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プロローグ

06話 名刻 part2

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 昔、奴隷仲間だった元教師のおじさんに教えて貰って、少しだけ文字が読めた僕は、『魔物の上手な捌き方』という本をパラパラとめくって読んでいた。

 少ししか教わっていないため読めない文字も少なくない。そういう場合は挿絵を参考にして読み進めていった。

 ーー内容は、うん。魔物の上手な捌き方でした。

 しばらく経って、水棲魔物の捌き方まできた時に扉をノックする音が聞こえた。

 「準備が出来たから、部屋を移動して欲しいのだけど立てそう?」
 「たぶん、大丈夫です」
 「辛かったら、私に捕まっていいから」

 そう言って、ヒナは僕の背中を支えてくれる。
 支えてくれているヒナの腕は雪のように白く、細い。僕の体重をかけたら折れてしまいそうなほどだ。

 そう思った僕はなるべくヒナに体重をかけないように、ふらつく自分の足を必死に動かして歩いた。


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 部屋から出て、長い廊下をまっすぐに進む。外から見た時には想像がつかないほど家の中は広かった。

ーーきっとなにか魔法のようなものなのだろう。

 僕は今更驚かなかった。今まで魔導士という貴重な存在に出会ったことは無い。

 ただ、僕の傷を癒し、魔力を調べる魔道具を持っているような人がただの人であるわけがないという事は流石に鈍い自分でもわかっていた。

 (ヒナさんは人間ヒューマンかどうかも定かじゃないし・・・)

 今、「実は神様でした」とか、「君を迎えに来た死神だよ」とか言われてもあまり驚かずに受け入れられると思う。さすがに全く驚かないということはないと思うが。


 少年がそんな失礼なことを考えているうちに2人は床に大きな魔法陣の書かれた部屋にたどり着く。


 「よし、じゃああなたはそこの魔法陣の中央に座ってて」
 そう言ってヒナは僕を魔法陣の中央に座らせるとガサガサと机の上をあさり、魔道具らしきものを集めだした。


 「・・・あの、僕は何をすれば?」
 「今から名刻ノ契めいこくのちぎりをする。あなたは私に応えるだけでいい。」
 「応えるだけ・・・ですか?」 
 「そう。是なら是。否なら否。きちんと応えてくれれば問題ない」
 「わかり、ました。お願いします」

 覚悟は決まった。いや、もとより決まっている。
 名前を聞いたこともない魔法に恐怖がない訳では無い。でも、僕はヒナさんを信じたいと思う。だから信じる。

 緊張している僕を見た彼女は僕のそばに来て遠慮がちにそっと頭に触れる。

 「私はあなたを害する気は無いわ。だから、そんなに緊張しないで」
  そのまま優しく僕の頭を撫でてくれる。
  大切なもののように優しく触れてくれる彼女の手は気持ちよく、からだの緊張がほぐれていった。

 温かい手が僕の頭から離れ、名残惜しくそのあとを目で追うと懐から小さなガラスのビンを取り出した。中には透明な水のようなものが入っていた。

 「ちょっと冷たいかもだけど、ごめんね。がまんして」
 そう言ってヒナはビンの中身を僕の頭や体にかけた。一瞬ビクッとなってしまったが、別に体のどこにも異常はなかった。

 「あの川の水よ。飲まなければ害はないから濡れて気持ち悪いかもしれないけれど、少し我慢してて」
 僕の頭をもう一度なでてからヒナは魔法陣の上から去った。

 「始めるわ」

 魔法陣から出て僕の正面に立ち、宣誓した。
 その途端、彼女から膨大な魔力が溢れ出る。黒紫色をした魔力は足元の魔法陣に吸収され、彼女の色に染め上げられていく。

 その膨大な魔力の渦の中心でヒナは謳う様にして詠唱をする

 『森の守護者ヒナ・フォーレス・エディルの名において彼の者に名を与えちぎりを結ばん』

 『其の心、其の魂、其の躯、我らと共に』

 『顕すは翼。万物に癒しを与えまた裁きを与う』

 途端、僕を中心に白銀の魔力が集まり、僕の体を優しく包み込む。温かい大きな翼で守られたような感じがする。

 『名刻するは白。名はシロナ』
 彼女の詠唱に合わせて白銀の魔力が大きくなっていく。

  『汝、我らと共にありたいと願うのならば己が血を示し、ちぎりを交わせ』

 魔力の波によって黒く輝く髪をなびかせたヒナは視線を僕の横に移す。
 その視線につられて横を見ると、いつの間にか白銀に輝く短剣が置かれていた。

 ーー血を示す・・・

 とっさに僕はその短剣を使い、自分の手を切り裂いた。

 手から伝った赤い血は床の上に落ち、部屋が一瞬光に包まれた。そして僕の血は黒紫色の魔法陣の中に吸い込まれていく。
 
 すると、僕の血を吸い込んだ部分を中心に黒紫色の魔法陣が白銀に色を変えていく。

 僕はその神秘的な様子から目が離せなかった。
 最後の黒紫の光が白銀に染まる。部屋は白銀の光に包まれた。

 そしてヒナは先程までと同じく、謳う様にして詠唱を続けた。
 
 『血は示された。これより、彼の者の名はシロナ。我と共にあり、我と共に生きるちぎりを刻む』

 ヒナがそう謳いきったその時、僕の右手になにか温かいものが触れた気がした。
 驚いて右の手を見ると、手の甲のあたりに白色の複雑な紋章が浮かんでいた。

 『これにて、ヒナ・フォーレス・エディルとシロナとの名刻ノ契めいこくのちぎりおわりとす』

 彼女が謳をとめると、渦巻いていた魔力も消失していった。

 ちぎりが終わったあとには、僕と彼女だけが残された。足元の魔法陣も綺麗に消えていた。

「どう?シロナって私が考えたの」
 未だに紋章に見入っていた僕にヒナが笑顔を浮かべながら手を伸ばす。
 差し出されたその手に右手を乗せるとふわっと引っぱり、僕を立たせてくれた。

 「シロナ・・・僕の、名前・・・ありがとう、ござ・・・ます」
 お礼を、言おうと思ったのに嗚咽のせいでうまく言葉が出ない。
 ここに来てから、何度目か分からない涙を僕は流していた。

 (やっと・・・自分の、名前をもらえた・・・嬉しい・・・本当に)

 「ありがとう、ござ、います・・・っ」
 
 泣きじゃくる僕の頭を優しくヒナは撫でてくれた。
 僕は、優しくて温かいヒナの手がとても好きになった

 「気に入らない、とか言われたらどうしようと思ってたけど・・・喜んでもらえてよかった」
 

 「シロナ、改めてこれからもよろしくね。私はヒナ。ヒナ・フォーレス・エディル。長い名前は嫌いだからヒナでいい」
「わかり、まし、た。僕は、シロナ、シロナです」
  「うん、よろしく。シロナ」

 そんな涙でぐちゃぐちゃになった僕の顔をヒナは優しく拭ってくれた。
 

 儀式の最中に体に感じていたヒナの魔力はとても温かかった。魔力を通じて、ヒナが僕のことを大切にしようとしてくれているのも感じた。
 魔力は人の思い。嘘をつく事は無い。心から、信じることが出来た。




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 そして僕はここから、新しい一歩を踏み出す。

 心優しい女性と黒猫と共に。
 この森から、僕シロナの物語は始まる。







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 プロローグ終わりました。
長かった・・・。プロットとか下書きとかなく始めてしまったばっかりに・・・。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
 次章でも頑張っていきたいと思っているので温かく見守ってやってください。
 
 
 
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