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第5章「戦塵の風が起きる時」
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バスクード少将が見た砲弾の一発は砲兵隊の上空で炸裂したが、も一つはそれを放ったフェネの狙い通りに飛翔し、指示されたと思い込んでいた座標に着弾した。
一発目、砲兵の上に破片を撒き散らせた榴弾は彼女に言わせれば失敗で、二発目が成功だった。
そしてその二発目が着弾したのを確認してフェネは全力疾走で走り出した。彼女はとにかく障害物競走が得意で、ウサギ種顔負けの足の強さで持って、しなる木を足場にして三次元的に移動を開始する。
一方、その砲弾が落下してきた地点から数メートルしか離れていなかったユリウスはまず自ら後ろに飛び、着弾点に対し足を向けるようにして比断面積を最小にした。
爆風で体が後方に吹っ飛ばされ、足に数個の破片が突き刺さるが、耐えられないほどじゃない。
「これなら」
爆発の衝撃を利用して、一気に後方に引き、退路を確保する。
そう思ってユリウスは自分が飛ばされている方向を見る。
まずい、とは思っても、既に彼の頭は後数センチで背後の大木に強打するところだった。ここで変に体をひねったりしたら、首を損傷して、そのままあの世行きかもしれない。それは避けたいところだ。
ユリウスは全身の力を抜き、頭の頂点から大木へと激突した。
瞬間痛みが走るが、それは長続きせず、シャッターを切る様に、意識がブラックアウトしていった。
次に目を開けたとき、ユリウスにとっては数秒の時間差しかなかったのだが、気絶する前は夕日にもなっていなかった空が今は暗く、星明かりがほんのりと林の中を照らしている。鼻を刺激するのは火薬の匂い、鉄錆の香り、それと草の匂いだった。
音は殆ど聞こえない。
僅かに聞こえるのは羽虫の舞う音と、風が草を触るささやかな音だけ。
「静かだな・・・・・・」
小銃の音も、機関銃の破壊的な轟音も、傷ついて悲鳴を上げる兵士も、大砲の発射音も無い。先ほどまでここが戦場音楽隊に占拠されていた場だとはとても思えない静けさだった。
「くっ痛てて」
体に力を入れてみるが、首から肩から、足にかけて全身が痛い。爆発の衝撃と、脳天から大木に激突したせいだろう。それでも生きている。絶対に死んだと思っていた状況から、全身が痛いが生きていることに感謝だ。
「教官?」
「ん、えっと、あれ?お前フェネか?」
ユリウスの横に、ひざを自分の手で包み込む様な姿勢でフェネが座っていた。
いつもは眠そうな瞳が見開かれて、彼女特有の真っ赤な目が僅かな光を反射し煌いていた。いつもふらふらと安定しない背筋も、今はピッと垂直に伸びて、夜の闇の中のどんな音も聞き漏らすまいとしている。
「教官大丈夫ですか?気絶している時には動かしちゃ駄目だって言われてたから、逃げることも出来なくって」
「ああ、心配かけたな・・・・・・ってお前なんで居るんだ?ヴァレンシュタインはどうなったんだ?」
「えっ?ヴァレンシュタインさんは傭兵の人たちが運んでいましたよ、今頃は娘さんたちと合流しているんじゃないですかね?」
「ああ、そうか・・・・・・って、だからそうじゃなくて、なんでお前はここに居る?助けに来いなんて命令していないぞ?救出隊を救出するなんて本末転倒な事、なんで?」
「えっと、順を追って話すと、まず助けに来ちゃいけないって命令も無かったので、いつもアドルフが言っているように自分の気持ちに素直に行動しました、それに救出隊を救出って事ですが、私も救出隊です、同じ部隊の者は助け合えって、それは教官の教えです」
反論の余地も無い。
フェネの言っていることは正規軍では正しいとは言えないが、こと黒の家旅団では正しい。アドルフの思想は明快で間違えようもないし、ユリウスも彼女たちに同じ部隊は助け合う事を強く教えてきた。
家族の様な共同体部隊である黒の家旅団では、一番伝わり安い言葉だったからだ。
「そうは言ってもなフェネ?」
「教官、教官が嘘を教えてちゃ生徒であるあたしたちが苦労します、だから教えは絶対なんです、じゃなければ困る子も一杯いるんです、だからこれで良いんです」
「ああ~もう何も言わない、それとな」
「はい?」
「助かった」
「・・・・・・はい」
それからユリウスは体の各所に力を入れ、致命的な傷が無いことを確認した後にフェネの肩を借りて起き上がった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、少しくらくらするけど、それは軽い脳震盪後だから仕方が無い、足の裏に破片が数個突き刺さったみたいだから、歩くと痛いけど、まぁそれもこれも生きてるってことだ」
「はい、そうですね、これだけ静かならゆっくり行っても大丈夫でしょうね」
ここからドイツ国境まで二キロあるだろうか?
