遥かな星のアドルフ

和紗かをる

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第3章「黒の家旅団」

3-3

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先日の作戦会議に従い、ユリウスは第一部隊と共に西に進み、丁度ドイツ連邦とハンガリー同盟の国境近くに存在する森林地帯、ヴァルラント森林地帯の端まで進軍した際にそれはいきなり始まった。
「砲声、ですね?」
「ああ、距離はそんなに近くないが、狙ってるのはこっちじゃない」
 ユリウスの隣で騎乗している少年はクローネ・シバウフェンベルグ十六歳。身長は二十五歳のユリウスとほぼ同じだが、厚みが足りずどうにもひょろ長い印象を受ける。
 騎乗していても憧れの王子様とはいかず、老いた白馬に乗った没落騎士といった評価が適当かも知れない。
 しかし、黒の家旅団では馬術成績がトップで、しかも演習時にリッヒの隊に押し込まれても動じなかった度胸。後は旅団長であるアドルフの推薦で、旅団戦力の半分を統括する第一部隊隊長を拝命している。
 正直言ってこのひょろっとした少年はユリウスよりも階級が上で、大尉の階級を持っている。
 ちなみに旅団長であるアドルフが少佐。参謀役であるリッヒ、このクローネと第二部隊の長を勤めるヴェザリアが大尉。いつの間にか後方兵站関連を統括することになっていたユリウスが洗濯少女として知っているリッティがなんと中尉。外部ながら補給を円滑に行う仕事を動かしているミント・シルバー二十六歳は現在中尉への昇進検討中という状況。
 正直、このままではヨナやレーベン少年に階級で抜かれる日が考えなければならないかも・・・・・。相変わらず准尉のままであるユリウスはこっそりとため息をついていた。
「どうしますか?展開したほうが良いですかね?」
 第一部隊は大まかに言って砲兵を主力とした中長距離の支援部隊だ。打撃力はかなりのものがあるが、一回展開してしまうと機動力が大きく落ちてしまう。
 馬に繋いでいる大砲をはずして、弾を並べ、砲口を相手に向ける。そんな作業をすれば容易に動けなくなるのはユリウスでなくとも分かる。
「まだ待ったほうが良いかもしれないな、砲声はハンガリー方面から聞こえてきているけど、狙いがこちらで無いならまだ戦端を開く理由にはならない」
 階級は違うが、ユリウスは旅団長じきじきに第一部隊の、昔風に言えば軍監として行動を共にしている。
 ただの威力反応偵察で被害を出さない為にも、的確な助言をするために配属されてきているのだ。
「しかし、このまま停止して事態の推移を見守るのは愚策かと?」
「その通りだクローネ隊長、部隊の重砲はドイツ方面へ退かせよう、代わりに軽砲小隊を預けてくれれば、しっかりと反応見てくるぜ?」
 第一部隊は細かく分けて重砲部隊、口径百十ミリ大砲や二百二十ミリ臼砲など、破壊力が大きく、馬でしか運べない大型の野砲を装備している部隊と、軽砲部隊、それと警備部隊の三っつに分けることが出来る。
 軽砲部隊はそのまま軽い砲を扱う部隊で、基本は兵士の力で運べるサイズの砲を扱う。平均して一つの砲に射手、弾薬手、測量手、警戒手の四人一組で構成され、軽砲六門が装備されている。
「準備完了してますよ、ユリウス教官?」
 軽砲部隊の隊長フェネ・イングリードが音も立てずにユリウスの横に立つ。彼女はウサギの様な赤い目と白い髪の毛を持つ人間種の女性で、クローネよりも年上の十七歳。どこかぼおっとしたところがあるように見える彼女だが、障害物競走だったら黒の家一足の早いミカエラも敵わない実力保持者だ。隊の中ではそのウサギ種に似た見た目から侮られることも多いらしいが、元からの黒の家出身者からは決断力と面倒見の良さから人気がある。
「どうする隊長?準備は万端、被害は抑えてくるぜ?」
「分かりましたユリウス教官、重砲部隊は後方に下げます、けど警護部隊で支援できるように逃げ道を確保しておきます、十人で十連射、百発しか支援しませんが、気をつけて」
