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二章 地下牢
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しおりを挟む頭がぐらぐら揺れている。それにひどい頭痛がする。
スイはゆっくりと目を開けた。手を動かそうとして、両手首が背中で一つに縛られていることに気がついた。
「……!」
スイは手足を縛られ、誰かの肩に担がれて運ばれていた。血の上った頭を少しもたげると、黒っぽい壁の薄暗い廊下が見える。
「おい動くな!」
スイを担いで歩いている男が怒鳴った。
「おとなしくしねえとぶっ殺すぞ!」
足を強くたたかれ、スイは怖くなって動くのをやめた。
どうやら思惑通り人さらいにさらわれることができたようだ。帰ってニーバリにうまくいきませんでしたと報告して任務を降りようと思っていたのに、初日で成功してしまった。スイはこんなときだけ引きの強い自分の運の悪さと、よく考えずに安請け合いしてしまった間抜けさにげんなりした。
男はスイを抱えて一つの部屋に入った。煙草の煙が充満したヤニ臭い部屋だ。
「戻ったぞ-」
「おうお疲れ。見せてくれ」
男は床にスイを乱暴におろした。スイは手足を縛られているせいで受け身がとれず、腰を固い床にぶつけてうっと息を詰まらせた。痛みをこらえておそるおそる顔を上げる。部屋には木の四角いテーブルがあり、一人の男が椅子に座ってたばこをふかしていた。薄汚れた服を着て、もみあげとつながるまでひげをはやしている。
「なんだ起きてんのか」
「ああ。ちょうどさっき目を覚ましてさ」
「ならちょうどいいや。おいお前、服脱げ」
スイはびっくりして男を見上げる。椅子に座った男はたばこをくわえたまま舌打ちをした。
「別になんもしねえよ。怪我がないか見てやるから、とっととしろ」
「今ほどいてやる」
スイを抱えていた男はしゃがんでスイの手と足を拘束していた縄をナイフで切った。自由になったスイは二人の男ににらまれてぶるりと震えた。目つきが普通の人と違う。この二人は人身売買組織の人間でその手の玄人だ。一抹の罪悪感を感じることなくスイを殺せるだろう。
スイはおとなしくその場で服を脱いだ。下履きも取れと言われ、一糸まとわぬ姿になる。二人は裸で立つスイをじろじろと眺め回した。
「傷もないし、上玉だな。思った通りだ」
「こいつどこにいたんだ?」
「ゴレドの近くをうろうろしてた」
「ふーん。おいお前、そんなところでなにしてたんだ?」
「……友達を探してた」
スイは普通に答えたつもりだったが、声が震えてしまっていた。
「友達になんの用だったんだ?」
「あ……その、デアマルクトに来たら泊めてやるって言われてて……」
「友達んちを探して歩き回ってたのか?」
スイがうなずくと、男は笑って灰皿にたばこを押しつけた。
「今後のために教えといてやるよ。あの辺は危ないとこだから、夜に一人で歩かねえほうがいいぞ? こういう悪いやつに捕まっちまうからな」
こういう、と言いながら男は自分の胸を指でとんとんとたたいた。
「泊まるとこがないならここに泊めてやる。お前、なに族だ?」
「は、花族……」
「そうか、よしよし。かわいい花族はすぐに新しい家が見つかるから安心しろよ」
服を着ろと言われ、スイは脱いだ服を再び身につけた。男たちに怪しまれることなく検査が終わり、ひとまず潜入は成功だ。ばれたら殺されるのではないかと怖くてたまらなかったが、それが逆によかったのだろう。演技ではなく本当に怯えていた。
「じゃ、こいつは奥に入れとくぞ」
「そうだな、それがいい」
スイは男に連れられて部屋を出て、廊下を歩いて階段をおりた。階段の下はひんやりしていて少し湿っぽい。窓がないのでおそらく地下だろう。
