11 / 34
第3章 妖精女王と幼女の謁見
3-2
しおりを挟む
それから数分。
鬱蒼とした森の木々がいきなり途切れ、頭上にポボスとデイモスの放つ白銀の光が満ちるころ、学校のプールよりもわずかに小さい円形の泉が現れた。
泉の周りは背の低いやわらかそうな草に覆われ、背後の木の根がぼこぼことしている歩きにくい場所とは大違いだ。
暗闇に突然白銀の光が降り注いだ様な、幻想的な光景に私だけじゃなく、ユルヘンもほぉっと息を吐いて見とれている。
「女王がいらっしゃるわ、人間、心をしっかりと持ちなさい」
フィの声と同時かそれよりわずかに後、それまで何も無い泉の中に突然四角い無骨な岩が現れた。まるで今まで画像の消しゴム機能で消されていたかのように、何の予兆もなくだ。
その岩に注意を向けていると、今度はリィイン、リィインと金属製の風鈴の様な音が最初は小さく、次第にうるさいぐらいに響き、最後には顎が揺れて歯が勝手に音を出すくらいの波動の様なものになった。耳は同じ音ばかり聞いたせいでとっくに馬鹿になりかけている。
うるさ~いと、怒鳴ってやりたいけど、口をあけて喋っているつもりなのに、声を発している感覚が無い。なんだろうこれ?静寂の魔法でもかけられた?
「女王陛下のお出ましであるっ、みなのもの頭を垂れよ、心に賛美を持ち、謁見を喜ばれん事を」
腹の底に響く重低音の男の人の声だった。
いつの間にか、金属製風鈴みたいな音は止んでいた。
音のせいで自然に下がっていた首を少しだけ動かすと、泉の周囲に八人、子供が護衛をする様に水を背にして立っている。
手にはそれぞれ槍とか旗とか持っていて、本当の護衛兵みたいに見える。
子供じゃなければ、だけどね・・・。
そして、中央の先ほど見た岩の上には薄い布を幾重にも重ねた服を着た、裸足の人がいた。これ以上首を動かせば護衛兵の人に怒られてしまうだろうから、見えたのは足だけだ。
「女王、フォンタインフィ様、賢き世界の賢者、大いなる力の調整者様、ここにお伝えしておりました人の子を連れてまいりました」
先ほどまで、どこか軽い雰囲気を持って道案内をしてくれたフィも、厳かな語り口で女王に話しかけている。前の世界でこんな光景は見た事がないから、ドギマギだ。偉い人とか言っても校長とか父兄にぺこぺこしていたし、議員さんとかも選挙カーから降りて普通のおじさん、おばさんにぺこぺこして握手していたのしか見たことがない。
つまり、これが女王ってことなんだろう。
「人の子、名はなんと言う?」
深く柔らかく、その言葉はすっと私の中に入ってきた。人ならユルヘンもいるからもしかしたら私が聞かれたのでは無いかもしれないけど、私は自然に口を開いていた。
「じょ、女王様、わたしは、ハルと言います、人間です・・・」
「・・・」
顔を上げずに答えたから、私の返答に妖精女王がどんな表情をしたかまったくわからない。沈黙が重い。護衛兵の皆さんも道案内してくれたフィも、女王の質問に言葉を挟めるはずも無く、場がピーンとした静けさに包まれる。
も、もう、この沈黙、神経が辛い・・・。
「あの、妖精女王?」
「ふむ、面白きかな人よ、お前はハルと言う名だと言っておるが、それは必ずしも真実ではない、真実ではないならばこの私を謀った罪で万死を与えるところだけど、全部が全部嘘でもない、面白きかな人よ」
妖精女王が何を言っているのか最初意味がわからなかったがけど、つまり、私の体はハルで間違いないけれど、中身が違うって言っているんだと思う。
さすが妖精女王。どこかのラノベでも読んだ事の無いキャラだけど、女王って言うくらい凄いんだ。
この世界に来て、まだ私が私であることを誰にも気づかれていない。ユルヘンにはちょっと失敗してバレそうだけど・・・。
それでも会って一分でバレるなんて。
「えっと、そ、その事について、じゃない、つきましてわ、自分でも良くわからないっ、わからないのです女王」
