星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

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すれ違い

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興奮した萌から、電話を受けたのは、僕も、地下鉄に乗り込もうとしていた時だった。
「誰のバイオリンかわかった」
良かった。
僕は、胸を撫で下ろした。
結構、高価なバイオリンを手元に置いておくのは、気が引けたから。
「誰の?」
「あの花屋さんの近くで、ライブがあったでしょう?」
あぁ、僕がバイオリンを弾いた所だ。
「やっぱり、あそこの参加者?」
「そうね」
萌の息は、上がっていた。
「逢って、ゆっくり話したい」
「いいけど、今どこ?」
「地下鉄に乗ろうとしてる」
それなら、最寄りの駅で逢おうかって、事になった。
萌と逢う時は、いつも、榊さんと一緒で、2人で逢うなんて事はなかった。
女性と2人きりで、逢う事に気が引けていた。
余計な事で、澪の気持ちを試すような事はしたくなかったし、あれ以来、人の噂がお怖かったから。
「これから先、どうするの?」
みんな、僕の行先を心配してくれる。
少しばかり、名前が知れ渡ったせいで、自由に活動できなくなっていた。
「いろいろ考えたんだ」
僕の中で、答えが煮詰まりつつあった。
「中途半端な事ばかりしていて・・」
YouTubeでの活動は、無駄だったとは、思っていない。あるとしたら、僕の気持ちだ。
「不本意だったけど、シーイとして、歌を選んだ時に、わかったんだ」
人の好奇に晒されたまま、歌う日々。
暗く汚れた人達の欲に晒される中、僕が、純粋であろうとしたのは、バイオリンへの情熱があったからだ。
「両親に相談したんだ」
勿論、僕の本当の両親ではない。
「嫌われるかもしれない。だけど、僕がやりたいのは、バイオリンなんだ」
家で、そう言った時に、僕を育ててくれた養母は、泣き崩れた。
「どうして・・・」
その言葉が、何を意味するのか、まだ、僕には、わからなかった。
「少しばかりの貯金はある。だから」
萌は、僕の家族と交わした会話の内容が、何だったのか、理解していた。
「バイオリンを選んだの?」
「これ以下も、これ以上もない」
僕が、一番に聞いて欲しかった人は、萌ではなかった。
自分の決心を確認すべく、萌に言っていた。
あの人の娘なら、理解してくれるだろう。
「ドイツの名門校を受けようと思っている」
「ドイツに行くの?」
これも、少し前に榊さんに言われた。
「娘に話すと、引き留めそうだから、言わないでおくけど・・・」
ドイツにある音楽学校で、バイオリニストの奨学生を募集していると榊さんから、聞いていた。
「推薦もあるが、勿論、その後、テストもある。卒業したら、竿の後は、約束されているようなものだ。行ってみないか?」
「行きたいです」
「君の気持ちが揺れない様に、誰にも、言わないでおくよ。勿論、娘にもね」
「お父さんは、そんな事を言ったの?」
「ひと枠だけ、推薦の枠を持っているとの話だった。迷ったよ」
何もかも手に入れる事なんて、できない。
養母が、押し殺すように言った。
「どうして、同じ道を選ぶの?」
養父が、何とも、言えない顔をしていた。
「このバイオリンを持てるような人になりたいと思ったんだ」
誰の物か、わからないバイオリン。
弾いたときに、僕が探している物が何か、わかった気がした。
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