銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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四章 吸血鬼の噂

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「……ニーバリさんに聞いたんですね……」
「うん。聞いた。もうびっくり」

 そういえば、ジェレミーやビリスたちには口止めをしたがニーバリにはしていなかった。スイはがっくりと肩を落とした。もうエリトとの関係は終わったのに、わざわざ会いに行きたくない。会えばきっとまた欲張りなことを考えてしまう。それにもし会うのを拒絶されたらと思うと身がすくむ。

「あの……これって守手本部からの正式な書類ですよね? おれが行くよりハッシャー監督官が行ったほうがいいと思いますけど」
「でも俺が行くと受け取ってもらえないかもしれないし」
「どうしてですか?」
「それが騎士団が破壊した結界の修繕費用請求書兼苦情だからだよ」

 スイが目をぱちくりさせると、ハッシャーが説明した。

「守手と騎士団はあまり仲が良くない。その理由を知ってるかい?」
「いいえ……」
「騎士団が俺たちのはった結界を壊してしまうからだよ。もちろん壊したくて壊してるわけじゃない。でも、騎士団員は悪人よけの結界に引っかかることが多いんだ。でも任務で通らなければいけないから、壊して通る。結果、俺たちの仕事が増える」
「騎士団員が悪人よけに引っかかるんですか?」
「そうだよ。悪人よけの結界は、正確に悪人を感知してはじいてるわけじゃないのは知ってるよね? 結界を通ろうとする人間の負の感情に反応するから、よからぬことを企んでいるとはじかれる。だからなにも知らずに盗品を運んでる運び屋なんかは素通りできる」

 それはスイも知っていた。悪人よけは、殺意や他人を害そうという攻撃的な意志を感知する結界だ。盗みを目的にしている場合もはじかれる。ただ、いたずらしてやろうという程度でははじかれない。

「騎士団は仕事で犯罪者を捕まえたり、場合によっては殺すこともあるだろ? だから、任務中や任務帰りの騎士団は殺気を帯びていて結界が反応してしまうんだよねえ」
「なるほど……。それならしょうがないですね」
「いや、そうでもない。騎士団は悪人じゃないんだから、はじかれてもちょっと気持ちを整理してもらえば通れるはずなんだ。でも急いでるとかなんとか言って強行突破しちゃうから困ってる。デアマルクトの結界も相当壊されてるから、いちいち修繕しないといけないこっちの身にもなってほしいんだよ」
「だから請求書兼苦情なんですね……」
「そういうこと」
「これを受け取ってもらえないことなんかあるんですか? 騎士団が壊したんだから、騎士団が修繕費を出すのは当然だと思いますけど」
「……まあ、受け取ってはもらえるけど、しぶしぶって感じで……」

 ハッシャーはハンカチを取り出して顔の汗をぬぐった。

「ほら、騎士団って強いけどその分怖いじゃないか。ヴィーク団長なんか威圧感がすごいから直視してるとそれだけで汗かくし」
「そうかなあ……」
「だよね、きみは感じないよね! だからきみが適任なんだよ。ヴィーク団長にこれを渡して、今後は結界を壊さないように頼んでくれ」

 ハッシャーは必死の形相だった。よほど自分が行きたくないと見える。スイは不承不承うなずいた。こうやって頼まれるとどうしても断り切れない。

「……わかりました……」
「ありがとう! 助かるよ! お礼に今度おいしいものごちそうするよ」
「本当ですか。じゃ、シェーラーのデラックスディナー食べたいです」
「んんん……! わ、わかったよ……だから頼むな。今日、騎士団は演習場にいるはずだから」
「はい」

 スイは丸めた書類をローブの内ポケットにしまい、守手本部を出て演習場に向かった。

 広い敷地を有する演習場はデアマルクトの西側にある。ここでは憲兵など剣を使う職業の者が剣の練習や実戦の演習をしている。

 スイは演習場に来るのは初めてだった。入り口で憲兵にここに来た目的を伝えると、騎士団が使っているエリアを教えてもらった。スイは広い敷地内をてくてく歩いて騎士団のいるところに向かった。