「・・・、ふふっ、良いよ人間、もう頭を上げなさい、そんなに緊張していると話もろくに出来ないではないか、そちの名、ハルがまがい物では無いことは我にはわかるしの」
「女王?少しは威厳を保ちませぬと・・・」
横の護衛兵さんにたしなめられる妖精女王だったが、軽く手を振って制す。
「あ、あの、よろしいのですか?」
「構わないわよ、本当はね、この堅物たちが言うからやっただけでね、我は最初から貴方を恩人として遇するつもりだったのだから、ほらほら顔を上げて?」
「はい・・・」
なんか事情は判らないけど、促されて顔を上げてみる。
視線の先には大きな黒目と長いウェーブのかかった黒髪が腰まで伸びている。幾重にも重ねた布はきっちりと体を覆うのではなく、肩にかけたような状態で、合わせ目から白い肌が見え隠れしている。
「綺麗・・・はっ、すみません」
つい見とれてしまった。
絵画の世界というか、つまり幻想的過ぎてもう凄い。厳かな雰囲気と茶目っ気ある笑顔で、男の人だけじゃなく、女の人だって簡単に魅了出来そうだ。
「うふふっ、良い良い、本当に面白きかな人よ、便宜上はハルと呼んだがよいか?」
「はいっ妖精女王様」
「女王様は止めて、恩人であるからハルには私をフォンと呼んでよいぞ」
「ありがとうございます、フォン様」
いくら女王様は止めてといわれたからって、フォンといきなり呼び捨ては難しい。
「ここで、ハルには小さきフィを助けてもらった礼をしたいと思う、しかしその前にハルは自身の状態を聞いておいてもらいたい」
「お願いいたします」
ぜひ聞いておきたい。
なんかのスーパーパワーで私の状況が判るのなら知りたいし、帰れるなら早く帰りたいんだ。
「まず、ハルよ、そなたの本当の名を持つ魂は、すでにこの世界に定着を始めておる、体の器をなくしたとて、この世界に留まることになる」
死んだら元の世界に戻れるんじゃないかって思ってたけど、駄目でした・・・。
本当、元の世界に戻る方法は無いのかな?
「次にその体の魂であるが、まだその体の中にいるぞ、黒くて小さく硬い壁に覆われて、石粒のようではあるが、まだ体の中にいるのは間違いない」
あれ~ハルの魂もまだ体の中にいるんだ。それって私が眠りについたりとかしたら出てくる感じなのかな?夜と昼で人格違う的な二重人格とか?
「それはない、この石粒の様な魂は世界の理を拒否しておる、もしこの魂に体を預けたとて、すぐに死してしまうであろうな、だが未だに本能の一部が体に影響を与えているのう」
やっぱり。私の異常な飢餓感はこのハルの魂の欠片のせいって事だ。
彼女がこの体を使っていたころの強い想いとかが残滓として体に影響を与えているって事か・・・。
「そんなぁ、じゃあもうその魂は助けられないの、ですか?」
「わからぬな、本来であれば体に残っているのがおかしな現象での、消えるのか、ずっと残るのか皆目検討がつかぬよ」
そっか、妖精女王をしても判らないなら、私程度に判るはずも無い。間借りしている私としては気まずいけど、とりあえずこのままやっていくしかなさそうだ。死んでも元の世界に戻れないなら、とにかく生きるしかないし。
「えっと、ハル、それってどういう?」
背後で私と妖精女王の会話を聞いていたユルヘンが、勇気を出して聞いてきた。彼の性格上、他人が話している所に口を出すなんて出来ないだろうに、あえてそれをやるにはかなりの勇気が必要だったろう。
「ごめんね、ユルヘン、私はユルヘンの知っている私じゃないの、ハルはね、まだいるけど体を動かしたくないからって隅っこで小さくなっちゃって、だから今は私がハルの体を借りているんだ」
隠しても仕方が無い。私にも良く判らなかったけど妖精女王の言葉で判った事もある。この体の元の持ち主であるハルの魂がなくなっていない事と、私がやっぱり異世界から来たって事だ。可能性の一つとして、これはハルである私があまりの暮らしの辛さに狂ってしまい、一人夢で、私うという人格を作り出したのかもしれないとか、そんな事も考えていたんだ。
「そんな、ハル、じゃあ、ハルはもうハルじゃないの?」
