うつろな夜に

片喰 一歌

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ある船乗りの懺悔

不老の伝承

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「そういえば、さっき人魚は長生きだって言ってたな。聞きそびれてたが、具体的には何年くらい生きるんだ?」

「んー……。個体差はあるけど、僕の知ってるひとでいちばんのご長寿は、とっくに千歳超えてましたね」

 人魚の男はしなやかな指を曲げ伸ばしして答えます。金色の髪と指から滴る水滴は、陽光を受けて煌めいていました。

「おお……。思った以上に長生きだ。なら、お前は一体何歳なんだ?」

「えっと……いくつになるんだったかなぁ。でも、見えてるよりかなり老けてて気持ち悪いくらいだと思いますよ」

「人間にだって年齢不詳な奴はいっぱいいるさ。気にするなとは言わねえ。でも、お前が四桁近い年齢だろうがなんだろうが、俺は気持ち悪いとは思わねえよ。海の中でそんなに長生きって事は、強くて頭もいいって事だろうし。かっこいいじゃねえか!」

「…………ありがとうございます。そんなに褒められると、照れちゃうなぁ。でも、僕だって全然四桁には届きませんって」

 顔を見合わせて笑う二人。癖毛の男はふと真顔に戻り、平板な声で切り出します。

「そうだ。もうひとつ聞きたい事があったんだが、いいか?」

「なんでもどうぞ。答えられる事なら、なんでも答えますよ」

「ありがとう。話に出てきた集落では、人魚が不吉な存在だったって言ってたじゃねえか。俺はお前にしか会った事がないけど、全然そうは思えなくてさ。違いはいろいろあるんだろうけど、わざわざ遠ざける必要なんてないじゃねえか。なんでそんな風に言われてるのか気になったんだ」

「なるほど。その事だったら、ちゃんとした理由がありますよ。人魚が不吉なものとされるようになった原因が、もっともっと大昔に……」
 
 人魚の男は古くから伝わる伝承を諳んじる前に、ぺろりと唇を湿らせました。

「その集落ですけど、ちょっと変わった風習があって。そこに住む民族は、この先一年の大漁や豊穣を祈願する特別な儀式のときに生贄を捧げてたみたいなんです。そこまではよくある感じなんですけど、祭壇で生贄をひと晩寝かせたあと……その肉を全員で分け合って食べる、っていうのがメインイベントで」

「……そういう地域もあるんだな」

 癖毛の男は神妙な面持ちでぼそりと言いました。否定こそしませんでしたが、その風習が彼にとって受け入れがたいものであった事は確かでしょう。

「はい。問題はそこからです。毎年恙なく行われてきたその儀式ですけど、ある年の儀式の最中に祭壇の生贄が逃げ出しちゃったんですよ。でも、どこを探しても見つからなくて……。その儀式は年始めの意味も兼ねてたんで、捜索はすぐ打ち切られたんですけど、そうなってくると代役の生贄を立てないといけませんよね。で、それを誰にするかって話なんですけど……」

「そりゃまた揉めそうだな……。立候補者も出ねえだろうし」

「ああ、それは大丈夫です。生贄はいつも、立候補制じゃなく神託によって決められるんで、押し付け合いとかもないんですよ。もちろん選ばれた人に拒否権はありません」

「どうせ死ぬ事を強制されるなら、選ばれる奴にしてみりゃ同じじゃねえかと思うが……そこは文化の違いなんだろうな。神かなんかは知らねえが、人智を超越した大いなる存在の意志は絶対ってわけだ」

「はい。神の御心のままに……って事です。…………でも」

 人魚の男は、黙って聞いている癖毛の男が、閉じた口の中で歯を食いしばっている事に気付きました。やはり彼は人身御供をよく思っていないばかりか、憤りをおぼえているようですらあります。

「巫女が何度神託を受け直そうとしても、生贄となるべき人物は集落内にいないって結果が出るんです。だから、彼らは仕方なく偶然網にかかってた人魚を生贄に捧げて、儀式をやり直しました。ひと晩中、祭壇に捧げられた人魚を何人かで見張って、次の日にはその肉をみんなで食べて……。例年より一日遅れはしたけど、無事に新年を迎えてめでたしめでたし…………で終わるはずでした」

「でも、そうじゃなかったと」
 
「はい。その数年後です。彼らが自分たちの身に起こってる異変に気付き始めたのは。奇妙なことに、少しも年を取ってなかったんですよ。人魚の肉を食べた人全員が」
 
 人魚の男は、声も出せないで固まっている癖毛の男と視線を合わせたままで淡々と語り続けます。口元は固く閉ざされたままでしたが、先ほどまでの厳めしい顔つきとは明らかに異なっていました。

「その人たちはそれからずっと、数年前の儀式の日と変わらない姿だったそうです。死ぬまで。……ああ、そうそう。彼らは数百年生きた、とも伝えられてましたね」

「それって、どう考えても人魚の肉のせいだよな……。いや、元はと言えば人魚を食べたのが原因なんだろうし、因果応報だと思うが…………。逆恨み、みたいなものか」

 癖毛の男は、まごつきながらもその奇妙な伝承をどうにか解釈しようと頭を捻っています。
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