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陽の元の王妃の名前は、紗々姫

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紗々姫の機嫌は、最悪な程悪い。目の前で、
「この人なら」
と決めていた瑠璃光は、いかつい男に囚われの身となり、髪を引かれ、頬を汚されている。抵抗できないように、術枷をはめられ、屈辱に染まっている。これも、それも、あの風蘭とかいう、女のせいで。なんでも、瑠璃光の代わりに、男装して皇帝になり座っていたそうだ。こんな馬鹿げた事があろうか?瑠璃光と風蘭の命、どちらが重いか?本物の皇帝と偽物。かたや、本物の龍神だ。この場合、瑠璃光の命を優先するのが先決であろう。皇帝の座に、瑠璃光がつけば、我が国共、友好がうまくいくではないか。紗々姫は、皇族の姫である。確かに、妖ではあるが、列記とした皇女なのだ。以前からは、大陸に進出し、海賊として、海を渡っていた火の元の軍は、紗々姫の命で、海を渡ってきていた。このまま、瑠璃光が、味方ならば、友好を築くつもりだったが、そうではなく、戦いになりそうだった。それでも、構わない。瑠璃光が、女を庇うのなら、このまま、戦うまでだ。
「どうでも、いいけど。瑠璃光。私、イライラするのよ」
胸の前で、両手首を固定され、術を起動できない瑠璃光は、笑った。
「イライラは、いつもの事だろう?」
「じゃなくて!あんな女の為に、こんなばっちい男の言いなりになるなんて、腹が立つ!」
「おっと!」
瑠璃光は、後ろにのけぞり、瑠璃光を背後から抑えていた聚周も、つられる。次第に、怒りが高まってきた紗々姫は、髪の毛先から、変色が始まり、次第に逆立っていく。大きな声で、喚く口元は、耳まで、裂けそうだ。
「どうも、陽の元の国の蛟は、強そうだ。それとも、女性は、また、別なのかな」
成徳は、冗談のつもりだったが、機嫌の悪い紗々姫には、そうは伝わらず、恐ろし顔した紗々姫が、目の前にいた。
「紗々姫!」
紫鳳が止めなければ、紗々姫の首は、伸び放題に伸び、成徳を頭から咥えそうだった。紗々姫の怒りは、止まらない。頭を紗々姫に、咥えられそうになりながら、成徳は、聚周に、アルタイ国の鎮圧を命令するが、聚周は、頑として、聞こうとしない。
「それなら、風蘭を出せば良い」
聚周は、そう言うが、成徳と入れ替わった風蘭は、おそらく皇宮内で、倒れているだろう。護衛をつけて、戦場に出すことも、通常ならできるが、今の状況では無理だ。
「それなら、こいつに行かせれば良いだろう」
聚周の指し示す方向には、紫鳳が立っている。
「紫鳳を出したのでは、後々、厄介な事になる。他国だろう?」
瑠璃光が言う。
「それなら、私が行こう。心配なら、付いてくるがいい」
「人の争いに、首は、挟まないのでは?」
「半分は、人だからな」
瑠璃光は、聚周の顔を覗き込む。
「星暦寮に少しでも、居たならわかるはずだ。我らは、この国の民を守る為に、存在すると。私に認められたいなら、一緒に戦え」
聚周は、瑠璃光に真っ直ぐに見つめられ、心臓が、止まりそうだった。ずっと、前から、こんな風に、真正面から、見つめられたいと思っていた。
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