ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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二人、夜空に咲く花を見る

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人混みの特別観覧席を避けて、僕らが向かったのは、反対側にある峠とも言われている山の上だった。幾つもあるカーブを、抜け、遠く街中を流れる大きな川を見下ろす。その河川が、花火大会の会場にもなっており、眺めが良い事を知っている地元の人達が、見晴台に車を並べていた。
「少し、遠いけどね」
満天の花火を頭上に見る事は出来ないけど、遠くから見下ろす花火も格別である。空に散る花火は、お腹に響く音より、後に見る事になる。タイムラグが、幻想的で、同じ空間に居るとは思えなかった。僕は、莉子を抱えて、外に降ろした車椅子に、載せた。
「少し、緊張する」
莉子を腕に抱えた時、小さな声で、莉子は言った。それは、僕も同じ事で、この山道を走りながら、莉子の足を何とかしようと誓ったあの日の事を思い出して、僕も恥ずかしくなった。僕が、一人、闇雲に、何とかしようとしても、リハビリがうまく行く訳でもなく、莉子自身が、歩きたいと切に願わなければ、成功しない。莉子は、踊り手に戻りたいとは、言いながら、どこか他人事だった。彼女が、あの躍動感あるフラメンコのリズムを奏でていたとは、思えない。フラメンコは、足も楽器になる。あの靴は、リズムを奏で、体は、感情を表現する。だけど、僕は、莉子に感情の波がない事が気になっていた。悲しみ、苦しみ、喜び、怒り。彼女は、事故が原因でそれらを失ってしまったのか?
「それを、思い出させて。それも、リハビリよ」
藤井先生は、スタジオで、コーヒーを飲みながら、僕に言った。
「冷徹な夫には、無理。莉子が感情を失ったのは、あいつのせいよ」
かつては、一緒にステージに立った事があると聞いていたが、藤井先生は、ピアニストだった彼を毛嫌いしていた。
「あいつのせいで、ある意味、莉子は、死んだのよ」
だからと言って、僕に不倫を勧める藤井先生もどうかと思うが。
「どうにかなれと言っているんじゃないの。熱い感情を持って欲しいの。あなたが、ダメなら、他、当たるけど」
「そんな・・・危険な」
「しっかりリハビリして、莉子に輝きを持たせて。君も、まんざらでないと思ってたけど」
僕は、黙った。確かに、そうだ。車椅子のお人形さん。どうして、そんなに、心許ない表情をするんだろう。僕は、遠くから彼女の事が気になっていた。彼女が、水を得た魚の様に、ステージで思う存分動く事ができるのなら・・・。
「何かあっても、私が責任、持つから。楽しんでおいて」
藤井先生は、楽しそうだった。僕は、そのせいで、今もドキドキしている。あの日と同じ、シチュエーションで、僕らは、峠の先にいる。
「始まったみたい」
あの日と違うのは、周りにたくさんの人がいる事。僕らは、側から見たら、車椅子の介添人と、足の悪い恋人という様に、見えただろう。僕は、車椅子のフットレスをそっと下げ、莉子の両足を地面に降ろした。浴衣を着ていても、足の状態を考え、普通のスニーカーを履いていた。
「花火を見下ろすのって、初めて」
莉子が、笑った。見下ろす河川の先に、たくさんの花火が灯り、流れる川の表面に、同じ花火の影が映っている。
「ねぇ・・・莉子。僕を信じて、立ってみないか?」
僕は、思わず、莉子と呼んでしまった。莉子は、気が付かない。頭を前にさげ、重心を前に移動させる。僕は、彼女の腰を支える。膝下から、崩れてしまいそうになるので、ゆっくりと力を入れて支える。
「足に力を入れる事は、できる?」
「まだ・・わからない。」
「なら、まっすぐにする事はできる?」
莉子は、ゆっくりと足を伸ばすように力を入れる。
「う・・ん。ちょっと怖い。」
「大丈夫。今までだって、練習してきた」
何度も、スタジオで立ち上がる練習をしてきた。莉子は、慎重なのか、なかなか、先に進もうとしない。
「十分に、できるはずだよ」
フラメンコを踊る為には、立てるだけでは、不十分だ。ゴルぺ、タコン、プランタと足の動きを変えていかなくてはならない。莉子が、ゆっくりと立ち上がるのに、合わせて、補助している僕のての力を抜いていく。・・・と。
「あ!」
膝下の力が抜けて、僕の両腕に、倒れ込んでしまった。
「やっぱり、怖い」
顔を上げる莉子と、驚いて抱え上げようとする僕の顔が接近してしまった。
「ごめん!」
僕が、慌てて、手を離そうとしてので、莉子は、車椅子の上に落ちる様に腰掛けてしまった。
「いたーい!」
「ご・・ごめん」
慌てて、座り込み車椅子の莉子に目線を合わせる。
「支えれば、立てるんだよ」
「だからって、急に離すなんて」
「それは・・」
莉子の唇が、目の前に迫っていて・・・。なんて、言えなかった。
「見て!また、花火が上がった!」
この花火の時期がすぎると、もう、秋の気配も近い。君を知ってから、どれくらいの時間が流れている?
「・・ばにいてもいいかな?」
僕の口から、意外な言葉が出て、僕自身がハッとしてしまった。
「え?」
意外な顔をして、莉子が振り向く。あの時、言えなかった言葉を言わなきゃならない。僕は、そう思っていた。
「歩けるようになるまで、そばにいる」
莉子は、笑う。
「リハビリの先生だからね」
違う。そうではない。僕が、そう言おうとした時に、近くの子供達が、歓声を上げた。大きな幾つもの花火が上がっていた。
「綺麗!」
莉子は、キラキラとした表情で、花火を見つめていた。
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