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最終章 ウィルとアルと孤高の大賢者
2.願望、共闘、敗北
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ふわり、とウィルの目の前にローブを纏ったアクネリウスが飛来し、着地する。微かに砂塵が舞った。
咄嗟に、レズリーは背中でウィルを守るように前に出た。抜き放った剣の切っ先はいつでも反撃できるように、アクネリウスへと向けられている。
ウィルたちとアクネリウスの距離は約三メートルほどである。
魔法が主要ならば、距離は然程、開いてはいない。
お互いがどう動くのか、瞬きも忘れて見つめ合い、対峙する。
すると突然、アクネリウスが肩を揺らして笑った。
「そんなに警戒しないでおくれ。私はただ、ウィルの持つ禁断書がほしいだけだよ。私の魔力の大半を封印した書物……いや、残留思念、かな」
禁術書――図書館の最奥に精霊ピピンと共に封印されていた、アクネリウスの書記である。
神魔大戦後、マナが自らの生命線である魔力をガイアから切り離した時、アクネリウスは自らの魔力の大半を図書館に封印した。その依代としてピピンを産んだのである。マナがガイアから切断されても尚、魔法が完全に消滅しなかったのは、マナとガイアの繋がりの絆が根強かったからだ。
それほど長い歳月をマナとガイアは繋がっていたのだ。
まるで、へその緒で繋がった、母子のように。
「図書館から持ち出すのは、流石の私にもできなくてね。私自身がそう構築し、建てたものだから。私の魔力と〝あの子〟の魔力は似て非なるもの。異なる魔力が連なり、より強固な魔法障壁を作り上げてしまった。我ながら、かなり焦ったよ。しかも、アレほどの強固な封印術を破壊してしまうのとは……やはり〝あの子〟は、私をも超える魔力を持って産まれてしまったようだ……それゆえ苦労も多かったろう」
アクネリウスの無表情な顔に一瞬だが優しさが浮かんだ。一瞬、ウィルの頭に疑問符が浮かぶが、すぐさまピンときた。
ピピンのことだ。アクネリウスはピピンを作った大賢者で、ピピンが尊敬し、敬う人物であることに間違いない。だが、手違いが起き、図書館の封印を施した張本人ですら侵入ができずにいたのだ。
図書館は悪しき心を持つものを拒む。よって、アクネリウスは自身の分身となる、純粋な感情の一部に命を与えた彼らに禁術書を奪わせようとした。しかしながら、ピピンの力だけでなく、そこにはウィルという存在がいた。阻まれ、挙句に禁術書は今や、ピピンの身体を離れ、宿主をウィルに移した。
当初の計画が崩れたアクネリウスは、焦りからか自ら出向いた、ということだろう。
「……いや、ウィル、君かな? 君は一体、何者なんだい? 実に興味深いよ」
緊張が走る。
アクネリウスは、ウィルが神族と魔族の混血児だとは知らない。だが、それらの力は強大な力であることは、叡智を持つ彼ならば、自ずとわかることだろう。
よって、アクネリウスに、ウィルの正体を知られるのは避けなければならない。
まだ成長途中で、自らの力を制御できないキャパシティの小さなウィルと違い、膨大なキャパシティの器を持つアクネリウスならば、逆にコントロールすることは容易とされ、利用される可能性が高いからである。
「アクネリウス、何故、世界からマナを切り離したんですか? そんなことをすれば、魔力を根源とするこの世界の種族は貴方も含めて滅びんですよ?」
ウィルは静かにアクネリウスに質問した。沈黙の後、アクネリウスは瞼を閉ざし、再び瞼を開ける。
「……世界の創りかえるため――」
「創り、かえる?」
「そうだよ。種族の違いなど関係ない。私は世界を一から創りあげ、はじめから世界をやり直すんだ。争いのない、平和な世界。だが、そのためにはマナの魔力が邪魔なんだ。だから世界――ガイアからマナを切り離した。これでも女神マナも自由の身だ。ねえ、素晴らしいだろう」
「そのために、大勢の、世界の種族を滅ぼすと?」
「……致し方ないよね。世界をリセットするのだから」
ウィルも、レズリーも、こうも早く宿敵と巡り逢えるとは思ってもみなかったことだ。
何の準備もなく宿敵が自ら表舞台に現れたのだ。
一時の余裕すら許されない緊迫した状況。冷たい張り詰めた空気が、あたりを包み込む。
先に動いたのはアクネリウスだった。顔の真横まで持ち上げた掌から、虚空へと発現したのは四色の魔法陣。それぞれ、火、水、風、地、を表し具現化させた構築陣。一度に四つの源素を発現させられるのは、たとえエルフ族と言えども、滅多に存在しない。魔力の大半を封印したにも拘らず、それでも魔力は底知れないのが窺えた。
アクネリウスが〝大賢者〟と称えられる意味を、ウィルたちは直視して痛感する。
四元色の魔力が塊りが相殺することなく、ウィルたちに襲い掛かった。本来なら異なる四元素はそれぞれ反発し合い、相殺する。しかし、アクネリウスの放った四元色の魔力派は互いを消しあうことなく絶妙な相対し合いながらぶつかってきたのだ。
これはメルキド得意とした〝魔力調律〟と似ている。
否――メルキドはアクネリウスから分離した感情の一つ〝喜悦〟を司る。
つまりは魔力調律の本家本元がアクネリウスである。
アクネリウスは四大元素(しだいげんそ)――火、水、風、地、を相殺し合わない程度に魔力を調律し、それら四つの魔力を重ねて放っているのだ。
「めっちゃくちゃ強いね」
「ああ。わかってたつもりだけど、想像以上だぜ、こりゃあ」
「今思えば、メルキドの魔力調律なんて赤子ほどに可愛いらしいくらいだよ、まったく!」
ジークの言葉にウィルとレズリーが「仰る通りで」と同意して苦笑する。
それでも、逃げるわけにはいかない。ありったけの魔力と力を一点に集中させ、ぶつけるだけ。
「だが、四大元素にも弱点となる要素はある」
ヴィルゴがドラゴンの姿から人の姿へ変わっていた。話を続ける。
「四元素にはそれぞれ苦手とする属性が存在する。すなわち、火は風に強く、水は火と地に強い。風は水に強く、地は火と風に強い。ならば逆に火は水と地に弱く、水は風に弱い。風は火と地に弱く、地は水に弱い。つまりは水か地の魔法で攻撃。強化される元素はバリアを張り耐え忍ぶ方法だ」
ヴィルゴの型破りな提案に一同は息を呑んだ。先に口を開いたのはジークだった。
「……たしかにその方法なら勝機は見える。幸い私は水属性が得意だ」
ヴィルゴはジークから了承得て頷く。次いでヴィルゴはウィルへ視線をやる。
「ウィル、お前ならば四大元素ならばどれもいけるな?」
「は、はい! 今の姿ならいけると思います!」
ウィルは白と黒の翼を小さく羽ばたかせる。ヴィルゴは頷いた。
「ならばウィル、ジークの両名は水属性魔法で集中攻撃。我の得意とする属性は火、風、地、だ。水属性魔法は不得意ゆえ、地属性魔法でお前たちを護る」
ヴィルゴの言葉に了承の声が重なった。
「だが、油断するな。護るといっても相手の地属性は無力化されず襲いかかってくるだろう。我の地属性魔法が何処まで通用するかはわからん。そこでレズリーよ。お前にもマジックナイトとして矛と盾となってもらう」
「もちろんそのつもりだ。でも俺、火属性の魔法剣しか出せねえけど……」
レズリーの不安そうな声にヴィルゴは頭を横に振った。
「いや、今のお前の実力ならば四属性すべてを召喚できるはずだ」
「四属性すべて!?」
驚くレズリーにヴィルゴは頷き、話を続ける。
「ジークとウィルと共に水属性の魔法剣で攻撃しつつ、地属性の盾で二人を護るのだ」
「剣と盾を同時に召喚!? そんなことできるのか!?」
「当然だ。それが本来あるべき容であり、〝マジックナイト〟と呼ばれる所以だ。お前の師から教えてもらっていないのか?」
「……もらってない、です(……師匠、なんで?)」
頭を垂れるレズリーにウィルは背中に手のひらを添えた。
ウィルへと振り返り、レズリーは微笑した。
「お前の師は〝カルス・フィート〟だったか」
レズリーはヴィルゴへ顔を戻し「はい」とだけ答えた。
「そうか。彼は〝厄災の戦い〟生き残りだったな。……まさか、」
レズリーはもとい、ウィルもロガも首を傾げた。ジークは顔を歪めていた。
「いや、すまない。おそらくは伝えられない理由があるのだろう。だが、我から断言しよう。レズリーよ、お前は我が認めた真のマジックナイトだ。必ずできる。自分を信じろ」
ヴィルゴのお墨付きをもらったレズリーは俯いていた顔を上げた。
「――はい!」
場の空気は一掃され、緊張に満ち始める。
一人、ロガがただ一人だけ佇んでいた。
「ロガ、我の元へきなさい」
「へ? は、はい!」
ロガはジークへ視線をやって、ジークは微笑して頷いた。
「ヴィルゴ様、オレ」
「うむ、お前は唯一魔力を待たない人間だ。無防備になるゆえ我の背に乗り保護する」
言って、ヴィルゴはヒトからドラゴンの姿へと変わった。ロガに背中に乗るように巨体を屈める。
「……はい、お願いします」
ロガを背中に乗せたヴィルゴが六枚の翼を羽ばたかせ、上空へ。
【ロガよ、俯くな】
「でもオレ、何もできないし、役立たずだし……」
【そんなことはない。祈りなさいロガ。そして皆を応援するのだ】
「祈り? 応援? そんなんで力になんか……」
【この世界は魔法世界だ。祈りは力を構築し、言の葉は力を発動させる。祈りによって皆に力を与え、応援で皆の背中を押してやれ。お前も我らと共に戦うのだ、ロガ】
果たして背中を押され前を向いたのはどちらか。
ロガは俯いていた顔を前へ。上空から仲間の顔を背中を一人ずつ一匹ずつ確認していく。
緊張と不安といった感情がロガにも伝わってくる。拳を力強く握った。
「祈りや言葉がジークさんの、皆の力になるならオレ、頑張って声が枯れるまで応援するよ!」
【うむ、その意気だロガ。――ゆくぞ!】
ヴィルゴは魔法陣を構築、地の魔法シールドを仲間全員に展開、発動させた。
これである程度なら、地属性の攻撃に耐えられるだろう。しかし、先も言ったように完璧にではない。痛みに耐える覚悟が必要である。
それぞれの守りたいものを守るために――。
救いたいものを救うために――。
「ウィル、どんなことがあっても俺が必ずお前を守るからな!」
「僕だって同じ気持ちだよ、レズリー。守られてばかりなんて嫌だからね!」
隣同士並び、微かな熱を感じ合いながらウィルとレズリーは前を見据える。
最後の戦いが始まる――。
膨大な質量の魔力同士がぶつかり合えば、ここら一帯はサラ地となるだろう。そんなことは気にも留めないというように敵も味方も魔力をさらに増幅させていく。
一足卒発の瞬間、火に水を差すように低音の声が響く。
『――よぉ、面白そうなことやってんじゃん』
「……はぁ、邪魔が入ったか」
小さくため息を吐き、アクネリウスの魔力が収縮し、掌へと戻っていく。
彼の言うとおり、黒い霧のような渦の中から招ねかれざる客が上空に姿を現した。
「オレ様も仲間に入れろよ」
「……ガリルッ」
「よお、父上。引き篭もりのあんたが、表の舞台に出張ってきたっつうこたぁ、相当追い込まれてるってことだよなぁ?」
肩を揺らし、ガリルは口角を持ち上げる。笑う表情は皮肉を帯びていた。
アクネリウスの纏う空気が、ピリリと魔力を伴う青白い放電を発する。小石が持ち上がり、土埃が舞った。上空に黒い雲が渦を描きながら膨らんでいく。
アクネリウスとガリルの二人の間だけ、次元の空間が異なっているかのように放出し、残留した魔力が空気の渦を形作り目視でも窺えた。
背中に冷たい汗が流れる。
対峙していたときとは比べ物にならないほどの強大な魔力同士のぶつかり合い。
危険を感じたヴィルゴは、ウィルたちを後ろへと下がらせる。
「ちょっとちょっと君たちさあ、仲間割れなら他所でやってくれないかなぁ!」
ジークがクレームを言った。
だが、アクネリウスとガリルの耳には届かなかったようだ。バチバチと魔力のかたまりがさらに増幅されていく。
「無視だよ、まったく! ヴィルゴ様、これは相当離れないと危険では?」
【うむ。致し方ない。皆、我の背に乗りなさい】
そう言ってヴィルゴは地上に飛来に、最後の一人を乗せて上空へ飛びだった瞬間。
