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三章 恋情と嫉妬
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しおりを挟む「カムニアーナよ。初めまして」
カムニアーナはガルヴァを無視してジェレミーに声をかけた。ジェレミーは小さく会釈をした。
「こんにちわ。僕ジェレミー」
「よろしくねジェレミー。急にごめんね、話が聞こえてきちゃったものだから」
「別に構わないけど……なにか用?」
ジェレミーが小首をかしげると、カムニアーナは得意げに言った。
「あなた、エリト様に会いたいのね? でもガルヴァの言う通り、エリト様に気軽に声をかけることなんかできないわ。私をのぞいてはね」
最後に付け加えられた言葉に、ジェレミーは片眉を上げた。カムニアーナは絶妙なところで言葉を切ってジェレミーの反応を楽しんでいる。
「どういうこと? きみはヴィーク団長に話しかけられるの?」
「ええ、まあね。最近仲良くなったのよ。だからあなたのことを紹介してあげられるかもしれないわ」
ジェレミーはきゅっと口を結び、小さな声でなんだよそれ、と呟いた。エリトと妙に親しげな女性の登場におもしろくなさそうだ。
スイは精霊祭のときにエリトと談笑するカムニアーナを見たことを思い出した。仮面をつけていたが、やはりあれはカムニアーナだったのだ。
「……どうやって仲良くなったんだ?」
スイはそばに立つカムニアーナを見上げて聞いた。カムニアーナはふふんと自慢げにスイに笑いかけた。以前のようなとげとげしさがなくなっている。
「精霊祭の準備をしてるときにエリト様のほうから話しかけてくれたのよ。それで、話をしているうちに仲良くなったの」
エリトから話しかけた? にわかに信じられない。
「どんな話をしたんだ?」
スイがたずねると、カムニアーナは一瞬不愉快そうな顔をしたが、すぐにまた笑顔に戻った。
「……守手のこととか、いろいろよ。エリト様は私の仕事に興味があるの」
「そうなんだ……。ところできみはゾールのことが好きなんじゃなかったのか?」
「まあね。でもエリト様と仲良くなっちゃったんだからしょうがないじゃない。もちろんゾール様とも仲良かったけど、別に付き合ってたわけじゃないからとやかく言われる筋合いはないわ」
「でも別に恋人ってわけじゃないんだろ?」
ジェレミーがかみつくように口を挟む。カムニアーナは意味深にほほ笑んだ。
「どうかしらね……。あ、そろそろ行かないといけないから、またね」
カムニアーナはひらりと手を振って去っていった。カムニアーナがいなくなると、ずっと黙っていたガルヴァはふんと鼻を鳴らした。
「見栄っ張り女め、あんなのでまかせに決まってるさ。ヴィーク団長は昔の恋人をまだ想ってるってフェンステッド隊長が言ってたし」
スイもそう思っていたが、それが本当に正しいとは言い切れなかった。なぜなら、彼女がエリトと一緒にいるところを目撃しているからだ。
「……精霊祭の最終日に、エリト……団長とカムニアーナが話してるのを見かけたよ」
正直に言うとガルヴァは目をひんむいた。
「ええっ!? 本当かよ!」
「ああ。仮面してたけど守手のローブを着てたし、あれはカムニアーナだったと思う」
「ええええ……嘘だろ……じゃあ本当に団長の新しい恋人ってこともあり得るのか?」
スイは答えなかった。そんなはずはないと思うが、エリトは自分のことを話さないのでその辺りの事情はなに一つわからない。わかることと言えば、今のスイはエリトの恋人ではないということだけだ。
騎士団が帰還したときの民衆の歓声から鑑みるに、エリトの人気は相当のものだ。四年離れているあいだに恋人の一人も作っていないことのほうが不自然に思える。
「顔さえよければあんな性悪でもいいってわけか? そんな人だとは思わなかった……。なんかがっかり」
ガルヴァは苦虫をかみつぶしたような顔になった。早くも失恋したジェレミーもぶすっとしている。気まずい空気が流れ、スイは沈黙に耐えきれず残りのサンドイッチをせっせと口に運んだ。刻んだ卵が入っていてとてもおいしい。
「そういや、以前団長を巡って事件があったなー」
「なにそれ?」
ガルヴァの話にジェレミーが食いついた。
「女ふたりが団長を奪い合って殺し合ったんだよ。片方は包丁で、もう片方はなたでな」
「こわ!」
「ふたりとも団長と関係があったとかで? なた片手に相手の家に押し入って殺そうとしたとかなんとか。詳しいことは知らないけど」
