ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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車椅子からのプランタ

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目の前にいる青年は、何て屈託なく笑うんだろう。同じリハビリ室で、彼の周りには、笑い声が絶えず、高齢の男女がいつも、ついて回った。ある時は、高齢の女性が差し入れをもらったと漬物を出して、無理に食べさせているのを目にした。差し出した掌に、たくさんの白菜漬けを盛られて、目を白黒させて、頬張っているのが可笑しかった。物忘れの酷いお爺さんが、孫と勘違いし、怒鳴っている時に、一生懸命謝っている姿の時もあった。
「変な人」
そんな印象だった。言葉のイントネーションが違うが、周りに溶け込もうとして、わざと訛るのも、滑稽だった。
「やっぱり、変な人」
「そう、思うだろう」
思わず呟く莉子の言葉に、聞こえた黒壁が、大いに賛成して、新の気に入らない所を一つずつ上げていったが、最終的には
「悔しいけど、あいつ、実力はあるんだよね」
本当に、悔しそうに黒壁は言った。
「でも、医者のなりそこないだけどね」
二つ褒めると、一つ貶す。それが、黒壁が性格が、ブラックと言われる所以だった。
「一番、許せないのが、親が立派ってとこだよな」
遠目に、新を見ながら、呟いた。いつも、黒壁は、新の事を気にしていた。いつの間にか、リハビリ室にいる時は、新の動きを2人で、目で追い、声を掛ける回数が増えていった。いつも、新は、大きな口から、真っ白な歯をのぞかせて笑っていた。その新が担当になった。
「本当に?」
聞いた時、心臓が音を立てて、震えていた。変な人と思っていた。のに、気になるなんて。いつも、バタバタしていて、落ち着かない人。だけど、とても、人間らしい。静かに、自分の感情を秘めている夫 架とは、反対側にいる人。炎の様な人。
「踊り手だったんなら、体が覚えている筈、自分のできる動きから、見せてくれないか?」
新は、人の目の多いリハビリ室から連れ出した。
「どこへ、行くの?」
向かった先は、車椅子から、莉子が転倒したあの病棟だった。
「どうして、転倒したのか、想像がついた」
新は、挙げた右手を少しずつ、下げていった。弧を描くように、まるで、丸い華gみの縁を撫でるかのような動き。フラメンコのブラソ(腕)の動きだ。
「レッスンに夢中になりすぎた?」
莉子がどうして転倒したのか、彼なりに考えていた。
「そう」
莉子は、頷いた。踊りたいと思っていた。あの日から、気がつくと、車椅子の生活になっていた。もう、あのステージで踊る事は、無理だと思っていた。漆黒の中で、照らされるスポットライト。ギタリスト、パルマ、歌い手に見つめられながら、激しく踊った遠い日は、ぼんやりと遥か遠い日に会う。あの日、心陽が訪ねてきた。外で、話し合おうと階段の踊り場に出て、それからは、全く記憶がない。気がつくと、ベッドの上だった。両足先に感覚はなかった。
「もしかしたら、踊れるかもって、思っていた」
莉子は、肩をすくめた。
「だけど、ダメだったの。バランスを崩してしまって」
「でも、踊りたい」
新は、莉子の背後に回った。
「フラメンコのステージは、あまり見た事ないけど、真似ならできる。支えてあげるから、教えて」
そう言いながら、そっと莉子の車椅子を後ろから支えた。
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