ガリルが動いた。複数の魔力が青白い炎の玉となって、ガリルとアクネリウスの周辺を不規則に飛び回る。すると、一つの火球がアクネリウス目掛けて左右交互にジグザグに動き、近づく。そして丁度、目の前。青火球は光を放ち、あたりを包み込む。まるで爆弾が弾けたような衝撃が走った。衝撃波と青白い炎が絡み合い、渦を巻く。
アクネリウスを青白い炎が呑み込んだ。しかも、それらの衝撃波が複数回続けて襲った。
青白い炎に呑み込まれたアクネリウス。彼の姿は影のみしか捉えることができなかった。炎の中で何が起こっているのか、窺うことができない。
すると、炎の壁を内側から打ち破ろうと、大きく膨張を繰り返す。
そして、青白い炎は弾けるように四散した。
「――ッ! 複数の大小の衝撃波。その〝調律の力〟は、メルキドが得意とした力のはず……ガリル、お前、やはりメルキドを喰ったのか?!」
「あぁ、すげえ不味かったけどなぁ。でもそのお陰で、オレ様は力を手に入れた……ッ!」
「……なんということだ。もはやガリルは、ただの快楽だけの存在ではない。意思を持った、完全な一個固体の生物に成り果てたか……ッ」
火傷程度で済んだものの、魔力の大半を封印しているアクネリウスにには、魔力を弾く力も体力を使う。傷つき、膝を付いたアクネリウスを、ヨシュアが介抱する。
その様子を見て、ガリルは鼻で笑った。
「そう! オレ様は意思を持った特別な存在。ガーランド、ヨシュア、てめらのような〝紛いもの〟とは違うんだよッ」
「紛いものだと!? ガリル、貴様!」
ガーランドと呼ばれた体格のいい長身の男がアクネリウスとヨシュアを守るように前に立った。
「フンッ、〝憤怒司るガーランド〟。てめえのその怒りは一体、誰のものだ?」
「……何が言いたい」
「植えつけられた感情。それはてめえを、てめえだと言い切れるのか?」
「……だから何だと言うのだ? 貴様も同じではないか。〝快楽司るガリル〟。今の貴様に、快楽を求めている以外に何がある? 滑稽だな」
「あ゛あ゛?!」
バチバチッ、とガーランドとガリルの間で火花が散る。
「気にいらねえ……、気にいらねえなぁ、その態度!」
(! なんだ? ガーランドの足元に黒い、魔法陣?)
ヨシュアは悲哀の上にさらに怪訝な顔を重ねてガーランドとガリルを注意深く観察する。ガーランドを中心にして、足元にドス黒い術式文字が地面を伝い、広がっていく。
ガーランドはまだ気付いていない。
そして、ドス黒い術式文字に折り重なるようにして、赤く発光しはじめる。
(――これはッ!)
ヨシュアが叫ぶ。
「ガーランド! その場から離れろ!」
「――ッ!?」
「ハッ! もう遅ぇ!」
魔法陣は赤黒く発光し、曖昧だった輪郭をはっきりと浮かび上がらせた。紫のオーラを纏った黒いツタがガーランドの巨体を羽交い絞めにした。身動きが取れない。
「全てを闇に喰らえ! 大魔法・ダークネス・イーター!」
高音が鼓膜を伝い、脳をつんざく奇妙な音が鳴り響く。
「うおぉおぉ!」
ガリル以外の全員が耳を抑え、その奇妙な音をやり過ごそうとした。
地面より這い寄る漆黒の影、無数の鎌が、ガーランドを襲う。
「はは、これでメルキドに続きガーランドも始末し……」
「誰を始末するだと? 俺を舐めるな」
ガーランドは無傷だった。静かな怒りを露わに黒い鎌を弾き飛ばす。
「ちっ、力は四兄弟の中で随一だな、ガーランド」
「当然だ。だが、悪ふざけの過ぎる弟には仕置きが必要なようだな、ガリルよ」
「お~怖っ」
ヴィルゴの背中に乗っているジークが「兄弟喧嘩は他所でやれよッ」と再びツッコミのようなクレームを叫んだ。
黒い風がアクネリウスたちを襲う。
赤黒い魔法陣の効果はまだ解除されていなかった。同じ魔法陣が円弧状に複数構築されていく。死角はない。
黒い鎌が上下左右からガーランドだけでなく、アクネリウスやヨシュアに襲いかかる。
すぐには致命傷にはならない程度で黒い風の刃が衣服や薄い皮膚を切り刻んでいく。致命傷にはないらないが、少しずつ血液と共に体力を奪われていく。
まるで殺めることを楽しむかのように徐々に赤黒い魔法陣の範囲も狭まる。
絶対絶命――そのとき、
黒い風――漆黒の鎌に光を帯びた緑のツタが絡まり、その動きを封じ込めた。切り裂こうと鎌を動かすが、ビクともしない。辛うじてだが。
鎌の鋭い先がアクネリスの目前寸でピタリと動きを止めていた。
ガリルから舌打ちが聞こえた。
「――!? あ~、そーいやぁ、もう一匹いたなぁ。〝厄介なエルフ族〟がよぉ~!」
淡いエメラルドグリーンの光壁が、ガリルの放った闇の大魔法をどうにか防いでいる。アルマジロの姿ではなく、エルフ族ジークの姿がそこにあった。
「ッ……お褒めに預かり光栄だね! ウィル、レズリー、今のうちに彼らをッ」
「うん!」
「まかせとけ!」
上空のヴィルゴの背中からウィルとレズリーは飛び降りる。途中、ウィルの風の魔法で落下速度を落とし、ふわりと無事に地面に着地する。急いでアクネリウスの元へ走った。
余裕そうに声を掛けてきたように聞こえたが、さすがのジークも押さえきれるかどうかは五分五分の様子だ。
急がなければならない。
「――アクネリウス、無事ですか?!」
ウィルはすぐさまアクネリウスに近づき、身体を支える。癒しの魔法を発動させる。そこまでひどくは無い傷だったお蔭で瞬時に癒えていく。だが、傷は癒えても流れた血や体力までは回復することはできない。アクネリウスの白い肌はさらに蒼白さを増している。
「はは……お節介者ですね。ウィル……あなたは」
「当然です! 僕はまだあなたと何も話をしていないんです。どうしてこんなことになったのか今も混乱してますよ! だからきちんと全て話してもらいますから!」
「……」
ウィルの手は微かに震えていた。それは恐怖からなのか怒りからなのかはアクネリウスの胸中では計り知れない。ウィルとアクネリウスの間に流れる緊張の空気を打ち消したのは憤怒のガーランドだった。
「ガリルが大魔法を使うとは……厄介だぞ」
ガーランドとヨシュアはアクネリウスの元へ近づき膝を付いた。二人とも心配した視線をアクネリウスに向けている。
「防ぎ切れず申し訳ございません。アクネリウス様」
アクネリウスは「大丈夫だよ」と二人の心配を拭い去ろうと笑みを繕った。
蒼白さを増した笑顔では、たいして心配を拭い去ることはできないが。
「あの快楽野郎、雰囲気が以前と少し違うよな?」
レズリーは顔を少し歪めて上空に漂うガリルを見て言った。
「え?」
ウィルに続くようにアクネリウスたちもレズリーへ視線を向ける。レズリーの隣にウィルが並んだ。
「以前、対峙した時は俺らと年齢は変わらなかったけど、今は少し成長して大人になったつーか……」
「……成長している?」
ウィルの言葉にレズリーは頷いて肯定した。
「感情であるあいつらは、俺らと同じように成長するのか?」
二人の視線は流れるようにアクネリウスへ向かう。膝をついたアクネリウスの肩をガーランドが支えた。
「実に興味深いな。本来ならば、私から抜き出した感情である彼らは成長しない」
「……え~と、つまり、」
ウィルとレズリーは見つめ合い苦笑する。
「あれは……ガリルであって、ガリルではないのだ」
顔面蒼白のアクネリウスの代わりに、ガーランドが静かに応えた。
先程も同じような言葉を発していたのを、ウィルは思い出す。
「どういうことです?」
ウィルの質問に対して沈黙が長く続いた。皮肉めいた瞳をウィルと、彼の傍らに立つレズリーに向けている。
アクネリウスはあからさまな溜め息をついた。
「聞きたいことは私にもある。……なぜ私を、私たち助ける? 私は君たちの……敵だろう?」
再び沈黙が落ちる。
ウィルは静かに深呼吸する。それからゆっくりと吐き出しながら口を開いた。
「あなたは僕らの敵です。そして、両親の死に直結する世界の混乱を引き起こした張本人であるあなたを、僕は許せない。当然でしょう。だって、あなたがマナから魔力を奪わなければ、僕の父さんと母さんは死なずに済んだかもしれない。いや、もしかしたら助からなかったかもしれないけど。それでも、世界に住む住人たちに不安を植え付けた。女神マナが不在の只中で魔力が安定しない今、世界の均衡がどうなるのかもわからないんだ。でも、」
独り言のようなウィルの言葉に、アクネリウスは眉間を寄せて怪訝な眼差しを目の前の青年に送った。
「……アクネリウス、僕は〝優しいあなた〟を恨めない」
「優しい? 私が?」
「そうさ。あなたは優しいエルフだ。優し過ぎるくらいにね。僕の友達のエルフ族は、世話焼きだけど……」
言いながら、魔法障壁をフルで構築し、疲れた表情のジークを遠目で見つめた。同じエルフ族であっても性格や姿は当然違う。当たり前だけど、誰として同じ人種なんていないのだ。種族の擦れ違いとは、そんな些細なことが切っ掛けなのかもしれない、とウィルは思った。
レズリーの手がウィルの肩をそっと抱いた。手のひらのぬくもりが安らぎをもたらす。
種族が違ったとしても、血が繋がっていなくても、手を取り合うことはできるはずだ。
――僕の両親のように。孤児院の皆のように。だから僕は今、ここにいる。
「……ウィル、なぜ」
急に黙ったウィルに、不安を滲ませたアクネリウスの顔がのぞき込んだ。
ウィルはアクネリウスに、大丈夫の言葉の代わりに笑みを浮かべた。
「本が、禁術書が断片的にだけど教えてくれました。あなたの悲しい過去を。大切な人のことも。それにピピンも、あなたのことをとても優しい大賢者様だって言っていたから。精霊であるピピンは嘘はつかない」
ピピン、という単語にアクネリウスの瞳が揺れた。動揺なのか、懐かしく思ったのか。アクネリウスは瞳を伏せて、視線をここではない遠い虚空へと向けた。
「……あの子は――ピピンは、どうしている? 図書館は倒壊したと聞いた。元気でいるのかな?」
「元気ですよ。今は赤ちゃんになっていますけどね。強大な魔力は、今も健在ですよ」
「そう、そうか。あの子が図書館を出たとき、全ての記憶が消え去る代わりに、私の束縛からは完全に解かれるように構築した。あの子は自由になれる。一から、やり直しができるようにと」
ウィルは、ピピンの言葉を思い出す。
『イイ子ニシテイレバ、自由ニナレルンダ』
つまり、ピピンが赤ん坊になったのもすべて、アクネリウスが構築した結果……ということになる。
アクネリウスとピピンの関係は計り知れない。深く、強い絆を感じた。
「図書館を襲撃したのには、理由があったんですね。おそらく原因は〝ガリル〟」
「……ガリルに気付かれるわけにはいかなかった。だからガリル自身に、図書館の襲撃を命じた。すんなり計画は進むはずだったのだが……思わぬ障害にあった」
ああ、僕のことだ、とウィルは唇をきゅっと噤んだ。
ウィルという存在が、計画を大幅に狂わせてしまったのだろう。ピピンの機転によって、禁術書の一部をウィルが〝取り込む〟ことになってしまった。
「何故そんな強行に出たのか僕にはわからないけど……おそらく、簡単に話せるような内容ではないんでしょう? だったら今は、アクネリウス、一緒にガリルを止めましょう。そしてあなたは、ピピンに会いに行くんだ。絶対に」
「……ピピンに、」
微かな囁くように紡いだ言葉には、たしかに慈愛が込められていた。
「ピピンはずっとあなたに逢いたがっているんですよ」
「それはないな。ピピンの記憶は解放されたと同時に消え去るように構築したんだ。だからピピンが私に逢いたいというのは君らのエゴだろう。赤ん坊なら尚更だ」
「……そうですよ。これは僕の勝手なエゴです。でもだったら、なんだって言うんです? 親子が再会して何がいけないんですか? 確かにピピンは今、赤ちゃんで大きかった時の記憶はないかもしれない。それでも、大きかった頃のピピンはあなたに逢いたがっていた」
「……」
アクネリウスとピピンを再会させる。そこにはきっと重要な意味があるはずだとウィルはずっと感じていた。
だから必ず、勝って生きなくてはならない。
そして、ウィルは密かに決意していた。
――僕も、僕の中で眠る力を解放する。
いつか見た、異なる力を持つ存在たちが僕の中には眠っている。まだうまくコントロールできるかわからないけど……レズリーを、みんなを守りたいから――!
