銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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六章 嗤う人妖族

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 スイはゾールの拘束から逃れようともがいたがうまくいかなかった。うまく息ができず苦しくなってきて、ゾールの足を蹴るとようやく唇が離れていった。

「いてえな……エリトじゃないといやかよ」
「そういう、問題じゃ、ないだろ……」

 スイは涙目になりながらこわごわゾールを見た。ゾールは口を曲げてむすっとしている。

「急になんなんだよ……」
「オレの言葉が聞こえなかったのか? 黙っててほしいなら言うことを聞け」
「それですることがこれ……?」

 意味がわからない。わざわざスイに手を出さなくても、ゾールにはたくさんの彼女がいるのに。精霊祭のときに会ったマルセラやバレンディアのほうがスイよりよっぽど美人だ。それにスイには彼女たちのような豊満な胸もお尻もない。

 ゾールの凍てつくような視線にさらされてスイは動けなくなった。ゾールはいつも明るくて笑顔を絶やさないが、いったん怒り出すと人が変わったように粗暴になる。それはかつてゾールがごろつきたちを従えてデアマルクトのスラム街を荒らし回っていたころの姿だ。

「ゾール……」

 考え直せと言おうとしたが、ふと不思議な香りが鼻をかすめて口をつぐんだ。急に濃厚なにおいが周囲を漂い始める。

「な、に……?」

 ゾールの香水だろうか。いい香りだが、なんだか頭の中をかき回されるような不安な気持ちになる。

 いやな予感がして、スイはその場を離れようとした。しかし、ゾールに両肩をつかまれて壁に強く押しつけられた。

「いたっ」
「オレを見ろ」

 スイはゾールを見上げる。すると、その端正な顔から目が離せなくなった。さらににおいが強くなる。

「今からお前はオレのものな」

 ゾールが言う。その言葉はスイの頭の中に毒のように染みこんだ。スイはゆっくりとうなずいた。

「……うん……」

 ゾールはにこりとほほ笑む。

「お前はずっとオレのことが好きだったよな?」

 スイは再びうなずく。確かに以前からずっとゾールのことが好きだった。

「オレと一緒に暮らしたかったよな?」
「うん」

 確かにゾールと一緒に暮らしたかった。どうして今まで忘れていたんだろう?

「いい子」

 ゾールはスイの頭をなでた。スイはゾールに触れられて頬を紅潮させる。

「お前の恋人はエリトじゃない。あいつのことは忘れろ」

 その瞬間、スイの頭の中からエリトとの思い出が消えていった。

「キスして」

 スイは少し背伸びをしてゾールに口づけた。ゾールはキスを受け止めてスイの腰に両腕をまわした。とても甘いキスで、スイは夢心地だった。ずっと・・・好き・・だった・・・ゾールにキスしてもらえて嬉しくてたまらない。スイの足元にいくつも花が咲いていく。

「さ、帰ろうか」

 ゾールがスイの手を引く。スイはゾールの手を握り、一緒に歩いていった。スイが咲かせた花は、すぐにしおれて花びらが落ちていった。



 スイはゾールと一緒ににぎやかな大通りを歩いた。

「こっちだよ」

 ゾールは一軒の瀟洒な建物の脇の扉をくぐった。一階部分が宝石店で、二階より上が住居となっている五階建ての建物だ。石畳の前庭を通り抜け、アーチ型の入り口から中に入って階段をあがる。三階に着くと、ゾールは二つ並ぶ扉のうち奥の扉の鍵を開けた。

「ついたよ」
「わっ!」

 スイはゾールの住居を見て歓声を上げた。天井が高く、とても豪華な部屋だ。大きなリビングには絨毯が敷かれ、ソファがひとそろいとぴかぴかの楕円の白いテーブル、銀の燭台に壁には絵画。スイはこんなに豪奢な部屋を見るのは初めてだった。

「すごい、お城みたいだ!」
「あはは」
「こっちの部屋はなに?」
「寝室だよ」

 ゾールは奥の扉を開けて寝室も見せてくれた。これまた豪華な寝室で、巨大なベッドが中央に置かれている。オットマンつきだ。それになんだかいい香りがする。

「すごい!」

 さらに浴室と大きなクローゼットのような倉庫部屋まであった。スイは興奮してゾールの部屋をあちこち見て回った。ゾールははしゃぎ回るスイをくすくす笑って見つめている。

「気に入った?」
「うん、とってもいい部屋だね!」
「スイならいつでも来ていいよ。というか、ここに住んでよ」
「えっ……おれも一緒に住んでいいのか?」
「そのつもりで招いたんだけど。オレと一緒に住みたくない?」

