75 / 77
第二章 ウィルとアルと山頂に棲む竜
邂逅
しおりを挟む
禁断書の中身をある程度確認した俺たちは、帰路につこうとした。
その時だった。
地面の底から震え上がる地響きが、足元からビリビリと伝わってきた。
はじめは地震かと、俺は咄嗟にウィルの頭を攫い、身体に覆うように庇い、膝をつけて揺れが治まるのを辛抱強く待った。
次第に揺れは小刻みに変わり、ゆっくりと振動が治まっていく。
「治まったか?」
うん、と胸の中に匿ったウィルが少しぐぐもった声で返事が返ってきた。
無理な体勢を強制したから、背中と腰を擦りながら元の体制に戻す。
安堵の息がどちらからともなく零れた。
周辺の様子を窺うと、ロガは相変わらずその腕にアルを抱っこして、庇うように抱き締めていた。
一人と一匹の表情が緩み、こちらに笑みを浮かべた。
ロガとアルは無事のようだ。
ヴィルゴとロミロアは?
「――全員無事か?!」
行き渡る、いい声でヴィルゴが全員に安否確認を行う。
ヴィルゴは地面で縮こまるロミロアを庇うように膝を着いていた。
どうやらこちらも無事のようだ。
ウィルが、はい、とヴィルゴの言葉に応えた。
全員で安堵の息をつくのも、つかの間。
さっきの揺れのせいで遺跡が天井や壁が崩れ始めた。
もともと古い建造物の遺跡だから、仕方ないとはいえ、このままここに居ては危険のような気がする。
それは俺だけでなく、アルやヴィルゴも同じだったようで、俺たちは急いで遺跡を出ることにした。
幸いなことに、出入り口は塞がっておらず、遠めに見える外の光が目に眩しい。
眩しい光の中へと飛び出す。
遺跡の内部は時間の感覚がなく、まだ数時間の出来事のように思っていた俺は、外がすっかり夜の帳が落ちてることにその時気付いた。
遺跡に入ってから数十時間が経過していたらしい。
道理で腹が空くわけだ、と隣のウィルに声を掛けると同時に腹の虫がなり、ドッと笑いが沸き起こった。
こればかりはどんなに鍛えたところでどうしようもない。
俺は誤魔化すように自分の頭部の髪をくしゃりと撫でて、照れ笑いを浮かべた。
――ああ、良かった。俺はまだ笑えているな。
隣で楽しそうに笑うウィルを見つめながら、そんなことを思った。
「……ようやく、お出ましか。暢気な連中だな」
笑いの渦が瞬時に止み、声の主を探しながら意識を四方に向けて警戒する。
声はどこから。
すると、上のほうから一欠けらの小石がカツン、カツンと小気味良い音を鳴らしながら落ちてきた。
視線を上に向けると、そこには初めて見る人物が二人、いや、三人、夜空に浮かぶ月と星をバックに佇んでいた。
三人のうち一人はフードを被っており、その顔は窺えなかった。
俺はさらに警戒を強め、傍らのウィルの肩を抱き寄せた。
ウィルもそれを察して、さして抵抗するすることなく、俺の胸にすっぽりと収まり、胸元の衣服をギュッと掴んで握りしめた。
「夜の者か……!」
緊張が混じった声音で、アルが叫ぶように声を出した。
血の様な赤い髪の男が風を靡かせ、動いた。
「我が名は、憤怒司るガーランド。そっちの寡黙な男は悲哀司るヨシュアだ」
「……」
深海を思わせるような深い青、ネイビーの髪の男は冷たい視線を寄越すだけで、何も応えなかった。
その氷のように冷たい表情からは何を考えているのかわからない。