ウィルは決意を胸に立ち上がる。
「……力を、解放する――!」
身体の奥から力が溢れる。眩いエメラルドグリーンの光を纏ったウィルの背中に、〝白い翼〟と〝黒い翼〟がそれぞれ二枚づつ発現した。髪が腰の辺りまで伸びて、髪色も淡いエメラルドグリーンに変化する。それらの変化は魔力容量を現すのだろう。ウィルから膨大なマナの力を感じた。同時に女神マナが生存している証とも言える。
今、ウィルは行方知れずとされるガイアの女神マナと繋がっている。
「ウィル」
レズリーに名前を呼ばれて、ウィルは微笑み返す。決意した表情ではっきりと頷いた。
「僕はもう、迷わない」
ウィルの決意に、レズリーも同じく頷き返す。
「ああ。お前の背中は俺が守るぜ、ウィル」
レズリーは鞘から剣を引き抜き、ウィルと並び立つ。
共に闘うために。
勝利するために。
そのために力を求めて、強さを求めた。
ウィルの変貌した姿を目に捉え、アクネリウスは息を呑んだ。しかしながら感情の抜け落ちた顔は無表情のままである。だがピンク色の双眸ははっきりと嬉々とした期待と希望に満ち溢れている。
「……ウィル……そうか、そうだったのか。君は……神族と魔族の……。ふ、ははっ、なんて、なんて素晴らしい日なんだ!」
感情を拭い去ったアクネリウスは端から見ても、表情を全面に出す事はない。動作や瞳の煌めきから今の状態を把握する。それは明らかな興奮状態であった。
これまでウィルの正体は命の危険から守るため厳重に隠して過ごしてきた。
だがすべてを解放した今、もはや正体がバレてしまってもどうと言うことはない。
「アクネリウス。あなたは一体、何が目的でマナの力を遮断したんですか? いや、何が目的〝だった〟んですか?」
ウィルからアクネリウスへの質問は過去系であった。状況からしてアクネリウスも今更、世界をどうこうという段階は過去のものだろうと思えたからである。
「……私は、世界から魔力を根絶し、君のような存在を増やしたかったのだよ。そして彼らが自由に生きられる世界を作ろうとした」
「混血児? ウィルの同じ?」
驚くレズリーに、アクネリウスが微笑み、頷く。
「ああ、そのはじめの一歩として、私はピピンを産んだ」
「「え?」」
話に耳を傾けていたウィルとレズリーがポカンとした表情でアクネリウスを見た。アクネリウスは、無表情のまま瞳に優しい笑みを宿す。
「ピピンは、ヴァルマと私の遺伝子を混同させて産みだした。いわばヴァルマと私の〝子供〟だ」
「「えぇ~?!」」
ウィルとレズリーは驚き、思わず声を張り上げた。
もし上空にいるアクネリウスの義父にあたるヴィルゴが耳にしたら、興奮のあまり辺りが焼き野原になるかもしれない、とウィルとレズリーは自分たちの口を両手で押さえ驚きを押さえ込んだ。いつかはバレることだが、それは今ではない。
ウィルとレズリーは〝ココだけの秘密〟としてひとまずは黙っていることを誓った。
「アクネリウス様」
その声音で場に空気が一瞬で変わった。変えたのはガーランドである。
それまで静かに見守っていたガーランドが、緊張した声音を発した。傍らのヨシュアも緊張の面持ちで上空へと視線を向けている。
ガリルは何もない虚空に座り込み、こちらの様子を呆れた表情で見つめていた。
「おいおい。いい加減、オレ様の相手してくれねえかなぁ?」
律儀にも、こちらの話が終わるのをガリルは待っていたらしい。まるでゆったりとソファで寛いでいるかのように頬杖をついて欠伸を一つする。
快楽を司るガリル。彼はこの戦闘すら楽しんでいる。
楽しい闘いができるのであれば〝座して待つ〟ことくらい、どうということでもないのだろう。
「アクネリウス、話がだいぶ逸れちゃったけど……ここはひとまず僕らは休戦でいいよね?」
「……仕方ないね。うちの子が迷惑をかけるよ。あの子にはキツイお仕置きが必要だ」
まったくだね、とウィルは胸中で肩を落とした。
次の行動に移る。ウィルはレズリーと顔を見合わせると頷き、一歩前に踏み出した。
「待たせて悪かったね、ガリル。僕らは話し合いの結果、共闘して君を倒すことに決めたよ」
クククッ、とガリルが可笑しそうに口角を持ち上げる。ギンッと見開いたその瞳は狂気に満ち溢れている。
ゾッ、と背筋に悪寒が走りぬけた。
「あ~そうかよ。おもしれえ、来いよ。〝多種族共闘〟ってやつをよぉ!」
ガリルを中心に調律の力によって構築された大小の魔法陣が虚空に浮かび上がる。
「はぁ、くそぉ~……私の魔法がちっとも効いてないよ! ムっカつく!」
頭上から大きな怒声が聞こえてきた。
ガリルを押さえていたジークが呼吸を乱しながら、苦虫を噛んだように顔を歪め愚痴っている。傍らのロガが心配そうにジークの身体を支えていた。
ジークは想定以上に魔力を消耗してしまっているようだ。表情からも疲れが見て取れる。
意識を地上に戻し、ガリルを見上げた。
「油断するな。あれは〝ガリル〟であって〝ガリル〟ではない。もはや私の感情の片鱗ではなく、まったく別の〝異種生物〟だ」
「〝異種生物〟?」
アクネリウスは瞼を閉ざして溜め息を吐き出す。
「……すまない。そう言わざるを得ないのだ。私にもアレがなんなのか、これまで生きて蓄えてきた知識の中にも情報が皆無なのだから」
「あんたでもかよ。数千年も生きてきてんのに?」
レズリーの言葉に「ふふ」と微笑しアクネリウスは瞼を持ち上げ、頷いた。
「数千年なんて、ドラゴンロード様に比べれば差ほどでもないさ。私の知識情報にアレに該当する種族は存在しない。おそらくはヴィルゴも同様だろう。寧ろドラゴン種族は多種族との交流を極端に嫌う種族だ」
だがアクネリウスは幼い頃にそのドラゴンに命を救われたのだ。偶然、なのだろうか。
「千年以上生きてきたエルフ族様でもわからねえって……」
レズリーの不安の返しに、地上に居る全員が息を呑んだ。
複数の視線を諸共せず、アクネリウスは吐き捨てるように言葉を続ける。
「つまりアレは、今や地上には存在しない〝新種の進化生物〟だということだッ……」
未知への不安、恐怖といった感情が湧き上がる。
「進化生物……なあ、この世界には〝人間〟は存在してないんだよな。地球から来た俺やロガ以外は。そのウィルは除いて」
レズリーはウィルの顔色を伺いながら慎重に言葉を選び口にしていく。
ウィルは気にしていない様子で頷いた。
「うん。でも何故、今更そんなことを?」
ウィルの言葉にレズリー以外の者が疑問符を浮かべた。一様にガリルへの警戒心を怠らずに額に汗を浮かべている。
「俺、この世界の住民はその進化したゆえの種族なんじゃねえかって思ってさ。はじめはみんな同じで、そこから枝分かれして様々な種族に変異――進化していった。この世界は俺たちの科学が発展した地球世界とは違って、魔法が発展した世界だ。魔力を生み出す〝女神マナ〟がソレだろ? その膨大な魔力を取り組むことでたった一つの種族が竜族やエルフ族、銀狼族、ウサウサ族っつう種族に変化していったんだよ、きっと。俺たち人間だってネアンデルタール人つう最初の人族から何千年も経て今の人間に進化したんだ。だからつまり、俺が言いてえのはガリルは確かに新種の進化生物かもしんねえけど、みんな元は同じだからたいしたことねえってこと!」
意味伝わった? 不安げな表情でレズリーはウィルやアクネリウスたちへ視線を投げた。
皆一様にレズリーの言葉をぽかんとした表情で聞いていた。
「な、なんか言えって、ウィル!」
「え、ああ、うん。レズリーは凄いな」
「もしかして馬鹿にしてる?」
違う違うと、ウィルは頭を横に振り、涙目になったレズリーを身振り手振りで必死にフォローする。
レズリーの言葉で緊張の空気が再び変化した。
溢れ出していた恐怖や不安が薄らいだのだ。
口元に手を添えて思案するアクネリウスが驚きと納得の表情で口を開いた。
「なるほど。元々は一つの種族がマナの魔力よって枝分かれした、か。おそらくは魔力の配分量によって違いが現れる。……君は、レズリー言ったか? 実に面白い見解だ」
レズリーは破顔して、傍らのウィルに勢い良く向き直る。
「おいウィル! 俺、大賢者アクネリウスに褒められたぞ!」
ニコニコと幼い子供のように少し興奮気味に笑うのレズリーに、ウィルも表情を緩める。
否、その場にいる全員がレズリーの突拍子もない話に固くなっていた肩を撫で下ろし、笑みを浮かべていた。
アクネリウスのサクラ色の瞳が真っ直ぐにガリルを見上げる。
「ガリル、お前は私の片鱗にも関わらず私の元から離れ、あげくメルキドをも取り込み力を得た。そこまでして一体何を求めている?」
落ち着いた声音が澄んだ空気に溶けて響き渡る。
ピシッ、と空気が変わった。淀んだ空気はガリルを中心に広がりつつある。
「何を求めている、だと? んなこたぁ始めっから決まってんだろーが。オレ様が望むのは……このくだらない世界の〝破滅〟だ――!」
「――なっ!」
ウィルはガリルを見上げながら小さく言葉を溢した。そんなことをして、一体何が残るのだろうという困惑の表情が浮かぶ。
感情が覆い被さるようにアクネリウスの表情も厳しいものになる。四つの感情が抜け落ちている彼の精一杯の嫌悪の表れだった。震える唇でアクネリウスは言葉を紡ぐ。
サクラ色の瞳は怒りを含み、淡い赤を混ぜていく。
「ヴァルマが愛したこの世界を滅ぼすだと?! そんなこと、この私が許すとでも? ――愚かな!」
世界はくだらなくなんて無い。ヴァルマに出逢って、そのことにようやくアクネリウスは気付いた。ヴァルマ亡き今、世界を残しつつ、魔力だけを消滅させようとしたのだ。
マナの魔力によって進化をとげてきた世界と多種族。それらはこれまで命を繋いできた過去の遺産。
アクネリウスは今、まさに悔やんでいた。
数少ない友人であり、魔力の根源であるガイアの女神マナをこの世界から消し去ろうとしたこと。
それにより一時は魔力が枯渇し失った、幾千、幾万もの大多数の命たち。
たった一人の男を愛したことによって生じた暴挙だった。
種族の違いを超えて〝新世界〟を作ろうとしたアクネリウスにとって、これから生まれる種族の進化は希望そのものなのだ。
そう、例えば――神族と魔族の混血児ウィリアムがまさにその例である。
――私から引き剥がした感情の一部が奇行に走り、ヴァルマの魂が眠る世界を滅ぼそうとしている。
それはなんとしても防がなければならない。命に代えても――。
「ガリル……お前の好きにはさせないぞ」
アクネリウスの言葉に対して、ガリルは鼻で笑った。
「世界から〝マナの力〟を消し去ろうとした張本人がよく言う」
「たしかに、私は世界からマナを消し去ろうとした。だが、滅びを望んだことは一度もない。ガリル、お前は……本当に私の〝感情の快楽〟なのか?」
今にして思えば、ガリルに関しては不審な点が多すぎるとアクネリウスは思っていた。
本来ならば、感情の一つが単独で行動することは決してない。否、出来ないのが常。
倫理に囚われ過ぎなのだろうか。
感情は、アクネリウスという本媒体からの命令によって動くことが可能となる。
本当にガリルは類稀な異種生物なのだろうか。
それにしては統率が取れ過ぎている気がしてならないのだと、アクネリウスは考える。
まるで何者かに〝背後から操られている〟ような。考えを飛躍し過ぎなのだろうかと。
「……どっちでもいいね。俺様の望みは〝世界に滅びを呼ぶこと〟だ――!」
「〝世界に滅びを呼ぶ〟? 呼ぶとはどういう意味だ? ガリル、やはりお前は……」
口角を持ち上げ、ガリルは瞬きもせずにアクネリウスを見下ろしている。
その表情には静かな狂気が満ちていた。
ガリルはおもむろに右手を掲げる。黒い光が手のひらに集約していく。
本来持つ〝青い炎〟とも〝調律の力〟とも異なる魔力が、ガリルの右手に集中する。
アクネリウスにもその未知の力に困惑し、額に汗を浮かせている。
ウィルたちは身構え、集約する強大な魔力に意識を集中させた。
「油断するな! 来るぞ――!」
上空で待機していたヴィルゴの声とほぼ同時だった。
ガリルは集約させた魔力を地上に叩きつけるように右手を振り下ろした。
巨大なハンマーで押し潰される感覚。グッと一気に〝見えない力〟に押し潰される。
上から重い空気の塊りによって押し潰される感覚。
ヴィルゴは飛行できず真っ直ぐに地面に巨大な身体を叩きつけられた。背中に乗っていたジークとロガは無事なのだろうか。
咄嗟に自身の魔力で壁を作り、いきなりペシャンコになる最悪を防いだものの、それでも立っていることは間々ならず、ウィルたちは膝、両手を地に着けた。
辛うじて、アクネリウスだけがどうにか両足で立ったまま持ち堪えている状況。彼の微力ながらの魔力だけでその場に居る全員が持ち堪えているのだ。
しかしながら、それ以上の抵抗が出来ずにいた。
アクネリウスが魔力を解いてしまえば、この場にいる全員はただではすまないだろう。
その中でも特に、魔力を持たない生身の人間であるロガの命が危ぶまれる。
ヴィルゴ、ジーク、ロガは地面に叩きつけられたものの惨事は免れたが、上からの強い圧力魔力が容赦なく二匹と一人を押し潰されそうになっているのはウィルたちと同様である。
すぐ側でジークに寄って圧死だけは免れているようだが、もはや時間の問題であった。
ロガは口腔内のどこかが切れたのか、口角から赤い血が滲み出ていた。
「ぐぅ、うぅう……ッ!」
「……ッ、ロ、ガ……くそッ!」
ジークは悲痛な表情で苦しむロガからアクネリウスへ視線を向ける。
この窮地を脱することができるのは、今のこの場ではアクネリウスのみだった。
ウィルも魔力ではアクネリウスに匹敵する力を持ち合わせているが、対応する経験値が足りない。
すべてはアクネリウスに委ねられた。
「――!? (私の魔力を遥かに凌駕している! このままでは……!)」
アクネリウスは耐えながらも鋭い視線をガリルへ向ける。
「ッ……我が片鱗の分際で……!」
「はっ! その片鱗に、あんたは今日ここで消えんだよ……アクネリウスゥゥッ――!!」
ガリルのもう片方の掌から青い炎が迸る。骨をも焼き尽くす百熱の炎が空中を舞いながら、まるで生き物のように青い炎はとぐろを巻きアクネリウスの周りをグルグルと周回。このまま焼かれるのかと思いきや、圧縮された空気と青い炎が上昇気流を生み出し、砕かれた地面ごとウィルたちを上空へと舞い上がらせた。絶対絶命――同時に絶好の好機をアクネリウスにもたらした。このチャンスを逃すまいと、アクネリウスは残り少ない魔力を一点に集中させていく。
「――ガリルッ!!」
アクネリウスは抵抗し、ガリル目掛けてカウンターを仕掛けた。
魔力しては僅か微量。それでも仕掛けるタイミング次第では大きな衝撃となる。
微量ながらも渾身の魔力を叩きつけてガリルの身体を弾き飛ばした。しかし、そう来るだろうとガリルは予期していたのだろう。ガリルの口角が嫌味なほど持ち上がる。
「――ッ!?」
アクネリウスはカウンターのさらにカウンターをくらい、上空へと吹き飛ばされた。
完全にバランスを崩し、頭に衝撃を受けたのか、アクネリウスの意識は朦朧とした。
一方でウィルたちも同様に声を出す暇もなく上空へと投げ出されていた。上下逆さまの世界。ただ痛みに耐え、上空に浮かんだ身体をどうにかして地上に着地させなければ、致命傷になりかねない。
「ッ!」
ウィルは身体のバランスを元に戻すべく、腰を捻る。白と黒の翼を羽ばたかせ、どうにか飛ぶことが出来た。地面に落ちていくレズリーや仲間たちを目に捉えた。
迷っている暇はなかった。ひとまずはレズリーの元へ。身体でキャッチして、次いでロガとジークの元へ飛んでいき、浮遊魔法を構築、発動させた。
ヴィルゴは自身の翼を背中にはやして事なきを得た。
――アクネリウスはどこ?!