「了解、無線で旅団長には報告入れといてくれよな、せっかく分捕った最新兵器使わない手は無いだろう?」
「はい、了解ですっ」
 これじゃあ、どっちが隊長かわかりゃしねぇと思いながら、ユリウスは眠そうな目でこちらを見上げているフェネに合図する。
 彼女の赤い目にとって昼の光は眩しいので目を細めてしまうだけで、決して眠たいわけではない。
「ふぁわ~、では参りますか、皆さん」
 多分。
 彼女の背後では数個に分割された軽砲。今のところ黒の家旅団では軽砲部隊に装備しているから、軽砲という名で取り扱っているが、正式名称は別にあった。
 この運ぶだけなら三人で移動が可能な砲の事を後に迫撃砲と呼ぶことになる。
 大戦時、ロシア=モスクワ二重帝国が積極的に参加できなかった原因として遥か東側でクリーチャーの大量繁殖、大量侵攻が発生し、そちらに戦力を集中しなければ国家が崩壊する可能性があったと言う話しは有名だ。
 そのあまり知られていないロシア=モスクワ二重帝国陸軍対クリーチャー群の戦闘後期で大活躍したらしいのがこの迫撃砲だ。
 射程は千メートルもないが、その分扱いが楽であり、歩兵だけで運用が可能。設計も簡易で大量生産向きの兵器と言える。開発したのは現場の一兵士で、クリーチャーに襲われている最中に発案したと言われている。その後、軍上層部が効果を大々的に認め、軍、官、民で大量生産に当たった結果、クリーチャー戦闘に勝ったと言われている。
 クリーチャー戦開始直後、兵士一人に対してクリーチャーが三十以上の数的な差が生じていたロシア=モスクワ二重帝国東方軍集団司令部としては、砲兵の集中的、効果的運用も限定的にならざるえず、砲支援空白陣地を多数抱えることとなってしまった。
 大砲は陸上戦闘の花形で、戦場を支配する女神として信仰が強いロシア=モスクワ二重帝国陸軍兵士達は、堅固な陣地に、複数の機関銃を配備してある状況においても大砲の支援が無ければ戦闘は出来ないと信じられていた。
 死ぬことを厭わない大量のクリーチャーの大突撃。
そんな状況での砲支援空白陣地の発生。
砲の支援を行えない以上、東方軍集団司令部も各地の陣地を諦める決定を下さざる得なかった。
 そして開戦。
 迫るクリーチャーに支援範囲から除外された陣地が数多く襲われ陥落していく中、一部の陣地が反撃を開始した。
 反撃のきっかけは迫撃砲。
 初期の迫撃砲は、陣地防衛用の資材であまった鉄官や木材を組み合わせ麻の紐で結んだ、本当に手作り工作のレベルで、打ち上げた弾も手榴弾だった。
 それでも打ち上げられた手榴弾は三百メートルを飛翔し、手榴弾の破片をクリーチャーの頭上に撒き散らした。
 最初の一撃だけで四十以上のクリーチャーが倒れたと言うから、その密集率と、破砕効果双方が効果を出したのだろう。
 クリーチャー戦闘終結後、ロシア=モスクワ二重帝国ではこの迫撃砲を独自の兵器として、他国への輸出禁止項目に載せていたのだが、軍、官、民、共同で大量生産を行った弊害から、すぐに迫撃砲の技術は他国へと渡ることになった。
 しかしながら、大量生産品の、見た目だけならば打ち上げ花火で使うような鉄の筒に対して、疑惑の目を向ける陸軍関係者も多く、従来より存在する百ミリ以上の大砲が健在である為、迫撃砲導入には二の足を踏む国家が多かった。
 しかしドイツ連邦や、ハプスブルグ大皇国などの敗戦国は違っていた。
まず他国家に対するだけの重砲を生産する技術力はあった物の、敗戦国という厳しい環境から数を揃えることができなかった両国は、共同でこの迫撃砲を改良、安価なまま大量生産に移った。
 黒の家が動き出す時までに、ドイツ連邦で四百二十門、ハプスブルグ大皇国で百八十門の迫撃砲が生産され、その改良新型迫撃砲が実験の意味も込めてミュンヘンに送らていた。倉庫に眠っていたそれを黒の家旅団が接収し、第一部隊、軽砲隊に装備していた。
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