『姫君の復讐療法──無残な仕返しですが、なぜか笑顔になりました』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第1章『記憶のメイドと火刑の微笑み』

第9話『最期の夜の、お茶を一緒に』

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 夕陽が、囚人塔の壁に長く差し込んでいた。

 レンガ造りの冷たい独房。
 その中央に、一つだけ置かれた木製の小机と、二脚の椅子。
 ひとつには、鉄鎖のついた少女が座っている。

 リナ=ミカド。
 国家反逆の罪で、明朝“聖火の儀”により火刑に処される少女。

 その前に──静かに扉が開いた。

 

「おまたせ」

 

 姫の声だった。

 

「……ひめ、さま……?」

 

 リナが顔を上げると、そこにいたのは、玉座の装束ではなく、見覚えのある薄いカーディガンを羽織った──“まひる”だった。

 召喚された当初、城の奥で出会った頃のような、質素な装い。
 手には小さな籠があり、中には湯気の立ったポットと、陶器のカップがふたつ。

 

「紅茶と、スコーン。焼きたてじゃないけど……覚えてるかな、あの部屋の味」

 

 まひるがゆっくりと、机に茶器を並べていく。
 ぎい、と椅子を引き、自分も腰を下ろす。

 

 カップが、ふたりの間に置かれた。

 お茶の匂いが、かすかに広がる。
 ──ラベンダーと、アッサムのブレンド。まひるが最初に淹れ方を教えてくれたあの香り。

 

 リナの指が、震えながらカップを持ち上げる。

 

「……覚えてます。
 初めて、王城で迷子になって……泣いてたとき、姫様が……『これ飲めば泣いてても味分かるよ』って……」

 

 ひとくち、すする。

 ──泣きながら、味がわかるお茶。

 

「……やっぱり、泣いてるね」

 

 まひるの声は、やさしかった。

 まるで、昔と同じように。

 

「でも……なんで……なんで、こんな……」

 

 リナが、泣きながら、笑う。

 

「こんなふうに……優しくしないでよ。
 これで、明日……焼かれるんだよ……?
 だったら、冷たくしてよ……憎ませてよ……!」

 

 まひるは、何も言わない。

 

 ただ、スコーンを半分に割って、リナの皿にそっと置く。

 

「あなた、昔から泣きながら笑ってたね……覚えてる?」

 

 そう言った時のまひるの声は、ほんの少し、震えていた。

 

「召喚された夜、帰れないって分かって……
 私と初めて、二人きりになったとき。
 “でも、私がいるから大丈夫です”って、あのときも笑ってたよ」

 

 リナが俯く。
 涙がポタポタと、お皿に落ちた。
 バターの香りが、それでも優しく漂っていた。

 

「……それしか、できなかったから。
 笑って……姫様が少しでも元気になるならって……」

 

 ふ、とまひるが微笑む。

「ねえ、リナ。
 もし、明日“焼かれない”ってなったら、どうする?」

 

「……え?」

 

「“もし”だよ」

 

 リナは、少しだけ笑った。

 

「だったら……今すぐ、また侍女に戻って……
 お茶を淹れて……
 何事もなかったみたいに、ふたりで……朝を迎えたい」

 

「そっか」

 

 まひるは、紅茶をひとくち飲んで──その目を閉じた。

 そして、ぽつりと呟いた。

 

「──その願い、叶うかもしれないよ」

 

 リナが、顔を上げる。

 

「……え……?」

 

「火刑は、正式な刑罰。
 でも、聖火の“芯”に入れる木片に、火がつかなければ──“天が赦した”と見なされる」

 

 まひるは言った。

 

「昔から、処刑場の風が強い日──
 火がつかないことが、ごくまれにあったんだって」

 

 リナは、口を開けて黙ったまま、まひるの瞳を見つめる。

 

 ──それが、救いの言葉であるかのように。
 ──それが、罠のようにも聞こえるのに。
 ──それでも、信じたいと思ってしまった。

 

「……まひる、さま」

 名前で呼んだ。

「わたし、最期が……姫様のそばで、ほんとうに……よかったです」

 

 まひるは何も言わない。

 ただ、差し出された手を──指先だけ、そっと触れた。

 

 指先が、温かかった。

 なのに、そこに触れたリナの目からは、
 ぽろぽろと──涙が止まらなかった。

 

 紅茶の香りが、やさしく、冷えていった。

 お茶会の終わり。
 たぶん、それが──すべての“前夜”だった。

 

 

 ◆

 

 その夜、まひるの部屋に戻ったリナの枷は外されなかった。
 ただし、まひるが“直筆”で命じた。

 > この者に、傷ひとつでもつけることを禁ず
 > この者は、まだ私の“お客様”である

 

 そして──朝が来る。
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