「そう、だね、ユルヘンが知っているハルって事なら、今日から違う」
「今日から?」
「今日ユルエンに会った時はもう私はハルじゃなかったの、彼女がどうして体の中に引きこもったかは知らないけど、いつの間にか私は彼女の体を借りていた・・・」
「そう、なんだ・・・」
う~ん、やっぱりって言うか当たり前って感じでユルヘンを落ち込ませてしまった。本当にそうはさせたくなかったけど、嘘はいやだ。
ユルヘンは私から力なく離れると、一人で膝を抱いて蹲ってしまった。
「良いか?すでにその体の支配権はソナタだ、もし望むなら前の持ち主の魂をこちらで預かることも出来るぞ?」
「それって・・・」
「そうすればソナタの体に対する影響は無くなる、体の支配権を確実にするということだな」
そうなれば体から発する飢餓感はだいぶマシになるだろう。少なくとも道端の草を食べようとは思わないかもしれない。
「どうする?」
「すみません、フォン様、それは遠慮しておきます」
「よいのか?」
「ええっ、私は所詮間借りしている異世界の人間ですから、本来の持ち主がいるなら彼女が出てきて、返せ~!って言ってきたら考えます、それまでは私が借りて生きていきます」
いくら体の支配権を他人に譲り、魂の隅っこに引きこもったとしても、この体の持ち主はハルであって私ではないんだから。
「ねぇ、ユルヘンそれじゃあ駄目かな」
未だに膝を抱いているユルヘンに語りかける。ぴくっと動いたから聞いていないわけではないようだ。
「私が今は、ハルの体を借りているんだけど、彼女が表に出たくなるまでって事でいいかな?私も今の今、ハルを見捨ててどっかに行こうってのもなんか無責任な気がするの、私はわたしが出来る限り、今は彼女のためにも私のためにも、生きようと思うんだ」
私も彼女と同じように生きるのをあきらめたら、このハルという体と魂はなくなってしまう。だから、とにかく生きようと思うんだ。彼女の飢餓感を乗り越えて腹一杯ご飯が食べれるようになったら、彼女も表に出ようかなって思うかも知れないし。
「・・・・・・う、うん・・・」
か細い声だったけど、しっかりと私の耳には聞こえた。
「ありがとうユルヘン」
「昔のさ、ハルだったら、スヒァーと睨み合いとか、妖精食いに立ち向かったりさ、しなかったんだ、でも今のハルはした、凄いなって思うし、今はもっと凄い妖精女王様とか会ってるし、知らないだろうから教えておくけど、妖精女王様ってね世界に魔法を伝えた十三人のうちの一人なんだよ」
「前のハルのが良かったの?」
「いいや、今のハルも魂のどっかは前のハルなんでしょ、ならそのハルを蹴飛ばして起こすくらい美味しい物をおなか一杯食べれる様になったら、きっと、ずるいよぉとか言って出てくるかも?」
「あぁ、やっぱりハルってそんな感じの子」
「うん、そんな感じの子さ」
鬱蒼とした森の木々がいきなり途切れ、頭上にポボスとデイモスの放つ白銀の光が満ちるころ、学校のプールよりもわずかに小さい円形の泉が現れた。
泉の周りは背の低いやわらかそうな草に覆われ、背後の木の根がぼこぼことしている歩きにくい場所とは大違いだ。
暗闇に突然白銀の光が降り注いだ様な、幻想的な光景に私だけじゃなく、ユルヘンもほぉっと息を吐いて見とれている。
「女王がいらっしゃるわ、人間、心をしっかりと持ちなさい」
フィの声と同時かそれよりわずかに後、それまで何も無い泉の中に突然四角い無骨な岩が現れた。まるで今まで画像の消しゴム機能で消されていたかのように、何の予兆もなくだ。
その岩に注意を向けていると、今度はリィイン、リィインと金属製の風鈴の様な音が最初は小さく、次第にうるさいぐらいに響き、最後には顎が揺れて歯が勝手に音を出すくらいの波動の様なものになった。耳は同じ音ばかり聞いたせいでとっくに馬鹿になりかけている。
うるさ~いと、怒鳴ってやりたいけど、口をあけて喋っているつもりなのに、声を発している感覚が無い。なんだろうこれ?静寂の魔法でもかけられた?