スイは男に気取られないよう注意深く辺りを観察した。ところどころに下がっているランプが狭い廊下をぼんやり照らしている。廊下の右側に部屋があるが扉の代わりに鉄格子がはまっている。鉄格子ごしに一人の痩せた男が中にいるのが見えた。男は薄いベッドに座ってうつむいているので、顔まではわからない。
男はその部屋を素通りし、一番奥の部屋の前で立ち止まった。その部屋も扉の代わりに鉄格子がはめられている。男はポケットから鍵を取り出して鉄格子を開けた。
「入れ」
スイはおとなしく部屋の中に入った。ベッドが二つあるだけの、窓のない暗い部屋だ。
その部屋には先客がいた。一人の青年が右側のベッドの上で膝を抱えて座っている。金茶のふわふわした髪に長いまつげの、繊細な顔立ちをしたとてもきれいな青年だ。
「えっ」
スイは青年の姿を見て目を丸くした。彼の背中には一対の翼が生えている。黒と茶色のまだら模様の翼で、今はたたまれているが伸ばしたらこの部屋に収まりきらないくらい大きいだろう。
「有翼族……?」
有翼族を見るのは初めてだった。獣人の一種で、耳としっぽの代わりに翼を持つとても珍しい種族だ。
「あー。こいつはお前と違って高級品だからな。間違っても傷つけるなよ」
男はスイの背後で鉄格子をがしゃんと閉めて鍵をかけると去っていった。
静けさが地下を包んだ。青年は警戒するようにスイを見ていたが、すぐに興味を失って膝に顔をうずめた。スイはおそるおそる青年の隣に座る。
「きみも捕まったのか?」
「……あいつらの仲間に見える?」
「いや……。ここにいるってことは、人さらいに遭ったんだよな。おれもだよ」
青年は答えない。
「きみ、どこでさらわれたの? やっぱりデアマルクトのスラム?」
「…………」
「いつからここにいるの? ここのことを教えてくれないか?」
「…………」
どうやら話す気分ではないらしい。暗さに目が慣れてくると、青年がやつれた青白い顔をしていることに気がついた。こんなところに閉じこめられて相当気が滅入っているのだろう。
スイは立ち上がって入り口の鉄格子から外をのぞいてみた。廊下はしんとしていて動くものの気配はない。見張られてはいないようだ。
スイは再び青年の隣に座ると小声で言った。
「……実はおれ、守手なんだ。人さらい組織の隠れ家を見つけるために、上官の命令でわざと捕まったんだよ」
青年はぱっと顔を上げた。真偽を確かめるかのように、栗色の大きな瞳でじっとスイを見つめる。
「背中に追跡用の術をつけてもらってるからいつでも助けが呼べるんだ。もちろんきみのことも助けられるよ。だから、ここで見たことを教えてくれないか? 情報を集めないといけないんだ」
「……情報を得るためにこんなことしてるの?」
「うん、そうだよ。潜入捜査だ」
「……逃げられなかったらどうする気? このまま金持ちのところに売り飛ばされるよ」
「そんなことにはならないよ。おれが呼んだらすぐに治安維持部隊が駆けつける手はずになってるから」
救出の手順をきちんと確認していなかったが、おそらくそうだろう。スイは青年を安心させるために心配いらないと繰り返した。
青年はスイの言葉を信じてくれたようで、少し肩の力を抜いた。
「絶対に僕も助けるって約束してくれる?」
「必ず。約束するよ」
「……ここのことを教えればいいんだね?」
「うん。あと、できればきみの名前も教えてほしいな」
「ジェレミー」
「よろしく、ジェレミー。おれはスイだよ」
スイはジェレミーに手を差し出した。ジェレミーはまだ不安そうだったが、スイの手をそっと握りかえしてくれた。細身のスイと同じくらい細い手だった。
「きみはいつ捕まったんだ?」
「たぶん……一月くらい前、かな?」
「そ、そんなに!?」
数日程度だと思っていたスイは仰天した。さらわれた人はここで長期間拘束されるようだ。
「こんな暗いところで一月……」
それは喋る気力もなくしてしまうだろう。スイは絶対にジェレミーを救い出そうと決心した。
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