視界を左右に行ったりきたりを繰り返す。脳が激しく揺れるのなんて構ってられない。
視線の先で地面に落下していくアクネリウスを捉えた。しかし今から飛んでも間に合わない。ウィルは一か八か、魔力を一点集中。アクネリウス目掛けて魔力を解き放った。
致命的な最後の一撃をガリルはアクネリウスに放とうとした――その時。
ガリルの目の前に居たアクネリウスの姿が突如として消えた。
「――何!?」
ガリルが驚愕の表情を浮かべ、有り余った魔力を手に左右を見渡す。
白と黒の翼を羽ばたかせたウィルが両手を前に出し、魔法陣を構築していたのがガリルの視界に入った。
ガリルの見開かれた目元に血管が浮かび上がる。
「……ウィリアム――!」
いつもの〝ウィルちゃん〟ではなく、フルネームで名前を呼ばれ、ウィルは肩を震わせた。
遠く離れた場所に居たアクネリウスは、ウィルの機転により〝転移の魔法〟で身体ごと虚空より消え去ったのだ。
「残~念だったな、ガリル!」
背後からの余裕の声。
完全な視覚外――ジークは気配を消したヴィルゴと共に油断していたガリルの背後から近付き、会心の魔力撃を放った。大出量の魔力の球体がガリルに命中する。
「――~~ッッッッ!?」
声を出せないまま、悔しそうに奥歯を食い縛るガリルは致命的な大ダメージを受けた身体にも関わらずジークを見据え、
「――クソッ! 神魔の混血児にエルフ族ッ。〝今回〟も邪魔を……ッ」
覚えていろッ、と怒りを露わに言い放ち、その姿を虚空に消し去った。
ウィルの魔力を受けたアクネリウスは一匹、遥か虚空を猛スピードで飛んでいた。
残り最後の魔力を放出した結果、全身の自由が利かず、ただ飛ばされるままになっている。
薄れいく意識の中でアクネリウスは自分自身に失望と後悔に駆られていた。
――あと少しで……あと少しで〝希望〟を掴み掛けたのに。君の元へ、行けたのに……ヴァルマ。
……ああピピン、ごめんね……――。
ピピンに向けて胸中で謝罪した。側にいてやることができなかった自責の念が感情を抜き取ったはずのアクネリウスの胸を締め付けた。
意識はどんどんと遠退いていく。眠ってはいけないとわかっていてもどうすることもできず、失意に奥歯を噛むことしか出来なかった。
快楽司るガリルという感情は意思を確立し、さらにはアクネリウスの感情の魔力を呑み込み、想像を絶する力を保有してしまった。
アクネリウスの完全な失態。
個々の感情が、これほどまで強大に膨れ上がるとは予想していなかった。
想いも寄らない誤算。
――いや、私はわかっていたはずだ。感情を捨て去り、押し潰されないように見て見ぬフリをしたツケが回ってきたのか。
自分勝手な想いで、関係のない者たちまで巻き込んだ私の罪の罰――。
瞼が閉ざされる。その瞬間、身体が何かに触れた。緑と土の匂いが鼻についた。
どうやら、無事に何処かの地上に着地したようだ。しかしアクネリウスの意識はそこで途絶えた。
それが幻影であることはすぐにわかった。意識が途絶える寸前、記憶にある微笑みを湛えたヴァルマがまだ赤ん坊のピピンを抱きかかえ、アクネリウスを見つめていた。
咄嗟に、レズリーは背中でウィルを守るように前に出た。抜き放った剣の切っ先はいつでも反撃できるように、アクネリウスへと向けられている。
ウィルたちとアクネリウスの距離は約三メートルほどである。
魔法が主要ならば、距離は然程、開いてはいない。
お互いがどう動くのか、瞬きも忘れて見つめ合い、対峙する。
すると突然、アクネリウスが肩を揺らして笑った。
「そんなに警戒しないでおくれ。私はただ、ウィルの持つ禁断書がほしいだけだよ。私の魔力の大半を封印した書物……いや、残留思念、かな」
禁術書――図書館の最奥に精霊ピピンと共に封印されていた、アクネリウスの書記である。
神魔大戦後、マナが自らの生命線である魔力をガイアから切り離した時、アクネリウスは自らの魔力の大半を図書館に封印した。その依代としてピピンを産んだのである。マナがガイアから切断されても尚、魔法が完全に消滅しなかったのは、マナとガイアの繋がりの絆が根強かったからだ。
それほど長い歳月をマナとガイアは繋がっていたのだ。
まるで、へその緒で繋がった、母子のように。
「図書館から持ち出すのは、流石の私にもできなくてね。私自身がそう構築し、建てたものだから。私の魔力と〝あの子〟の魔力は似て非なるもの。異なる魔力が連なり、より強固な魔法障壁を作り上げてしまった。我ながら、かなり焦ったよ。しかも、アレほどの強固な封印術を破壊してしまうのとは……やはり〝あの子〟は、私をも超える魔力を持って産まれてしまったようだ……それゆえ苦労も多かったろう」
アクネリウスの無表情な顔に一瞬だが優しさが浮かんだ。一瞬、ウィルの頭に疑問符が浮かぶが、すぐさまピンときた。
ピピンのことだ。アクネリウスはピピンを作った大賢者で、ピピンが尊敬し、敬う人物であることに間違いない。だが、手違いが起き、図書館の封印を施した張本人ですら侵入ができずにいたのだ。
図書館は悪しき心を持つものを拒む。よって、アクネリウスは自身の分身となる、純粋な感情の一部に命を与えた彼らに禁術書を奪わせようとした。しかしながら、ピピンの力だけでなく、そこにはウィルという存在がいた。阻まれ、挙句に禁術書は今や、ピピンの身体を離れ、宿主をウィルに移した。
当初の計画が崩れたアクネリウスは、焦りからか自ら出向いた、ということだろう。
「……いや、ウィル、君かな? 君は一体、何者なんだい? 実に興味深いよ」
緊張が走る。
アクネリウスは、ウィルが神族と魔族の混血児だとは知らない。だが、それらの力は強大な力であることは、叡智を持つ彼ならば、自ずとわかることだろう。
よって、アクネリウスに、ウィルの正体を知られるのは避けなければならない。
まだ成長途中で、自らの力を制御できないキャパシティの小さなウィルと違い、膨大なキャパシティの器を持つアクネリウスならば、逆にコントロールすることは容易とされ、利用される可能性が高いからである。
「アクネリウス、何故、世界からマナを切り離したんですか? そんなことをすれば、魔力を根源とするこの世界の種族は貴方も含めて滅びんですよ?」
ウィルは静かにアクネリウスに質問した。沈黙の後、アクネリウスは瞼を閉ざし、再び瞼を開ける。
「……世界の創りかえるため――」
「創り、かえる?」
「そうだよ。種族の違いなど関係ない。私は世界を一から創りあげ、はじめから世界をやり直すんだ。争いのない、平和な世界。だが、そのためにはマナの魔力が邪魔なんだ。だから世界――ガイアからマナを切り離した。これでも女神マナも自由の身だ。ねえ、素晴らしいだろう」
「そのために、大勢の、世界の種族を滅ぼすと?」
「……致し方ないよね。世界をリセットするのだから」
ウィルも、レズリーも、こうも早く宿敵と巡り逢えるとは思ってもみなかったことだ。
何の準備もなく宿敵が自ら表舞台に現れたのだ。
一時の余裕すら許されない緊迫した状況。冷たい張り詰めた空気が、あたりを包み込む。
先に動いたのはアクネリウスだった。顔の真横まで持ち上げた掌から、虚空へと発現したのは四色の魔法陣。それぞれ、火、水、風、地、を表し具現化させた構築陣。一度に四つの源素を発現させられるのは、たとえエルフ族と言えども、滅多に存在しない。魔力の大半を封印したにも拘らず、それでも魔力は底知れないのが窺えた。
アクネリウスが〝大賢者〟と称えられる意味を、ウィルたちは直視して痛感する。
四元色の魔力が塊りが相殺することなく、ウィルたちに襲い掛かった。本来なら異なる四元素はそれぞれ反発し合い、相殺する。しかし、アクネリウスの放った四元色の魔力派は互いを消しあうことなく絶妙な相対し合いながらぶつかってきたのだ。
これはメルキド得意とした〝魔力調律〟と似ている。
否――メルキドはアクネリウスから分離した感情の一つ〝喜悦〟を司る。
つまりは魔力調律の本家本元がアクネリウスである。
アクネリウスは四大元素(しだいげんそ)――火、水、風、地、を相殺し合わない程度に魔力を調律し、それら四つの魔力を重ねて放っているのだ。
「めっちゃくちゃ強いね」
「ああ。わかってたつもりだけど、想像以上だぜ、こりゃあ」
「今思えば、メルキドの魔力調律なんて赤子ほどに可愛いらしいくらいだよ、まったく!」
ジークの言葉にウィルとレズリーが「仰る通りで」と同意して苦笑する。
それでも、逃げるわけにはいかない。ありったけの魔力と力を一点に集中させ、ぶつけるだけ。
「だが、四大元素にも弱点となる要素はある」
ヴィルゴがドラゴンの姿から人の姿へ変わっていた。話を続ける。
「四元素にはそれぞれ苦手とする属性が存在する。すなわち、火は風に強く、水は火と地に強い。風は水に強く、地は火と風に強い。ならば逆に火は水と地に弱く、水は風に弱い。風は火と地に弱く、地は水に弱い。つまりは水か地の魔法で攻撃。強化される元素はバリアを張り耐え忍ぶ方法だ」
ヴィルゴの型破りな提案に一同は息を呑んだ。先に口を開いたのはジークだった。