「女王陛下のお出ましであるっ、みなのもの頭を垂れよ、心に賛美を持ち、謁見を喜ばれん事を」
腹の底に響く重低音の男の人の声だった。
いつの間にか、金属製風鈴みたいな音は止んでいた。
音のせいで自然に下がっていた首を少しだけ動かすと、泉の周囲に八人、子供が護衛をする様に水を背にして立っている。
手にはそれぞれ槍とか旗とか持っていて、本当の護衛兵みたいに見える。
子供じゃなければ、だけどね・・・。
そして、中央の先ほど見た岩の上には薄い布を幾重にも重ねた服を着た、裸足の人がいた。これ以上首を動かせば護衛兵の人に怒られてしまうだろうから、見えたのは足だけだ。
「女王、フォンタインフィ様、賢き世界の賢者、大いなる力の調整者様、ここにお伝えしておりました人の子を連れてまいりました」
先ほどまで、どこか軽い雰囲気を持って道案内をしてくれたフィも、厳かな語り口で女王に話しかけている。前の世界でこんな光景は見た事がないから、ドギマギだ。偉い人とか言っても校長とか父兄にぺこぺこしていたし、議員さんとかも選挙カーから降りて普通のおじさん、おばさんにぺこぺこして握手していたのしか見たことがない。
つまり、これが女王ってことなんだろう。
「人の子、名はなんと言う?」
深く柔らかく、その言葉はすっと私の中に入ってきた。人ならユルヘンもいるからもしかしたら私が聞かれたのでは無いかもしれないけど、私は自然に口を開いていた。
「じょ、女王様、わたしは、ハルと言います、人間です・・・」
「・・・」
顔を上げずに答えたから、私の返答に妖精女王がどんな表情をしたかまったくわからない。沈黙が重い。護衛兵の皆さんも道案内してくれたフィも、女王の質問に言葉を挟めるはずも無く、場がピーンとした静けさに包まれる。
も、もう、この沈黙、神経が辛い・・・。
「あの、妖精女王?」
「ふむ、面白きかな人よ、お前はハルと言う名だと言っておるが、それは必ずしも真実ではない、真実ではないならばこの私を謀った罪で万死を与えるところだけど、全部が全部嘘でもない、面白きかな人よ」
妖精女王が何を言っているのか最初意味がわからなかったがけど、つまり、私の体はハルで間違いないけれど、中身が違うって言っているんだと思う。
さすが妖精女王。どこかのラノベでも読んだ事の無いキャラだけど、女王って言うくらい凄いんだ。
この世界に来て、まだ私が私であることを誰にも気づかれていない。ユルヘンにはちょっと失敗してバレそうだけど・・・。
それでも会って一分でバレるなんて。
「えっと、そ、その事について、じゃない、つきましてわ、自分でも良くわからないっ、わからないのです女王」
「・・・、ふふっ、良いよ人間、もう頭を上げなさい、そんなに緊張していると話もろくに出来ないではないか、そちの名、ハルがまがい物では無いことは我にはわかるしの」
「女王?少しは威厳を保ちませぬと・・・」
横の護衛兵さんにたしなめられる妖精女王だったが、軽く手を振って制す。
「あ、あの、よろしいのですか?」
「構わないわよ、本当はね、この堅物たちが言うからやっただけでね、我は最初から貴方を恩人として遇するつもりだったのだから、ほらほら顔を上げて?」
「はい・・・」
なんか事情は判らないけど、促されて顔を上げてみる。
視線の先には大きな黒目と長いウェーブのかかった黒髪が腰まで伸びている。幾重にも重ねた布はきっちりと体を覆うのではなく、肩にかけたような状態で、合わせ目から白い肌が見え隠れしている。
「綺麗・・・はっ、すみません」
つい見とれてしまった。
絵画の世界というか、つまり幻想的過ぎてもう凄い。厳かな雰囲気と茶目っ気ある笑顔で、男の人だけじゃなく、女の人だって簡単に魅了出来そうだ。
「うふふっ、良い良い、本当に面白きかな人よ、便宜上はハルと呼んだがよいか?」
「はいっ妖精女王様」
「女王様は止めて、恩人であるからハルには私をフォンと呼んでよいぞ」
「ありがとうございます、フォン様」
いくら女王様は止めてといわれたからって、フォンといきなり呼び捨ては難しい。
「ここで、ハルには小さきフィを助けてもらった礼をしたいと思う、しかしその前にハルは自身の状態を聞いておいてもらいたい」
「お願いいたします」
ぜひ聞いておきたい。
なんかのスーパーパワーで私の状況が判るのなら知りたいし、帰れるなら早く帰りたいんだ。
「まず、ハルよ、そなたの本当の名を持つ魂は、すでにこの世界に定着を始めておる、体の器をなくしたとて、この世界に留まることになる」
死んだら元の世界に戻れるんじゃないかって思ってたけど、駄目でした・・・。
本当、元の世界に戻る方法は無いのかな?
「次にその体の魂であるが、まだその体の中にいるぞ、黒くて小さく硬い壁に覆われて、石粒のようではあるが、まだ体の中にいるのは間違いない」
あれ~ハルの魂もまだ体の中にいるんだ。それって私が眠りについたりとかしたら出てくる感じなのかな?夜と昼で人格違う的な二重人格とか?
