銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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五章 スイ、男娼デビューする

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 スイはガルヴァに見送られてルマ・ティムの扉を押し開けた。扉の向こうは小さな部屋になっていた。壁際にソファが置かれているが誰も座っていない。部屋の奥にはカーテンがひかれ、その前に背の高いテーブルと椅子のセットが置かれていて一人の男が座っていた。

 シャツをだらしなく着崩した男はスイを見ると眉をひそめた。スイはひるむことなく男に歩み寄る。

「いらっしゃい」
「……男娼が欲しいんだけど」
「えっ」
「え?」

 ロニーに聞いた通りに言うと男が目を丸くした。スイは動揺を悟らせまいと必死に無表情を取り繕う。

「……変なこと言った?」
「そりゃー……いや、別に」
「男娼がいるんでしょ? そう聞いて来たんだから、案内してよ」
「誰に聞いたの?」

 返答に困ってスイは目を泳がせた。男は下からのぞきこむようにスイの顔をじろじろと見つめる。まずい、疑われている。

「へ、ヘルラフさんに……」

 とっさにそう言うと、男は不審そうな顔を引っこめた。

「なんだ! それならそうと早く言ってよ。びっくりしたなあ」

 歯を見せてにかりと笑う。

「おかしなお客さんが来たのかと思ったじゃないか。たまに度胸試しみたいな変なのが来るんだよ。ささ、こっちに来て」

 どうやらスイは男娼を買う客には見えないらしい。しかしヘルラフの名前は効果てきめんだった。スイはほっとして奥に歩みを進めた。無事に客として迎え入れられたようだ。

 スイはとある部屋に通された。水道とかまどがある台所のような部屋だ。テーブルの上にはお菓子がたくさん入った鉢が置かれている。食べて待っててと言って男が出て行き、スイは部屋に一人残された。

 しばらく待ったが誰も来ない。スイはお腹が空いていたのでお菓子をほおばってひまをつぶした。もぐもぐしていると、さっきとは別の男がやってきた。

「待たせてすまないね! 今ちょうど忙しい時間でね」

 男はやわらかく笑って遅くなったことを詫びた。灰色の髪に褐色の肌の、感じの良い人だ。さっきの男と違って身なりもきちんとしている。

 彼からふわりと煙草の匂いが漂い、スイはいやな気持ちになった。この煙草の匂いはきらいだ。

「リュミアスです。ここの店長やってます。よろしくね」
「あ……どうも、スイです」
「来てくれてありがとう、スイ」
「い、いえっ」

 店長と言われて身構えたが、優しそうな風貌ですぐに緊張が解けていった。だが、スイはここに来て一つ心配ごとができてしまった。

「あの、リュミアスさん」
「なあに?」
「実はおれ、あんまりお金持ってなくて……どれくらいお金かかるんですか?」

 こんなことになると思っていなかったから、財布の中には夕食代くらいしか入っていない。いざ男娼を呼んでから金を払えないと分かり、怒られて殴られたらいやだ。なので最初に言っておくことにした。

「お金? お金は心配いらないよ」

 しかしリュミアスはいやな顔一つしなかった。スイは安堵の息をつく。

「そうですか、よかったです」
「うんうん、きみはいい子だね。いい子が来てくれて嬉しいよ」
「ん? あ、はい」
「じゃあ早速だけどお部屋に行こうか。こっちだよ」

 ついに男娼の部屋に案内される。スイは意を決して立ち上がり、リュミアスについて行った。階段を上がって二階に来ると、廊下の左右にいくつも扉があるところに来た。扉には番号がふられている。この部屋のどこかにジェレミーがいるのだろうか。スイはどきどきしながら廊下を進んだ。

「ここが空いてるから入って」

 スイは一つの部屋に通された。大きめのベッドとその脇にチェストが置かれた小さな部屋だ。促されるままベッドに腰かけると、リュミアスはにこにこしてスイを見下ろした。

 謎の沈黙が流れる。リュミアスは黙ったまま笑みを崩さない。スイはなんだか不安になってきた。

「あの……?」
「……うん。いいね」
「なにがですか……?」
「大丈夫、心配しないで。最初はちゃんと手取り足取り教えてあげるからね」
「は、はあ……」
「じゃあちょっと準備してくるから待っててね」

