死神の守人

記憶の海に眠る人

僕は、夢の中にいた。冷たい湖の中で、僕は漂いながら、遠い日の中にいた。僕は、八と待ち合わせしていた。遠い幼い日の記憶の中にいた。八は、帰宅後、小学校の門の前で、待ち合わせしたが、いくら待っても来なかった。夕空が美しいのを、僕は、ぼんやり見ていた。
「一緒に行こうな！」
八は、弾む声で言った。同じ街のお菓子屋さんに行くつもりだった。八の事も気になり、お見舞いがてら、1人で、お菓子屋に行く事にした。空が騒がしかった。ざわざわと木々が、話し合い、鳥達が騒ぎ始めた。
「何だろう？」
僕は、空を見上げていた。夕空が、幾つも、滲み七色に輝いて見えた。光が屈折しているのか、生暖かい空気が気持ち悪かった。突然、光が弾けて、空を飛んでいた鳥が、幾つも、地面に叩きつけられてきた。幼い僕は、動揺して動けなくなっていた。
「大丈夫？」
黒いワンピースに身を包んだ少女が話しかけてきた。細い影の大人達の後ろを1人でついていた少女だった。肩まで、切り揃えられた黒髪が、可愛らしかった。
「ここは、いる所でないから、帰った方がいいよ」
確かそう言われた気がした。
「でも」
僕は、地面に落ちた傷ついた小鳥達が気になった。
「すぐ帰るから」
僕は、まだ、息のある小鳥を抱えた。
「気になるの？」
僕はうなづいた。
「そこのお店のお婆ちゃんが、鳥が好きなの。連れていってみたら？」
「そこの？」
少女の指差す方向には、いつの間にか、小さな店が現れていた。幼い僕は、少女に言われるままに、その店に入ってみる事にした。振り返ると、少女は、大人達に促される様に、何度も、僕を振り返りながら、様子を見ていた。
「すみません。。」
恐る恐る僕は、声を掛けた。お店の中には、確かに、子供の好きそうな駄菓子屋、紙でできたおもちゃ。ブリキの缶が、大小、置かれ、空の鳥籠が、天井からたくさん吊り下がっていた。
「あの。。」
恐る恐る僕が、声を掛けるとお店の奥から、小さな皺だらけのお婆さんが、腰を曲げ、地面を這いつく様に出てきた。あちこちに置いてあるブリキの間の中からは、キイキイと何かが、話す声が聞こえてきた。
「珍しいな」
お婆さんは、僕の顔を見ると、恐ろしい程の低い声で話し始めた。
「子供が、こんな所に一体何のようだい？」
僕は、少し怖がりながら、手の中の傷ついた小鳥を出した。
「ここに来るといいって言われたから」
「おや。。」
お婆さんは、手のひらに小鳥を乗せると、吊るしてあった鳥籠に蘇と、放った。するとどうだ、小鳥は、元気になり籠の中を飛び回った。
「いい子だね」
お婆さんは、僕の頭を撫でた。
「だけど、あまり、ここにいちゃ行けない。色々、大変な事が起きたようだからね」
籠の中で、小鳥がお婆さんの声に反応するように、泣き声を上げ始めた。
「んんそうかい」
小鳥に声に反応するようにお婆さんが、答えると奥の部屋から、小さなブリキの缶を差し出してきた。
「これを渡してほしいそうだ」
僕の掌に、小さなブリキの缶をそっと載せた。
「ここに来たのも、一つの縁だろうよ。坊や、後悔するんじゃないよ。道は、一つなんだから」
掌に乗った缶は、小さく錆び付いていた。
「開けるんじゃないよ。いつか。。時間がくれば開く。必要な時は、やってくるから」
あのブリキの缶。僕は、長い間、忘れていた。夢の中の出来事の様に、うっすらと記憶の中に浮かび上がってきた。自宅にどうやって、帰ってきたのかは、覚えていない。あの時に、渡された缶の事も、記憶の隅に追いやっていた。あの時、出会っていた少女は、紗羅。そう沙羅だった。湖を血に染めて、僕は、底へと沈んで行った。死期が近いのか、幼な頃、忘れていた記憶が蘇る。
「沙羅！」
僕は、頭の中で、叫んだ。
「本当に、消えてしまったのか？僕は、このままなのか？」