ウィルとアルと図書館の守人

凪 紅葉

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第二章 ウィルとアルと山頂に棲む竜

邂逅

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 禁断書の中身をある程度確認した俺たちは、帰路につこうとした。
 その時だった。
 地面の底から震え上がる地響きが、足元からビリビリと伝わってきた。
 はじめは地震かと、俺は咄嗟にウィルの頭を攫い、身体に覆うように庇い、膝をつけて揺れが治まるのを辛抱強く待った。
 次第に揺れは小刻みに変わり、ゆっくりと振動が治まっていく。

「治まったか?」

 うん、と胸の中に匿ったウィルが少しぐぐもった声で返事が返ってきた。
 無理な体勢を強制したから、背中と腰を擦りながら元の体制に戻す。
 安堵の息がどちらからともなく零れた。
 周辺の様子を窺うと、ロガは相変わらずその腕にアルを抱っこして、庇うように抱き締めていた。
 一人と一匹の表情が緩み、こちらに笑みを浮かべた。
 ロガとアルは無事のようだ。
 ヴィルゴとロミロアは?

「――全員無事か?!」

 行き渡る、いい声でヴィルゴが全員に安否確認を行う。
 ヴィルゴは地面で縮こまるロミロアを庇うように膝を着いていた。
 どうやらこちらも無事のようだ。
 ウィルが、はい、とヴィルゴの言葉に応えた。
 全員で安堵の息をつくのも、つかの間。
 さっきの揺れのせいで遺跡が天井や壁が崩れ始めた。
 もともと古い建造物の遺跡だから、仕方ないとはいえ、このままここに居ては危険のような気がする。
 それは俺だけでなく、アルやヴィルゴも同じだったようで、俺たちは急いで遺跡を出ることにした。
 幸いなことに、出入り口は塞がっておらず、遠めに見える外の光が目に眩しい。
 眩しい光の中へと飛び出す。
 遺跡の内部は時間の感覚がなく、まだ数時間の出来事のように思っていた俺は、外がすっかり夜の帳が落ちてることにその時気付いた。
 遺跡に入ってから数十時間が経過していたらしい。
 道理で腹が空くわけだ、と隣のウィルに声を掛けると同時に腹の虫がなり、ドッと笑いが沸き起こった。
 こればかりはどんなに鍛えたところでどうしようもない。
 俺は誤魔化すように自分の頭部の髪をくしゃりと撫でて、照れ笑いを浮かべた。

 ――ああ、良かった。俺はまだ笑えているな。

 隣で楽しそうに笑うウィルを見つめながら、そんなことを思った。

「……ようやく、お出ましか。暢気な連中だな」

 笑いの渦が瞬時に止み、声の主を探しながら意識を四方に向けて警戒する。
 声はどこから。
 すると、上のほうから一欠けらの小石がカツン、カツンと小気味良い音を鳴らしながら落ちてきた。
 視線を上に向けると、そこには初めて見る人物が二人、いや、三人、夜空に浮かぶ月と星をバックに佇んでいた。
 三人のうち一人はフードを被っており、その顔は窺えなかった。
 俺はさらに警戒を強め、傍らのウィルの肩を抱き寄せた。
 ウィルもそれを察して、さして抵抗するすることなく、俺の胸にすっぽりと収まり、胸元の衣服をギュッと掴んで握りしめた。

「夜の者か……!」

 緊張が混じった声音で、アルが叫ぶように声を出した。
 血の様な赤い髪の男が風を靡かせ、動いた。

「我が名は、憤怒司るガーランド。そっちの寡黙な男は悲哀司るヨシュアだ」
「……」

 深海を思わせるような深い青、ネイビーの髪の男は冷たい視線を寄越すだけで、何も応えなかった。
 その氷のように冷たい表情からは何を考えているのかわからない。

「夜の者が一気に二匹、いや、三匹もお出ましとはな。ついに総攻撃を仕掛けてきたってか? そちらの後ろのローブの片は紹介されていないが」
「少々状況が変わってな。まずは我が主にお目通り願いたい」
 我が主って、まさか……おいおい、マジかよ。わざわざ向こうからお出ましとは。
 フードを被っていた、おそらく男だろう、そいつがフードをはらい、その顔を俺たちに曝け出した。
 整った薄い唇が笑みを浮かべて、息を吐くように口を開いた。

「やあ、はじめまして。君がウィリアム、だったね。とても可愛らしい人だ」
「あなたが夜の者を総統する者?」
「うん、そうだよ、ウィル。あ、ごめんね、はじめてなのにいきなり愛称は失礼だったね。改めて、ウィリアム、君の事はウィルと呼んでもいいかな?」
「か、構いませんけど……」
「本当? 良かった。よろしくね、ウィル。後ろの方々はウィルのお友達かな? ふふ、物凄く睨まれてるけど」

 優しい笑みを浮かべて、男はクスクスと笑った。
 なんだ? 綺麗な男なのに、この違和感は。

 ――俺は、この男とどこかで会ったことがある気がする。

 その不可思議な疑問の答えは意外にもすぐに答えが出た。

『……アクネリウス。やはり、生きていたのだな』
「――え?」
「やあ、ヴィルゴ。久しぶりだね。君は相変わらず、荘厳な姿が健在で何よりだよ」

 ヴィルゴの言葉に俺たちは驚愕した。緊張がさらに色濃くなっていく。
 夜の者を総統する者・アクネリウスはクスッと口角を持ち上げた。
 そして俺はその時気付いた。
 アクネリウスは口元は弧を描き、微笑んでいるが、その蒼い瞳は微塵も笑っていないということに。
 とても美しい男だった。男の俺から見てもそれはよくわかる。
 身体のほとんどは黒いローブで覆われて見えないが、ふとした瞬間に覗ける白い肌が病的なほど透けていて、黒いローブと相反するかのように、白い肌が際立って発光してるかのように淡く輝いて見えた。
 だが、その瞳は氷のように冷たく、鋭い威圧を放っている。
 一瞬でも気を緩めば、殺(や)られる。
 そんな気配さえ滲ませて、身体が緊張で冷えて、手足の感覚がなくなっていく。
 今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
 そう思えるほど、目の前の男は妖しい且つ、異様な雰囲気を纏って周辺に影響を及ぼしている。
 心臓が煩いほど鼓動を刻み、呼吸も荒くなる。

「あなたが、賢者アクネリウス……」

 俺の隣にいたウィルの囁くような声は、虚空を漂い、アクネリウスの口角をゆっくりと持ち上げた。



 第二章 ウィルとアルと山頂に棲む竜 了
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