「それはない、この石粒の様な魂は世界の理を拒否しておる、もしこの魂に体を預けたとて、すぐに死してしまうであろうな、だが未だに本能の一部が体に影響を与えているのう」
やっぱり。私の異常な飢餓感はこのハルの魂の欠片のせいって事だ。
彼女がこの体を使っていたころの強い想いとかが残滓として体に影響を与えているって事か・・・。
「そんなぁ、じゃあもうその魂は助けられないの、ですか?」
「わからぬな、本来であれば体に残っているのがおかしな現象での、消えるのか、ずっと残るのか皆目検討がつかぬよ」
そっか、妖精女王をしても判らないなら、私程度に判るはずも無い。間借りしている私としては気まずいけど、とりあえずこのままやっていくしかなさそうだ。死んでも元の世界に戻れないなら、とにかく生きるしかないし。
「えっと、ハル、それってどういう?」
背後で私と妖精女王の会話を聞いていたユルヘンが、勇気を出して聞いてきた。彼の性格上、他人が話している所に口を出すなんて出来ないだろうに、あえてそれをやるにはかなりの勇気が必要だったろう。
「ごめんね、ユルヘン、私はユルヘンの知っている私じゃないの、ハルはね、まだいるけど体を動かしたくないからって隅っこで小さくなっちゃって、だから今は私がハルの体を借りているんだ」
隠しても仕方が無い。私にも良く判らなかったけど妖精女王の言葉で判った事もある。この体の元の持ち主であるハルの魂がなくなっていない事と、私がやっぱり異世界から来たって事だ。可能性の一つとして、これはハルである私があまりの暮らしの辛さに狂ってしまい、一人夢で、私うという人格を作り出したのかもしれないとか、そんな事も考えていたんだ。
「そんな、ハル、じゃあ、ハルはもうハルじゃないの?」
「そう、だね、ユルヘンが知っているハルって事なら、今日から違う」
「今日から?」
「今日ユルエンに会った時はもう私はハルじゃなかったの、彼女がどうして体の中に引きこもったかは知らないけど、いつの間にか私は彼女の体を借りていた・・・」
「そう、なんだ・・・」
う~ん、やっぱりって言うか当たり前って感じでユルヘンを落ち込ませてしまった。本当にそうはさせたくなかったけど、嘘はいやだ。
ユルヘンは私から力なく離れると、一人で膝を抱いて蹲ってしまった。
「良いか?すでにその体の支配権はソナタだ、もし望むなら前の持ち主の魂をこちらで預かることも出来るぞ?」
「それって・・・」
「そうすればソナタの体に対する影響は無くなる、体の支配権を確実にするということだな」
そうなれば体から発する飢餓感はだいぶマシになるだろう。少なくとも道端の草を食べようとは思わないかもしれない。
「どうする?」
「すみません、フォン様、それは遠慮しておきます」
「よいのか?」
「ええっ、私は所詮間借りしている異世界の人間ですから、本来の持ち主がいるなら彼女が出てきて、返せ~!って言ってきたら考えます、それまでは私が借りて生きていきます」
いくら体の支配権を他人に譲り、魂の隅っこに引きこもったとしても、この体の持ち主はハルであって私ではないんだから。
「ねぇ、ユルヘンそれじゃあ駄目かな」
未だに膝を抱いているユルヘンに語りかける。ぴくっと動いたから聞いていないわけではないようだ。
「私が今は、ハルの体を借りているんだけど、彼女が表に出たくなるまでって事でいいかな?私も今の今、ハルを見捨ててどっかに行こうってのもなんか無責任な気がするの、私はわたしが出来る限り、今は彼女のためにも私のためにも、生きようと思うんだ」
私も彼女と同じように生きるのをあきらめたら、このハルという体と魂はなくなってしまう。だから、とにかく生きようと思うんだ。彼女の飢餓感を乗り越えて腹一杯ご飯が食べれるようになったら、彼女も表に出ようかなって思うかも知れないし。
「・・・・・・う、うん・・・」
か細い声だったけど、しっかりと私の耳には聞こえた。
「ありがとうユルヘン」
「昔のさ、ハルだったら、スヒァーと睨み合いとか、妖精食いに立ち向かったりさ、しなかったんだ、でも今のハルはした、凄いなって思うし、今はもっと凄い妖精女王様とか会ってるし、知らないだろうから教えておくけど、妖精女王様ってね世界に魔法を伝えた十三人のうちの一人なんだよ」
「前のハルのが良かったの?」
「いいや、今のハルも魂のどっかは前のハルなんでしょ、ならそのハルを蹴飛ばして起こすくらい美味しい物をおなか一杯食べれる様になったら、きっと、ずるいよぉとか言って出てくるかも?」
「あぁ、やっぱりハルってそんな感じの子」
「うん、そんな感じの子さ」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる