フェンステッド隊長はデアマルクトの治安維持部隊の隊長だよ。言っとくけど、お前みたいになれなれしくこの人に話しかけられる守手なんかいないからな」
「そうなのか!?」

 そんなに偉い人だったとは全然思っていなかった。ゾールに出会ったのは今から二年ほど前、まだトーフトーフに行く前のことだ。スイは北部のやや大きめの町にある守手支部で働いていた。

 ある日突然、ゾールがふらりとその町の守手支部にやってきた。支部長はゾールと部屋でしばらく話したあと、スイを呼んで「この人は自分の知り合いでしばらくここに滞在するから、町を案内してやってくれ」と頼んできた。「そのあいだ結界の仕事はしなくていい」とも言った。スイはそんなことのために仕事を休んでいいのかと不思議に思ったが、言われた通りゾールを連れて町を歩いた。

 ゾールは明るい性格で話もおもしろく、一緒にいてとても楽しかった。スイはゾールとあちこち歩き回り、町じゅうの店で食事をしたり酒を飲んだりしてまわった。ゾールは好奇心が強く、スイがあまり立ち寄らないような店にも興味を持って行きたがった。

 支払いはいつもゾールがしてくれた。スイが申し訳ないから半分出すと言うと、笑ってじゃあ今度ねと言うばかりで一度も払わせてくれなかった。ゾールは身なりがよく遊び慣れている様子だったので、暇をもてあました金持ちなのだろうと思っていた。

 ゾールがいたのはそんなに長いあいだではなかったが、おかげでスイはたっぷり休暇が取れて大満足だった。ゾールが遊ぶだけ遊んで帰っていくと、スイは元の仕事に戻った。

 そのときは単なる旅行だろうと思っていたが、治安維持部隊の仕事で行ったのだとすれば話は別だ。あの町にはなにがしかの犯罪者が隠れていて、それを探していたのだろう。

「あの、おれ全然知らなくて……普通に友達みたいな感覚だったので……その、すみませんでした」

 隊長職の人に対してずいぶん失礼な物言いをしていた気がする。スイがもじもじしながら謝ると、ゾールはぷっと吹き出した。

「あはは! なに気にしてるんだよ。全然いいって、むしろ今さらかしこまられたほうがいやだしさ。前みたいにゾールって呼んでよ。友達だろ?」
「え……いいのか?」
「スイならいいよ。なあ、また一緒にご飯を食べに行こうよ。今度はオレが連れてってあげるからさ」

 ゾールはそう言ってまぶしい笑顔を浮かべた。ゾールは友人と呼べる数少ない人だったので、スイはとても嬉しくなった。嬉しさのあまり頭にぽんと白い花がひとつ咲いた。

「あっ」

 慌てて花を取ろうとしたが、先にゾールがひょいと取り上げてしまった。そのまま長い指でくるくると花をもてあそばれる。

「オレに会えたのがそんなに嬉しかったの? 相変わらずかわいいねえ」

 クスクスと笑われて赤面する。スイは花族なので、感情が高まると周囲に花を咲かせてしまう。外でうかつに咲かせないよう気をつけているのだが、なかなかコントロールが難しい。

「……見なかったことにしてくれ……」
「あはは、恥ずかしがらないでよ。いいじゃないかわかりやすくて」
「それがいやなんだって」
「えー、じゃあ一緒にご飯行ってくれないの?」
「あ、いや……それは行くよ。もちろん」
「よかった!」

 ゾールは嬉しそうにしていたが、ふと笑みを引っこめると少しかがんでスイの耳元で囁いた。

「でも、エリトに紹介はしないからね」
「……!?」

 スイは驚愕に目を見開いた。どうしてそんなことを言うのだろう。まさか、スイとエリトの関係を知っているのだろうか。エリトと呼び捨てにしているし、所属は違うが長同士のつながりで仲が良いのだろうか。

