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第二章 ウィルとアルと山頂に棲む竜
キカイ遺跡
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――ああ、ウィルは、今日も一段と可愛い。
目を細めていとしい恋人を見つめ続ける昼下がり。
周辺に色とりどりの花を飛ばして、ウィルは今日もご機嫌な様子で屋敷中を忙しなく動き回ってる。
昨夜の情事など微塵も感じさせないその様子に、少し寂しくはなったけど、うん。
俺と目が合うと、頬や目尻を紅潮させて嬉しそうに微笑んで、花をよりいっそう飛ばすから、まあ、良しとしよう。
昨夜の約束どおり、ロミロアを連れてツリーハウスの大樹の側に施した転移魔法で、俺たちは遺跡へとショートカットを決めて、最深部にたどり着いた。
心配になり、様子を窺おうと傍らにいるウィルへと視線を向けた。
危惧していた体調不良は今のところは問題なさそうだ。
ただ不安な表情をしているから、手を繋ぎ少しでも安心させてやりたくて、微笑した。
肩に力が入っていたのか、それがフッと消え去って、ウィルは柔らかな笑みを浮かべる。
「――これはっ、なのよぉ~!」
遺跡に着くなり、興奮の色を隠さずに、大きなガーネットののような赤い瞳を見開き、キラキラと輝かせた。
その姿はアルの未知の魔法を知ったときのそれと同じで、謎の機械遺跡に飛びつくように駆け出して行った。
二人は旧友であり、種族は違うが、似たもの同士で気が合うのだろう。
いつの間にかアルもロミロアの隣に立っていて、興奮気味でなにやら専門的な言葉を交わしながら会話をしている。
聞いているこっちは意味不明だが。
「アル、ロミロアさん! 俺らにもわかるように説明してくれよ。この機械遺跡は一体なんなんだ?」
「ああ、すまない、つい興奮してしまってね」
「ごめんなのよ。どうにもこういったものに弱くて」
俺たちが小さく嘆息すると、ロミロアはワザとらしく、コホン、と咳払いをして、キラキラと緩んだ瞳を真剣な眼差しへと変えた。
「掻い摘んで言ってしまえば、この素晴らしくエレガントな遺跡、アナタたちが【キカイ遺跡】と呼んでいるみたいだから、そう呼ぶわね。は、ウィル、アナタの中に封印されている禁術書を読むための装置、ということなのよ」
「え? それってつまり、禁断書は……」
「ロガ、アナタの察しの通り、ウィルにはかわいそうだけど、禁断書をアナタの中から取り出すことは不可能なのよ」
「そんな……」
――ただ、と言葉を溜めるように一度切って、ロミロアはウィルのアメジストの瞳を見つめて口を開いた。
「賢者アクネリウス本人になら、取り出せるのよ」
「でも、アクネリウスは……」
「千年以上も昔のエルフ族。魔族の子孫といえども、エルフでも五千年経って今も生きてる可能性は低い。でも、ヴィルゴ様、アナタは賢者アクネリウスは生きている可能があるとおっしゃった」
「……そうだ。万物の女神・マナを利用すればな」
「マナ様が行方不明になった時期と重なる。その可能性は大いにある」
「でもだとしたら、腑に落ちない。なんで、わざわざ遠まわしな奪い方をするんだ?」
「それはおそらく、この禁断書に込められた感情のせいだと、思うのよ」
「感情?」
「触れたいけど、触れられない。強すぎる感情がアクネリウスにとって辛いということなのよ」
「僕にはわかるよ。この禁断書に込められている切ない想いは底知れない」
――深すぎる、【愛】の感情に満ちている。
「だから、僕は、あんな……」
ウィルの言いたいことはわかる。
だから昨夜のウィルのあの行動。色情的な行動に出たってことか?
それじゃあまるで、惚れ薬に近い、媚薬みてぇじゃん。
散々泣かせた俺が言うのもあれだけど、そこにウィルの感情は存在していたんだろうか?
細い身体をくねらせ、乱れた表情で、甘い声音で、俺に愛を囁いてくれた。
あれはすべて、賢者アクネリウスの感情だったってのか?
そりゃ、ねぇだろ?
――ウィルは本当に、俺のこと、好きなのか?