「……たしかにその方法なら勝機は見える。幸い私は水属性が得意だ」
ヴィルゴはジークから了承得て頷く。次いでヴィルゴはウィルへ視線をやる。
「ウィル、お前ならば四大元素ならばどれもいけるな?」
「は、はい! 今の姿ならいけると思います!」
ウィルは白と黒の翼を小さく羽ばたかせる。ヴィルゴは頷いた。
「ならばウィル、ジークの両名は水属性魔法で集中攻撃。我の得意とする属性は火、風、地、だ。水属性魔法は不得意ゆえ、地属性魔法でお前たちを護る」
ヴィルゴの言葉に了承の声が重なった。
「だが、油断するな。護るといっても相手の地属性は無力化されず襲いかかってくるだろう。我の地属性魔法が何処まで通用するかはわからん。そこでレズリーよ。お前にもマジックナイトとして矛と盾となってもらう」
「もちろんそのつもりだ。でも俺、火属性の魔法剣しか出せねえけど……」
レズリーの不安そうな声にヴィルゴは頭を横に振った。
「いや、今のお前の実力ならば四属性すべてを召喚できるはずだ」
「四属性すべて!?」
驚くレズリーにヴィルゴは頷き、話を続ける。
「ジークとウィルと共に水属性の魔法剣で攻撃しつつ、地属性の盾で二人を護るのだ」
「剣と盾を同時に召喚!? そんなことできるのか!?」
「当然だ。それが本来あるべき容であり、〝マジックナイト〟と呼ばれる所以だ。お前の師から教えてもらっていないのか?」
「……もらってない、です(……師匠、なんで?)」
頭を垂れるレズリーにウィルは背中に手のひらを添えた。
ウィルへと振り返り、レズリーは微笑した。
「お前の師は〝カルス・フィート〟だったか」
レズリーはヴィルゴへ顔を戻し「はい」とだけ答えた。
「そうか。彼は〝厄災の戦い〟生き残りだったな。……まさか、」
レズリーはもとい、ウィルもロガも首を傾げた。ジークは顔を歪めていた。
「いや、すまない。おそらくは伝えられない理由があるのだろう。だが、我から断言しよう。レズリーよ、お前は我が認めた真のマジックナイトだ。必ずできる。自分を信じろ」
ヴィルゴのお墨付きをもらったレズリーは俯いていた顔を上げた。
「――はい!」
場の空気は一掃され、緊張に満ち始める。
一人、ロガがただ一人だけ佇んでいた。
「ロガ、我の元へきなさい」
「へ? は、はい!」
ロガはジークへ視線をやって、ジークは微笑して頷いた。
「ヴィルゴ様、オレ」
「うむ、お前は唯一魔力を待たない人間だ。無防備になるゆえ我の背に乗り保護する」
言って、ヴィルゴはヒトからドラゴンの姿へと変わった。ロガに背中に乗るように巨体を屈める。
「……はい、お願いします」
ロガを背中に乗せたヴィルゴが六枚の翼を羽ばたかせ、上空へ。
【ロガよ、俯くな】
「でもオレ、何もできないし、役立たずだし……」
【そんなことはない。祈りなさいロガ。そして皆を応援するのだ】
「祈り? 応援? そんなんで力になんか……」
【この世界は魔法世界だ。祈りは力を構築し、言の葉は力を発動させる。祈りによって皆に力を与え、応援で皆の背中を押してやれ。お前も我らと共に戦うのだ、ロガ】
果たして背中を押され前を向いたのはどちらか。
ロガは俯いていた顔を前へ。上空から仲間の顔を背中を一人ずつ一匹ずつ確認していく。
緊張と不安といった感情がロガにも伝わってくる。拳を力強く握った。
「祈りや言葉がジークさんの、皆の力になるならオレ、頑張って声が枯れるまで応援するよ!」
【うむ、その意気だロガ。――ゆくぞ!】
ヴィルゴは魔法陣を構築、地の魔法シールドを仲間全員に展開、発動させた。
これである程度なら、地属性の攻撃に耐えられるだろう。しかし、先も言ったように完璧にではない。痛みに耐える覚悟が必要である。
それぞれの守りたいものを守るために――。
救いたいものを救うために――。
「ウィル、どんなことがあっても俺が必ずお前を守るからな!」
「僕だって同じ気持ちだよ、レズリー。守られてばかりなんて嫌だからね!」
隣同士並び、微かな熱を感じ合いながらウィルとレズリーは前を見据える。
最後の戦いが始まる――。
膨大な質量の魔力同士がぶつかり合えば、ここら一帯はサラ地となるだろう。そんなことは気にも留めないというように敵も味方も魔力をさらに増幅させていく。
一足卒発の瞬間、火に水を差すように低音の声が響く。
『――よぉ、面白そうなことやってんじゃん』
「……はぁ、邪魔が入ったか」
小さくため息を吐き、アクネリウスの魔力が収縮し、掌へと戻っていく。
彼の言うとおり、黒い霧のような渦の中から招ねかれざる客が上空に姿を現した。
「オレ様も仲間に入れろよ」
「……ガリルッ」
「よお、父上。引き篭もりのあんたが、表の舞台に出張ってきたっつうこたぁ、相当追い込まれてるってことだよなぁ?」
肩を揺らし、ガリルは口角を持ち上げる。笑う表情は皮肉を帯びていた。
アクネリウスの纏う空気が、ピリリと魔力を伴う青白い放電を発する。小石が持ち上がり、土埃が舞った。上空に黒い雲が渦を描きながら膨らんでいく。
アクネリウスとガリルの二人の間だけ、次元の空間が異なっているかのように放出し、残留した魔力が空気の渦を形作り目視でも窺えた。
背中に冷たい汗が流れる。
対峙していたときとは比べ物にならないほどの強大な魔力同士のぶつかり合い。
危険を感じたヴィルゴは、ウィルたちを後ろへと下がらせる。
「ちょっとちょっと君たちさあ、仲間割れなら他所でやってくれないかなぁ!」
ジークがクレームを言った。
だが、アクネリウスとガリルの耳には届かなかったようだ。バチバチと魔力のかたまりがさらに増幅されていく。
「無視だよ、まったく! ヴィルゴ様、これは相当離れないと危険では?」
【うむ。致し方ない。皆、我の背に乗りなさい】
そう言ってヴィルゴは地上に飛来に、最後の一人を乗せて上空へ飛びだった瞬間。
ガリルが動いた。複数の魔力が青白い炎の玉となって、ガリルとアクネリウスの周辺を不規則に飛び回る。すると、一つの火球がアクネリウス目掛けて左右交互にジグザグに動き、近づく。そして丁度、目の前。青火球は光を放ち、あたりを包み込む。まるで爆弾が弾けたような衝撃が走った。衝撃波と青白い炎が絡み合い、渦を巻く。
アクネリウスを青白い炎が呑み込んだ。しかも、それらの衝撃波が複数回続けて襲った。
青白い炎に呑み込まれたアクネリウス。彼の姿は影のみしか捉えることができなかった。炎の中で何が起こっているのか、窺うことができない。
すると、炎の壁を内側から打ち破ろうと、大きく膨張を繰り返す。
そして、青白い炎は弾けるように四散した。
「――ッ! 複数の大小の衝撃波。その〝調律の力〟は、メルキドが得意とした力のはず……ガリル、お前、やはりメルキドを喰ったのか?!」
「あぁ、すげえ不味かったけどなぁ。でもそのお陰で、オレ様は力を手に入れた……ッ!」
「……なんということだ。もはやガリルは、ただの快楽だけの存在ではない。意思を持った、完全な一個固体の生物に成り果てたか……ッ」
火傷程度で済んだものの、魔力の大半を封印しているアクネリウスにには、魔力を弾く力も体力を使う。傷つき、膝を付いたアクネリウスを、ヨシュアが介抱する。
その様子を見て、ガリルは鼻で笑った。
「そう! オレ様は意思を持った特別な存在。ガーランド、ヨシュア、てめらのような〝紛いもの〟とは違うんだよッ」
「紛いものだと!? ガリル、貴様!」
ガーランドと呼ばれた体格のいい長身の男がアクネリウスとヨシュアを守るように前に立った。
「フンッ、〝憤怒司るガーランド〟。てめえのその怒りは一体、誰のものだ?」
「……何が言いたい」
「植えつけられた感情。それはてめえを、てめえだと言い切れるのか?」
「……だから何だと言うのだ? 貴様も同じではないか。〝快楽司るガリル〟。今の貴様に、快楽を求めている以外に何がある? 滑稽だな」
「あ゛あ゛?!」
バチバチッ、とガーランドとガリルの間で火花が散る。
「気にいらねえ……、気にいらねえなぁ、その態度!」
(! なんだ? ガーランドの足元に黒い、魔法陣?)
ヨシュアは悲哀の上にさらに怪訝な顔を重ねてガーランドとガリルを注意深く観察する。ガーランドを中心にして、足元にドス黒い術式文字が地面を伝い、広がっていく。
ガーランドはまだ気付いていない。
そして、ドス黒い術式文字に折り重なるようにして、赤く発光しはじめる。
(――これはッ!)
ヨシュアが叫ぶ。
「ガーランド! その場から離れろ!」
「――ッ!?」
「ハッ! もう遅ぇ!」
魔法陣は赤黒く発光し、曖昧だった輪郭をはっきりと浮かび上がらせた。紫のオーラを纏った黒いツタがガーランドの巨体を羽交い絞めにした。身動きが取れない。
「全てを闇に喰らえ! 大魔法・ダークネス・イーター!」
高音が鼓膜を伝い、脳をつんざく奇妙な音が鳴り響く。
「うおぉおぉ!」
ガリル以外の全員が耳を抑え、その奇妙な音をやり過ごそうとした。
地面より這い寄る漆黒の影、無数の鎌が、ガーランドを襲う。
「はは、これでメルキドに続きガーランドも始末し……」
