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第1巻:小谷の姫と父の死
第2章:炎の爪痕
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炎が吼える。
小谷城の梁が崩れ、木々が赤く燃える。
私は母上の手を握る。
その指は冷たく、汗で滑るが、離さぬ。
――父上。そなたは、どこに?
初がわが袖を掴む。
「茶々、怖い! 父上は!?」
その声は震え、涙が頬を濡らす。
私は初の手を強く握る。
「初、泣くな。わしがそばにおる」
江が母上の腕で泣きじゃくる。
その小さな嗚咽が、わが心を刺す。
母上が叫ぶ。
「茶々、初、江! こちらへ参れ!」
その声は、炎の唸りを裂く。
私たちは裏口へ走る。
廊下が熱く、煙が目に刺さる。
背後で、武士の叫びが途切れる。
鉄が鉄を砕く音が、遠く響く。
私は初の手を離さぬ。
長女として、妹を守らねば。
母上の言葉が脳裏に響く。
「茶々、初と江を導くのだぞ」
足が震える。
息が熱い。
だが、止まらぬ。
――父上。わし、弱くなどならぬ。
外へ出る。
風が灰を運び、琵琶湖が遠く赤く染まる。
小谷城は、巨大な炎の獣と化す。
私は立ち止まる。
あの城に、わが全てがあった。
父上の笑い声。
母上の優しい手。
初と江の笑顔。
全て、燃える。
初がわが背に凭れる。
「茶々、父上は……もう、おらぬのか?」
その言葉が、刃のようだ。
私は答える。
「初、目を逸らすな。父上は戦った。わしらも、戦うのだ」
初が小さく頷く。
その瞳に、涙と決意が宿る。
母上が江を抱き直す。
「茶々、初。信長殿の軍が参る。そなたら、心を強く持て」
私は見上げる。
母上の顔に、涙の跡。
だが、その目は琵琶湖の如く深い。
「母上、信長殿は我らをどうする?」
私は問う。
声は、六歳のものとは思えぬほど硬い。
母上が答える。
「信長殿は、そなたらを殺さぬ。だが、茶々。長女として、初と江を守れ。戦国の世は、味方すら信じきれぬ」
私は頷く。
心に、冷たい種が芽吹く。
――生きることは、失うこと。
ならば、わしは奪わぬ。
馬の蹄が近づく。
織田の旗が、煙を裂く。
私は初と江を背に庇う。
長女として、妹を守る。
――父上。わが翼は、まだ弱い。
だが、必ず飛び立つぞ。
小谷城の梁が崩れ、木々が赤く燃える。
私は母上の手を握る。
その指は冷たく、汗で滑るが、離さぬ。
――父上。そなたは、どこに?
初がわが袖を掴む。
「茶々、怖い! 父上は!?」
その声は震え、涙が頬を濡らす。
私は初の手を強く握る。
「初、泣くな。わしがそばにおる」
江が母上の腕で泣きじゃくる。
その小さな嗚咽が、わが心を刺す。
母上が叫ぶ。
「茶々、初、江! こちらへ参れ!」
その声は、炎の唸りを裂く。
私たちは裏口へ走る。
廊下が熱く、煙が目に刺さる。
背後で、武士の叫びが途切れる。
鉄が鉄を砕く音が、遠く響く。
私は初の手を離さぬ。
長女として、妹を守らねば。
母上の言葉が脳裏に響く。
「茶々、初と江を導くのだぞ」
足が震える。
息が熱い。
だが、止まらぬ。
――父上。わし、弱くなどならぬ。
外へ出る。
風が灰を運び、琵琶湖が遠く赤く染まる。
小谷城は、巨大な炎の獣と化す。
私は立ち止まる。
あの城に、わが全てがあった。
父上の笑い声。
母上の優しい手。
初と江の笑顔。
全て、燃える。
初がわが背に凭れる。
「茶々、父上は……もう、おらぬのか?」
その言葉が、刃のようだ。
私は答える。
「初、目を逸らすな。父上は戦った。わしらも、戦うのだ」
初が小さく頷く。
その瞳に、涙と決意が宿る。
母上が江を抱き直す。
「茶々、初。信長殿の軍が参る。そなたら、心を強く持て」
私は見上げる。
母上の顔に、涙の跡。
だが、その目は琵琶湖の如く深い。
「母上、信長殿は我らをどうする?」
私は問う。
声は、六歳のものとは思えぬほど硬い。
母上が答える。
「信長殿は、そなたらを殺さぬ。だが、茶々。長女として、初と江を守れ。戦国の世は、味方すら信じきれぬ」
私は頷く。
心に、冷たい種が芽吹く。
――生きることは、失うこと。
ならば、わしは奪わぬ。
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――父上。わが翼は、まだ弱い。
だが、必ず飛び立つぞ。
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