 リュミアスは鼻歌でも歌いそうな軽い足取りで部屋を出て行った。



 ガルヴァはなかなか戻って来ないスイにやきもきしていた。スイが店に入ってからもう一時間は経つ。いくらなんでも遅すぎる。

「まさか本当に男娼とよろしくしてるのか……? んなわけないよな……」

 あのあとルマ・ティムには数人の客が入っていった。出てくる客もいた。しかし、一向にスイが出てこない。

 ガルヴァは舌打ちして再度ルマ・ティムの扉を開けた。

「おい!」

 中でひまそうにしていた案内係の男に声をかける。男はガルヴァを見るとゆっくり首をかしげた。

「あれっ、さっき来た人だよね? 今度はなに?」
「少し前に黒髪の細っこいやつが来ただろ? 急用で今すぐ話したい。呼んでくれないか」
「え? ……ああ、あの子か。なに、お兄さんあの子の彼氏?」
「はあ?」

 ガルヴァがけげんそうにすると、男はにやりとほくそ笑んだ。

「悪いけどあの子はもううちで引き取ったから。あきらめてくれる?」
「引き取った……? なんの話だ?」
「え? さっき来た子でしょ? ヘルラフさんの紹介だって言うから、もう店長に引き渡したよ」
「……待て……あいつは客として入ったんだろ? そうだよな?」
「客? ははっ、なに言ってるんだよ。さっき来た新人の男娼のことだろ?」

 ガルヴァはあごが外れそうなほどあんぐり口を開けた。

「あ、あ、あの大馬鹿野郎!!」

 ガルヴァは大声で悪態をつくと、驚く案内係を放ってきびすを返し、店を出て夜の街を全速力で走っていった。



「ごめんごめん、また待たせちゃったね」

 少ししてリュミアスが戻ってきた。男娼を連れているかと思ったが、リュミアス一人きりだ。後ろ手に扉を閉められ、スイはなんだか様子がおかしいことに気がついた。

「さてと。じゃあさっそく始めようか」

 リュミアスが隣に座ってきた。スイは混乱してリュミアスを見る。どうして男娼を呼ばず、店長がずっとそばにいるのだろうか。

「あ、あの……?」
「緊張してる? 大丈夫だよ」

 そのとき、扉が開いて大柄な男がのっそりと入ってきた。リュミアスは笑顔を引っこめて入ってきた男をきつくにらむ。

「なに?」
「え、だって……新人に接客を教えるんじゃないんですかい?」
「この子には俺が教えるからお前はいらない。下がれ」

 男はリュミアスに一喝されて引き下がった。扉が閉じられ、スイはようやくとんでもない誤解が生じていることに気がついた。なぜか知らないが、客ではなく新人の男娼として迎え入れられてしまっている。

「あの、リュミアスさん!」
「ん?」
「すいませんなにか手違いがあったみたいで、おれ新人じゃなくて客なんです!」
「なに言ってるの? そんなわけないでしょ。怖いのは最初だけだから、すぐ慣れるよ。きみならすぐ稼げるようになるからね」

 リュミアスはスイの話を一笑に付した。スイはパニックになった。このままでは男娼にさせられる。ここでリュミアスを殴って逃げるか? でもそんなことをすればすぐに人を呼ばれてしまう。さっきの大男に来られたらおしまいだ。

「さて、じゃあお勉強を始めよっか。俺がお客さんになるから、もてなしてね」

 そうこうするうちにリュミアスの教育が始まってしまった。あたふたするスイは緊張しているだけだと受け止められているようだ。

「最初はおしゃべりから始まるよ。楽しくおしゃべりしてお客さんをリラックスさせてあげてね」
「え、えっと、だから……」
「普段通りでいいんだよ。ほら深呼吸して」
「すう、はあ」

 言われるがままに深呼吸すると少し落ち着いた。こうなったら新人という体で話を進めるしかない。この教育だけ我慢すれば、ここで雇われている男娼の住む場所に連れて行ってもらえるだろう。そこでなら確実にジェレミーと会える。

 そのために、ちょっとのあいだだけ、我慢だ。

「そしたら次は服を脱がして」
「は、はい」
「ゆっくり時間をかけていいよ。じらされたほうが興奮するし」

 スイはベッドに仰向けに横たわったリュミアスにまたがり、彼のシャツのボタンをぷちぷちと外していく。慣れない作業に奮闘していると、リュミアスの手がするりと伸びてスイのシャツの中に侵入してきた。

「あっ」
「気にしちゃだめだよ」
「う……は、はい……」

 腹をなでまわされてくすぐったい。スイがぴくりと体を震わせると、リュミアスの笑みが深まった。

「ふふ、かわいい反応……いいよ、続けて」

 スイはリュミアスのシャツのボタンをすべて外して前を開いた。リュミアスの引き締まった上半身があらわになる。
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