妄想美少女脳内ポエム

本能寺から始める常陸之介寛浩

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ポエム題材『夏の日差しと汗のにおい』

演劇部女子 「照明が落ちる瞬間、ステージに残ったのは、拍手じゃなく脇汗だった」

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 演劇部女子
『舞台に残るのは、拍手よりも汗だった』


 開演前の舞台袖には、言葉にできない緊張が満ちている。

 照明の落ちたホール、静寂の客席、
 そこに沈んだ闇の中で、私はひとり、深く息を吸い込んだ。

 耳の奥で、自分の心臓の音が聞こえる。
 呼吸が浅くなって、汗が背中を伝うのが分かる。

 ──でも、それでいい。

 だって、これが“わたし”だ。

 制服のまま羽織った衣装が、いつもより重く感じるのは、
 役になりきろうとする、わたしの決意のせい。

 メイクが肌の熱でわずかに崩れる。
 リップの甘い香りと、汗のにおいが混ざって、
 舞台裏の空気を支配する。

 脚が震えるのは、怖いからじゃない。
 この一瞬を、心の奥底から“望んでいる”からだ。

 誰かになることで、ほんとうの自分に近づける──
 そう信じてる自分がいる。

 袖幕の向こう、スポットライトがまばゆく灯る。
 音響が鳴る。
 そして、幕が上がる。

 ──始まった。

 私は、もうわたしじゃない。

 台詞が、まるで自分の血となり肉となったように、
 自然と口をついて出る。
 でも、その裏では、ずっと汗をかいている。

 脇の下、額、背中、脚の内側……

 どれも止まらない。
 でも、止まらなくていい。
 この汗が、今、舞台の“命”になっている。

 目の前の客席は、闇の中で静かに息をのんでいる。
 彼らが見ているのは“わたし”ではない、
 でも、“わたしが演じている存在”でもない。

 ──どこかにいる“本物”だ。

 台詞を噛みそうになる。
 動きが一瞬遅れる。
 でも、そんなミスさえ、今は“生きている証拠”になる。

 汗で張りついた衣装の内側。
 熱で曇った視界。
 にじんだ目元の奥に、観客の反応が揺れる。

 誰かが、ほんの小さく息を呑む。
 それだけで、わたしの鼓動が跳ね上がる。

 きっとこの瞬間のために、何週間も練習してきた。
 何度も、何度も台本を読み、夜遅くまで発声練習をして。
 家族にも、友達にも、時には恋にも背を向けてきた。

 それでも、この一瞬が報われるなら。
 この汗が、誰かの記憶に残るなら。

 ──それで、いい。

 クライマックスが近づく。
 一番長くて、練習でも一度も満足に言えなかった台詞。

 今しかない。

 息を吸う。
 そして、叫ぶ。

「だって、わたしは……本当に、あなたを……!」

 喉が焼けそうだった。
 声が震えた。
 でも、拍手が起きた。

 それはたぶん、わたしじゃなくて“役”に向けたもの。
 だけど、その拍手の中に、
 たしかに、“わたし”も混ざっていた。

 照明が、ゆっくり落ちていく。
 舞台が、闇に戻る。

 その瞬間、静まり返った舞台に残ったのは、
 喝采の余韻でもなく、感動の涙でもなく──

 脇の下を流れ落ちる、ぬるい汗だった。

 それが、わたしのすべてだった。

 カーテンコールのために戻った舞台の上で、
 もう一度、観客を見た。

 見えないけれど、わかる。
 この汗は、無駄じゃなかった。

 誰にも見えない場所で、
 わたしは今日、ちゃんと生きていた。

 それは、誰かになりきった私ではなく、
 “誰でもないわたし”が、
 舞台の片隅で、確かに光ったということ。

 その証が、今もしっとりと肌に残っている。

 ──拍手がなくても、この汗だけは、
 わたしの“本番”だった。

 夏の舞台、
 照明の熱と、緊張と、においとともに、
 青春が、ひとつ、幕を閉じた。

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