「……たしかに、この禁断書の元の持ち主は余程の感情の起伏が激しい人物だったのかもなのよ」
「わかるんですか、ロミロア先生」
ロミロアは、「ええ、なのよ」と肯定した。
「とても強い念、というのよ? この禁術書にはそんな強い気持ちが込められているのよ」
皆、一様に真剣な眼差しで話す傍ら、俺はウィルの本当の気持ちが気になって、会話は耳に入ってこなかった。
再び機械遺跡を起動させ、ウィルの中に封じられた本の内容を一つずつ確認していく。
そこにはアクネリウスの半生とこれまでに培ってきた魔術研究の詳細が映像として保存されており、改めてアクネリウスが賢者と呼ばれるようになった理由を再確認した。
そして、本の最後は決まってあのシーン。
大切な人を目の前で失い、彼を救えなかった自分に絶望し、世界に失望した。
ただ、この映像だけでは、アクネリウスが何をしたいのかまではわからなかった。
それはいづれ訪れる、対峙の時に直接本人に問いただす方法しかなかった。
アクネリウスは万物の女神であるマナを攫い、自ら封印した禁断書を狙っている。
それらを手にして彼は何をするつもりなのか。
今はまだ、わからない。
目を細めていとしい恋人を見つめ続ける昼下がり。
周辺に色とりどりの花を飛ばして、ウィルは今日もご機嫌な様子で屋敷中を忙しなく動き回ってる。
昨夜の情事など微塵も感じさせないその様子に、少し寂しくはなったけど、うん。
俺と目が合うと、頬や目尻を紅潮させて嬉しそうに微笑んで、花をよりいっそう飛ばすから、まあ、良しとしよう。
昨夜の約束どおり、ロミロアを連れてツリーハウスの大樹の側に施した転移魔法で、俺たちは遺跡へとショートカットを決めて、最深部にたどり着いた。
心配になり、様子を窺おうと傍らにいるウィルへと視線を向けた。
危惧していた体調不良は今のところは問題なさそうだ。
ただ不安な表情をしているから、手を繋ぎ少しでも安心させてやりたくて、微笑した。
肩に力が入っていたのか、それがフッと消え去って、ウィルは柔らかな笑みを浮かべる。
「――これはっ、なのよぉ~!」
遺跡に着くなり、興奮の色を隠さずに、大きなガーネットののような赤い瞳を見開き、キラキラと輝かせた。
その姿はアルの未知の魔法を知ったときのそれと同じで、謎の機械遺跡に飛びつくように駆け出して行った。
二人は旧友であり、種族は違うが、似たもの同士で気が合うのだろう。
いつの間にかアルもロミロアの隣に立っていて、興奮気味でなにやら専門的な言葉を交わしながら会話をしている。
聞いているこっちは意味不明だが。
「アル、ロミロアさん! 俺らにもわかるように説明してくれよ。この機械遺跡は一体なんなんだ?」
「ああ、すまない、つい興奮してしまってね」
「ごめんなのよ。どうにもこういったものに弱くて」
俺たちが小さく嘆息すると、ロミロアはワザとらしく、コホン、と咳払いをして、キラキラと緩んだ瞳を真剣な眼差しへと変えた。
「掻い摘んで言ってしまえば、この素晴らしくエレガントな遺跡、アナタたちが【キカイ遺跡】と呼んでいるみたいだから、そう呼ぶわね。は、ウィル、アナタの中に封印されている禁術書を読むための装置、ということなのよ」
「え? それってつまり、禁断書は……」
「ロガ、アナタの察しの通り、ウィルにはかわいそうだけど、禁断書をアナタの中から取り出すことは不可能なのよ」
「そんな……」
――ただ、と言葉を溜めるように一度切って、ロミロアはウィルのアメジストの瞳を見つめて口を開いた。
「賢者アクネリウス本人になら、取り出せるのよ」
「でも、アクネリウスは……」
「千年以上も昔のエルフ族。魔族の子孫といえども、エルフでも五千年経って今も生きてる可能性は低い。でも、ヴィルゴ様、アナタは賢者アクネリウスは生きている可能があるとおっしゃった」
「……そうだ。万物の女神・マナを利用すればな」
「マナ様が行方不明になった時期と重なる。その可能性は大いにある」
「でもだとしたら、腑に落ちない。なんで、わざわざ遠まわしな奪い方をするんだ?」
「それはおそらく、この禁断書に込められた感情のせいだと、思うのよ」
「感情?」
「触れたいけど、触れられない。強すぎる感情がアクネリウスにとって辛いということなのよ」
「僕にはわかるよ。この禁断書に込められている切ない想いは底知れない」
――深すぎる、【愛】の感情に満ちている。
「だから、僕は、あんな……」
ウィルの言いたいことはわかる。
だから昨夜のウィルのあの行動。色情的な行動に出たってことか?
それじゃあまるで、惚れ薬に近い、媚薬みてぇじゃん。
散々泣かせた俺が言うのもあれだけど、そこにウィルの感情は存在していたんだろうか?
細い身体をくねらせ、乱れた表情で、甘い声音で、俺に愛を囁いてくれた。
あれはすべて、賢者アクネリウスの感情だったってのか?
そりゃ、ねぇだろ?
――ウィルは本当に、俺のこと、好きなのか?
「……たしかに、この禁断書の元の持ち主は余程の感情の起伏が激しい人物だったのかもなのよ」
「わかるんですか、ロミロア先生」
ロミロアは、「ええ、なのよ」と肯定した。
「とても強い念、というのよ? この禁術書にはそんな強い気持ちが込められているのよ」
皆、一様に真剣な眼差しで話す傍ら、俺はウィルの本当の気持ちが気になって、会話は耳に入ってこなかった。
再び機械遺跡を起動させ、ウィルの中に封じられた本の内容を一つずつ確認していく。
そこにはアクネリウスの半生とこれまでに培ってきた魔術研究の詳細が映像として保存されており、改めてアクネリウスが賢者と呼ばれるようになった理由を再確認した。
そして、本の最後は決まってあのシーン。
大切な人を目の前で失い、彼を救えなかった自分に絶望し、世界に失望した。
ただ、この映像だけでは、アクネリウスが何をしたいのかまではわからなかった。
それはいづれ訪れる、対峙の時に直接本人に問いただす方法しかなかった。
アクネリウスは万物の女神であるマナを攫い、自ら封印した禁断書を狙っている。
それらを手にして彼は何をするつもりなのか。
今はまだ、わからない。
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