「夜の者が一気に二匹、いや、三匹もお出ましとはな。ついに総攻撃を仕掛けてきたってか? そちらの後ろのローブの片は紹介されていないが」
「少々状況が変わってな。まずは我が主にお目通り願いたい」
我が主って、まさか……おいおい、マジかよ。わざわざ向こうからお出ましとは。
フードを被っていた、おそらく男だろう、そいつがフードをはらい、その顔を俺たちに曝け出した。
整った薄い唇が笑みを浮かべて、息を吐くように口を開いた。
「やあ、はじめまして。君がウィリアム、だったね。とても可愛らしい人だ」
「あなたが夜の者を総統する者?」
「うん、そうだよ、ウィル。あ、ごめんね、はじめてなのにいきなり愛称は失礼だったね。改めて、ウィリアム、君の事はウィルと呼んでもいいかな?」
「か、構いませんけど……」
「本当? 良かった。よろしくね、ウィル。後ろの方々はウィルのお友達かな? ふふ、物凄く睨まれてるけど」
優しい笑みを浮かべて、男はクスクスと笑った。
なんだ? 綺麗な男なのに、この違和感は。
――俺は、この男とどこかで会ったことがある気がする。
その不可思議な疑問の答えは意外にもすぐに答えが出た。
『……アクネリウス。やはり、生きていたのだな』
「――え?」
「やあ、ヴィルゴ。久しぶりだね。君は相変わらず、荘厳な姿が健在で何よりだよ」
ヴィルゴの言葉に俺たちは驚愕した。緊張がさらに色濃くなっていく。
夜の者を総統する者・アクネリウスはクスッと口角を持ち上げた。
そして俺はその時気付いた。
アクネリウスは口元は弧を描き、微笑んでいるが、その蒼い瞳は微塵も笑っていないということに。
とても美しい男だった。男の俺から見てもそれはよくわかる。
身体のほとんどは黒いローブで覆われて見えないが、ふとした瞬間に覗ける白い肌が病的なほど透けていて、黒いローブと相反するかのように、白い肌が際立って発光してるかのように淡く輝いて見えた。
だが、その瞳は氷のように冷たく、鋭い威圧を放っている。
一瞬でも気を緩めば、殺(や)られる。
そんな気配さえ滲ませて、身体が緊張で冷えて、手足の感覚がなくなっていく。
今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
そう思えるほど、目の前の男は妖しい且つ、異様な雰囲気を纏って周辺に影響を及ぼしている。
心臓が煩いほど鼓動を刻み、呼吸も荒くなる。
「あなたが、賢者アクネリウス……」
俺の隣にいたウィルの囁くような声は、虚空を漂い、アクネリウスの口角をゆっくりと持ち上げた。
第二章 ウィルとアルと山頂に棲む竜 了
その時だった。
地面の底から震え上がる地響きが、足元からビリビリと伝わってきた。
はじめは地震かと、俺は咄嗟にウィルの頭を攫い、身体に覆うように庇い、膝をつけて揺れが治まるのを辛抱強く待った。
次第に揺れは小刻みに変わり、ゆっくりと振動が治まっていく。
「治まったか?」
うん、と胸の中に匿ったウィルが少しぐぐもった声で返事が返ってきた。
無理な体勢を強制したから、背中と腰を擦りながら元の体制に戻す。
安堵の息がどちらからともなく零れた。
周辺の様子を窺うと、ロガは相変わらずその腕にアルを抱っこして、庇うように抱き締めていた。
一人と一匹の表情が緩み、こちらに笑みを浮かべた。
ロガとアルは無事のようだ。
ヴィルゴとロミロアは?
