銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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一章 王都と精霊祭

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「その人は彼女?」

 連れの女性を指さしてとげとげしく言うと、ゾールはくすっと笑って彼女の腰に手を回した。

「ああ、オレの大事な子だよ。次の精霊祭に連れてってあげるって一年前から約束してたんだ。だから今日は一日ずっとマルセラと一緒なの」
「うふふ、ちゃんと約束守ってえらいわよ」
「だろ?」
「でも仲のいい守手がいるなんて知らなかったわ」

 マルセラは小首をかしげて不思議そうにスイを見つめる。スイはまた勘違いでカムニアーナのように逆恨みされてはかなわないと思い、慌てて言った。

「以前勤めてた町で偶然会ったことがあるだけですよ! ゾールって呼んでますけど、そのときは隊長だなんて知らなかったんです!」
「あらそうなの。別にそんなに慌てなくても、ただ気になっただけよぉ」
「え、あ……」
「そんなに必死になるとやましいことがあるのかと思われるわよ?」
「ええっ!? 違うんですって、前に仲がいいの意味を勘違いされたから、また勘違いされたらいやだと思って……」
「マルセラ、そんなにからかってやるなよ」

 ゾールがたしなめるように言うと、マルセラはころころと笑い声を上げた。

「ごめんね。反応がかわいくて、つい」

 マルセラはスイにいたずらっぽく笑いかける。スイは少し顔を赤らめた。

「じゃあオレたち行くから。仕事がんばってね」

 ゾールはひらりと手を振り、マルセラの腰を抱いて歩いていった。スイはいちゃつきながら去っていく二人の後ろ姿をなんともいえない気持ちで見送った。


 ◆


 怒濤の九日間が過ぎ、ようやく精霊祭の最終日がやってきた。結局、最後の日まで侵入者はあとを立たなかった。緑岩の広場の結界はなにも感知しなかったが、その周囲にはった結界はだいぶ役目を果たした。祭に乗じてこそこそ裏で忍び会おうとした人はこの十日間で相当検挙されたはずだ。人よけを壊してまで侵入する人はまれだったが、悪人よけにひっかかった犯罪者は多かった。悪人よけの結界は善良な市民はそのまま通れるので、あとに続こうとしてはねつけられてしまうのだ。

 最終日は人気の劇団による派手な仮装パレードが緑岩の広場にやってきた。スイはきらきらした山車に乗ったまばゆい衣装の劇団員を見物し、ほんのわずかなあいだ祭を楽しんだ。山車の上では美形の役者たちが手を振り、楽団が楽器を奏でている。

 人々に混じって山車を眺めていると、ガルヴァがやってきて笛の音や歓声に負けじと大声でスイを呼んだ。

「スイ!」

 振り向くと、ガルヴァはスイの耳元に手を当てて叫んだ。

「これから騎士団が守手の見回りに来るってよ! 騎士団が来たら仮面を取って挨拶しろだって!」

 スイは耳を疑った。

「えっ!? どういうこと!?」
「なんか怪しい奴が守手にまぎれこんでないか確認するらしいぜ! よくわからんけど団長の指示だってさ!」

 それだけ告げると、ガルヴァは絶句するスイを置いて次の守手のところへ走っていった。取り残されたスイは呆然と立ちつくした。

 緑岩の広場にはデアマルクトじゅうの人が集まっている。それなのに犯罪者がわざわざ守手に扮するとは思えない。それくらい騎士団だってわかっているだろうに、守手だけ仮面をはがして顔を確認する意味がわからない。

 まさかエリトは守手の中にスイがいると知っているのだろうか。仮面をつけていたが、昨日の接近で感づかれてしまったのかもしれない。それとも犯罪者が守手にまぎれているというたれこみでもあったのだろうか。

 なんにせよ、このままここにいるのはまずい。騎士団の見回りが終わるまでどこかに隠れなくては。

 そう思ったとき、広場の向こうから騎士団員たちがこちらにやってくるのが見えた。四人で固まって動いていて、その中に金髪はいない。しかし、白髪の男の姿があった。

「フラインだ……」

 フラインはエリトの腹心の部下だ。以前エリトと一緒に暮らしていたとき、フラインとは何度も顔を合わせている。彼に顔を見られたらおしまいだ。

 すでに四人はスイを視界におさめていて、まっすぐスイのほうへ向かってきている。迷っている時間はなかった。スイは結界の異常を察知したふりをしてぱっと後ろを向き、急ぎ足でその場を離れた。