 言われた通りの道を進むと、剣戟の音とかけ声が響いてきた。さらに進むと視界が開け、騎士団員が二人一組になって剣術の稽古をしているところに出くわした。

 スイは思わず用事も忘れ、剣に打ちこむ彼らの姿に見入った。練習だがとても真剣な打ち合いだ。素人のスイには理解できない速度で剣を振るっている。相手の一撃をとらえ、反撃する。ひたすらその繰り返しだ。一瞬反応が遅れた団員の胴を、相手がすかさず剣で突いて倒れさせた。

「すご……」
「なにしてんの?」

 不意に背後から声をかけられてスイは飛び上がった。振り向くと、そこにいたのは半眼のフラインだった。防具を身につけ、手には練習用の剣を握っている。

「あ……その、守手本部から書類を預かってきたんだけど」

 あたふたと預かった書類をふところから取り出す。フラインはそれをじっと見下ろした。

「へえ。また苦情かな」
「……エリトに渡してくれないか?」
「受け取るかどうかはエリトが決める。エリトは今休憩中で外に出てるから直接渡して。たぶんいつものレストランだから」

 フラインは書類を受け取ってはくれなかった。スイは再び書類をふところに戻し、演習場を出てフラインに教えられたレストランに足を向けた。いつの間にか守手のアパートから王城を挟んだ反対側まで来てしまっている。思った以上に遠くまで歩かされて少し疲れてきた。

 たどり着いた先は、おしゃれな店が建ち並ぶ通りの一画にあるレストランだった。古めかしいが老舗らしい風格を備えたレストランだ。かつては貴族の館だったのかもしれない。アーチ型の扉を開けるとちりんと鐘が鳴った。

 お昼もだいぶ過ぎているので客はまばらだった。何組かの客がテーブルで料理を食べている。

「いらっしゃいませ」

 給仕の女が話しかけてきた。

「一名ですか?」
「いえ、客ではないです。ここにヴィーク騎士団長はいますか? 守手の遣いです」
「あ……ちょっと待ってて」

 給仕はさっと身を翻して螺旋階段を上がっていき、少しして戻ってきた。

「こちらです。どうぞ」

 スイは給仕に連れられて螺旋階段を上がった。心臓がどきどきする。エリトに会うだけでこんなに緊張するとは。

 二階にもテーブル席があり、三つある窓の外には半円状にせり出したバルコニーがあった。バルコニーにも席があり、カーテンで人目を避けられるようになっている。三つのうち一つの窓のカーテンだけがおろされている。

 給仕の女はおろされたカーテンを静かに手で持ち上げてスイを促した。スイはカーテンの奥に進んだ。

 バルコニーは思ったより広かった。丸いテーブル席にエリトが一人で座り、銀盆に載せられたローストビーフとパスタのセットを食べている。

 エリトはフォークを置いて顔を上げ、そこにいるのがスイだとわかるとわずかに目を見開いたが、なにも言わずに再び皿の料理に視線を落とした。心なしか表情がこわばっている気がする。

「なんの用だ?」

 こちらも見ずに言う。うっとうしいと言わんばかりの冷たい口調だ。会いたくなかったとありありと顔に出ている。スイは胸を氷の刃で刺されたような痛みを感じた。

 スイはふところから書類を取り出した。

「……これを守手本部から預かってきた。受け取ってくれ」

 エリトは差し出された書類を見もせずに受け取り、乱暴に封蝋を開けて中身を読んだ。エリトが読んでいるあいだ、スイは沈黙が苦痛だったが、その場に突っ立っているほかなかった。

「……なんでお前がこれを?」
「ハッシャー監督官に頼まれたから、仕方なく」
「なんで俺がここにいるってわかった?」
「演習場でフラインに聞いた」
「……あいつぺらぺらと……」

 エリトはいまいましげに舌打ちをした。よほどスイと顔を合わせたくなかったらしい。すっかり嫌われてしまっている。

 スイは最低の気分だった。ここまで邪険にされるとは思わなかった。今すぐこの場から消えてしまいたい。
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