「誰を始末するだと? 俺を舐めるな」
ガーランドは無傷だった。静かな怒りを露わに黒い鎌を弾き飛ばす。
「ちっ、力は四兄弟の中で随一だな、ガーランド」
「当然だ。だが、悪ふざけの過ぎる弟には仕置きが必要なようだな、ガリルよ」
「お~怖っ」
ヴィルゴの背中に乗っているジークが「兄弟喧嘩は他所でやれよッ」と再びツッコミのようなクレームを叫んだ。
黒い風がアクネリウスたちを襲う。
赤黒い魔法陣の効果はまだ解除されていなかった。同じ魔法陣が円弧状に複数構築されていく。死角はない。
黒い鎌が上下左右からガーランドだけでなく、アクネリウスやヨシュアに襲いかかる。
すぐには致命傷にはならない程度で黒い風の刃が衣服や薄い皮膚を切り刻んでいく。致命傷にはないらないが、少しずつ血液と共に体力を奪われていく。
まるで殺めることを楽しむかのように徐々に赤黒い魔法陣の範囲も狭まる。
絶対絶命――そのとき、
黒い風――漆黒の鎌に光を帯びた緑のツタが絡まり、その動きを封じ込めた。切り裂こうと鎌を動かすが、ビクともしない。辛うじてだが。
鎌の鋭い先がアクネリスの目前寸でピタリと動きを止めていた。
ガリルから舌打ちが聞こえた。
「――!? あ~、そーいやぁ、もう一匹いたなぁ。〝厄介なエルフ族〟がよぉ~!」
淡いエメラルドグリーンの光壁が、ガリルの放った闇の大魔法をどうにか防いでいる。アルマジロの姿ではなく、エルフ族ジークの姿がそこにあった。
「ッ……お褒めに預かり光栄だね! ウィル、レズリー、今のうちに彼らをッ」
「うん!」
「まかせとけ!」
上空のヴィルゴの背中からウィルとレズリーは飛び降りる。途中、ウィルの風の魔法で落下速度を落とし、ふわりと無事に地面に着地する。急いでアクネリウスの元へ走った。
余裕そうに声を掛けてきたように聞こえたが、さすがのジークも押さえきれるかどうかは五分五分の様子だ。
急がなければならない。
「――アクネリウス、無事ですか?!」
ウィルはすぐさまアクネリウスに近づき、身体を支える。癒しの魔法を発動させる。そこまでひどくは無い傷だったお蔭で瞬時に癒えていく。だが、傷は癒えても流れた血や体力までは回復することはできない。アクネリウスの白い肌はさらに蒼白さを増している。
「はは……お節介者ですね。ウィル……あなたは」
「当然です! 僕はまだあなたと何も話をしていないんです。どうしてこんなことになったのか今も混乱してますよ! だからきちんと全て話してもらいますから!」
「……」
ウィルの手は微かに震えていた。それは恐怖からなのか怒りからなのかはアクネリウスの胸中では計り知れない。ウィルとアクネリウスの間に流れる緊張の空気を打ち消したのは憤怒のガーランドだった。
「ガリルが大魔法を使うとは……厄介だぞ」
ガーランドとヨシュアはアクネリウスの元へ近づき膝を付いた。二人とも心配した視線をアクネリウスに向けている。
「防ぎ切れず申し訳ございません。アクネリウス様」
アクネリウスは「大丈夫だよ」と二人の心配を拭い去ろうと笑みを繕った。
蒼白さを増した笑顔では、たいして心配を拭い去ることはできないが。
「あの快楽野郎、雰囲気が以前と少し違うよな?」
レズリーは顔を少し歪めて上空に漂うガリルを見て言った。
「え?」
ウィルに続くようにアクネリウスたちもレズリーへ視線を向ける。レズリーの隣にウィルが並んだ。
「以前、対峙した時は俺らと年齢は変わらなかったけど、今は少し成長して大人になったつーか……」
「……成長している?」
ウィルの言葉にレズリーは頷いて肯定した。
「感情であるあいつらは、俺らと同じように成長するのか?」
二人の視線は流れるようにアクネリウスへ向かう。膝をついたアクネリウスの肩をガーランドが支えた。
「実に興味深いな。本来ならば、私から抜き出した感情である彼らは成長しない」
「……え~と、つまり、」
ウィルとレズリーは見つめ合い苦笑する。
「あれは……ガリルであって、ガリルではないのだ」
顔面蒼白のアクネリウスの代わりに、ガーランドが静かに応えた。
先程も同じような言葉を発していたのを、ウィルは思い出す。
「どういうことです?」
ウィルの質問に対して沈黙が長く続いた。皮肉めいた瞳をウィルと、彼の傍らに立つレズリーに向けている。
アクネリウスはあからさまな溜め息をついた。
「聞きたいことは私にもある。……なぜ私を、私たち助ける? 私は君たちの……敵だろう?」
再び沈黙が落ちる。
ウィルは静かに深呼吸する。それからゆっくりと吐き出しながら口を開いた。
「あなたは僕らの敵です。そして、両親の死に直結する世界の混乱を引き起こした張本人であるあなたを、僕は許せない。当然でしょう。だって、あなたがマナから魔力を奪わなければ、僕の父さんと母さんは死なずに済んだかもしれない。いや、もしかしたら助からなかったかもしれないけど。それでも、世界に住む住人たちに不安を植え付けた。女神マナが不在の只中で魔力が安定しない今、世界の均衡がどうなるのかもわからないんだ。でも、」
独り言のようなウィルの言葉に、アクネリウスは眉間を寄せて怪訝な眼差しを目の前の青年に送った。
「……アクネリウス、僕は〝優しいあなた〟を恨めない」
「優しい? 私が?」
「そうさ。あなたは優しいエルフだ。優し過ぎるくらいにね。僕の友達のエルフ族は、世話焼きだけど……」
言いながら、魔法障壁をフルで構築し、疲れた表情のジークを遠目で見つめた。同じエルフ族であっても性格や姿は当然違う。当たり前だけど、誰として同じ人種なんていないのだ。種族の擦れ違いとは、そんな些細なことが切っ掛けなのかもしれない、とウィルは思った。
レズリーの手がウィルの肩をそっと抱いた。手のひらのぬくもりが安らぎをもたらす。
種族が違ったとしても、血が繋がっていなくても、手を取り合うことはできるはずだ。
――僕の両親のように。孤児院の皆のように。だから僕は今、ここにいる。
「……ウィル、なぜ」
急に黙ったウィルに、不安を滲ませたアクネリウスの顔がのぞき込んだ。
ウィルはアクネリウスに、大丈夫の言葉の代わりに笑みを浮かべた。
「本が、禁術書が断片的にだけど教えてくれました。あなたの悲しい過去を。大切な人のことも。それにピピンも、あなたのことをとても優しい大賢者様だって言っていたから。精霊であるピピンは嘘はつかない」
ピピン、という単語にアクネリウスの瞳が揺れた。動揺なのか、懐かしく思ったのか。アクネリウスは瞳を伏せて、視線をここではない遠い虚空へと向けた。
「……あの子は――ピピンは、どうしている? 図書館は倒壊したと聞いた。元気でいるのかな?」
「元気ですよ。今は赤ちゃんになっていますけどね。強大な魔力は、今も健在ですよ」
「そう、そうか。あの子が図書館を出たとき、全ての記憶が消え去る代わりに、私の束縛からは完全に解かれるように構築した。あの子は自由になれる。一から、やり直しができるようにと」
ウィルは、ピピンの言葉を思い出す。
『イイ子ニシテイレバ、自由ニナレルンダ』
つまり、ピピンが赤ん坊になったのもすべて、アクネリウスが構築した結果……ということになる。
アクネリウスとピピンの関係は計り知れない。深く、強い絆を感じた。
「図書館を襲撃したのには、理由があったんですね。おそらく原因は〝ガリル〟」
「……ガリルに気付かれるわけにはいかなかった。だからガリル自身に、図書館の襲撃を命じた。すんなり計画は進むはずだったのだが……思わぬ障害にあった」
ああ、僕のことだ、とウィルは唇をきゅっと噤んだ。
ウィルという存在が、計画を大幅に狂わせてしまったのだろう。ピピンの機転によって、禁術書の一部をウィルが〝取り込む〟ことになってしまった。
「何故そんな強行に出たのか僕にはわからないけど……おそらく、簡単に話せるような内容ではないんでしょう? だったら今は、アクネリウス、一緒にガリルを止めましょう。そしてあなたは、ピピンに会いに行くんだ。絶対に」
「……ピピンに、」
微かな囁くように紡いだ言葉には、たしかに慈愛が込められていた。
「ピピンはずっとあなたに逢いたがっているんですよ」
「それはないな。ピピンの記憶は解放されたと同時に消え去るように構築したんだ。だからピピンが私に逢いたいというのは君らのエゴだろう。赤ん坊なら尚更だ」
「……そうですよ。これは僕の勝手なエゴです。でもだったら、なんだって言うんです? 親子が再会して何がいけないんですか? 確かにピピンは今、赤ちゃんで大きかった時の記憶はないかもしれない。それでも、大きかった頃のピピンはあなたに逢いたがっていた」
「……」
アクネリウスとピピンを再会させる。そこにはきっと重要な意味があるはずだとウィルはずっと感じていた。
だから必ず、勝って生きなくてはならない。
そして、ウィルは密かに決意していた。
――僕も、僕の中で眠る力を解放する。
いつか見た、異なる力を持つ存在たちが僕の中には眠っている。まだうまくコントロールできるかわからないけど……レズリーを、みんなを守りたいから――!
