誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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時忘れの海

運命とは

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 ……怯えさせてしもうたか。あいすまなんだ。
 
 わらわとて、『ふたりが再会できていたらいいな』と、『会わせてやりたい』と願ったそなたの優しさを否定したいわけではないのじゃ。

 そなたの世界に蔓延る、生命への冒涜としか思えぬ思想が疎ましいだけで。

 あのふたりのことじゃが――――、あれから一度も会えてはおらぬ。この先、再び道が交わることもない。

 『それがわかってたから、最期に会いたかった人魚ひとに会わせてあげたの?』か。

 わかっていたというのは言わずもがなじゃが……。そなたが追ってきた人間我が子に見せた幻想は、温情ではなくわらわの独善に他ならぬ。決して讃えられるべき行いではない。

 あの子には悪いことをしたと思うておる。見抜かれてしもうた。気付かせてしもうた。半端な嘘ほど、ヒトを傷付けるものもあるまい。

 ――――ふたりの命日はきわめて近いものじゃった。偶然というにはちと運命的すぎる出来事じゃったが、運命の女神わらわの作為を疑われかねん。

 ゆえに、可能な限りは『運命』と口にはせぬよう、心掛けておる。

 あの子らの出会いは、それぞれが自らの意志で定められた宿命に抗い、自分にふさわしい居場所を求めた結果じゃ。
 
 結果として、運命と呼ぶに値する絆を得たかもしれぬが、わらわはなにも手を下してはおらぬ。

 あの日、偶然出会ったあの子らは、その日限りでは嫌じゃと思い、その日の出会いを最初で最後にしないため約束を取り付けた行動に移した
 
 逢瀬を重ねることで確かな信頼と愛情を育てていき、なかなか都合をつけられなくなってからも互いが互いの生存を信じ、幸福を願い――――。そして、自らの命に幕を引いた。

 じゃが、あの子は――鱗を持っておった子のほうじゃ。――感じ取っておったかもしれぬな。

 最後まで信じておったじゃろう。
 
 あの子のほうは――二本の脚で足掻き続けた子のことじゃ。――何年も何年も、次はいつ会えるかもわからぬ愛しき者の来訪を待つ続けることのできた、忍耐強い子じゃったからな。

 最期まで信じておったじゃろう。

 しかし、あの子の魂が遠い海の果てで混ざったことを感知しておっても不思議ではない。

 海に境目などといったものはない。陸地以上に遠くのものと繋がっておる。それは救いのようにも思えるが、時として残酷な結果を招くことにも繋がる。

 十分な間仕切りがなかったがゆえに起き、何年と続いた諍いの話も、そなたは記憶しておるじゃろう?
 
 またのちほど時間を取って語るが、大抵の人魚は魂を視ることができるうえに、鋭敏な感覚を持つ者は個々の違いさえ見極めることも可能じゃからな。

 相容れぬ性質の者が近くにおるというただそれだけことも、人魚として生を受けたあの子らにとっては耐えがたい苦痛なんじゃろう。

 ゆえに、愛しき者の存在も、憎き者と同じくらい鋭敏に感じ取れてしまうはずじゃ……。

『…………会えたんじゃないかな。姿は変わっただろうし。……というか、身体なんてなかったかもしれないけど、ふたりはきっと会えたよ』

 そうじゃろうか……。

『そうだよ。おばあちゃんが彼女に贈ってくれたクリスマスプレゼントを通してだけじゃなくて、きっと会えたんだ。今度こそ、ふたりはずっと一緒だよ。ふたりきりにはなれないかもしれないけど』

 ……ありがとう。本当にありがとう。そなたには励まされてばかりじゃな……。

 わらわも信じよう。心の限り、祈ろう。永遠にふたりが安らかであるように、と。
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