通常の歩行速度が時速四キロなので、三十分で国境を越えられるが、今の俺の速度だと、時速一キロも行けばいいほうだろう、つまり国境まで二時間かかる。
物音がしないことから敵は撤収したのだろうから、彼女の言うとおり、ゆっくり行っても無事だろう。
少しだけ緊張を解いて、ユリウスは歩く事に集中した。
これ以上生徒であるフェネに迷惑はかけられない、教官としてのプライドがユリウスをがんばらせていた
一発目、砲兵の上に破片を撒き散らせた榴弾は彼女に言わせれば失敗で、二発目が成功だった。
そしてその二発目が着弾したのを確認してフェネは全力疾走で走り出した。彼女はとにかく障害物競走が得意で、ウサギ種顔負けの足の強さで持って、しなる木を足場にして三次元的に移動を開始する。
一方、その砲弾が落下してきた地点から数メートルしか離れていなかったユリウスはまず自ら後ろに飛び、着弾点に対し足を向けるようにして比断面積を最小にした。
爆風で体が後方に吹っ飛ばされ、足に数個の破片が突き刺さるが、耐えられないほどじゃない。
「これなら」
爆発の衝撃を利用して、一気に後方に引き、退路を確保する。
そう思ってユリウスは自分が飛ばされている方向を見る。
まずい、とは思っても、既に彼の頭は後数センチで背後の大木に強打するところだった。ここで変に体をひねったりしたら、首を損傷して、そのままあの世行きかもしれない。それは避けたいところだ。
ユリウスは全身の力を抜き、頭の頂点から大木へと激突した。
瞬間痛みが走るが、それは長続きせず、シャッターを切る様に、意識がブラックアウトしていった。
次に目を開けたとき、ユリウスにとっては数秒の時間差しかなかったのだが、気絶する前は夕日にもなっていなかった空が今は暗く、星明かりがほんのりと林の中を照らしている。鼻を刺激するのは火薬の匂い、鉄錆の香り、それと草の匂いだった。
音は殆ど聞こえない。
僅かに聞こえるのは羽虫の舞う音と、風が草を触るささやかな音だけ。
「静かだな・・・・・・」
小銃の音も、機関銃の破壊的な轟音も、傷ついて悲鳴を上げる兵士も、大砲の発射音も無い。先ほどまでここが戦場音楽隊に占拠されていた場だとはとても思えない静けさだった。
「くっ痛てて」
体に力を入れてみるが、首から肩から、足にかけて全身が痛い。爆発の衝撃と、脳天から大木に激突したせいだろう。それでも生きている。絶対に死んだと思っていた状況から、全身が痛いが生きていることに感謝だ。
「教官?」
「ん、えっと、あれ?お前フェネか?」
ユリウスの横に、ひざを自分の手で包み込む様な姿勢でフェネが座っていた。
いつもは眠そうな瞳が見開かれて、彼女特有の真っ赤な目が僅かな光を反射し煌いていた。いつもふらふらと安定しない背筋も、今はピッと垂直に伸びて、夜の闇の中のどんな音も聞き漏らすまいとしている。
「教官大丈夫ですか?気絶している時には動かしちゃ駄目だって言われてたから、逃げることも出来なくって」
「ああ、心配かけたな・・・・・・ってお前なんで居るんだ?ヴァレンシュタインはどうなったんだ?」
「えっ?ヴァレンシュタインさんは傭兵の人たちが運んでいましたよ、今頃は娘さんたちと合流しているんじゃないですかね?」
「ああ、そうか・・・・・・って、だからそうじゃなくて、なんでお前はここに居る?助けに来いなんて命令していないぞ?救出隊を救出するなんて本末転倒な事、なんで?」
「えっと、順を追って話すと、まず助けに来ちゃいけないって命令も無かったので、いつもアドルフが言っているように自分の気持ちに素直に行動しました、それに救出隊を救出って事ですが、私も救出隊です、同じ部隊の者は助け合えって、それは教官の教えです」
反論の余地も無い。
フェネの言っていることは正規軍では正しいとは言えないが、こと黒の家旅団では正しい。アドルフの思想は明快で間違えようもないし、ユリウスも彼女たちに同じ部隊は助け合う事を強く教えてきた。
家族の様な共同体部隊である黒の家旅団では、一番伝わり安い言葉だったからだ。
「そうは言ってもなフェネ?」
「教官、教官が嘘を教えてちゃ生徒であるあたしたちが苦労します、だから教えは絶対なんです、じゃなければ困る子も一杯いるんです、だからこれで良いんです」
「ああ~もう何も言わない、それとな」
「はい?」
「助かった」
「・・・・・・はい」
それからユリウスは体の各所に力を入れ、致命的な傷が無いことを確認した後にフェネの肩を借りて起き上がった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、少しくらくらするけど、それは軽い脳震盪後だから仕方が無い、足の裏に破片が数個突き刺さったみたいだから、歩くと痛いけど、まぁそれもこれも生きてるってことだ」
「はい、そうですね、これだけ静かならゆっくり行っても大丈夫でしょうね」
ここからドイツ国境まで二キロあるだろうか?
通常の歩行速度が時速四キロなので、三十分で国境を越えられるが、今の俺の速度だと、時速一キロも行けばいいほうだろう、つまり国境まで二時間かかる。
物音がしないことから敵は撤収したのだろうから、彼女の言うとおり、ゆっくり行っても無事だろう。
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