ウィルは決意を胸に立ち上がる。
「……力を、解放する――!」
身体の奥から力が溢れる。眩いエメラルドグリーンの光を纏ったウィルの背中に、〝白い翼〟と〝黒い翼〟がそれぞれ二枚づつ発現した。髪が腰の辺りまで伸びて、髪色も淡いエメラルドグリーンに変化する。それらの変化は魔力容量を現すのだろう。ウィルから膨大なマナの力を感じた。同時に女神マナが生存している証とも言える。
今、ウィルは行方知れずとされるガイアの女神マナと繋がっている。
「ウィル」
レズリーに名前を呼ばれて、ウィルは微笑み返す。決意した表情ではっきりと頷いた。
「僕はもう、迷わない」
ウィルの決意に、レズリーも同じく頷き返す。
「ああ。お前の背中は俺が守るぜ、ウィル」
レズリーは鞘から剣を引き抜き、ウィルと並び立つ。
共に闘うために。
勝利するために。
そのために力を求めて、強さを求めた。
ウィルの変貌した姿を目に捉え、アクネリウスは息を呑んだ。しかしながら感情の抜け落ちた顔は無表情のままである。だがピンク色の双眸ははっきりと嬉々とした期待と希望に満ち溢れている。
「……ウィル……そうか、そうだったのか。君は……神族と魔族の……。ふ、ははっ、なんて、なんて素晴らしい日なんだ!」
感情を拭い去ったアクネリウスは端から見ても、表情を全面に出す事はない。動作や瞳の煌めきから今の状態を把握する。それは明らかな興奮状態であった。
これまでウィルの正体は命の危険から守るため厳重に隠して過ごしてきた。
だがすべてを解放した今、もはや正体がバレてしまってもどうと言うことはない。
「アクネリウス。あなたは一体、何が目的でマナの力を遮断したんですか? いや、何が目的〝だった〟んですか?」
ウィルからアクネリウスへの質問は過去系であった。状況からしてアクネリウスも今更、世界をどうこうという段階は過去のものだろうと思えたからである。
「……私は、世界から魔力を根絶し、君のような存在を増やしたかったのだよ。そして彼らが自由に生きられる世界を作ろうとした」
「混血児? ウィルの同じ?」
驚くレズリーに、アクネリウスが微笑み、頷く。
「ああ、そのはじめの一歩として、私はピピンを産んだ」
「「え?」」
話に耳を傾けていたウィルとレズリーがポカンとした表情でアクネリウスを見た。アクネリウスは、無表情のまま瞳に優しい笑みを宿す。
「ピピンは、ヴァルマと私の遺伝子を混同させて産みだした。いわばヴァルマと私の〝子供〟だ」
「「えぇ~?!」」
ウィルとレズリーは驚き、思わず声を張り上げた。
もし上空にいるアクネリウスの義父にあたるヴィルゴが耳にしたら、興奮のあまり辺りが焼き野原になるかもしれない、とウィルとレズリーは自分たちの口を両手で押さえ驚きを押さえ込んだ。いつかはバレることだが、それは今ではない。
ウィルとレズリーは〝ココだけの秘密〟としてひとまずは黙っていることを誓った。
「アクネリウス様」
その声音で場に空気が一瞬で変わった。変えたのはガーランドである。
それまで静かに見守っていたガーランドが、緊張した声音を発した。傍らのヨシュアも緊張の面持ちで上空へと視線を向けている。
ガリルは何もない虚空に座り込み、こちらの様子を呆れた表情で見つめていた。
「おいおい。いい加減、オレ様の相手してくれねえかなぁ?」
律儀にも、こちらの話が終わるのをガリルは待っていたらしい。まるでゆったりとソファで寛いでいるかのように頬杖をついて欠伸を一つする。
快楽を司るガリル。彼はこの戦闘すら楽しんでいる。
楽しい闘いができるのであれば〝座して待つ〟ことくらい、どうということでもないのだろう。
「アクネリウス、話がだいぶ逸れちゃったけど……ここはひとまず僕らは休戦でいいよね?」
「……仕方ないね。うちの子が迷惑をかけるよ。あの子にはキツイお仕置きが必要だ」
まったくだね、とウィルは胸中で肩を落とした。
次の行動に移る。ウィルはレズリーと顔を見合わせると頷き、一歩前に踏み出した。
「待たせて悪かったね、ガリル。僕らは話し合いの結果、共闘して君を倒すことに決めたよ」
クククッ、とガリルが可笑しそうに口角を持ち上げる。ギンッと見開いたその瞳は狂気に満ち溢れている。
ゾッ、と背筋に悪寒が走りぬけた。
「あ~そうかよ。おもしれえ、来いよ。〝多種族共闘〟ってやつをよぉ!」
ガリルを中心に調律の力によって構築された大小の魔法陣が虚空に浮かび上がる。
「はぁ、くそぉ~……私の魔法がちっとも効いてないよ! ムっカつく!」
頭上から大きな怒声が聞こえてきた。
ガリルを押さえていたジークが呼吸を乱しながら、苦虫を噛んだように顔を歪め愚痴っている。傍らのロガが心配そうにジークの身体を支えていた。
ジークは想定以上に魔力を消耗してしまっているようだ。表情からも疲れが見て取れる。
意識を地上に戻し、ガリルを見上げた。
「油断するな。あれは〝ガリル〟であって〝ガリル〟ではない。もはや私の感情の片鱗ではなく、まったく別の〝異種生物〟だ」
「〝異種生物〟?」
アクネリウスは瞼を閉ざして溜め息を吐き出す。
「……すまない。そう言わざるを得ないのだ。私にもアレがなんなのか、これまで生きて蓄えてきた知識の中にも情報が皆無なのだから」
「あんたでもかよ。数千年も生きてきてんのに?」
レズリーの言葉に「ふふ」と微笑しアクネリウスは瞼を持ち上げ、頷いた。
「数千年なんて、ドラゴンロード様に比べれば差ほどでもないさ。私の知識情報にアレに該当する種族は存在しない。おそらくはヴィルゴも同様だろう。寧ろドラゴン種族は多種族との交流を極端に嫌う種族だ」
だがアクネリウスは幼い頃にそのドラゴンに命を救われたのだ。偶然、なのだろうか。
「千年以上生きてきたエルフ族様でもわからねえって……」
レズリーの不安の返しに、地上に居る全員が息を呑んだ。
複数の視線を諸共せず、アクネリウスは吐き捨てるように言葉を続ける。
「つまりアレは、今や地上には存在しない〝新種の進化生物〟だということだッ……」
未知への不安、恐怖といった感情が湧き上がる。
「進化生物……なあ、この世界には〝人間〟は存在してないんだよな。地球から来た俺やロガ以外は。そのウィルは除いて」
レズリーはウィルの顔色を伺いながら慎重に言葉を選び口にしていく。
ウィルは気にしていない様子で頷いた。
「うん。でも何故、今更そんなことを?」
ウィルの言葉にレズリー以外の者が疑問符を浮かべた。一様にガリルへの警戒心を怠らずに額に汗を浮かべている。
「俺、この世界の住民はその進化したゆえの種族なんじゃねえかって思ってさ。はじめはみんな同じで、そこから枝分かれして様々な種族に変異――進化していった。この世界は俺たちの科学が発展した地球世界とは違って、魔法が発展した世界だ。魔力を生み出す〝女神マナ〟がソレだろ? その膨大な魔力を取り組むことでたった一つの種族が竜族やエルフ族、銀狼族、ウサウサ族っつう種族に変化していったんだよ、きっと。俺たち人間だってネアンデルタール人つう最初の人族から何千年も経て今の人間に進化したんだ。だからつまり、俺が言いてえのはガリルは確かに新種の進化生物かもしんねえけど、みんな元は同じだからたいしたことねえってこと!」
意味伝わった? 不安げな表情でレズリーはウィルやアクネリウスたちへ視線を投げた。
皆一様にレズリーの言葉をぽかんとした表情で聞いていた。
「な、なんか言えって、ウィル!」
「え、ああ、うん。レズリーは凄いな」
「もしかして馬鹿にしてる?」
違う違うと、ウィルは頭を横に振り、涙目になったレズリーを身振り手振りで必死にフォローする。
レズリーの言葉で緊張の空気が再び変化した。
溢れ出していた恐怖や不安が薄らいだのだ。
口元に手を添えて思案するアクネリウスが驚きと納得の表情で口を開いた。
「なるほど。元々は一つの種族がマナの魔力よって枝分かれした、か。おそらくは魔力の配分量によって違いが現れる。……君は、レズリー言ったか? 実に面白い見解だ」
レズリーは破顔して、傍らのウィルに勢い良く向き直る。
「おいウィル! 俺、大賢者アクネリウスに褒められたぞ!」
ニコニコと幼い子供のように少し興奮気味に笑うのレズリーに、ウィルも表情を緩める。
否、その場にいる全員がレズリーの突拍子もない話に固くなっていた肩を撫で下ろし、笑みを浮かべていた。
アクネリウスのサクラ色の瞳が真っ直ぐにガリルを見上げる。
「ガリル、お前は私の片鱗にも関わらず私の元から離れ、あげくメルキドをも取り込み力を得た。そこまでして一体何を求めている?」
落ち着いた声音が澄んだ空気に溶けて響き渡る。
ピシッ、と空気が変わった。淀んだ空気はガリルを中心に広がりつつある。
「何を求めている、だと? んなこたぁ始めっから決まってんだろーが。オレ様が望むのは……このくだらない世界の〝破滅〟だ――!」
「――なっ!」
ウィルはガリルを見上げながら小さく言葉を溢した。そんなことをして、一体何が残るのだろうという困惑の表情が浮かぶ。
感情が覆い被さるようにアクネリウスの表情も厳しいものになる。四つの感情が抜け落ちている彼の精一杯の嫌悪の表れだった。震える唇でアクネリウスは言葉を紡ぐ。
サクラ色の瞳は怒りを含み、淡い赤を混ぜていく。
「ヴァルマが愛したこの世界を滅ぼすだと?! そんなこと、この私が許すとでも? ――愚かな!」
世界はくだらなくなんて無い。ヴァルマに出逢って、そのことにようやくアクネリウスは気付いた。ヴァルマ亡き今、世界を残しつつ、魔力だけを消滅させようとしたのだ。
マナの魔力によって進化をとげてきた世界と多種族。それらはこれまで命を繋いできた過去の遺産。
アクネリウスは今、まさに悔やんでいた。
数少ない友人であり、魔力の根源であるガイアの女神マナをこの世界から消し去ろうとしたこと。
それにより一時は魔力が枯渇し失った、幾千、幾万もの大多数の命たち。