 最終日は今までで一番の人出で、人が多すぎてまっすぐ歩くこともままならない。まだ昼間なのに酒が入っている人も多く、千鳥足でぶつかってくる人もいる。その人たちをよけながら、スイは回廊を抜けて緑岩の広場を出た。

 ちらりと後ろを振り向くと、人ごみをかき分けてこちらに来ようとするフラインの姿が遠くに見えた。スイは慌てて足を速めた。どうやら見逃してくれないらしい。

「まずいまずいまずい……!」

 どうすればフラインを振り切れるだろうか。焦る頭ではなにもいい考えが浮かばない。そもそも緑岩の広場から出ず、人ごみに身を潜めていたほうがよかったのかもしれない。だが今さら戻ることはできない。

「あれ、スイ?」

 すぐそばで名を呼ばれ、スイは驚いて足を止めた。そこには、昨日と同じ仮面をつけた灰色とピンクの髪の青年が女性と一緒に立っていた。

「ゾール!」

 スイはわらにもすがる思いでゾールに駆け寄った。今日も休みなのかとかまたデートかとかそんなことはもはやどうでもいい。スイはゾールの目の前に来るとひそひそ声で訴えた。

「頼む、おれを隠してくれ! 騎士団に追われてるんだ!」
「……え?」

 ゾールが不審そうな声を上げる。スイはちらりと後ろを向き、まだフラインたちが追いついていないことを確認すると早口でまくしたてた。

「実は今騎士団が守手に怪しい奴がまぎれていないか確認してまわってるんだ。そしたらたまたまさぼってるところを見つかっちゃって、逃げてきたんだけど追いかけてこられてるから、捕まって顔と名前を確認されたらさぼってたことが守手本部に伝わっちゃうから捕まりたくないんだ頼む助けてくれ!!」

 必死になると意外と嘘がすらすらと口をついて出てきた。ゾールはぽかんとして隣の女性と顔を見合わせた。昨日一緒にいたマルセラではないが、腕を組んで親密そうな空気を醸し出している。だがスイには二人の関係を考えている余裕はなかった。

「どうする? バレンディア」

 ゾールが言うと、バレンディアは肩をひょいと上げてほほ笑んだ。

「お友達なんでしょ? かくまってあげましょうよ、なんか必死だし」
「うーん、きみは優しいねえ」

 ゾールがバレンディアの頬をするりとなでると、バレンディアはくすぐったそうに笑った。

「スイ、こっちにおいで」

 ゾールはスイに向かって小さく手招きした。スイはバレンディアを世界一の美女だと思った。

 スイはゾールに促されて近くの建物のポーチに入り、建物の周囲を取り囲む腰ほどの高さの壁の影にしゃがみこんだ。ゾールとバレンディアは壁の外側にさりげなく寄りかかり、その場でおしゃべりをしている風を装った。

 しばらくして複数の足音が近づいてきた。スイは仮面の口に手を当てて息を押し殺した。

「おや、フラインじゃないか」

 頭上でゾールの声がする。スイは心臓が口から出そうになった。わざわざ話しかけるとは。

「……ゾールか。こんなところでなにしてるんだ?」
「えー? 見ればわかるでしょ?」

 ゾールは笑いながらバレンディアの肩に腕を回した。バレンディアは見せつけるようにゾールの胸にしなだれかかる。フラインのあきれたようなため息が聞こえた。

「お前、いい加減に仕事を……いや、もういい……」
「なんだよ歯切れが悪いなー。ああ、仕事中に引き止めて悪かったね。見回りご苦労様」
「……それはそうと、こっちに守手が来なかったか?」
「守手? さっき一人来たよ」
「本当か? おい、この辺りを探せ」

 フラインが部下に指示をする声が響く。思わず頭上を仰ぐと、ゾールが慌てて片手を上げるのが見えた。

「待てよ、あいつならあっちに行ったよ。結界が破られた気がするって言って急いでた」
「え? お前の知り合いだったのか?」
「うん。昔からの友達だよ。仕事熱心な奴でさ」

 フラインは黙りこんだ。どうするべきか考えあぐねているようだ。
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