「な、なんで……?」

 やっとの思いでそう言うと、ゾールはいやそうに顔をしかめた。

「エリトに近づくためにまずオレに近づこうとする奴が最近多くてさ。オレは橋渡し役じゃないんだから、そういうのは困るんだよね」

 吐き捨てるように言う。スイは何度も首を横に振った。

「そんなこと思ってない!」
「本当?」

 それでもゾールは不機嫌そうな顔を崩さない。エリト目当ての人たちに相当嫌気が差しているのだろう。

「騎士団なんか興味ないって!」
「……ならいいけど」

 ゾールは唇をへの字に曲げて腕組みをした。

「そもそも、エリトの女になりたいと思ったって無駄なんだよ。あいつは昔行方不明になった恋人を今もずっと探してるんだから」

 息が止まった。周囲の音が聞こえなくなった。自分の心臓がばくばくと鳴る音だけがする。

「えっ、そうなんですか?」

 ガルヴァが興味津々にたずねる。

「ああ。奴が騎士団長になる前だから、もう三年以上前の話だな。エリトは遠征先で恋人を作って一緒に暮らしてたんだよ。でも、ある日突然その恋人が姿を消した。必死にあちこち探したけど見つからなくて、時間切れで仕方なくデアマルクトに戻ってきたんだって。で、それからずっとその人を探し続けてるらしい。気持ち悪いだろ? どうせ捨てられただけだってのに」
「そんなまさか……ヴィーク団長を捨てられる人なんかこの世にいないですって」
「いや、たぶんエリトがいやになって出て行ったんだと思うな。あんな強引で自分勝手な奴と一緒に暮らせるわけないよ」
「でもあの『エリト様』ですよ? その恋人ってどんな人だったんですか?」
「さあ。必死に探してるくせにどんな奴なのかは言わないんだよな」
「へー、なんでですかね」

 スイは痛いくらいに鼓動する心臓を手で押さえ、二人の話をじっと聞いていた。エリトはまだ、自分のことを探している――あれからもう四年も経ったのに。

「そんな見こみのない奴より、オレのほうがいい男だろ?」

 ゾールがふざけてスイの肩に手を回してきた。

「え? ああ、そうだな」

 心ここにあらずだったスイが適当に相づちを打つと、ゾールは機嫌良くそうだろと言ってうなずいた。

 そうこうしているうちに、治安維持部隊の隊員がゾールに声をかけてきた。そろそろ戻らないといけないようだ。

「じゃあ、またあとでね」

 ゾールはスイに手を振りながら部下を連れて帰っていった。彼らがいなくなると、ガルヴァはすぐさまスイの脇腹をこづいた。

「お前……気をつけろよ」
「なにが?」
「フェンステッド隊長だよ……お前、あの人と親しいわりになんにも知らないみたいだから」

 スイが首をかしげると、ガルヴァは小さくため息をついた。

「あの人は元々デアマルクトのスラムを荒らしまくってたごろつき共のリーダーだったんだよ。そのうちとっつかまったけど、癖の強いごろつきをまとめてた手腕を買われて治安維持部隊に引き抜かれた異端児なんだ」

 初耳だった。エリトとそんなに歳も変わらなそうなのに妙に貫禄があると思っていたが、そんな過去があったとは。

「実家はかなり裕福らしいけどな。お上品な家庭がいやでグレちまったのかもな」
「……全然知らなかった。でも今はちゃんとした人だろ?」
「そりゃそうだけどさ。そこで女大量にはべらせてるの見ただろ? あの人、美形だし隊長だからめちゃくちゃモテるんだよ。だから気をつけろっつってんの。お前は花族だから女の代わりになるだろ」
「それは若葉族のお前も一緒だろ」
「一緒にすんなって。お前自分の顔見たことある? 美人だから男に好かれるだろ?」

 そんなことはないと言い返そうとしたが、いつの間にか目の前に一人の女性が立っていることに気づいて口をつぐんだ。先ほどまでゾールの隣に座っていた人だ。長い茶髪のあいだから真っ白な丸い耳がのぞいている。獣人族だ。

「よお、カムニアーナ」

 ガルヴァが挨拶したが、カムニアーナはそれを無視してスイに話しかけた。

「こんにちは。あなた、新しく来た守手の人?」
「あ、うん。おれはスイ・ハインレイン。よろしく」
「カムニアーナよ。よろしく」

 カムニアーナはちょっと気が強そうだがとてもきれいな女性だった。スタイルもいい。

「スイはゾール様と仲良しなの?」
「ん、まあ。前にいた町で会ったことがあって、何度か一緒にご飯を食べに行ったんだ」
「それだけ?」
「……それだけって?」

 カムニアーナは小首をかしげ、嘘を見抜こうとするようにスイをじっと下から見据えた。
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