ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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短い導火線

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僕は、こんな行動をとるとは、思わなかった。リハビリ室以外での、リハビリは結構あった。高齢のお爺さんやお婆さんと庭に出たり、眺めの良い屋上で、気分を転換しながら歩行の訓練を行う事があった。だけど、莉子と一緒にリハビリするのは、少し、違かった。まして、人気のない病棟の廊下で、リハビリしながらアセスメントするなんて、僕にしては、大胆な行動だった。後ろに回ると、莉子の髪から、いい香りがした。一瞬、莉子の髪に触れたい衝動に駆られた。
「新先生、どうかしました?」
僕の衝動を感じたのか、莉子が振り返り、僕の顔を莉子の結ばれた髪が優しく当たった。
「あ!ごめんなさい」
「大丈夫」
僕は、酸欠状態だった。七海と一緒にいる時に、こんなに、ときめいた事はなかった。仕事中何に、僕は、限りなく不純だった。
「フラメンコのブラソ。教えてくれないか?」
「ぷ」
莉子は、吹き出した。
「新先生。ブラソの動き、知っているでしょう?」
「まあね」
実は、徹夜で、フラメンコのYouTubeを見まくっていた。そのせいで、不眠でもある。僕は、見よう見まねで、ブラソ(腕)を回す。莉子の後ろから、手を差し入れて。
「まあまあかな。」
「教えてくれる?」
「また、転んじゃうかも」
「支えるから」
僕は、車椅子を支えた。車椅子の上で、莉子は、華麗に、ブラソを動かす、上半身の動きに、下半身が支えられなくなり、椅子からずり落ちそうになる。上半身を引き上げる事で、下半身が連動して、引き上げられる。フラメンコは、上半身の体を捻って、表現していく。あの時、莉子の足先が、僅かに動いた事が、僕の目の間違いでなければ、莉子の足は、まだ、動くかもしれない。他の人より、筋力を使っていた人ならば、回復の見込みはある。
「やっぱり落ちそうになる」
莉子は、体を元に戻そうと、モゾモゾとするが、うまくいかず、バランスを崩し、更に落ちそうになった。
「危ない」
僕は、莉子の体を支えるが、莉子は、慌てて、僕の手から逃れた。
「だ・・・大丈夫だから」
「あ!」
互いに、相手の居る身だと気づいて、僕は、触れてしまった事を後悔した。
「今後のリハビリなんだけど」
僕は、提案した。
「僕も勉強するから、どう?フラメンコの動きで、リハビリしてみようか?」
「できるの?そんな事」
「う・・・ん。多分」
「自信なさそう」
「いや!目的を決めよう。僕も覚える。だから、昔習った動きを思い出して。自転車乗りと同じだよ。きっと、覚えている」
僕は、止まらず、捲し立てた。
「どうしたんですか?興奮してます?」
莉子は、嬉しそうに笑った。
「何かね!新しい分野に挑戦するかと思うと興奮してきた」
莉子が、全身で、表現してきたのなら、体が感覚を覚えている。彼女が、大事にしているフラメンコの動きで、リハビリを考えよう。僕は、病室に莉子を送り届けながら、頭の中は、新しいリハビリの方法で、一杯になっていた。だが、その日の夕方、新聞の一面に載る大きな事件に巻き込まれていった。
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