 ゾールはスイの腰をぎゅっと抱きしめた。スイはゾールのきれいな顔を見上げ、嬉しくて真っ赤になった。頭にぽんぽんと花が咲いて花冠のようになっていく。

「す、住みたい!」
「よかった。きみがここにいてくれるなんて嬉しいよ」

 ゾールはスイに口づけた。舌を突っこみ、スイの舌を引き出して甘噛みする。

「んっ」

 スイは甘いしびれを感じた。ゾールに触れられているところすべてが気持ちいい。ずっとこのままでいたい。

 たっぷり時間をかけてキスをしたあと、ゾールはスイのつむじにちゅっと音を立てて唇を落とした。

「さて、おなかすいたね。ご飯食べにいこっか」
「そうしよう!」

 二人は連れだって外に出た。ゾールはスイの知らないおしゃれなレストランに連れて行ってくれた。目立たないところにある店だが、たくさんの客でほぼ満席だった。照明は各テーブルの燭台と通路のあちこちに置かれたランプだけで、店内は薄暗い。スイはどきどきしながら席についた。明かりが少ないせいでほかの客の目が気になることもない。

 給仕が来ると、ゾールはメニューを見ながら手際よく注文した。

「これとこれグラスで。あとピクルスとこのキッシュ。スイ、お肉とお魚どっちがいい?」
「え……と、お肉かな」
「わかった。じゃ、メインは肉料理で頼むよ」
「かしこまりました」

 すぐにワインとピクルスが運ばれてきて、二人は乾杯してワインを飲んだ。スイはこんな高そうな店に来るのは初めてで、背筋がかちこちになってしまいワインの味などわからなかった。ゾールはちびちびとワインを飲むスイを見て笑った。

「あは、そんなに緊張する必要ないよ。気にしないで好きに食べていいからね」
「う、うん……。ゾールはよくここに来るのか?」
「ときどきね。静かでいい店だろ? ここのピクルスが好きでよく頼むんだ。ほら、スイもどうぞ」

 ゾールはパプリカのピクルスを一つフォークで刺してスイの口元に持っていった。スイはおずおずとピクルスを口に入れる。

「本当だ、おいしい!」
「だろ? オレにもちょうだい」

 スイは照れながらフォークにピクルスを刺してゾールに食べさせた。ゾールはピクルスを食べながら何度もうなずく。

「最高」
「あはは」

 いつのまにか緊張は解けていた。二人はおしゃべりしながら夕食を楽しんだ。



 デザートワインまでたいらげたスイは、幸せな気分でゾールの家に帰った。ゾールはほろ酔いのスイの肩を抱いて浴室に連れて行った。

「さ、お風呂に入ろっか」
「えっ、一緒に?」
「そりゃあね。一緒に住んでるんだからお風呂も一緒に入ろうよ。洗ってあげるし」

 ゾールは丁寧にスイの服を脱がし、ひざまずいて靴下まで脱がせてくれた。スイは恥ずかしかったが止めることはできなかった。

 裸になったスイは大きなバスタブの中に座らされた。ゾールもさっと服を脱ぎ、スイの後ろに座ってスイの髪を洗った。いい香りのする洗髪料で優しく洗われ、スイは心地よさに目を閉じた。

「流すよ」
「ん」

 ゾールはお湯でスイの髪を流した。そのあと顔を洗い、石けんでたっぷりと泡立てたタオルで体をごしごしと洗った。甘い花のような石けんの香りが浴室にふわりと充満する。

「ふう……」
「気持ちいい?」
「うん」

 スイはリラックスしてゾールに背中を預けた。ゾールはふっと笑うと泡だらけの手でスイの胸の飾りをきゅっとつまんだ。

「あっ」

 急な刺激にスイはぴくりと体を震わせる。

「ん、あ」

 ゾールは両手で左右の突起をくにくにともてあそび、半分まどろんでいたスイは驚いてゾールの腕をつかんだ。

「あ、ちょ、ゾールっ……」

 しかしゾールはなにも言わずに小さな胸の突起を指でころころと転がした。振り向こうとしたが、左耳を後ろからそっと食まれて身動きがとれなくなってしまった。耳をなめられながら巧みに胸をいじられ、スイはたちまち体の芯が熱くなってくるのを感じた。

「あっ、あ、う」
「好きだよ」

 ゾールの甘い声が吹きこまれる。思わず振り向くと、ゾールは熱っぽい目でスイを見下ろしていた。濡れた髪のゾールはおそろしいほどの色気を放っている。

「やっとお前を抱けるな……」

 スイは目を見開いた。一瞬、どうして自分がここにいるのかわからなくなった。ここにいてはいけない気がする。目の前にいるのは――ではない。
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