「どっちが勝ったの?」
「憲兵が来て止められたから勝敗はつかなかったみたい。もてすぎるのも考えものだよな」
「ううん……確かに、団長の恋人になれてもほかの人に嫉妬で殺されそうだね」
「だろ? ちなみに団長は以前遠征先で恋人を作ったみたいでさ……」
ガルヴァは声を低めて噂話をし始めた。ジェレミーは興味津々にガルヴァの話を聞く。
スイはサンドイッチを咀嚼しながらエリトのことをぼんやり考えた。どうやらエリトにはスイのほかにも関係のある女性がいるようだ。噂なんか当てにならないが、みんなの憧れの騎士団長なら愛人が十人くらいいたっておかしくない。
四年前はスイがエリトの唯一の存在だったが、今はスイのような立場の人間がほかにもいるのだろうか。都合のいいときに部屋に行ってセックスするだけの関係の人が、ほかにも。
スイはとてつもなく不愉快な気分になった。それならとっとと関係を切ってエリトの前から姿を消したい。貧乏でいいから、誰にも束縛されず静かに暮らしたい。
そもそもどうしてエリトはスイの部屋に来るのだろう。スイに対して怒っているにも関わらず、わざわざ足を運ぶ理由がいまいちつかめない。過去の清算をしたいのであれば話をして終わりにすればいいのに、エリトは無理にオビングのことを聞きだそうとはしない。結局、毎回流されて抱かれるだけになってしまう。
恋愛経験の浅いスイには今の状況がどういうものなのかわからない。スイは恥を忍んでガルヴァに聞いてみることにした。ガルヴァは都会育ちなので早熟で、恋愛経験もそれなりにある。
「ガルヴァ、ちょっと聞いてもいいか?」
「どした?」
「あの……おれの友達の話なんだけど。きみの意見も聞いてみたいなと思って」
「ほー? 言ってみろよ」
ガルヴァはサンドイッチをかじりながら体ごとスイのほうを向いた。
「友達は以前恋人と別れたんだ。で、最近偶然再会したんだって」
「よりを戻したのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。恋人に戻る気はさらさらなくて、向こうもそういう話は全然しなくて。でも、やることはやってるというか……」
「体の関係だけになっちまったと」
「ま、まあ、そんなとこだな」
「ほほー」
「ただれてるよそんなの」
純真なジェレミーが嫌悪感たっぷりに言う。スイは乾いた笑みをもらした。
「ハハ……そうだよな。それで、そういうのが続くのはいやでなんとかしたいと思ってるらしくて。そもそもその元恋人はなにを考えてるんだろう? こっちの出方をうかがってるのか? タイミングを見計らってるとか?」
「恋人に戻ろうって言われないのか?」
「言われないそうだよ」
「会ってヤるだけ?」
「そう」
「どこで会ってるんだ?」
「おれの部屋で」
「部屋の外では会わないのか?」
「会わないな」
ガルヴァはスイに指を突きつけた。
「そりゃ、ほかに相手がいて遊ばれてるだけだな」
スイは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。ショックのあまり手から食べかけのサンドイッチがぽろりと落ちる。それはあんまりだ。いくら怒っているからといってもひどすぎる。
「恋人に戻りたいなら最初からそう言うだろ。それを言わないでヤるだけってのは、大事にされてない証拠だよ。部屋の外で会わないのはほかに本命がいてそいつにばれたくないからだな」
「…………」
ガルヴァはショックで固まったスイの肩に優しく手を置いた。
「で? お前はいったい誰に遊ばれてるんだ?」
「へっ? 今のは友達の話だって」
「んなわけあるか。なあ、力になるからもっと詳しく話してみろよ」
ガルヴァは心配そうな声を出しているが、口端がにやつくのを押さえられていない。どうしてスイ自身のことだと感づかれてしまったのだろう。なにか失言があっただろうか?
「女か? 男か? その口ぶりだと男っぽいな? お前の元彼がデアマルクトにいたんだな? どこの浮気男だよ、言えって」
ガルヴァはしつこくスイに詰め寄ってくる。スイは耐えきれずに立ち上がった。
「誰だっていいだろ! もう行くぞ!」
「なんだよー気になるだろー」
スイは軽々しくガルヴァに話してしまったことを後悔した。ガルヴァの瞳が今まで見たこともないくらいに輝いている。しばらくこの話を引きずられそうだ。
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