たった一人の男を愛したことによって生じた暴挙だった。
種族の違いを超えて〝新世界〟を作ろうとしたアクネリウスにとって、これから生まれる種族の進化は希望そのものなのだ。
そう、例えば――神族と魔族の混血児ウィリアムがまさにその例である。
――私から引き剥がした感情の一部が奇行に走り、ヴァルマの魂が眠る世界を滅ぼそうとしている。
それはなんとしても防がなければならない。命に代えても――。
「ガリル……お前の好きにはさせないぞ」
アクネリウスの言葉に対して、ガリルは鼻で笑った。
「世界から〝マナの力〟を消し去ろうとした張本人がよく言う」
「たしかに、私は世界からマナを消し去ろうとした。だが、滅びを望んだことは一度もない。ガリル、お前は……本当に私の〝感情の快楽〟なのか?」
今にして思えば、ガリルに関しては不審な点が多すぎるとアクネリウスは思っていた。
本来ならば、感情の一つが単独で行動することは決してない。否、出来ないのが常。
倫理に囚われ過ぎなのだろうか。
感情は、アクネリウスという本媒体からの命令によって動くことが可能となる。
本当にガリルは類稀な異種生物なのだろうか。
それにしては統率が取れ過ぎている気がしてならないのだと、アクネリウスは考える。
まるで何者かに〝背後から操られている〟ような。考えを飛躍し過ぎなのだろうかと。
「……どっちでもいいね。俺様の望みは〝世界に滅びを呼ぶこと〟だ――!」
「〝世界に滅びを呼ぶ〟? 呼ぶとはどういう意味だ? ガリル、やはりお前は……」
口角を持ち上げ、ガリルは瞬きもせずにアクネリウスを見下ろしている。
その表情には静かな狂気が満ちていた。
ガリルはおもむろに右手を掲げる。黒い光が手のひらに集約していく。
本来持つ〝青い炎〟とも〝調律の力〟とも異なる魔力が、ガリルの右手に集中する。
アクネリウスにもその未知の力に困惑し、額に汗を浮かせている。
ウィルたちは身構え、集約する強大な魔力に意識を集中させた。
「油断するな! 来るぞ――!」
上空で待機していたヴィルゴの声とほぼ同時だった。
ガリルは集約させた魔力を地上に叩きつけるように右手を振り下ろした。
巨大なハンマーで押し潰される感覚。グッと一気に〝見えない力〟に押し潰される。
上から重い空気の塊りによって押し潰される感覚。
ヴィルゴは飛行できず真っ直ぐに地面に巨大な身体を叩きつけられた。背中に乗っていたジークとロガは無事なのだろうか。
咄嗟に自身の魔力で壁を作り、いきなりペシャンコになる最悪を防いだものの、それでも立っていることは間々ならず、ウィルたちは膝、両手を地に着けた。
辛うじて、アクネリウスだけがどうにか両足で立ったまま持ち堪えている状況。彼の微力ながらの魔力だけでその場に居る全員が持ち堪えているのだ。
しかしながら、それ以上の抵抗が出来ずにいた。
アクネリウスが魔力を解いてしまえば、この場にいる全員はただではすまないだろう。
その中でも特に、魔力を持たない生身の人間であるロガの命が危ぶまれる。
ヴィルゴ、ジーク、ロガは地面に叩きつけられたものの惨事は免れたが、上からの強い圧力魔力が容赦なく二匹と一人を押し潰されそうになっているのはウィルたちと同様である。
すぐ側でジークに寄って圧死だけは免れているようだが、もはや時間の問題であった。
ロガは口腔内のどこかが切れたのか、口角から赤い血が滲み出ていた。
「ぐぅ、うぅう……ッ!」
「……ッ、ロ、ガ……くそッ!」
ジークは悲痛な表情で苦しむロガからアクネリウスへ視線を向ける。
この窮地を脱することができるのは、今のこの場ではアクネリウスのみだった。
ウィルも魔力ではアクネリウスに匹敵する力を持ち合わせているが、対応する経験値が足りない。
すべてはアクネリウスに委ねられた。
「――!? (私の魔力を遥かに凌駕している! このままでは……!)」
アクネリウスは耐えながらも鋭い視線をガリルへ向ける。
「ッ……我が片鱗の分際で……!」
「はっ! その片鱗に、あんたは今日ここで消えんだよ……アクネリウスゥゥッ――!!」
ガリルのもう片方の掌から青い炎が迸る。骨をも焼き尽くす百熱の炎が空中を舞いながら、まるで生き物のように青い炎はとぐろを巻きアクネリウスの周りをグルグルと周回。このまま焼かれるのかと思いきや、圧縮された空気と青い炎が上昇気流を生み出し、砕かれた地面ごとウィルたちを上空へと舞い上がらせた。絶対絶命――同時に絶好の好機をアクネリウスにもたらした。このチャンスを逃すまいと、アクネリウスは残り少ない魔力を一点に集中させていく。
「――ガリルッ!!」
アクネリウスは抵抗し、ガリル目掛けてカウンターを仕掛けた。
魔力しては僅か微量。それでも仕掛けるタイミング次第では大きな衝撃となる。
微量ながらも渾身の魔力を叩きつけてガリルの身体を弾き飛ばした。しかし、そう来るだろうとガリルは予期していたのだろう。ガリルの口角が嫌味なほど持ち上がる。
「――ッ!?」
アクネリウスはカウンターのさらにカウンターをくらい、上空へと吹き飛ばされた。
完全にバランスを崩し、頭に衝撃を受けたのか、アクネリウスの意識は朦朧とした。
一方でウィルたちも同様に声を出す暇もなく上空へと投げ出されていた。上下逆さまの世界。ただ痛みに耐え、上空に浮かんだ身体をどうにかして地上に着地させなければ、致命傷になりかねない。
「ッ!」
ウィルは身体のバランスを元に戻すべく、腰を捻る。白と黒の翼を羽ばたかせ、どうにか飛ぶことが出来た。地面に落ちていくレズリーや仲間たちを目に捉えた。
迷っている暇はなかった。ひとまずはレズリーの元へ。身体でキャッチして、次いでロガとジークの元へ飛んでいき、浮遊魔法を構築、発動させた。
ヴィルゴは自身の翼を背中にはやして事なきを得た。
――アクネリウスはどこ?!
視界を左右に行ったりきたりを繰り返す。脳が激しく揺れるのなんて構ってられない。
視線の先で地面に落下していくアクネリウスを捉えた。しかし今から飛んでも間に合わない。ウィルは一か八か、魔力を一点集中。アクネリウス目掛けて魔力を解き放った。
致命的な最後の一撃をガリルはアクネリウスに放とうとした――その時。
ガリルの目の前に居たアクネリウスの姿が突如として消えた。
「――何!?」
ガリルが驚愕の表情を浮かべ、有り余った魔力を手に左右を見渡す。
白と黒の翼を羽ばたかせたウィルが両手を前に出し、魔法陣を構築していたのがガリルの視界に入った。
ガリルの見開かれた目元に血管が浮かび上がる。
「……ウィリアム――!」
いつもの〝ウィルちゃん〟ではなく、フルネームで名前を呼ばれ、ウィルは肩を震わせた。
遠く離れた場所に居たアクネリウスは、ウィルの機転により〝転移の魔法〟で身体ごと虚空より消え去ったのだ。
「残~念だったな、ガリル!」
背後からの余裕の声。
完全な視覚外――ジークは気配を消したヴィルゴと共に油断していたガリルの背後から近付き、会心の魔力撃を放った。大出量の魔力の球体がガリルに命中する。
「――~~ッッッッ!?」
声を出せないまま、悔しそうに奥歯を食い縛るガリルは致命的な大ダメージを受けた身体にも関わらずジークを見据え、
「――クソッ! 神魔の混血児にエルフ族ッ。〝今回〟も邪魔を……ッ」
覚えていろッ、と怒りを露わに言い放ち、その姿を虚空に消し去った。
ウィルの魔力を受けたアクネリウスは一匹、遥か虚空を猛スピードで飛んでいた。
残り最後の魔力を放出した結果、全身の自由が利かず、ただ飛ばされるままになっている。
薄れいく意識の中でアクネリウスは自分自身に失望と後悔に駆られていた。
――あと少しで……あと少しで〝希望〟を掴み掛けたのに。君の元へ、行けたのに……ヴァルマ。
……ああピピン、ごめんね……――。
ピピンに向けて胸中で謝罪した。側にいてやることができなかった自責の念が感情を抜き取ったはずのアクネリウスの胸を締め付けた。
意識はどんどんと遠退いていく。眠ってはいけないとわかっていてもどうすることもできず、失意に奥歯を噛むことしか出来なかった。
快楽司るガリルという感情は意思を確立し、さらにはアクネリウスの感情の魔力を呑み込み、想像を絶する力を保有してしまった。
アクネリウスの完全な失態。
個々の感情が、これほどまで強大に膨れ上がるとは予想していなかった。
想いも寄らない誤算。
――いや、私はわかっていたはずだ。感情を捨て去り、押し潰されないように見て見ぬフリをしたツケが回ってきたのか。
自分勝手な想いで、関係のない者たちまで巻き込んだ私の罪の罰――。
瞼が閉ざされる。その瞬間、身体が何かに触れた。緑と土の匂いが鼻についた。
どうやら、無事に何処かの地上に着地したようだ。しかしアクネリウスの意識はそこで途絶えた。
それが幻影であることはすぐにわかった。意識が途絶える寸前、記憶にある微笑みを湛えたヴァルマがまだ赤ん坊のピピンを抱きかかえ、アクネリウスを見つめていた。
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「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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執着
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詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
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カクヨムに書き溜め。
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