「――全員無事か?!」
行き渡る、いい声でヴィルゴが全員に安否確認を行う。
ヴィルゴは地面で縮こまるロミロアを庇うように膝を着いていた。
どうやらこちらも無事のようだ。
ウィルが、はい、とヴィルゴの言葉に応えた。
全員で安堵の息をつくのも、つかの間。
さっきの揺れのせいで遺跡が天井や壁が崩れ始めた。
もともと古い建造物の遺跡だから、仕方ないとはいえ、このままここに居ては危険のような気がする。
それは俺だけでなく、アルやヴィルゴも同じだったようで、俺たちは急いで遺跡を出ることにした。
幸いなことに、出入り口は塞がっておらず、遠めに見える外の光が目に眩しい。
眩しい光の中へと飛び出す。
遺跡の内部は時間の感覚がなく、まだ数時間の出来事のように思っていた俺は、外がすっかり夜の帳が落ちてることにその時気付いた。
遺跡に入ってから数十時間が経過していたらしい。
道理で腹が空くわけだ、と隣のウィルに声を掛けると同時に腹の虫がなり、ドッと笑いが沸き起こった。
こればかりはどんなに鍛えたところでどうしようもない。
俺は誤魔化すように自分の頭部の髪をくしゃりと撫でて、照れ笑いを浮かべた。
――ああ、良かった。俺はまだ笑えているな。
隣で楽しそうに笑うウィルを見つめながら、そんなことを思った。
「……ようやく、お出ましか。暢気な連中だな」
笑いの渦が瞬時に止み、声の主を探しながら意識を四方に向けて警戒する。
声はどこから。
すると、上のほうから一欠けらの小石がカツン、カツンと小気味良い音を鳴らしながら落ちてきた。
視線を上に向けると、そこには初めて見る人物が二人、いや、三人、夜空に浮かぶ月と星をバックに佇んでいた。
三人のうち一人はフードを被っており、その顔は窺えなかった。
俺はさらに警戒を強め、傍らのウィルの肩を抱き寄せた。
ウィルもそれを察して、さして抵抗するすることなく、俺の胸にすっぽりと収まり、胸元の衣服をギュッと掴んで握りしめた。
「夜の者か……!」
緊張が混じった声音で、アルが叫ぶように声を出した。
血の様な赤い髪の男が風を靡かせ、動いた。
「我が名は、憤怒司るガーランド。そっちの寡黙な男は悲哀司るヨシュアだ」
「……」
深海を思わせるような深い青、ネイビーの髪の男は冷たい視線を寄越すだけで、何も応えなかった。
その氷のように冷たい表情からは何を考えているのかわからない。
「夜の者が一気に二匹、いや、三匹もお出ましとはな。ついに総攻撃を仕掛けてきたってか? そちらの後ろのローブの片は紹介されていないが」
「少々状況が変わってな。まずは我が主にお目通り願いたい」
我が主って、まさか……おいおい、マジかよ。わざわざ向こうからお出ましとは。
フードを被っていた、おそらく男だろう、そいつがフードをはらい、その顔を俺たちに曝け出した。
整った薄い唇が笑みを浮かべて、息を吐くように口を開いた。
「やあ、はじめまして。君がウィリアム、だったね。とても可愛らしい人だ」
「あなたが夜の者を総統する者?」
「うん、そうだよ、ウィル。あ、ごめんね、はじめてなのにいきなり愛称は失礼だったね。改めて、ウィリアム、君の事はウィルと呼んでもいいかな?」
「か、構いませんけど……」
「本当? 良かった。よろしくね、ウィル。後ろの方々はウィルのお友達かな? ふふ、物凄く睨まれてるけど」
優しい笑みを浮かべて、男はクスクスと笑った。
なんだ? 綺麗な男なのに、この違和感は。
――俺は、この男とどこかで会ったことがある気がする。
その不可思議な疑問の答えは意外にもすぐに答えが出た。
『……アクネリウス。やはり、生きていたのだな』
「――え?」
「やあ、ヴィルゴ。久しぶりだね。君は相変わらず、荘厳な姿が健在で何よりだよ」
ヴィルゴの言葉に俺たちは驚愕した。緊張がさらに色濃くなっていく。
夜の者を総統する者・アクネリウスはクスッと口角を持ち上げた。
そして俺はその時気付いた。
アクネリウスは口元は弧を描き、微笑んでいるが、その蒼い瞳は微塵も笑っていないということに。
とても美しい男だった。男の俺から見てもそれはよくわかる。
身体のほとんどは黒いローブで覆われて見えないが、ふとした瞬間に覗ける白い肌が病的なほど透けていて、黒いローブと相反するかのように、白い肌が際立って発光してるかのように淡く輝いて見えた。
だが、その瞳は氷のように冷たく、鋭い威圧を放っている。
一瞬でも気を緩めば、殺(や)られる。
そんな気配さえ滲ませて、身体が緊張で冷えて、手足の感覚がなくなっていく。
今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
そう思えるほど、目の前の男は妖しい且つ、異様な雰囲気を纏って周辺に影響を及ぼしている。
心臓が煩いほど鼓動を刻み、呼吸も荒くなる。
「あなたが、賢者アクネリウス……」
俺の隣にいたウィルの囁くような声は、虚空を漂い、アクネリウスの口角をゆっくりと持ち上げた。
第二章 ウィルとアルと山頂に棲む竜 了
0
あなたにおすすめの小説
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着スパダリ×人外BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる