銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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五章 スイ、男娼デビューする

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 スイが元通り服を着ると、エリトはスイをおぶって部屋の窓を開けた。

「え? なに?」
「送ってく」
「えっ!?」

 エリトはひょいと外に出ると窓を閉め、腕の力だけで屋根に跳ね上がった。そのまま屋根伝いに建物から建物へと飛び移っていく。スイは怖すぎてエリトの背中にしがみついた。エリトが跳躍するたびに重くて落下するのではとひやりとしたが、問題なく守手のアパートの屋根に到着した。道を無視して来たので驚くほど早く着いた。

 エリトはスイの部屋のベランダに降り立ち、魔法で窓の鍵を開けて背中からスイをおろした。

「……こうやっていつも来てるわけね……」

 エリトが毎回窓から来る謎がようやく解明した。

「じゃあな。もう今日みたいなことはするなよ」
「はい……」

 エリトはそう言うと屋根に上がって消えていった。最初は怒っていたようだが、セックスするうちにすっかり機嫌が直ったようだった。

 スイは燭台の明かりをつけ、冷蔵庫から水を取り出して飲んだ。喉がかわいていたのでただの水がとてもおいしく感じる。

「ふう……」

 やっとすべて片付いて一息つけた。しかし、落ち着いてくるとだんだんジェレミーのことが気になってきた。ガルヴァと夕食を食べに行くと言っていたが、もう帰ってきただろうか。ヘルラフの裏切りを知って身も世もなく泣いていたが、泣き止んだのだろうか。それともまだ泣いているだろうか。

 どうしても気になり、スイは部屋を出て三階のジェレミーの部屋に向かった。

「ジェレミー、起きてる?」

 控えめにノックすると、少しして静かに扉が開き、ジェレミーがそっと顔をのぞかせた。病人のように白い顔で、目の周りが赤く腫れている。まだ泣いていたらしい。

「……入って」

 ジェレミーの部屋にはテーブルセットがなく、文机と丸い布張りの椅子と一人がけのソファが置かれていた。すみには大きな茶色い羽が一枚落ちている。

 ジェレミーはソファに座って小さな毛布にくるまった。ずっとそうして泣いていたのだろう。スイはジェレミーのそばに椅子を持ってきて座った。

「……まだ泣いてたのか」

 スイがジェレミーの肩に手を置くと、ジェレミーはくしゃっと顔をゆがめて大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた。

「まだ、信じられない……ヘルラフが、僕のことだましてたなんて……。全部、嘘だったのかな……。僕のこと好きって言ってくれて、いつも僕の話を楽しそうに聞いてくれてたのに……。その花瓶もヘルラフがくれたんだ」

 文机には青い陶器の花瓶が置かれ、しおれた花が生けられている。

「もう少ししたら、一緒に実家に行こうって、言ってたのに……」

 ジェレミーはまたぼろぼろと泣き出してしまった。

「なんで……ひっく、そんな嘘がつけるんだろう……。僕は、ヘルラフと一緒に行くんだって思ってたのに……。だから、あそこで働くのも耐えられるって、思ったのに……」

 ジェレミーは肩に置かれたスイの手をぎゅっとにぎりしめた。

「ねえスイ、なんでヘルラフを捕まえちゃったの……? 僕のことなんか放っておいてくれればよかったのに……。こんな思いをするくらいなら、本当のことなんか知りたくなかった……」
「ジェレミー……あそこにきみを置いておくことなんかできるわけないだろ? 身を削って働きながら迎えに来ないヘルラフを延々と待ち続けるなんて……」
「でも、ヘルラフは僕のすべてだったんだ……! ヘルラフのためだと思えばなんだってできた! なのに、もう今はなにをどうすればいいのかわからない……。どうやって生きていけばいいのかわかんないよお……!」

 ジェレミーは鼻をずびずび言わせながらわめいた。スイはむっとしてジェレミーの肩に置いた手に力をこめる。

「馬鹿なことを……」
「そうだよ、僕は馬鹿だよ。だから、誰かにすがっていたかったんだ!」
「……きみは、閉じこめられて意にそぐわない行為をさせられ続けることが、どういうことなのかわかってない! それがどれほどの苦しみかわかってないからそんなことが言えるんだ!」

 急に声を荒げたスイに、ジェレミーは驚いて泣き止んだ。

「閉じこめられて、そいつの気分次第で好き勝手に扱われて、それでもじっと堪え忍ばないといけないんだぞ! 毎日がどんなに苦痛でも、死ぬ勇気もなくて、ずっと、苦しいままでっ……」

 ファリンガー家の屋敷は豪華な牢獄だった。スイはただディリオムに抱かれるだけの抱き人形だった。ディリオムの機嫌を損ねれば体中あざだらけになるほど殴られたし、縛られて苦しいセックスを強要された。

「スイ……?」

 スイの目から一筋の涙が流れ、ジェレミーは目を丸くした。

「なんで、そんなことがわかるの……? きみ、なにを見たの?」
「……おれは昔、そうやって暮らしてたんだ。部屋に閉じこめられて、ある男の玩具にされてきた。ベッドにつながれて、何年も」

 ジェレミーは言葉を失った。

「好きなだけ殴られたし、犯された。人間に対する扱いじゃなかったよ。おれにできることは、あいつの怒りを買わないようにじっと黙って耐えることだけだった。毎日毎日、それの繰り返しだ。一歩も外には出してもらえなかった。エリトが助けてくれなかったら……とっくに死んでただろうな」
「そ……そんな……きみ、そんなところで暮らしてたの?」
「そうだよ。おれを教会から引き取ったやつは狂った犯罪者だったんだ。まあ、五年前にエリトに捕まって監獄に入れられたけど」
「……それでエリト様と知り合ったんだ……」
「ああ。エリトはおれを助けてくれて、人間らしい生活の仕方を教えてくれたんだ」

 オビングでの楽しい暮らしを思い出し、スイは少し表情を緩めた。ジェレミーは立ち上がってスイの頭をふわりと抱きしめた。

「……ごめん。僕、なにも知らなくて。きみにひどいことを言った」
「そんなことないよ。でも、なにも知らずにあそこにいたほうがましだったなんてもう言うなよ」
「言わない。もう言わない」
「よかった。今日はもう寝ろよ。ゆっくり眠れば気分もよくなるから」
「うん、そうする」

 きっとジェレミーはヘルラフへの気持ちにけりをつけて前を向いてくれるだろう。スイはそう思った。


 ◆


 翌日、スイとガルヴァはジェレミーを連れて守手本部のニーバリの執務室へ向かった。ジェレミーを守手として復帰させるためだ。

 ニーバリの執務室には一人の憲兵がいた。ニーバリはジェレミーを見るとすぐに立ち上がって近づいてきた。

「ジェレミー、大丈夫か? 話は聞いたぞ。お前、詐欺師に売られたんだって?」
「あ、その……はい……」
「うちの守手が通報して助け出したって聞いたけど。やっぱりお前らのことだったのか」

 スイとガルヴァがうなずく。

「そうか……」
「ニーバリさん、また僕を守手として雇ってくれますか?」
「ああ、戻ってきてくれると嬉しいよ」
「……ありがとうございます!」

 ジェレミーはニーバリに頭を下げると、振り向いて感極まったようにスイとガルヴァに抱きついた。スイとガルヴァは笑ってジェレミーを受け止めた。
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