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ある船乗りの懺悔
信仰
しおりを挟む「ありがとうございます。なにか他に聞きたい事はないですか?」
人魚の厚意に甘える事にした癖毛の男は次の質問に移りました。
「お前の口ぶりからすると、その『海の女神』以外にも神はいるんだよな」
「はい。もちろん男神もいますけど、女神のほうが人気ですね。人魚たちが『神』って単語で連想するのは女神なんじゃないかと思います。っていうか、九割以上がそうでしょうね」
と人魚の男は答えます。おそらく、その九割以上には彼自身も含まれているのでしょう。真っ先に彼が挙げたのは『海の女神』という名称だった事を、癖毛の男は忘れてはいませんでした。
「へぇ。その神ってのは、実在するものか?」
「いいえ、実在性についてはなんとも。ひとによって考えが真っ二つに割れるところです。信仰は複雑ですから。でも、そうですね……。強いて言うなら、『その実態に拘わらず、実在するものとして扱う』ところに収まってるって考えてもらえたら。主に実在派へ配慮した結果、こうなってるんだと思います。『概念として存在する』……みたいな言い方もできるかなぁ」
比喩や程度を用いて、わかりやすく解説する人魚。いまに始まった事ではなく、出会ってまもないときからそうでしたが、癖毛の男は、彼の説明を受けるたびに幼い頃にだけ通っていた教育機関の教師を思い出していました。そこは生きていくのに最低限必要になる知識を詰め込むためのもので、教育のレベルはお世辞にも高いものとは言えませんでしたが、彼の人生で最も学びにフォーカスしていたのはその期間だったのです。
「そうか。どっちか片方を否定するのは得策とは言えねえもんな。概念とはいえ、とりあえず存在はするってんなら、容姿なんかも設定されてたりするのか?」
「海の女神の容姿ですか。たぶん、あなたたちの想像する人魚像とも近いと思いますよ」
人魚は考えながら言葉を選んでいきます。このとき、癖毛の男は初対面の彼に対して失礼な事を言ってしまった事をこっそり反省していました。
「この世のものか疑っちまうほどの嫋やかな美女……って感じか。あ、いや、これは俺のイメージで、他の奴らはどうかわからねえが」
「そうですそうです。たぶん他の人たちの思い描く姿もそんな感じじゃないかなぁ。国一番の美女って言われてる人魚が人間のひとに見つかったとき、その人は鼻の下を伸ばしてましたから」
「そりゃ相当じゃねえか! ぜひお目にかかってみたいもんだ」
「そういうものですか。僕としては、別に女神様じゃなくても女の子はみんなかわいく見えますけどね。人魚だって人間だって」
浮かれる癖毛の男に、人魚の男は淡々と返事をします。白けているというよりは、理解しがたいといった雰囲気でした。
「全然違うだろ。まぁ勝手に美人だのそうじゃねえだの言ってるのは失礼だけどよ、優劣じゃねえとしても『違い』ってもんはあるさ」
「うーん……。僕もそこは理解してるつもりですし、みんなおんなじに見えてるわけじゃないんですけど……。なんて言ったらいいんですかね? 差はあっても、醜いものなんてないんじゃないかと思います。みんなの反応で『これは綺麗』で『こっちはそうじゃないんだな』みたいに把握できてるんで、一般論的な判断に困ったりはしないんですけど。でも、やっぱり僕にはない感覚だなぁって」
人魚の男の見解に、癖毛の男は膝を打ちました。彼は差異そのものには敏感であっても、美醜については極端に鈍麻であるようです。
「もしかすると、だが。お前自身が美しさを持ってるから、他人にもいちいち要求しようと思わねえ……というか思わなくなっていったのかもな。深層心理でさ」
「……かも、しれませんね。寄り道しちゃってごめんなさい。海の女神の話に戻りましょうか」
人魚の男は腑に落ちないといった具合でしたが、それ以上の言及を避け、再び本題へと立ち返ります。
「ああ」
「他の人魚たちが言うには、女神様とその他の女の子たちは『全然違う』そうです。女神様のほうが断然美しいって。だから、男の神様たちも影が薄いっていうか肩身が狭そうでかわいそうな感じになってたりします」
「けど、どうしてだ? 神は神じゃねえか。同じように信仰されるべきだろう。男か女かって差はそんなに重要なもんか?」
「あなたの言うとおり、道理としてはそうあるべきです。どっちか片方だけが偏重されるべきじゃありません。でも、人魚にも感情がありますからね」
「感情、か……」
「老若男女どころか人間人魚問わず、みんな美女が大好きなんでしょ。まぁ僕もそのうちの一人なんで、ひとの事は言えないんですけど」
癖毛の男は出会い頭の人魚の発言を思い返し、くすりと笑います。自身も人魚であるにも拘らず、『どうせなら男性ではなく女性の人魚に会いたい』と言い放った彼を。
「お前が言うと説得力が違うな」
「あはは! 褒め言葉だと思っておきます。……とまぁこんな感じで、人魚たちの信仰スタイルと海の女神についてはわかってもらえましたかね?」
「ああ、教えてくれてありがとう。楽しい話だったよ」
癖毛の男は感謝と、それに続けて感想を述べました。
「しかし、そうか。海の女神、なあ……。神にも女神にも縁のねえ人生だが……人魚がいるんだ。それも、人間を沈めるどころか助けるようなさ。神だって女神だって、この広い海のどこかにはいてもおかしくはないかもしれねえな。地上を探すよりは確実そうだ。なんせ最大の宝を手に入れた場所だからよ」
「そうですよ。もっと言うなら、海だけじゃなくて……そう、世界! この世界はきっと、あなたが考えてるより広いものです。僕はあんまりこの海域を離れる事はできないけど……あなたなら、どこへだって行けます。この船と自由な心があれば!」
と、人魚の男は腕を広げて説きます。彼はほんの少しだけ切なげな声を発しましたが、癖毛の男のこれからを言祝いでくれていました。そんな彼に、癖毛の男は躊躇いがちな視線を寄越します。
「…………海の底、でもか?」
「え?」
癖毛の男の真剣な問いかけに、人魚の男は一瞬固まります。
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